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●スピリットの尊重~JR東海の事件事故から学んだこと~
こと葉です。
JR東海の新幹線内で、一人の男性が焼身自殺を図ったというニュース、
ご覧になった方も多いと思います。
前例のない事件であり事故だったので、当日ニュースの速報に触れてとても驚きました。
これまでの新幹線の歴史上、車両で火災を出したのは初めてとのこと。
「安全神話が崩れたか」という報道もありますが、
私はむしろ想定外の危機に対するJRさんの落ち着いた企業体質に
見習うところがあるなあと感じています。
乗り合わせた運転手さんがよく消火器で火災を消し止めたなあと、
その勇気と気転がすばらしいなあと思いました。
密室での火災。
燃える火や煙は本能的にどれほどおそろしかっただろうか。
パニックになったりおじけづいて動けなくなったりしても不思議ではないような状況で、
その急場でたくさんの人命を優先して行動できたというところが、
本当に素晴らしいと思いました。
人生には常に想定外のことが起こるものとはいえ、
いえ想定外の状況だからこそ一瞬の判断にそれまでの人間性が試される気がします。
また、報道されている以上に犠牲者が広がらなかったのは、
報道には出てきていない多くの人の美徳に基づく行動あってのことでしょう。
JRや各交通機関は、この事件事故を教訓に、
より危機管理について話し合い考える機会を多く持つことになるでしょうし、
それは現場にとっては大変なことだと思いますが、
それによってより高い安全性が実現されて、
そうしたより高度なシステムによって、
今後助かる人がたくさん出てくるのだと思います。
まだ捜査が進んでいる段階で、事実がそれほど明らかになったわけでもない状況で、
私もただ所感を書いているので的外れになってしまうかもしれませんが、
自殺した男性が年金の受給金額に不満を感じていたことを
親族や友人にもらしていた、という報道を目にしました。
焼身自殺という手段は、
弾圧を受けているチベットの僧侶たちが
過去に何人も世界に対して正義の訴えを行うためにとってきた方法と重なりました。
新幹線という公共的な場所でそれを行った選択を考えても、
一般社会に向けて自分の信念を強く訴えたかったという男性の正義感が感じ取れました。
訴えであり報復であったかもしれません。
自分なりに正義を行動に移すには、いろいろなやり方があり、
たとえば街でデモを行う人もいるし、
ペンの力によって記事を書く人もいるし、
裁判官になる人も政治家になる人もボランティアで社会に対して活動する人もいるでしょう。
人が行動をする裏には、本人にとっての肯定的な意図が必ず存在する。
これはヴァーチューズ(美徳)・プロジェクトの第2戦略(「学び/教えに最適な瞬間を認識する」)で
取り扱う考え方です。
すべての人はあらゆる美徳を内在的に持っていて、
美徳は人格の善なる資質ですが、
美徳のバランスが崩れ、特定の美徳が行き過ぎてしまうと
自分やまわりにとってネガティブな体験につながってしまいます。
過ぎたるは及ばざるが如し、というわけです。
男性の70代という高齢を考えると、
認知症を発症した人がときにそうであるように、
正常な判断力が失われていたのかもしれませんし、
熟慮の末の行為かもしれません。事実はわかりません。
正義を訴えたい気持ちや自己主張をしたい気持ち、
あるいは似た境遇で困っている人の声を自ら代弁しようとする奉仕的な気持ちすらあったかもしれません。
事実はわかりません。
美徳をまんべんなく伸ばして人格を高めていくことは
私たち人間の人生において非常に重要なことで、
それは日々美徳を実践すること以外では伸びていきません。
日々がチャレンジですから、
中には失敗と思えることも苦い体験もしなくてはならないかもしれません。
でも、どんな美徳の実践も、正義も自己主張も愛も思いやりも奉仕も、
それらを行動に移すとき、
あらゆるものの命のあり方を尊重するという土台がなければ、
きっと本当の意味で美徳の涵養にはならないのだと、
私は今回の事件事故によって教えていただいたように思います。
私は私という人間の存在とあり方を、心から尊敬し、尊重し、真に大切にできているだろうか?
私は、ほかの人や、生きとし生けるもののすべてを、
その存在とあり方を、心から尊敬し、尊重し、真に大切にできているだろうか?
この問いかけが、「スピリットの尊重」と呼ばれるヴァーチューズ(美徳)・プロジェクトの第4戦略に基づくもの。
5つの戦略の内の土台となる戦略と言われるほど重要視されています。
何もかも、スピリットを尊重することなしには始まらないし、
成り立たないというのがヴァーチューズ(美徳)・プロジェクトの基本のスタンスです。
ここでいうスピリットとは、私たちを私たちたらしめているものであり、命の根源であり、
本当の自分自身、ということもできます。
子どもたちに何を教えるか?
子どもが人格を成長させ、幸せな人生を送る人になれるように、
大人が何を伝えるべきかは、
すべての親や教育者が抱く共通の悩みであり問いかけだと思います。
世界中の聖典をあたって共通する部分を抽出してつくられた
人格の教育プログラム・ヴァーチューズ(美徳)・プロジェクトでは、
国語よりも英語よりも数学よりも優先するべきは
「スピリットを尊重することの尊さ」です。
それを教えることができたら、多分土台工事はできたも同然。
自分を大切にし、まわりの人やものも大切にできる人になっていけるでしょう。
それは、子どものまわりにいる大人たちが、
互いのあり方を尊重する姿を行動で見せることが必要ですよね。
事件事故を起こした人や当事者を名指しして、人を非難することは、もしかしたら簡単かもしれない。
でも、それでは、それだけでは、そうした大人の行為を見ている子どもたちは、
果たしてスピリットを尊重することを学べるだろうか?
私はそうは思いません。
責められた人は責めることを覚え、非難された人は非難することを覚えます。
その連鎖は新たな悲劇を生むでしょう。
特定の行為によってその人の人格をまるごと非難する…。
私たちの社会ではよく行われていることですが、
その代わりに、
人の行為のいったい何が行き過ぎていたのか、
一見ネガティブでよいところなど発見できないような行為であっても
そこにどんな肯定的な意図があったのかを丁寧に見ていく。
その上で、その人の行為や自分の身に起こった出来事が、自分に何を教えてくれる出来事なのか、
何の美徳を呼び起こすチャンスなのかを注意深く見つめてみる。
そうやって初めて、
遠いところで起こった事件事故も、身近で起こったトラブルも、
ありがたい出来事へと転化していけるのではないでしょうか。
私たち自身もそうで、
「なんであんなことしたの?」と人から言われてしまうようなことでも、
本人にはそれをする理由や、そうせざるを得なかった理由が確かに存在するものですよね。
いいとか悪いとか好きとか嫌いとか、
そんな善悪の価値観も好悪の感情も持っていていいのです。
ただ、それに振り回されないよ、と自分でわかっていることが大切で、
それが価値観と感情から自由であるということです。
自分の持つ価値観を乗り越え、
価値観よりもずっと根源的な美徳という善なる資質を誰もが持っているという前提に立って物事をとらえてみる。
自分の感情の反応を乗り越え、
起こっていることを人生のギフト(贈り物)であるとしたらという視点に立ってみる。
これほど考えさせられる事件事故が多い時代に生きる私たちには、
こうしたとらえ方が必要とされているように思います。
自分の持つ価値観や感情を把握し、思い通りにコントロールするにはレイキが役に立ちます。
自分の持つ価値観や感情を乗り越えて、本当の自分(スピリット)に焦点を合わせるのにヴァーチューズが役立ちます。
自分にはどうにもできないような領域のとらえ方を変えるには、ヴァーチューズが役に立ちます。
自分にはどうにもできないような領域に影響を与えるには、レイキが役に立ちます。
深く考えさせられるそして限りなく自由な時代に、
本当に自分らしく生きるために、これらは役に立つ両輪だと思います。
レイキもヴァーチューズも、
引き続き発芽*レイキアカデミーで取り扱っていくコンテンツです。
一緒に深めたり楽しんだりしたい方、絶賛募集中です♪
愛と感謝を込めて。
こと葉
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