2005年10月28日
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今日は、コーラスの練習日。
あと、学校の本番まで1回、この県の大会まで2回の練習で、
歌詞を入れないと成らない。
結構、辛いなあ。
今日は、朝から、練習。
御弁当持ちのはずだったのに、
チビが、朝からおなかが痛いと言い出し、
いつも乗る電車に乗れなくなった。
どうも、また、例の病気みたい。
こりゃ、お医者さんに連れて行かなきゃならないかなあ。

仕方ない、友人に電話をして、少し遅れて練習に行く事にし、
ホームドクターの所に連れて行った。
案の定、「ウィルス性の胃腸炎ですね」
またか~。
だからあんなに、寝不足しちゃ駄目って言ったのに。
もう、カンカンに怒った。
以前これに成った時、夜は、12時までに就寝する約束をしたのに、
また最近相変わらずの宵っ張りになってきていたからだ。
いくら言っても聞かない、本当にこっちは怒っていたから、
ほらご覧・・・と言う事になった。

今日は、どうせチビが塾に行って遅いだろうし、
映画の試写会にオネエと行く予定だった。
結局、熱はないが、学校に電話してお休みさせた。
「もう、だからあんなに言ったのに、御母さんの言う事聞かないから、
ちっとも可哀想じゃないわよ!罰として、今日は、遅くなるから、
ちゃんと一人で寝てなさい!」
ときつ~く叱って家を出た。

午前中は発声の練習。
午後からは、歌の練習やら、出の練習、立ち位置の確認など。
学校の合唱コンクールは、先生方も途中から参加されるから、
一緒に懐かしい唱歌を練習した。

夕方、車で駅まで行き、駐車場に放りこんで名古屋に出た。
待ち合わせしたオネエと一緒に、中小企業センターへ。
見たくて見たくて仕方が無かった映画「ALWAYS」。
もう、一杯の人が並んでいたが、何とか、良い席につけた。

本当に良い映画だった。
昭和33年、東京タワーのすぐ下、一生懸命生きる、
戦争を乗り越えてきた人々の物語。
昭和30年、「もはや戦後は終わった」と言われた。
街は活気にみち、東北から集団就職の子ども達を乗せた列車が上野に着く。
勢いのある、時代の本当に心が温かくて、優しい気持ちになる映画。
何より、私がうまれて育った、その場所そのものなのだ。
東京タワーから真っ直ぐ伸びる、日比谷までの道の途中に
私は昭和30年に生まれ、10歳まで育った。
その町そのものなのだ。
コンピューターグラフィックスで現れたその町の姿を見た時点で
もう、ジワーと来た。
そして、力道山の空手チョップを見た途端、涙が止まらなかった。
そう、この画面を見たその時、私の傍にはいつも父がいたから。
ピアノと声楽のレッスンに通った都電も、
そのまま、道の真ん中にあった停留場の標識もそのまま、
壁に掛かったお鍋は未だに母が使っている。
そして、氷を入れる形式の冷蔵庫、
大騒ぎをして、うやうやしくテレビを見たあの時代。
なんて、優しい時間なのでしょう。
映画の筋にも、涙、涙。

気がつくと、オネエも涙、隣に座っている、若い女の子達も
ハンカチを目に当てていた。
試写会に来ていた人は、結構年輩の人が多かったが、
皆、涙を流して、見てらっしゃった。
本当に良い映画だった。
これ、絶対、母にも見せてあげよう。
母は父との思い出が有る街だから、もっと泣くかもしれない。
映画が終わっても、タイトルバックが流れても、
誰も、そそくさと立つ人はいなかった。
じ~んと心に沁みた思いは、皆一緒なのだろう。

会場を出た時、そこの街の喧騒が、すごくすごく白々しく見えた。
「違うんじゃないの」そんな気にさせられる映画だった。
駅までの道々、思い出しては、涙する私に、
恥ずかしいなあ・・・と腐っていた娘だが、ぽつんと言った。
「御母さんは幸せだね、だって、自分が生まれて育ったその場所が、時間が、映画で見られるなんて、なかなか無いことだよ、すごく幸せな事だよ」
本当だね。
この映画、私の一番になりそうだ。





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最終更新日  2005年11月08日 00時48分51秒
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