「W-TANI」再結成後、初の壁にぶち当たった。今日はそれを「クリスマス秘話」として・・・。
W-K母が発病してからというもの、
W-Kは月に1~4度、
帰省する生活が2年半続いていた。
W-K恋人はこういった事には無縁な為、
現実味が湧かなかったらしく、
「うらじゃ」のイベントや
「鬼ごろし」の練習・行事等と重なった時に
ずいぶんお世話になったのはW-Jだ。
事情が事情なだけに、
かなりフォローしてくれてたと同時に、
それが「鬼ごろし」を続ける支えになった。
その2年間、W-Kは自分の事に怠けて
W-Jの悩みや本音を聞く姿勢を
ずいぶん怠っていたように思う。
気がついた時には
W-Kがどんなに間を取り持とうとも修正が効かず、
W-Jはあるお別れを選択していた。
「もっと早くに気づいてあげられれば・・・」
W-Kは自責の念に苛まれながら
誰にも相談できず、励まされず、崩れそうなW-Jを懸命に奮い立たせ、
「W-TANI」の制作に取り組んだ。
時期を同じくしてW-K母は既にカウントダウンが始まっていた。
W-Kは仕事を終えて
「鬼ごろし」をし、「W-TANI」をし、
真冬の毎夜中に鳥取まで車を飛ばす日々を。
現実を受け止めようとするW-Jに対し
現実から逃げようとするW-K。
何も知らず、
クリスマスパーティーを楽しむ仲間と一緒にいることで
心の平静を取り戻そうとした時期だ。
クリスマス・イヴはWとも意を決して過ごした。
W-Jはある方と過ごし、W-Kは1人氷上をドライブし、帰省。
その翌夜、つまりクリスマスの夜は
お互いの報告を兼ねて「W-TANI」の打ち合わせ。
そんな時こそ打ち合わせ。
8月に向けた「W-TANI」の活動というものは、Wに未来を示してくれたも同然。
ボロボロに泣きながら
そして耐えながら
肩を組んで乗り越えた12月。
今思えば、
陰ながらWを見守り、支えていたのは
W-K恋人でした(笑)。
なぜ「温羅と阿曽姫」か September 3, 2006
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