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今日はおばあちゃんの命日。おばあちゃんのこと日記に書きたいなぁと思いつつあっという間に1年が経ってしまった。101歳まで生きたおばあちゃん。生まれはよかったみたいなことも聞くけど、結婚してからは本当に苦労して5人の子どもを育てた。20歳過ぎただいぶ後かな、帰省した時におばあちゃんと二人きりでご飯を食べたことがあった。「わしは馬車馬のように働いてきた」と話してくれた。そんな話をしたのはその時だけ。その言葉が大人になって余計に重く思い出される。 朝、ツイッターにそんなことを書いたら、「約二千年の歴史の中の1/20を生きてたなんて凄いですよ!」と、コメントをいただいた。今まで思ってもみなかったことだったけれど、戦争の時期に子育てもしていたし、そう考えると、ほんとにいろんなことがあっただろうなぁって思う。私はおばあちゃんにとてもかわいがってもらった。家が厳しかったから、ホッとできる場所だったしおばあちゃんのことが大好きだった。おばあちゃんの家に行く途中によく小学二年生とかの雑誌を買ってもらった。小学校のある時、買い物か何かで私と妹につきそってもらった。いつもバスで行く場所だったけれどおばあちゃんに「その位のところ歩いて行かれるよ」と言われ歩いて行くことになった。でも、その時におばあちゃんが転んで膝を怪我してしまい、その後ずっと寒い時期になると痛くなったり、不自由をかけてしまった。でも、私は東京に出てしまった。帰省すると必ず会いに行っていた。耳が遠くなって、話すのがだんだん難しくなったけれどとても喜んでくれて、帰るときには「また来てね」って足が痛いのに玄関の方まで送ってくれた。もうこれで会えるのが最後かもしれないという覚悟もして、いつも思い残すことのないように、おばあちゃんの手をにぎって帰ってきた。そのうち、私のこともわからなくなってしまった。とても寂しかったけど、モンプチを連れて初めて帰省した時、「赤ん坊だ!」と久しぶりの笑顔でとても喜んでくれた。毎年、夏休みにモンプチを連れて会いに行くと目を細めてニコニコしてくれてる気がした。年中の夏休みにおばあちゃんの100歳のお祝いをした。普段はほとんど寝ている感じのようだったけれど、一緒にうつった写真は、目もしっかり開いて、良い写真がいっぱいだった。モンプチも、おばあちゃんに寄り添って優しく話しかけたりしていて、それがとても嬉しかった。年長の11月。危篤の連絡があった。でも、私はいつもそういうことを想定して心残りなく会ってきたから、すぐに帰ることは考えなかった。私のことはもうわからないし。今晩が山と言われたときも、とにかく明日の朝まで待とうと思ったけれど、朝になっても電話はなかった。次の日も落ち着いている様子だった。...おばあちゃんは私のことを待っててくれているのかもしれないと思った。会って何もわからなくても、待っててくれている。逆に、私が帰ったらそうなってしまう気もしたから妹と一緒に帰りたかったけれど、姪っ子がもう小学生ということもあって一緒には帰れなかった。金曜の朝、幼稚園でコンサートがあってモンプチに聞いてみたら、それに行きたいと言ったのでそれに出てから早お帰りして帰省することにした。そんな時期に帰省したことはなかったから、20年以上ぶりに見た紅葉した山々に囲まれた風景の美しさに少し驚いた。夕方、モンプチと2人で施設に寄ってから、おじさんに送ってもらって実家に帰った。次の日のお昼に母の兄弟が全員施設に集まっておばあちゃんの顔を見てから、交代でご飯を食べた。看護婦さんのお話でもいろいろな数値も驚くほど安定していて落ち着いているとのことだったので、疲れてるおじさん、おばさん、母達に代わって夕方まで、私がつくよと言った。1人でも大丈夫でしょって。ただ母が、私1人のときにもしものことがあると困るからと言って長男のおじさんにも残ってもらうことになって母達はモンプチを連れて家に帰った。おじさん達がちょっと用事に出て戻るまでの間、次女のおばさんが一緒に待っていてくれた。おばさんにも双子ちゃんの孫が生まれたのでソファでそんな話をしていたとき、おばあちゃんの呼吸がちょっと乱れた。すぐに駆け寄って、おばあちゃんの腕に触れながら声をかけた。そして、程なくおばあちゃんが息をひきとったことが私にはわかった。ナースコールをして、おじさん、おばさん達に電話をした。前日に父方のいとこが連絡をくれていたので、おじさんに母とモンプチを連れてきてもらえた。お医者さんが来て、みんなで最期を看取った。夫は、4月から10月まで、GW2日と夏休み3日しか休みがなかったけど、お葬式の日が、偶然4月以来初めて休めた日で、来てくれた。おばあちゃんは、夫のことも気に入ってくれていた。だから、来てくれたことに感謝したし、その巡り合わせに、とても不思議な気がした。ずっと冷戦状態だったけどそれから少し話もするようになった。妹と姪っ子は当初お葬式には出られないからと日曜日に帰省した。でも、姪っ子が授業よりおばあちゃんのほうが大切だからと言いだしたとのことで、お葬式には家族3人そろって来られた。ずっといい子でがんばっていたモンプチも葬儀が近づくと少し疲れが出てきた。でも、お経が始まるとスーッと眠って私はその時間をおばあちゃんのことに集中して過ごせた。抱っこしていって、お焼香は自分でできた。お葬式が終わると、夫と妹たちは自宅へ戻ったので、おばあちゃんの家から実家までモンプチと2人で歩いて帰った。帰り道、モンプチが、お空の上でひいおばあちゃんが笑ってると言った。今日はお空の上のおばあちゃんに向かって2人でお祈りをした。
Nov 7, 2010
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