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某猫のSNSを中心に小さな命の敵と言われているシュメイナスです。
では、前回の日記で記した様に私の実体験を記します。
とても、暗く重い内容ですのでご容赦を。ペコリ(o_ _)o))
私の弟の事故について、ご存知の方もいらっしゃると思います。
ですが、あれは、ごく一部、思い出すのが
辛く、記すのを途中で止めましたので。。
興味のある方は、 こちら
からどうぞ。
はじめの一部分だけでしたら こちら
から。。
私の弟は、6年前、仕事中に労災にあいました。
そこから、私達、家族の運命は変わりました。
もう、家族が一緒になることはありません。
雇用主の無責任な行いによって崩壊しました。
弟は、JRAで走る競走馬を育成する牧場で働いていました。
しかし、事故は起きた。弟は、生きています。
でも、もう、働くことは出来ない。もう、二度と。。
雇用主からの正式な謝罪は、一切ありません。。
そして、こちらに謝罪せよと主張。。
雇用主の名は、そこそこ、有名らしく競馬をやる方なら、
おそらく、分かるはずです。でも、明かせません。。
事故後、私は、片道3時間、往復200キロを移動し、
毎日、看病の為、出かけていました。
ほぼ、3ヶ月、ほとんど、休まずに。。
自分は、死んでも良いと思っていた。
弟が助かれば、それで良いと思っていました。
でも、生きています。ただ、体への影響は
計り知れない。その痛みを背負って生きてます。
この世で最も悲しいことの一つに、家族がお互いに
憎しみあって生きることがあります。
今の私達、家族は、そのように生きています。
自分達が、原因ではないのに。
“労災”という災厄によって運命は変わりました。
もう、元には、戻らない。。悲しいですが、現実です。
労災は、人生さえ変えてしまいます。
私は、弟を受け入れられない。
弟は、事故後、高次脳機能障害という障害を負いました。
事故の時の記憶は、ありません。
今の弟は、もう、私の知っている彼ではありません。
二度目の手術後、弟は、てんかん発作が止まりませんでした。
てんかん、私と同じ障害。だから、苦しい。
彼は、手術後、発作を抑えることが出来ませんでした。
だから、麻酔で人工的に心臓を止めました。
そして、ICUで人工心肺へ接続。生死を彷徨いました。
その光景を見るのが辛かった。逃げ出したかった。。
その後、医療機関の腐敗振りに家族は振り回されました。
ICUへ結核患者を入れてしまい、転院は難航。
病院同士で責任の擦り付け合い。。とても、醜い光景。
リハビリすら、ままならず。家族は、言い争いました。
そして、リハビリ中にまた、事故が起こりました。
ある日、旧横浜市消防局から、電話が家へ。
弟が、横浜駅で倒れたので病院へ搬送するとのこと。
急いで救急外来へ。そこで見たのは、悪夢でした。
痙攣する弟。そして、医師から同意を求められました。
『痙攣重積状態の為、麻酔で心臓を止め、人工心肺につなぎます』
またか!と思いました。私には、弟の事が自分に見えました。
自分と同じ症状、それが、とても苦しく受け入れられない。
いつまで、この苦しみは、続くのかと嘆きました。
そんな日々を過した為、ある日、私も経験したことの無い
発作を体験しました。
目が覚めると私は、血溜まりに横たわっていました。
枕もシーツも布団も血だらけ。
そして、自分は、動けない。数時間そのままでした。
その中、ただ、ただ、泣いていました。。
私たちは、なぜ、この様な苦しみを味わうのでしょう??
自分が、悪いのでしょうか??
(次回へ続く)
労災補償は、月額4万円!! 2008.06.02 コメント(6)
家族が憎しみあう悲しい現実!!2 2008.04.16 コメント(12)