2008年11月29日
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やっとこの日の朝を迎えた。
抗不安剤を飲もうか考える暇もなかった。
多分、みなさん、早めにいらっしゃるだろう。
昨夜、夜に、知り合いの方が、立派なお花の籠を持ってきて下さり、
お仏壇の前が華やかになった。

親戚の多くは近県からだから、
1時間と少しで着くのだが、
いつものお寺じゃないし、10時からの法要と伝えてあるので、
9時半頃には、いらっしゃると思った。

その前、お寺さんは9時半に、お仏壇の精入れにいらっしゃるから、
用意はしてあった。

9時半過ぎ、先生のワーゲンが見えたので、
表に出た。
「今日はよろしくお願いします」
とパパがご挨拶して、家に上がっていただいた。

さあ、行動開始です。
すぐにキッチンに行き、玉露を入れた。
先生がご院さん用のお座布団に座り、パパとお話している間に、
ご院さん用の台の付いたお茶碗にお茶を入れ、
専用の台に乗せた。
これ優れもので、表面にシリコンが塗ってあり、
お茶碗や、お菓子がずれないようになっている。
和菓子も、横に乗せ、オネエがお出しした。
今日は、先生じゃなく、ご院さんだね。

キッチンに戻ると同時に、玄関のチャイムが鳴った。
おーやっぱ、予想通りだわ。
出ると、親戚のみなさんだった。
義弟はこの家の場所を知っているが、
他の親戚はご存じないので、多分、一緒にいらしたのだろう。

義弟の車を、駐車場に入れてもらい、
後の車は、前に止めてもらった。
中に入ったら、もう、お経が始まっていた。
義弟一家にすぐに和室に入ってもらい、慌てる親戚達に、
「これは、三回忌のお経ではありませんので、少し、お待ちください」と伝え、
リビングの座布団で、待っていただいた。

私はその間に、お茶、お茶・・・。
次々、和菓子を銘々皿に乗せ、お茶を入れ、
手伝いに来たオネエにお出しするよう持っていってもらった。
もう、キッチンは、一人戦場です。
そうこうしているうちに、三回忌の法要が始まっちゃった。
どうにか、飲み終わった方のお茶碗を回収して、
そうっと音を立てないように洗った。

次の用意をして、リビングに行き、一番後ろのソファに座った。
結局、20分くらいしか、お経を聞けなかったが、
流石に良く通るお声。
元々先生は、PTA委員会の時にも代表して、
いつも資料の説明をしてらっしゃるくらいで、
よくお声が通るし、良いお声なのだ。
お経を唱えると、余計、良いお声だなあ・・と感心する。
これも、お坊さんの才能の一つだよね。
最後のお経は、みんなで声を揃えて唱えるお経で、
何回も、お寺であげたから、私も一緒に声を出して知っている個所だけ唱えた。
これで、三回忌法要のお経が終わった。

法話が始まったので、またキッチンに戻り、
お茶の用意。
は~、本当に、家での法事って、主婦はお茶入れオバさんに徹しちゃうんだなあ。
いつも従兄弟の奥さんが、亡くなった伯母の法事の時にいないもの、これで解った。
これが当たり前なのかもなあ・・。

お茶をお出ししてたら、
義妹が来て「お姉さん、何かお手伝いしましょうか」って言ってくれたが、
もう、大丈夫、終わりです。

パントリーに用意してあった引き出物を一つ持って、
お帰りになるご院さんにお渡しするよう、パパに託した。
あとは、リビングにいらっしゃるお客様に
「今日はありがとうございました」とご挨拶して、
すぐに、表に出た。
ご院さんを家族総出で、お見送りした。

さあ、11時半です。
お料理屋さんの予約した時間にちょうど良いですな。
パパが皆さんを、ご案内するので・・と、表に出た。
私も、そそくさと台所を片付け、バックを持って、
最後に、鍵を掛けて、パパの車に乗った。

本日の会場は、今までで一番の近所。
いつもお昼は、駐車場がいっぱいで、
大きなしゃぶしゃぶ屋さんなのだが、個室も沢山あり、
和服のお運びさんが、忙しく動いている活気のあるお店だ。
案の定、入口の広い待合室に、たくさんのランチ待ちのお客さんがいた。

係の方に案内され、お座敷に通された。
最近、こういうお店は、皆、掘りごたつ式だから、楽ちんです。
皆さんが揃い、パパがご挨拶して、お食事が始まった。
なかなか美味しかった。

父の49日法要の後のお食事もここだったが、
メニューが違った。
折角のしゃぶしゃぶ屋さんだったが、49日だったからなのだろう、
しゃぶしゃぶが無かった。
今回は、最初に予約した時に付けていただくようお願いしてあったので、
美味しいお肉を頂けた。

お酒は出さなかったが、久し振りにお目にかかる親戚だったので、
積もる話もあって、楽しい食事だった。
亡くなったおばあちゃんも、ここのランチが好きだった。

最後にパパがご挨拶。
所が、パパが、おかしくなった。
「いつも、お袋の話をする時、認知症の話になり、もう良い・・って思われてらっしゃる方もいらっしゃるやと思いますが、これは、私のためなんです。
お袋が認知症だったのだから仕方ない…と思わないと、私の心が折れてしまうんで・・」
とここまで言ったら、パパの声が震え、次の言葉が出なくなった。
パパが泣いてる・・・。
「頑張れ、パパ」。

あの、壮絶な毎日、思い出すだけで、本当に心が震える私にとっては恐怖の毎日だったが、
パパにも、本当に辛い毎日だったに違いない。
大好きなお母さんが、人として壊れて行くのを、
どうしようもない気持ちで見つめていたのは、パパも同じだった。
私は鬱が酷くなり、子供たちの大切な思春期も、
おばあちゃんの介護でちゃんと接してあげられなかった。
その間に父も亡くした。
今から考えても、ほんとに辛い毎日だったのだ。
私だけでなく、パパも子供達も。
だから、ニュースで介護に関する事件を見ると、
とても切ない。

オネエも泣いていた。
でも彼女は皆さんの前で、
「お父さんのが、伝染しちゃいました」とおどけて見せた。

ポケットから白いハンカチを出して、目をぬぐうと、
意を決したように、パパは、また、ご挨拶を続けたが、
もう、何を言ったのか、私も思いを馳せていて、忘れた。

お店を出て、そのまま親戚は帰って行ったが、義弟一家だけ、
我が家に戻ってくれた。

新築になって、初めて来てもらったので、
子供たちが、色々案内していた。
私は、疲れちゃって、着替えて部屋から出たら、
義弟たちも、着替えていた。
「ありゃ?」と笑うと、
「洗面所で着替えさせてもらいました」と義妹。
「やっぱ、これが一番だよね」と私も笑った。
暫く、話をしたり、子供たちは、WIIをして遊んでいた。

義弟の長男は、京都の東映太秦映画村で、
高校生の頃から、何回もエキストラや端役で出ていて、
結構、有名な俳優さんとも、共演して知っている。
今は、映画の専門学校に通っていて、映画馬鹿のチビと映画の話で盛り上がっていた。
下の姪は高校生。
Wiiに夢中で、まだ可愛い。

大人たちは、ダイニングでいろいろな話。
用意してあった洋菓子も、喜んで食べてくれた。
ゆっくりハーブティも入れ、くつろぎました。
気を使わなくて良いお客さんは、良いです。

夕方、そろそろ帰るねと、帰って行った。
やれやれ、済みました。
「御苦労だったね」とパパの労いの言葉が嬉しかった。
今日まで頑張ったもんなあ。
後片付けは、もう、明日にしようっと。

夕飯に、お蕎麦を食べに行った。
は~、終わりました。
皆さま、御苦労さまでした。














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最終更新日  2008年12月14日 10時38分21秒
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