田舎暮らしカウンセラーのひとりごと 〜日常のなかの心理学〜

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2022年10月14日
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カテゴリ: 日常の心理学
いろんな方とお話ししている際、
「論破してやった」
「論破することにしています」
などの言葉を聞くことがります。

論破とは、辞書的な意味では、

「議論して相手の説を打ち破ること、言い負かすこと」
などとなっており。

ディスカッションなど特殊な状況下では、

必要な手法だとも言えますが。

日常的な、論破の。


さあ、必要でしょうか。

人は、社会的な動物。

言葉を持ち、群れを成し、

支えあって生活する社会を築いています。

それは人が動物としてはとてもか弱い存在であり、

誰かと共同体を築いていないと、
生きていくことが難しいことにも起因しています。

アドラー心理学の中でも、
そういった「共同体感覚」を大変重要視しており。

人が生まれ持った本能でありながらも、
主体的に築いていかなければいけない、
動的な感覚であると説いています。


さて冒頭に戻りますが。


人とポジティブな関係を築く中で、
円滑なコミュニケーションを行う中で、

共同体感覚を養う中で。

論破という技法は、果たして必要なのか。


役に立つのか。


人の説を打ち破り、
言い負かすことで自分を主張することは。

ネガティブなコミュニケーションや、
対立構造を生みかねません。


誰かの意見に異論を唱え、
自分の主張を通したい場合、

論破ではない上手な方法もいくつかあります。

アサーションなんかも、そのひとつですね。


論破にこだわる場合、
その背景には何があるのでしょう。


そういう主張を取らざるを得ない、
プライド、負けたくない気持ち。


劣等感などがあるのでしょうか。

本当に優位に立っている人間は、
わざわざ優位に立つ言動を取らない、

と言われますよね。

そもそも優位なのですから、
取る必要はないわけです。


できれば上手に立ち回りながら、
円滑な人間関係を築きたいところ。


論破以外のどんな手法があるか。


議論好きの方なら、そういったテーマで議論してみても、

いいかもしれませんね。





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Last updated  2022年10月14日 16時30分03秒
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