目指せ宮古島! 光の中のゴールへ
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15日20時51秒、25年前からの宿題の宮古島トライアスロンのゴールをくぐることができた。2日後の今になって実感が沸々と湧き上がってくる。13日、約束の地、宮古島に到着早速、選手登録とワイド~パーティワイド~パーティではjogno繋がりのホージーさん、頼ちゃん、みかりん♪さん、お初の宮古島13回完走の鉄人さん(2年連続落選だけど応援に来ている)とお会いしアドバイスを頂く。14日はスイムセミナ、バイク登録トランジットバッグ用意と続くトレランの装備の3倍はある。ナンバーの横には女将の手とちびちゃん人形も装備し、仲間全員に後押ししてもらう。恐らくトラでは居ないでしょう(^_^)v目標タイムはスイム:1時間15分バイク:6時間ラン :5時間OSJのアンケートにはスイムでクリニックで1秒差で負けたタケゾーに先着バイクで同じレベルのヘタレ組のM浦さんに先着ゴールで息子ほども年の離れているサトシさんに追いつくを目標(ライバル)として設定。そして、最後まであきらめない。そして当日、最終チェック薄暗い中準備完了。目の前がスタート会場なので、15分前まで部屋でリラックス。7時スイムスタート600mまでは芋洗い状態で殴られること、蹴られることがあったが怯まずに前泳者の後ろをキープ。前日のセミナーで接触しながら泳ぐ集団泳の練習やアドバイスがあったので余裕を持って泳ぐことができた。そこから先は海底に目を向けて魚やサンゴを眺める、前をいく選手を見極める余裕もあったが、肝心の泳力がないので、スイスイと水面を滑ることは出来なかった(^_^;完走にあたって最大の難関をクリア。ボーッとした頭で「完走いけるな!」と考える。テントが混んでいたので、芝生で準備。その間にU野さんに抜かれる。要領悪くトランジットにかかりすぎ(>_<)8時20分44秒バイクスタートスイムをいい気分でクリアし、バイクスタート。500m地点で妻の声援を受ける。3K先からポツン、ポツンと応援してくれる地元の方々の熱心さに目頭が熱くなる。子供からお年寄りまで、ヤンキーな中高生がワイド~、がんばれ~と声をかけられるごとに言いようのない暖かさを感じる。10月にコースを走ったときは辛く感じた池間までのダラダラ坂もあまり苦にならずに通過。池間大橋の手前からZAIMOKUZAのオレンジとすれ違い、エールを送り、送られ元気を貰う。池間島を一周した所で、ZAIMOKUZA二期生のノリさんとすれ違う。ノリさんはスイム1700mが最大の関門と言っていたが見事クリアしたようだ。25m泳げなかったから長足の進歩、自分のことのように嬉しい反面、追いつかれないように必死に逃げる。この日のためにホイールをカーボンディープにした効果が大きく、今までよりも時速で3-4K速い感覚がある。順調に小刻みなアップダウンをこなした70K過ぎの登り手前でタケゾーに追いつかれる。そこからは平地で置いていかれ、エイドや登りで抜き返すと競らせてもらったけど、100Kで腰が痛みだしDHポジションが取れなくなる。騙しだまし、腰を伸ばしながらも漕ぎ続けるが110K地点までキープしたave30K/hがみるみる落ちていく。特に池間大橋過ぎからは精神的にも辛くなってだだ抜かれ(>_<)5K毎の距離表示をだけを楽しみに脚を動かし、155Kのバイクゴールに到達。トランジットではまたもモタモタ。しかも、前日鉄人さんに「トランジットではトイレは混むから、前に済ませておくこと。」とアドバイスを貰ったにも関わらずに大幅なタイムロス。ここで腰の痛みと股関節の痛みを抑えるためにロキソニン投入して、ランスタート。14時12分56秒ランスタート気温はジリジリと熱く、むしむしする。体感的には30度くらい?(公式発表は26.6度)。最初はどんなにゆっくりでもまずは6Kまでは歩かないと心に決める。歩くのと変わらないスピードとなるが、それでもきつい。腰を庇いながら走ってきたせいか、股関節の痛みが増してくる。6K地点にいる妻に「5時間はきつそう。もう少し遅れるかも」と弱音を吐いてしまう(^_^;不思議とリタイアは考えなかったが(twitterやFBではリタイアと書いたが)関門オーバが頭を過ぎる。空港までの斜度3%程度のダラダラの登りで、とうとう歩きが入る。初めは歩くのは100mと決めるが守れなくなる。空港を過ぎた所で宮塚さんのアドバイスを受ける。「慌てない。マイペース」。少しホッとする。先頭とのすれ違いが始まり、少しきもちを取り戻す。トップ10あたりの選手でもほとんどジョグ状態ですれ違っていく。この辺から登りは歩くことになる。極力、すれ違う選手に声を「がんばりましょう」と声をかけるが、歩いている奴に言われたくないか(^_^;10K過ぎからは完全に汗が出なくなって、エイド毎に頭から水を被り、スポンジを3-4個貰って体温を下げるが、1Kも行くと水が欲しくなる。12時間の目標タイムが難しくなり、制限時間内完走に向けて計算しだしたのも12K地点あたり。半分走れば、半分歩ける計算が成り立つなどと考えはじめる。この時、見え隠れしていたオレンジジャージに追いつく。最初はサトシさんに追いついたと思っていた(サトシさんは私などまったく手の届かない前にいた)。数回、抜きつ抜かれつするうちに前日に足指を骨折していたM浦さんだと気づく。バイクで止めますよと言っていたにも関わらず、走っていた。ご自信ではヘタレ組と言っていた彼の根性と気持ち、そこまでさせる宮古島の魔力? 全然、ヘタレじゃないですよ。ちょっと腰が痛いとか言っていた自分が情けなくなる。もう一度、きもちを持ち直そうと走り始める。オレンジジャージのトップはO川さん、余裕のある走りで過ぎ去っていく。Mさん、プロ、店長、Y家田さん、タッキー、T美さん、うるし~、H内さん、T野さんなどとハイタッチを交わし、完走に向けて勇気をもらう。ホージーさんも辛そう。あとからきた頼ちゃんには「歩いちゃだめだよ」と怒られる。気持ちの強い彼女は来年は総合10位内に入ってくるはず。折り返し点に到着すると元気が出てくるもの、走る時間も長くなる。このあたりで用意したジェルが切れて、禁断のVESPAも最後の1個を残すのみ。往路で元気を貰ったように折り返しに向かう仲間に声をかけ、K野さん(には後で抜かれ)、二郎さん、K川さんなどとハイタッチ。今までの練習、家族より負担かけた練習、サッカー監督にも関わらず試合を休んで練習したこと、25年前のこと、仕事のこと、仲間のこと、色々なことを考えるが、どれも中途半端な思考で途切れてしまう。最後の関門35K地点をちょうど19時に通過し、競技場は暗闇に浮かぶ光のゴールなんだろうなと思い、涙が出るんだろうなとか、シャクリ上げたらカッコ悪いなとか、本当にいろいろな想いが頭に浮かぶ。シリアスなランナーだったら、その分タイムを縮めるために頭をつかっているんだろうなとも思う。市街地に戻ってきて、道の縁石に座って応援する人、軒先で宴会をしながら応援する人々、道路を劇場に見立てているかのように椅子を座って応援してくれる人、踊りながら応援する人、太鼓を叩きながら応援する人、本当にこころから、頑張ったね、おかえりなさいという気持ちに溢れている、そんな応援に密かに感動し、しゃくりあげてしまったよ。ありがとうも呟くようにしか言えなかったよ。そして、光に溢れる競技場が前方に見えてきて、関門の鉄扉をくぐり抜ける。そこには妻にが待ってくれていれた。トラックのまわりに集まる人々の顔を見ながら、ゆっくりゆっくり走り。最後の100mで宮塚さんとタッキーのお二人に感謝の握手をして、akutaさんとT松さんに先導される形で待望のFINISHゲートへ。最後の20mで宮古島のベテラン鉄人さんと共にFINISHゲートをくぐる。20時00分51秒 スイム: 1'09'12T1 : '11'32バイク: 5'52'12T2 : '11'32ラン : 5'47'55タイム:13'00'51FINISH直後、ZAIMOKUZAの仲間から祝福を受け、「楽しかった。来年も絶対に出る」と乗りで言っていた面があった。そんなに楽しかったか?確かにスイムは練習した甲斐があった。バイクも100kまでは風を切る感覚があり心地よい疾走感があった。ランは最後まで諦めなかった。レベルが低いと言われようが、かなり頑張ったと思うと考えていた。今になって思うのは、あそこはああすれば良かったとか、反省点ばかりが思い浮かぶ。スイムではもっと攻められたんじゃないのか。バイクでは110K以降はサイクリング状態でだだ抜かれ。ランでは痛さ、暑さ、精神的にも参り、降参状態だった。もうひとつ、あれだけの応援を受けながら、関門時間を計算して歩いていた自分のきもちの弱さ。ツラさも、暑さも、自分との葛藤も、宮古島の人々の応援も本当の意味で、楽しんでみたい。だから来年も必ず出場して、まずは12時間切りを目指したい。光の中のゴールには何が見えたのか・・・・・・・ jognoやトレラン仲間が当日はHP速報を見たり、twitterでつぶやいたりとアラフィフおやじの忘れ物の行方を見守ってくれていたようです。また、本文中に書ききれなかったお世話になった方々、声をかけてくださった方々、飲み込みの悪い私にアドバイスをしてくれた宮塚さん、ZAIMOKUZA一期生の方々、この居心地のいい場を提供してくれているタッキーをはじめとしたOSJの方々みなさん、ありがとうございました。
2012.04.17
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