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2012.01.19
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カテゴリ: カテゴリ未分類
そしてこの城に奥平貞能の子 貞昌を入れ500人あまりで守らせた。
奥平に裏切られ徳川方に城を奪われた勝頼は家臣の手前 面子(めんつ)にかけても城を取り戻そうと怒りに燃えていた。

その結果、長篠城は武田勝頼に包囲され猛攻を受けることになった。多数の死傷者を出しながらも
必死に城を守って浜松の家康からの援軍を待ったが援軍は来る気配もなく全員あきらめの雰囲気になっていた。

切羽詰った城主貞昌は自分の命とひき替えに武田に降伏し家来全員の助命を勝頼に嘆願しようとも考えた。

一方、家康も救援に向かうにも手勢は5000しかなく同盟者の織田信長に救援を頼んでいた。
尾張では評議の場で長篠見殺しを言う家臣もあり救援が遅れていたが信長は武田が衰退に
向っているとの判断で援軍を差向ける事とした。
評定の席で
援軍を見合わせるべきという家臣の意見に『面白き積りかな』=(妙な事をいう奴らだ)
「この節根切り眼前に候」=(武田を根絶やしにするのは目前である)
と信長が言ったと古文書にある。

長篠城内ではとにかく岡崎の家康のもとに援軍を頼もうということになった。
このとき鳥居強(とりいすね)衛門(えもん)という雑兵がただ1人手を挙げ使者の役目をかって出た。
夜陰にまぎれ城からこっそり出て城の下を流れる寒狭川にはいり武田方に気付かれないよう
間道60Kmをひた走り岡崎にたどりついた。
そこにはすでに織田信長も着陣しており鳥居強衛門は信長に拝謁し城内の状況を知らせ
救援を乞うた。
信長はたいへん誉め「両3日内には必ず救援に出発する。危険だから戻るに及ばず。」と言ったが      「このことは戻って城内の苦戦している城将貞昌や家臣のみなに知らせたい」として勇躍して戻っていった。 そして昼夜を駆けに駆け再び寒狭川にはいろうとした時武田方がし掛けてあった鳴子に足が
かかり見つかって捕らえられてしまった。
強衛門は勝頼のまえに引き据えられ尋問されたが、堂々とした態度で正直に援軍を請いに岡崎までいったこと、援軍が来ることを申し述べた。

勝頼はその自若とした態度に感銘し殺すには惜しいとし武田の家来になるよう勧めた。
つづきは明日





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Last updated  2012.01.19 10:17:23
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