飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

★ジャップスデイズ(1988年)(編集終了)「日本人の日」として予定


ジャップスデイズ(1988年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
ジャップス=デイズ
〈ビッグ=オープユング〉
山田博一
 ある一人の男の妄想から、そのプランは生まれた。
 男は世界の経済と政治状況における一国の役割を分析した。彼は
その国が存在しないと仮定して、計算を行った。
 結果は、男の推論どおりであった。

 現時点で、世界が陥っているエネルギー問題や、貿易の不均衡な
どの問題が、わずかながらでも、良い方向に向かうと推論された。
 男は結果の研究レポートを、彼の研究所をバックアップしている
コングロマリットに持っていった。

 男の名前はオットー=ヒュルケナー博士。

 コングロマリットの名前はラドクリフ企業グループ。
 そして、プランはイエローと呼ばれた。

 イエロープラン発動後、地球上に宗教戦争がおこり、VE紀元と
なった。VEとはバニッニューアースを意味する。

VE紀元103年 オメガステーション付近

 ギイにとっては、初めてのロケ。卜飛行だ。
 ギイはコックピットにすわりこんで、目の前に並んでいるCRT
に見とれている。
 何んてきれいなんだろう。ギイが毎日見なれている風景とは何ん
と違っているんだろう。暗い空の中にきれいな光点が輝いていた。
ギイは片わらにいる養母に尋ねる。
 「ねえ、ママ、あの光点は何なの」
 「ああ、あれかい。あの光は星なんだよ」
 「星って何」
 養母のクラーレンスはこの種の会話にはまだ慣れてはいない。う
るさいが牛なんだ。なぜ私か子供を所有しなければいけないんだ。
彼女は管理局をうらむ。ギイは管理局が選び、彼女クラーレンスに
おしつけてきた子供なのだ。
 第二級アストロノーツークラーレンス=パリティにとって、それ
は悪夢だった。が優生保護法にさからうわけにはいかない。もし、
この子供ギイをいじめたりしたら、管理局によって第二級アストロ
86
ノーツの位は剥脱され、あのいじましい仕事、ステーション内のカ
ーゴトラック運転手に戻されるに決まっている。ああ、いやだ。ク
ラーレンスは身ぶるいした。やれやれ、この子のごきげんでもとろ
うとするかい。
 「あ、あれはねえ、ステーションの大きな奴さ」
 「あの光点、すべてがそうなの」
 「ああ、そうさ。すべてが星なんだよ」
 オメガステーションーの女傑クラーレンスさまが子供の養成とは
ね。管理局もどうかしているんじゃないか。
 「おIい、クラーレンス、どうだい、子育ての方は」
 コックピットの無線に、仲間の(ロルドの声が入ってきた。
 ちえっ、(ロルドの奴、となりに船を持ってきたね。どうせ、今
日のリゲルの酒場は、私の子育て物語で、皆が笑うだろうさ。それ
も飛び切りの大笑い。
 「おだまり、(ロルド、ふざけると容赦しないよ。このクルーザー
には小型ミサイルだって積んでいるんだからね』
 『おやおや、おったまげた、母親だぜ、子供がかわいそうだぜI、
クラーレンスー』
 あきらかにあざけりの調子が、言葉のはしばしにあらわれている。
 「本当にむこうにいかないと、こわいよ。「ロルド」
 『おやおや、すごい怒りだ、クラーレンス。今日はリゲルの酒場の
皆からプレゼントを持ってきたんだけどなあ」
 『プレゼントだって、何だい、そりゃ』
 『つつしんでさしあげます。クラーレンス嬢。皆からのプレゼント、
ニックネームを決めたんだ。肝っ玉お命あ、クラーレンスつてな』

『『ロルド、お待ち、なぐってやる』
『それじゃなあ、クラーレンス』
『お待ちったら』
 (ロルドの高速艇は、それこそ、すっとんで逃げさった。
 『『ロルド、今度、リゲルの酒場であったらえらい目にあわせるか
らね』
 クラーレンスは声をかぎりにマイクにむかってさけぶ。が(ロル
ドの艇は、CRTから消えた。
 「ああ、私しゃ、とうとうリゲルの酒場の笑い者か」
 ギイは、二人の会話をだまって不思議そうに聞いていた。それか
らクラーレンスに恐る恐る尋ねる。
 「ねえ、肝っ玉って何」
 「おだまり、ギイ。あんたは覚えなくていい言葉さ」
 ギイは養母の怒りに思わず首を縮める。クラーレンスは反省する。
しまった。もし彼女がいじめられたなんて報告されたら。
 クラーレンスは急に笑顔を作る。
 「さあ、ギイ、CRTを見ててごらんよ。気にいるものがあるかも
知れないよ」
 ギイはクラーレンスの表情の変化にとまどう。
 ギイとクラーレンスの乗った船はやがて、問題の場所を通過する。
 先にギイが気づく。
 「ねえ、ママ、あのステーションは何なの。他のステーションとこ
んなに離れていて。誰が住んでいるの」
 「ああ、あれかい、ろくでなしどもが住んでいやがるのさ」
 クラーレンスははきすてるように言った。

 一
87


 「ろくでなしって」
 ギイはかぼそい首をかしげる。3歳のギイは金髪がかわいい。
 「いいかい、ギイ、覚えておいで。あのステーションに住んでいる
奴らは、人類じゃないんだよ」
 「宇宙人なの?」
 ギイは不思議な物を見たかの様に尋ねる。
 「それよりひどい奴らさ。日本人さ」
 クラーレンスは、その辺につばをはきだしそうな感じだった。
 「日本大って何なの、それ」
 「大昔、地球に大が住んでいた時、経済大国とか何とか言っていば
りくさっていた奴らさ」
 クラーレンスの顔は醜くくゆがんでいた。
 「なぜ、地球に住んでいたのに、地球人じゃなくなったの」
 「大昔に、地球連邦からはじきだされたのさ。全地球人の嫌われ者
になったのさ」
 「ねえ、ママ、じゃ日本ってところ、地球の上に残っているの」
 「へっ、そんなところ。もうありはしない」
 「えっ。なくなっちゃったの」
 「ああ、連邦軍が占領して、バラバラにしちゃったのさ」
 「へえ、かわいそうな人達だね」
 「かわいそうI ギイ、その言葉を使う相手を間違っているよ」
 クラーレンスは思う。今、一番かわいそうなのは私さ。
 が、クラーレンスはかわいそうな人間ではなかった。
 この少女ギイ=クラーレンスはやがて、地球の救世主と呼ばれる
事になる。

 そして、養母クラーレンスも、地球の歴史に大きな足跡を残すの
だ。
二〇〇二年 五月 地球カルフォルニア
 「ケン、ケン、待ってよ」
 ケンーアサガはジュンに呼びとめられる。カルフォルニア大学バ
ークレー校のキャンパスである。ジュンはクラスメイトであるケン
ーアサガを追いかけていた。
 ケンは日本の情報工学大学を卒業後、カルフォルニアにある現代
情報工学の講座を受けるために留学していた。ケンは日本人離れし
た体格の持ち主であり、日系3世といっても通りそうだった。英会
話能力においては、会話学校初まって以来の成績であり、担当教師
からパーフェクト=ケンのあだ名をさずけられていた。
 ジュン=バルボアはカルフォルニアクイーンに、18歳の時に選ば
れた事のある才媛で、22歳の今は、バークレー初まって以来の情報
戦略家と教授連から見なされていた。
 息せききって、ジュンはケンの広い肩に追いついていた。
 「ねえ、ケン、変なうわさがあるの」
 「ヘー、うわさだって。ジュン、君独特の『まやかし理論』じゃな
いだろうね。残念ながら僕は今、リアクションリテストの端子はつ
けてはいないぜ」
 ケンはにこやかに答えていたが、ジュンの真剣な顔にどきりとす
る。

88


 「どんなうわささ。君の顔色からすると、大変な事のようだな」
 「日本人狩りが始まるっていうのよ」
 「おいおい、ジュン、それこそ悪いジョークだよ。今は第2次大戦
前じゃないんだぜ。今は21世紀が初まったばかりだ……」
 ケンの笑声もジュンの顔を見ると、ぴたりと止まる。
 「悪いけどねえ、ケン、真剣に聞いてほしいの。私のパパの専門分
野を知っているでしょう」
 「ああ、確か、ジュンのパパ、つまり、バルボア博士のスペシャリ
ティはコミュケーション技術だったね」
 「そう、そのパパが、ぜひともあなたに会いたいというのよ」
 ジュンの表情も真剣そのものだった。
 「わかった。ジュン、バルボア博士にアポイントメントをとってく
れないか」
 「OK、ケン、ちょっとまってね。今、電話をいれてみるわ。研究
所にいるかもしれないわ」
 ジュンはキャンパスにあるフォーンボックスへとんでいき、しば
らくしてから、ケンの元へ走ってきた。
 「いいわ、ちょうど研究所にいるわ。ぜひとも来てくれって、パパ
が言ってるわ」
 「じゃ、わかった。車をとりにいってくる。ここで待っててくれな
いか」
 ケンはジュンをひろい、郊外にあるバルボア博士の研究所へ向か
 った。
バルボア博士の研究所はそれ自体の外形が旧いタイプの電子計算
機の形をしていた。高台にあり、(イウェイの遠くからでもよく目
立った。
 ケンは駐車場に車を入れ、ジュンと共に、研究所にはいる。
 玄関の所にバルボア博士が立っていた。すらりとした長身で、顔
はなぜか、ギリシアの哲学者ソクラテスを思わせた。が彼はネゴシ
エターとしては一流で、政府にも軍にもかなりのコネクションを持
っていた。
 バルボア博士はケンと握手をして、言う。
 「やあ、ケン、久しぶりだね。とゆっくり話をしたいところなんだ
が、ジュンから聞いてもらったと思うが、君に聞いてもらいたいも
のがあるんだ」
 バルボアはあまりいい顔色はしていない。重大な事態がおこりつ
つあることがケンにも感じられた。
 バルボアはケンとジュンを自分のプライベートな研究室に連れて
いった。
 「君、すまんが、少し席をはずしてくれんか。それにしばらくの間、
電話はとりつがないでくれたまえ」
 秘書ミス=グリーンにそう言った。彼女が部屋を出ていった後、
ケンはバルボア博士に尋ねる。
 「博士、日本人狩りの話は本当なんてすか」
 「ケン、残念ながら事実だ。いや、もっと事態は悪いかもしれない」
 「と言いますと」
 「このテープは、私の研究所が宇宙空間に打上げているサテライト
が偶然に録音したものだ。まあ、聞いてくれたまえ」
 バルボアはテープレコーダーのスイ。チをいれる。二人の会話だ

89

つた。
 「それじゃ、君、6月1日を持ってプランを発動させることに、ほ
ぼOKがでたんだね」
「私の感触ではそうだ。ヨーロッパ連合の上層部のラインでもおお
よそOKがでている」
 「それで、アジア地域ではどんな感触なんだね」
 「中国と韓国が、やや難色をしめしている。それに東南アジア各国
も、もし、日本を占領するつもりなら、自国軍隊も参加させてほし
いという事を裏ルートで言ってきている』
 『で、イスラム教国圏はどうだね』
 『やや、むつかしい所だ。彼らは傍観するだろう。そして、もしな
んらかの利益があるとするならば参加させてくれというに違いない
 『アフリカと中南米は』                     {
 『問題外だ。彼らは自国の事で手一杯だろう。が、旧宗主国の方か
らネジをまかせるから、そちら方面はたぶんOKだ』
 『じゃ。日本人は、このプランが発動すると、世界中の孤児だとい
う事がわかるわけか』
 『そういう事だ。自分達が世界中からどれだけ嫌われていたかよI
くゎかるわけだよ』
 『それでAプランでいくのかね、Bプランでいくのかね』
 『その辺はまだはっきりはしない。日本と同じ目にあうのではと思
う国があるだろう。だから、当面は、穏便なAプランで行くだろう。。
時機を見て、Bプランにシフトさせればいいだろう」
 『そういう事だな。とすればAプラン=占領プランのマップはどう
なっている』

「そう、ほぼできつつある。これは第二次大戦を思わせるな」
「つまりはあの時機にジャ。プ共をギャフンといわせておけばよか
ったんだよ、牛Iン」
「私の名前を出すな。盗聴されていたらどうするんだ」
「すまん、ラインをもう切る」
「OK、じゃ、また、あの場所で」
 テープは途中でとぎれた。
「こういうテープなんだ」
 バルボアは機械のスイッチを切り、ケンの方を見た。ケンの体は
こわばっている。
「先生、これは悪い冗談でしょう」
 ケッはようやく、これだけのフレーズを胸から押し出していた。
「冗談だと言って下さいよ」
 バルボアとジュンはとまどいの表情を見せている。
「本当なんてすか」
 ケンはひざをおとし、カーペ。卜の上に両手をついた。
 「なぜなんですか、なぜ日本が」
 「ケッ、私は、このテープを聞いたあと、政府筋に探りをいれてみ
た。しかし、恐るべき事に、彼らはすべて、この件に関してはノー
コメントと言った。さらに逆にその件をどこで知ったのかと聞かれ
た。ケッ、日本抹殺プランの可能性はほぼ100%だ。これはトップシ
ークレットだ」
 「パパ、どうにかならないの。一国が抹殺されてしまうなんて」
 「いいかね、ジュン、それにケンも聞いてほしい。君達も(イスク
ールで習ったと思うが、地球の人類発生後の歴史という物は、国の


90


興亡史だ。いかなる国も永遠の生命を持つ事はできん。さらに過去
に幾多の民族が地球上から消え去っている」
 「しかし、先生、今は21世紀なんですよ」
 ケンがくぐもった声でいう。
 「ケン、日本人は世界じゅうから嫌われたのだよ。アローガント(傲
慢な)ジャップとしてな。それに現在の世界情勢が、填罪の羊スケ
ープゴーツ、を求めたんだよ。どこかの国が、世界じゅうのうらみ
をI身にうけて滅んでいくわけだ」
 「この事を日本の領事館へ知らせます」
 「無駄な事だと思う。が君の気の済むようにしたまえ」
 「ジュン、気をつけてね」
 ケンは、今、立っている大地が崩れおちそうな気がした。うそだ
ろう。うそに違いない。そうあってほしい。彼は日本に住んでいる
両親と妹の事を考えた。一体、この世の中は、世界はどうなってし
まったんだ。
 このどこまでも続く青空が作りものの(リボテの様にケンは感じた。
 駐車場の車に乗り。研究所を出る。(イウェイへ出て、日本領事
館へ行こうとした。
 こんな事が許されてたまるものか。とにかく日本政府へ連絡して
もらおう。しかし信じてもらえるだろうか。気がふれたとしか思わ
れないかもしれない。
 運転しているケンの耳に轟音が響いた。
 何だ。ケンは車を駐車ラインへ持っていく。車からおりて、後ろ
を見た。煙があかっていた。バルボア博士の研究所の方だ。再び轟
音が響く。間違いなくバルボア博士の研究所だ。

 ケンは車の流れに逆らって、センターラインを突き切って、逆方
向に乗りかえた。研究所へ猛スピードでむかう。
 研究所が燃えあかっている。建物の原形はとどめていない。
 「ジュンー 博士!」
 近くで車を止め、ケンは声を限りに叫んでいた。
 消防車が、後から続々とやってきて、放水していた。続いて救急
車がやってくる。負傷者を担架で運んでいる。ケンはジュンと博士
の姿がないかどうか、救急車の間を歩きまわっている。
 やがて、二人の警官が、博士の秘書を連れて、ケンの方に歩いて
きた。秘書がケンを指さす。
 大男の方が、ケンに言う。
 「ケン=アサガ、爆破事件の参考人として、署に来てもらおう」
 「何を言っているんだ、僕は関係ないぞ」
 やせた警官が、秘書に尋ねた。
 「この男に間違いないかね、ミス=グリーン」
 「ええ、この人です。よく、ジュンの所へ来ていた人です。この人
が帰ったあと、爆発が……」
 秘書は泣き崩れる。
 「OK、ミス=グリーン。ありがとう」
 大男の警官がいう。
「とにかく、君の帰ったすぐあとで、バルボア研究所が爆破された
んだ、とにかく事情をきかせてもらおう」
「僕は今、急いでるんだ」
「いいか、日本人め、お前は容疑者なんだぞ」
 やせた方の警官がいう。

91

 「何を言ってるんだ。ジュンは僕の恋人だったんだぞ」
 「うそよ、彼女はこの日本人の事をいやかっていたわ」ミス=グリ
ーンはアサガを攻撃する。
 ミス=グリーンが泣き叫んでいた。
「今日も、何かもめていたようだったわ、部屋から出てきた時、ま
っ青な顔をしていたもの」
 「違う。僕はバルボア博士から大変な事を聞いただけだ」このミス
=グリーンは何をいいだすんだ。
「ほう、どんな大変な事かね」
「そ、それは」
「OK、とにかく、署に来てくれ、それからだ」
 ケッは急に怒りがこみあげてきた。近づいてきた、やせた方の警
官に足払いをかけていた。
 「こいつ何をする。さからうつもりか」
 電撃ショックがケンのみぞおちにはいる。太った方の電撃銃だ。
 ケンは意識を失なった。
 「いやはや、手をやかせるジャップだぜ」やせた警官が言う。
 バルボア研究所は焼き崩れていた。
 カリフォルニアの第54分署の前にワゴンが止まる。サイドにはI
NSとプリントされている。INSイコール情報ネットワークサー
ビスである。
 車から、金髪、碧眼のヤ。ピー風スーツをきちっと決めた男と、
情報サイボーグが降りてきた。情報サイボーグの頭の上には金色の
リングが浮んでいた。このリングは地球上空のサテライトから命令

を受ける受信器だった。
 が、その金色のリングが、天使のリングを想わせるところから、
人々は情報サイボーグをヘブンズと呼んだ。天国に限りなく近い奴
らである。
 「ここが、ケンリアサガが収容されている第54分暑です」
 ヘブンズのフア。卜が言った。彼は黒いサングラスをかけている。
彼の眼は情報アイとなり、人々の心を見通すことができるのだ。
 ドアを開く。やせた警官が言った。
 「お前らは何者だ」
 男は光輝くバッチを警官の前に掲げる。
 男は偉高々に、警官に言った。
 「いいか、我々は情報ネットワークのものだ。バルボア研究所の爆
発犯人としてケン日‥アサガをもらい受けにきた」
 助手のフランが叫んでいた。やせた男の方だ。
 「クレイモア保安官、奴らの思い通りにさせておいていいのですか」
 大男の警官クレイモアはにかにがしい顔をしてフランに言った。
「しかたがあるまい、フラン、奴らは大統領のバフジをもらってい
るんだ」
「大統領のバ。ジですって」フランは驚く。
「悪く思うなよ、フランとやら」
「くそっ、情報マフィアめ」
 フランは思わず口ばしっていた。
「いいから、フラン、彼らにケン=アサガを渡してやれ」
「しかし、まだ気を失なっていますが」
「それでもけっこうだ、私達が世話をしよう」


92

社を映しだしている。
 「どういう事だ、これは」
 ケッは画面をくいいるように見つめる。
 「どうだね、本日をきして、世界各地で日本人抹殺プランがいよい
よ始動したんだ」
 「なぜなんだ。ブキャナン。これは悪い冗談だろう。こんな事あり
えるわけがない」
 「残念ながら、事実だ。まあ事実をうけいれるまで時間がかかるだ
ろうだがね」
 ケッは頭をかかえ、肩をいからせて、画面をみつめつづけている。
 「いいかね。アサガ。我々のプロポーザルを続ける。この日本人抹
殺までは時間がかかるだろう。そして何人かは逃げる奴らがでてく
る。さらにJVOに対するテロ活動を行なう奴らもでてくるだろう。
いいかそいつらを見つけだす要員を我々は、現在確保しておきたい
のだ。
 抹殺プランが終了すれば、君に手術を施し、白色人種にみえるよ
うにしてやろう」
 広い肩はば、おそらくはアメリカンフットボールを学生時代にや
っていただろう、そんな体つきをしたブキャナンはケンの肩に手を
おき、ケンの顔をのぞき込む。
 「いいかね。このスパイの候補者は何人もいる。それに我々情報ネ
ットワークサービスに泣きすがり、どうにか助けてくれと言ってく
る奴もいるだろう」                        一
 涙ぐみながら、ケンはブキャナンに叫ぶ。           一
 「なぜ、俺を選んだ」

 それは君のポテンシャルをコンピューターがはじきだしたのだ。
最優秀だとね」
 「くそっ、こんな事、国連がゆるすものか」
 「ふふ、国連にもJVOは暗黙の了解を得ているよ。それに国連の
バックアップを、我々情報ネットワークサービスが受けているとす
れば、どうするね」
 ケンは答えるべき言葉もない。
 「それに、裏の国連と呼ばれる世界犯罪連合もGOサインを出して
いるのだ。彼らも日本ヤクザの海外流出をよく思ってはいないので
ね。つまり、世界の権力機構の意見は一致しているんだ。日本人を
抹殺せよ」
 ブキャナンは深いマリンブルーの眼でケンを見ていた。
 「ショックの連続で酷だね。少しは希望を与えてやろう。おい」
 ブキャナンは情報サイボーグを呼んだ。情報サイボーグは右手の
手のひらをひろげる。そこは急に液晶のCRTとなる。
 このCRTにジュンの顔がうつっていた。
「ケン。私かわかる。ジュンよ」
「ジュンー」
 ケッは情報サイボーグの手のひらにむかって叫んでいた。
「君は死んだはずじゃなかったのか」
「いえ、爆発の直前、情報サイボーグに助けられたの」
「今、どこにいるんだ」
「わからないわ、ケン助けて」
「くそっ、博士はどうしたんだ」
「わからないの」


94

 「くそっ、君たち、ジュンを解放しろ。それにバルボア博士をどう
したんだ」
 ブキャナンはケンの質問に答えずに言った。
 「いいかね、ケッ、君が気をうしなっている間に君の体に手術を施
した。小さな爆弾だが、体の非常に効果的な部位にしかけてある」
 「何だって」
 「いずれにしても、君は我々の言う事を聞かざるをえんのだよ」
 「意識を失なっていた間はそんなに長かったのか」
 「我々はさらに予備処置として、君の恋人ジュンを確保している。
君が命令に従わなければ、君が死ぬだけではない。同時に君の恋人
ジュッも死ぬだろう。博士は我々の仕事に協力してもらっていると
いえばどうだね」
 「くそっ、何んて奴らだ」
 「いいかね。この日本人抹殺作業が終った後おこるのは権力闘争だ。
その権力闘争に我々は参加できる実力を持っている。悪い事はいわ
ん、我々を手伝うのだ」
 「という事は、このプランを考え出した奴を殺す事もできるのか」
 「可能性はある」
 ケンはしばらく考えていたが、首肯した。
 「わかった。君の命令にしたがおう」
 ブキャナンは軽く、ケンの肩をたたき、握手を求めてきた。
 「ありがとう、ケン」
 が、ブキャナンはケンの心の中におこりつつある狂気と殺意に気
づいていなかった。
 ケッの眼には地球がまっ赤にそまっているように見えた。
丿
二〇〇二年 三月 中部ヨーロッパ 山岳地帯
 ヨーロッパ中西部アルプス山嶺の中にその城はあった。巨大コン
ツェルン日ラドクリフHグループの議長、ライン(ルトの別荘であ
った。
 「ライン「ルト会長、ホットラインがはいっております」
 くつろいでいる銀髪のライン(ルトの前に腹心であるフ″Iガソ
ンがあらわれた。
 「どこからかね」
 「情報ネットワークサービスのブキャナン=オーガナイザーだと言
っております」
 「どんな話か聞いたかね」
 「それが、はっきりとはいわないのです。会長がてがけておられる
ピック日プロジェクトに関する事だと申しておりますが」
 「あまり、話をしたくないが」
 「話を聞かないと大変な事態をまねくとも申しておりますが」
 「えIい、しかたがあるまい」
 ライン(ルトはしぶしぶフォーンをとった。
 壁にかかっているフォーンの画像があらわれ、冷い青い眼をした
ブキャナンの顔が出現した。
 「ライン(ルト会長、初めまして、情報ネットワーク=サービスの
オーガナイザー・ブキャナンです。お目にかかれて光栄です」
 「で、君が私に話したいという内容は何かね。この強引な連絡手段
丿
ra
ジャップス=デイズ
〈ビッグ=オープユング〉

日本人の日 序章
山田博一


 ある一人の男の妄想から、そのプランは生まれた。
 男は世界の経済と政治状況における一国の役割を分析した。彼は
その国が存在しないと仮定して、計算を行った。
 結果は、男の推論どおりであった。

 現時点で、世界が陥っているエネルギー問題や、貿易の不均衡な
どの問題が、わずかながらでも、良い方向に向かうと推論された。
 男は結果の研究レポートを、彼の研究所をバックアップしている
コングロマリットに持っていった。

 男の名前はオットー=ヒュルケナー博士。

 コングロマリットの名前はラドクリフ企業グループ。
 そして、プランはイエローと呼ばれた。

 イエロープラン発動後、地球上に宗教戦争がおこり、VE紀元と
なった。VEとはバニッニューアースを意味する。

VE紀元103年 オメガステーション付近

 ギイにとっては、初めてのロケ。卜飛行だ。
 ギイはコックピットにすわりこんで、目の前に並んでいるCRT
に見とれている。
 何んてきれいなんだろう。ギイが毎日見なれている風景とは何ん
と違っているんだろう。暗い空の中にきれいな光点が輝いていた。
ギイは片わらにいる養母に尋ねる。
 「ねえ、ママ、あの光点は何なの」
 「ああ、あれかい。あの光は星なんだよ」
 「星って何」
 養母のクラーレンスはこの種の会話にはまだ慣れてはいない。う
るさいが牛なんだ。なぜ私か子供を所有しなければいけないんだ。
彼女は管理局をうらむ。ギイは管理局が選び、彼女クラーレンスに
おしつけてきた子供なのだ。
 第二級アストロノーツークラーレンス=パリティにとって、それ
は悪夢だった。が優生保護法にさからうわけにはいかない。もし、
この子供ギイをいじめたりしたら、管理局によって第二級アストロ
86
ノーツの位は剥脱され、あのいじましい仕事、ステーション内のカ
ーゴトラック運転手に戻されるに決まっている。ああ、いやだ。ク
ラーレンスは身ぶるいした。やれやれ、この子のごきげんでもとろ
うとするかい。
 「あ、あれはねえ、ステーションの大きな奴さ」
 「あの光点、すべてがそうなの」
 「ああ、そうさ。すべてが星なんだよ」
 オメガステーションーの女傑クラーレンスさまが子供の養成とは
ね。管理局もどうかしているんじゃないか。
 「おIい、クラーレンス、どうだい、子育ての方は」
 コックピットの無線に、仲間の(ロルドの声が入ってきた。
 ちえっ、(ロルドの奴、となりに船を持ってきたね。どうせ、今
日のリゲルの酒場は、私の子育て物語で、皆が笑うだろうさ。それ
も飛び切りの大笑い。
 「おだまり、(ロルド、ふざけると容赦しないよ。このクルーザー
には小型ミサイルだって積んでいるんだからね』
 『おやおや、おったまげた、母親だぜ、子供がかわいそうだぜI、
クラーレンスー』
 あきらかにあざけりの調子が、言葉のはしばしにあらわれている。
 「本当にむこうにいかないと、こわいよ。「ロルド」
 『おやおや、すごい怒りだ、クラーレンス。今日はリゲルの酒場の
皆からプレゼントを持ってきたんだけどなあ」
 『プレゼントだって、何だい、そりゃ』
 『つつしんでさしあげます。クラーレンス嬢。皆からのプレゼント、
ニックネームを決めたんだ。肝っ玉お命あ、クラーレンスつてな』

『『ロルド、お待ち、なぐってやる』
『それじゃなあ、クラーレンス』
『お待ちったら』
 (ロルドの高速艇は、それこそ、すっとんで逃げさった。
 『『ロルド、今度、リゲルの酒場であったらえらい目にあわせるか
らね』
 クラーレンスは声をかぎりにマイクにむかってさけぶ。が(ロル
ドの艇は、CRTから消えた。
 「ああ、私しゃ、とうとうリゲルの酒場の笑い者か」
 ギイは、二人の会話をだまって不思議そうに聞いていた。それか
らクラーレンスに恐る恐る尋ねる。
 「ねえ、肝っ玉って何」
 「おだまり、ギイ。あんたは覚えなくていい言葉さ」
 ギイは養母の怒りに思わず首を縮める。クラーレンスは反省する。
しまった。もし彼女がいじめられたなんて報告されたら。
 クラーレンスは急に笑顔を作る。
 「さあ、ギイ、CRTを見ててごらんよ。気にいるものがあるかも
知れないよ」
 ギイはクラーレンスの表情の変化にとまどう。
 ギイとクラーレンスの乗った船はやがて、問題の場所を通過する。
 先にギイが気づく。
 「ねえ、ママ、あのステーションは何なの。他のステーションとこ
んなに離れていて。誰が住んでいるの」
 「ああ、あれかい、ろくでなしどもが住んでいやがるのさ」
 クラーレンスははきすてるように言った。

 一
87


 「ろくでなしって」
 ギイはかぼそい首をかしげる。3歳のギイは金髪がかわいい。
 「いいかい、ギイ、覚えておいで。あのステーションに住んでいる
奴らは、人類じゃないんだよ」
 「宇宙人なの?」
 ギイは不思議な物を見たかの様に尋ねる。
 「それよりひどい奴らさ。日本人さ」
 クラーレンスは、その辺につばをはきだしそうな感じだった。
 「日本大って何なの、それ」
 「大昔、地球に大が住んでいた時、経済大国とか何とか言っていば
りくさっていた奴らさ」
 クラーレンスの顔は醜くくゆがんでいた。
 「なぜ、地球に住んでいたのに、地球人じゃなくなったの」
 「大昔に、地球連邦からはじきだされたのさ。全地球人の嫌われ者
になったのさ」
 「ねえ、ママ、じゃ日本ってところ、地球の上に残っているの」
 「へっ、そんなところ。もうありはしない」
 「えっ。なくなっちゃったの」
 「ああ、連邦軍が占領して、バラバラにしちゃったのさ」
 「へえ、かわいそうな人達だね」
 「かわいそうI ギイ、その言葉を使う相手を間違っているよ」
 クラーレンスは思う。今、一番かわいそうなのは私さ。
 が、クラーレンスはかわいそうな人間ではなかった。
 この少女ギイ=クラーレンスはやがて、地球の救世主と呼ばれる
事になる。

 そして、養母クラーレンスも、地球の歴史に大きな足跡を残すの
だ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー
二〇〇二年 五月 地球カルフォルニア
 「ケン、ケン、待ってよ」
 ケンーアサガはジュンに呼びとめられる。カルフォルニア大学バ
ークレー校のキャンパスである。ジュンはクラスメイトであるケン
ーアサガを追いかけていた。
 ケンは日本の情報工学大学を卒業後、カルフォルニアにある現代
情報工学の講座を受けるために留学していた。ケンは日本人離れし
た体格の持ち主であり、日系3世といっても通りそうだった。英会
話能力においては、会話学校初まって以来の成績であり、担当教師
からパーフェクト=ケンのあだ名をさずけられていた。
 ジュン=バルボアはカルフォルニアクイーンに、18歳の時に選ば
れた事のある才媛で、22歳の今は、バークレー初まって以来の情報
戦略家と教授連から見なされていた。
 息せききって、ジュンはケンの広い肩に追いついていた。
 「ねえ、ケン、変なうわさがあるの」
 「ヘー、うわさだって。ジュン、君独特の『まやかし理論』じゃな
いだろうね。残念ながら僕は今、リアクションリテストの端子はつ
けてはいないぜ」
 ケンはにこやかに答えていたが、ジュンの真剣な顔にどきりとす
る。

88


 「どんなうわささ。君の顔色からすると、大変な事のようだな」
 「日本人狩りが始まるっていうのよ」
 「おいおい、ジュン、それこそ悪いジョークだよ。今は第2次大戦
前じゃないんだぜ。今は21世紀が初まったばかりだ……」
 ケンの笑声もジュンの顔を見ると、ぴたりと止まる。
 「悪いけどねえ、ケン、真剣に聞いてほしいの。私のパパの専門分
野を知っているでしょう」
 「ああ、確か、ジュンのパパ、つまり、バルボア博士のスペシャリ
ティはコミュケーション技術だったね」
 「そう、そのパパが、ぜひともあなたに会いたいというのよ」
 ジュンの表情も真剣そのものだった。
 「わかった。ジュン、バルボア博士にアポイントメントをとってく
れないか」
 「OK、ケン、ちょっとまってね。今、電話をいれてみるわ。研究
所にいるかもしれないわ」
 ジュンはキャンパスにあるフォーンボックスへとんでいき、しば
らくしてから、ケンの元へ走ってきた。
 「いいわ、ちょうど研究所にいるわ。ぜひとも来てくれって、パパ
が言ってるわ」
 「じゃ、わかった。車をとりにいってくる。ここで待っててくれな
いか」
 ケンはジュンをひろい、郊外にあるバルボア博士の研究所へ向か
 った。
バルボア博士の研究所はそれ自体の外形が旧いタイプの電子計算
機の形をしていた。高台にあり、(イウェイの遠くからでもよく目
立った。
 ケンは駐車場に車を入れ、ジュンと共に、研究所にはいる。
 玄関の所にバルボア博士が立っていた。すらりとした長身で、顔
はなぜか、ギリシアの哲学者ソクラテスを思わせた。が彼はネゴシ
エターとしては一流で、政府にも軍にもかなりのコネクションを持
っていた。
 バルボア博士はケンと握手をして、言う。
 「やあ、ケン、久しぶりだね。とゆっくり話をしたいところなんだ
が、ジュンから聞いてもらったと思うが、君に聞いてもらいたいも
のがあるんだ」
 バルボアはあまりいい顔色はしていない。重大な事態がおこりつ
つあることがケンにも感じられた。
 バルボアはケンとジュンを自分のプライベートな研究室に連れて
いった。
 「君、すまんが、少し席をはずしてくれんか。それにしばらくの間、
電話はとりつがないでくれたまえ」
 秘書ミス=グリーンにそう言った。彼女が部屋を出ていった後、
ケンはバルボア博士に尋ねる。
 「博士、日本人狩りの話は本当なんてすか」
 「ケン、残念ながら事実だ。いや、もっと事態は悪いかもしれない」
 「と言いますと」
 「このテープは、私の研究所が宇宙空間に打上げているサテライト
が偶然に録音したものだ。まあ、聞いてくれたまえ」
 バルボアはテープレコーダーのスイ。チをいれる。二人の会話だ

89

つた。
 「それじゃ、君、6月1日を持ってプランを発動させることに、ほ
ぼOKがでたんだね」
「私の感触ではそうだ。ヨーロッパ連合の上層部のラインでもおお
よそOKがでている」
 「それで、アジア地域ではどんな感触なんだね」
 「中国と韓国が、やや難色をしめしている。それに東南アジア各国
も、もし、日本を占領するつもりなら、自国軍隊も参加させてほし
いという事を裏ルートで言ってきている』
 『で、イスラム教国圏はどうだね』
 『やや、むつかしい所だ。彼らは傍観するだろう。そして、もしな
んらかの利益があるとするならば参加させてくれというに違いない
 『アフリカと中南米は』                     {
 『問題外だ。彼らは自国の事で手一杯だろう。が、旧宗主国の方か
らネジをまかせるから、そちら方面はたぶんOKだ』
 『じゃ。日本人は、このプランが発動すると、世界中の孤児だとい
う事がわかるわけか』
 『そういう事だ。自分達が世界中からどれだけ嫌われていたかよI
くゎかるわけだよ』
 『それでAプランでいくのかね、Bプランでいくのかね』
 『その辺はまだはっきりはしない。日本と同じ目にあうのではと思
う国があるだろう。だから、当面は、穏便なAプランで行くだろう。。
時機を見て、Bプランにシフトさせればいいだろう」
 『そういう事だな。とすればAプラン=占領プランのマップはどう
なっている』

「そう、ほぼできつつある。これは第二次大戦を思わせるな」
「つまりはあの時機にジャ。プ共をギャフンといわせておけばよか
ったんだよ、牛Iン」
「私の名前を出すな。盗聴されていたらどうするんだ」
「すまん、ラインをもう切る」
「OK、じゃ、また、あの場所で」
 テープは途中でとぎれた。
「こういうテープなんだ」
 バルボアは機械のスイッチを切り、ケンの方を見た。ケンの体は
こわばっている。
「先生、これは悪い冗談でしょう」
 ケッはようやく、これだけのフレーズを胸から押し出していた。
「冗談だと言って下さいよ」
 バルボアとジュンはとまどいの表情を見せている。
「本当なんてすか」
 ケンはひざをおとし、カーペ。卜の上に両手をついた。
 「なぜなんですか、なぜ日本が」
 「ケッ、私は、このテープを聞いたあと、政府筋に探りをいれてみ
た。しかし、恐るべき事に、彼らはすべて、この件に関してはノー
コメントと言った。さらに逆にその件をどこで知ったのかと聞かれ
た。ケッ、日本抹殺プランの可能性はほぼ100%だ。これはトップシ
ークレットだ」
 「パパ、どうにかならないの。一国が抹殺されてしまうなんて」
 「いいかね、ジュン、それにケンも聞いてほしい。君達も(イスク
ールで習ったと思うが、地球の人類発生後の歴史という物は、国の


90


興亡史だ。いかなる国も永遠の生命を持つ事はできん。さらに過去
に幾多の民族が地球上から消え去っている」
 「しかし、先生、今は21世紀なんですよ」
 ケンがくぐもった声でいう。
 「ケン、日本人は世界じゅうから嫌われたのだよ。アローガント(傲
慢な)ジャップとしてな。それに現在の世界情勢が、填罪の羊スケ
ープゴーツ、を求めたんだよ。どこかの国が、世界じゅうのうらみ
をI身にうけて滅んでいくわけだ」
 「この事を日本の領事館へ知らせます」
 「無駄な事だと思う。が君の気の済むようにしたまえ」
 「ジュン、気をつけてね」
 ケンは、今、立っている大地が崩れおちそうな気がした。うそだ
ろう。うそに違いない。そうあってほしい。彼は日本に住んでいる
両親と妹の事を考えた。一体、この世の中は、世界はどうなってし
まったんだ。
 このどこまでも続く青空が作りものの(リボテの様にケンは感じた。
 駐車場の車に乗り。研究所を出る。(イウェイへ出て、日本領事
館へ行こうとした。
 こんな事が許されてたまるものか。とにかく日本政府へ連絡して
もらおう。しかし信じてもらえるだろうか。気がふれたとしか思わ
れないかもしれない。
 運転しているケンの耳に轟音が響いた。
 何だ。ケンは車を駐車ラインへ持っていく。車からおりて、後ろ
を見た。煙があかっていた。バルボア博士の研究所の方だ。再び轟
音が響く。間違いなくバルボア博士の研究所だ。

 ケンは車の流れに逆らって、センターラインを突き切って、逆方
向に乗りかえた。研究所へ猛スピードでむかう。
 研究所が燃えあかっている。建物の原形はとどめていない。
 「ジュンー 博士!」
 近くで車を止め、ケンは声を限りに叫んでいた。
 消防車が、後から続々とやってきて、放水していた。続いて救急
車がやってくる。負傷者を担架で運んでいる。ケンはジュンと博士
の姿がないかどうか、救急車の間を歩きまわっている。
 やがて、二人の警官が、博士の秘書を連れて、ケンの方に歩いて
きた。秘書がケンを指さす。
 大男の方が、ケンに言う。
 「ケン=アサガ、爆破事件の参考人として、署に来てもらおう」
 「何を言っているんだ、僕は関係ないぞ」
 やせた警官が、秘書に尋ねた。
 「この男に間違いないかね、ミス=グリーン」
 「ええ、この人です。よく、ジュンの所へ来ていた人です。この人
が帰ったあと、爆発が……」
 秘書は泣き崩れる。
 「OK、ミス=グリーン。ありがとう」
 大男の警官がいう。
「とにかく、君の帰ったすぐあとで、バルボア研究所が爆破された
んだ、とにかく事情をきかせてもらおう」
「僕は今、急いでるんだ」
「いいか、日本人め、お前は容疑者なんだぞ」
 やせた方の警官がいう。

91

 「何を言ってるんだ。ジュンは僕の恋人だったんだぞ」
 「うそよ、彼女はこの日本人の事をいやかっていたわ」ミス=グリ
ーンはアサガを攻撃する。
 ミス=グリーンが泣き叫んでいた。
「今日も、何かもめていたようだったわ、部屋から出てきた時、ま
っ青な顔をしていたもの」
 「違う。僕はバルボア博士から大変な事を聞いただけだ」このミス
=グリーンは何をいいだすんだ。
「ほう、どんな大変な事かね」
「そ、それは」
「OK、とにかく、署に来てくれ、それからだ」
 ケッは急に怒りがこみあげてきた。近づいてきた、やせた方の警
官に足払いをかけていた。
 「こいつ何をする。さからうつもりか」
 電撃ショックがケンのみぞおちにはいる。太った方の電撃銃だ。
 ケンは意識を失なった。
 「いやはや、手をやかせるジャップだぜ」やせた警官が言う。
 バルボア研究所は焼き崩れていた。
 カリフォルニアの第54分署の前にワゴンが止まる。サイドにはI
NSとプリントされている。INSイコール情報ネットワークサー
ビスである。
 車から、金髪、碧眼のヤ。ピー風スーツをきちっと決めた男と、
情報サイボーグが降りてきた。情報サイボーグの頭の上には金色の
リングが浮んでいた。このリングは地球上空のサテライトから命令

を受ける受信器だった。
 が、その金色のリングが、天使のリングを想わせるところから、
人々は情報サイボーグをヘブンズと呼んだ。天国に限りなく近い奴
らである。
 「ここが、ケンリアサガが収容されている第54分暑です」
 ヘブンズのフア。卜が言った。彼は黒いサングラスをかけている。
彼の眼は情報アイとなり、人々の心を見通すことができるのだ。
 ドアを開く。やせた警官が言った。
 「お前らは何者だ」
 男は光輝くバッチを警官の前に掲げる。
 男は偉高々に、警官に言った。
 「いいか、我々は情報ネットワークのものだ。バルボア研究所の爆
発犯人としてケン日‥アサガをもらい受けにきた」
 助手のフランが叫んでいた。やせた男の方だ。
 「クレイモア保安官、奴らの思い通りにさせておいていいのですか」
 大男の警官クレイモアはにかにがしい顔をしてフランに言った。
「しかたがあるまい、フラン、奴らは大統領のバフジをもらってい
るんだ」
「大統領のバ。ジですって」フランは驚く。
「悪く思うなよ、フランとやら」
「くそっ、情報マフィアめ」
 フランは思わず口ばしっていた。
「いいから、フラン、彼らにケン=アサガを渡してやれ」
「しかし、まだ気を失なっていますが」
「それでもけっこうだ、私達が世話をしよう」


92

社を映しだしている。
 「どういう事だ、これは」
 ケッは画面をくいいるように見つめる。
 「どうだね、本日をきして、世界各地で日本人抹殺プランがいよい
よ始動したんだ」
 「なぜなんだ。ブキャナン。これは悪い冗談だろう。こんな事あり
えるわけがない」
 「残念ながら、事実だ。まあ事実をうけいれるまで時間がかかるだ
ろうだがね」
 ケッは頭をかかえ、肩をいからせて、画面をみつめつづけている。
 「いいかね。アサガ。我々のプロポーザルを続ける。この日本人抹
殺までは時間がかかるだろう。そして何人かは逃げる奴らがでてく
る。さらにJVOに対するテロ活動を行なう奴らもでてくるだろう。
いいかそいつらを見つけだす要員を我々は、現在確保しておきたい
のだ。
 抹殺プランが終了すれば、君に手術を施し、白色人種にみえるよ
うにしてやろう」
 広い肩はば、おそらくはアメリカンフットボールを学生時代にや
っていただろう、そんな体つきをしたブキャナンはケンの肩に手を
おき、ケンの顔をのぞき込む。
 「いいかね。このスパイの候補者は何人もいる。それに我々情報ネ
ットワークサービスに泣きすがり、どうにか助けてくれと言ってく
る奴もいるだろう」                        一
 涙ぐみながら、ケンはブキャナンに叫ぶ。           一
 「なぜ、俺を選んだ」

 それは君のポテンシャルをコンピューターがはじきだしたのだ。
最優秀だとね」
 「くそっ、こんな事、国連がゆるすものか」
 「ふふ、国連にもJVOは暗黙の了解を得ているよ。それに国連の
バックアップを、我々情報ネットワークサービスが受けているとす
れば、どうするね」
 ケンは答えるべき言葉もない。
 「それに、裏の国連と呼ばれる世界犯罪連合もGOサインを出して
いるのだ。彼らも日本ヤクザの海外流出をよく思ってはいないので
ね。つまり、世界の権力機構の意見は一致しているんだ。日本人を
抹殺せよ」
 ブキャナンは深いマリンブルーの眼でケンを見ていた。
 「ショックの連続で酷だね。少しは希望を与えてやろう。おい」
 ブキャナンは情報サイボーグを呼んだ。情報サイボーグは右手の
手のひらをひろげる。そこは急に液晶のCRTとなる。
 このCRTにジュンの顔がうつっていた。
「ケン。私かわかる。ジュンよ」
「ジュンー」
 ケッは情報サイボーグの手のひらにむかって叫んでいた。
「君は死んだはずじゃなかったのか」
「いえ、爆発の直前、情報サイボーグに助けられたの」
「今、どこにいるんだ」
「わからないわ、ケン助けて」
「くそっ、博士はどうしたんだ」
「わからないの」


94

 「くそっ、君たち、ジュンを解放しろ。それにバルボア博士をどう
したんだ」
 ブキャナンはケンの質問に答えずに言った。
 「いいかね、ケッ、君が気をうしなっている間に君の体に手術を施
した。小さな爆弾だが、体の非常に効果的な部位にしかけてある」
 「何だって」
 「いずれにしても、君は我々の言う事を聞かざるをえんのだよ」
 「意識を失なっていた間はそんなに長かったのか」
 「我々はさらに予備処置として、君の恋人ジュンを確保している。
君が命令に従わなければ、君が死ぬだけではない。同時に君の恋人
ジュッも死ぬだろう。博士は我々の仕事に協力してもらっていると
いえばどうだね」
 「くそっ、何んて奴らだ」
 「いいかね。この日本人抹殺作業が終った後おこるのは権力闘争だ。
その権力闘争に我々は参加できる実力を持っている。悪い事はいわ
ん、我々を手伝うのだ」
 「という事は、このプランを考え出した奴を殺す事もできるのか」
 「可能性はある」
 ケンはしばらく考えていたが、首肯した。
 「わかった。君の命令にしたがおう」
 ブキャナンは軽く、ケンの肩をたたき、握手を求めてきた。
 「ありがとう、ケン」
 が、ブキャナンはケンの心の中におこりつつある狂気と殺意に気
づいていなかった。
 ケッの眼には地球がまっ赤にそまっているように見えた。
丿
二〇〇二年 三月 中部ヨーロッパ 山岳地帯
 ヨーロッパ中西部アルプス山嶺の中にその城はあった。巨大コン
ツェルン日ラドクリフHグループの議長、ライン(ルトの別荘であ
った。
 「ライン「ルト会長、ホットラインがはいっております」
 くつろいでいる銀髪のライン(ルトの前に腹心であるフ″Iガソ
ンがあらわれた。
 「どこからかね」
 「情報ネットワークサービスのブキャナン=オーガナイザーだと言
っております」
 「どんな話か聞いたかね」
 「それが、はっきりとはいわないのです。会長がてがけておられる
ピック日プロジェクトに関する事だと申しておりますが」
 「あまり、話をしたくないが」
 「話を聞かないと大変な事態をまねくとも申しておりますが」
 「えIい、しかたがあるまい」
 ライン(ルトはしぶしぶフォーンをとった。
 壁にかかっているフォーンの画像があらわれ、冷い青い眼をした
ブキャナンの顔が出現した。
 「ライン(ルト会長、初めまして、情報ネットワーク=サービスの
オーガナイザー・ブキャナンです。お目にかかれて光栄です」
 「で、君が私に話したいという内容は何かね。この強引な連絡手段
丿
raは、いささか犯罪的なにおいがするね。このホ。卜=ラインに入り
こめるはずがないのだ」
 「それは会長、おたがいさまでしょう」
 「いいかね、ブキャナン君とやら、君たちが何と呼ばれておるか、
知っているだろう。君らは情報マフィアだよ。本来は私と話しなど
できないどぶねずみなんだよ」
 ブキャナンはライン(ルトの侮蔑の言葉など、まったく意に関し
ていないようだ。
 「じゃ、ライン「ルト会長、あなた方のイエロープランはどうなん
です」
 「何だって、もう一度言ってみろ」
 「イエロープランですよ。それも今年、6月1日に発動するビッグ
プロジェクトだ」
 「なぜ君たちがそれを」
 「言ったでしょう。我々は情報ネットワーク日‥サービスです。この
地球上で我々の知りえない情報などありはしない」
 ライン(ルトはいささか、ブキャナンに対する、つっけんどんな
しゃべり方を改めていた。
 「それで、イエロープランについてどこまで知っているというのか
ね。それに君たちの我々に対する要求はなんだね」
 「最初の質問の答えはすべてです。次の質問に関しては、我々情報
ネットワーク=サービスをそのプロジェクトに加えていただきたい
わけです」
 「君たち、情報マフィアを我々のプロジェクトのメンバーに加えろ
だと。ブキャナン君、ふざけてもらってはこまる。我々、ラドクリ

フ企業体の構成メンバーは素姓正しいものばかりなのだよ。それに
比して、君たちは何だね。君達は他人の情報を盗みだして、それを
他人に売りこんだり、本人をおどかして金をまきあげるのが商売だ
ろう。商売変えでもしたいと言うのかね」
 「いいえ、ライン(ルトさん、我々は事業規模を拡大したいだけで
すよ。イエロープランは我々にとって願ってもないビジネスチャン
スなんです」
 「君の言いたい事はそれだけかね。考えておこう。君のネットワー
クサービスの利用方法をね」
 ライン(ルトは怒りをこらえて、CRTをOFFにした。
 「ファーガソン、なぜ、イエロープランが、彼ら、情報マフィアに
もれたのだね」
 「いえ、わかりません。彼らは各所の情報ラインに潜りこむのがう
まいといううわさです」
 ライン(ルトは大きなソファーにすわりかかり、頭をかかえてい
たが、一つの決心をしたようだった。
 「ファーガソン、いいかね、ヒュルケナー博士を消せ」
 「何ですって」
 ファーガソンは驚きの表情を隠しきれない。
 「いいかね、二度と同じ事をいわせるな。博士を抹殺し、博士の研
究施設を破壊しろ。むろん事故にみせかけるのだぞ」
 「わかりました。マスター、あなたがそうおっしゃるならば」
 ファーガソンは。抹殺組織「ク士フー」の電話番号をインプット
し始めていた。
 窓の外にはヨーロッパアルプスの山嶺に冷たい光を放つ氷河が見
96

えている。
二〇〇四年 三月 地球某所
 「花田さん、君がそこにいるのはわかっている。我々と話をしても
損にはならんと思うが」
 情報ラインに割り込んできた金髪の男は言う。ここは日本人テロ
組織『狼』の本部だった。
 「君は何者だ」
 「私は情報ネットワーク=サービスのブキャナンだ」
 「情報ネットワークだと。情報マフィアだな」
 「そういう輩もいるがね」
 「そのマフィアが花田さんに何の用があるというんだ」
 「君、いいから、花田さんを出したまえ、君たち、日本人にとって
悪くはない話だよ」
 しばらく、モニタールームは、どう処置するかでもめていたが、
花田があらわれた。
 「私か花田だ。ブキャナン君。が情報ネットワークサー・ビスはラド
クリフ=グループと協力して働いているのではないかね」
 「花田さん、あなたの考えはウェットすぎる。我々、情報マフィア
はそんなウェットな民族意識など持ちあわせてはいない。あるのは
ただ、ビジネスのみだ。つまり我々のサービスに対して。どう評価
し、クライアントがどれだけペイしてくれるかどうかだ。だから我
々はクライアントのニーズでどうにでも動く」
丿
 「つまり、我々日本人が今度はクライアントのわけだな」
 「そういうことだ」
 「しかし、ブキャナン君、御存じの通り、我々には払うべき金はな
い」
 「金がない。それはわかっている。しかし、君たちの国には二千年
にわたる文化があるだろう」
 花田は少し顔色を変えた。
 「君達は、つまり、国宝をわたせというわけか」
 「国宝というのは国家が存在して始めて存在する言葉だ。現在の君
らには国と呼べる代物はないだろう」
 「そう、確かに、我々、日本人には、国土と呼べる場所はなくなっ
てしまった」                             一
 「が、君たち、莫大な国宝重要文化財というものを隠したはずだ。 97
それを渡してもらおう」                       一
 「その代償に、我々に何を与えてくれるというのかね」
 「JVOの動向だよ。君らに有利になる情報だ」
二〇〇二年 三月 ドイツ ラインバッ(
 男は数時間も前からその研究所を観察している。今日で一週間目
だった。
 研究所から最後の研究員が出ていった後、男は、静かに研究所の
中へはいる。警告ベルもカットされている。研究所にはもうヒルケ
ナー博士しか残っていない。
97

 ドアを開け、君は・:というヒルケナー博士の言葉が発せられるや
否や、男は衝撃銃を射つ。外傷はまったく残らない。男はヒルケナ
ーの様子を調べた後、研究施設の各所に小型の爆弾をしかける。す
べての機器に仕掛け終ったあと、男は自分以外の人間がいる事に気
づく。
 爆発がおこり、研究所は猛火に包まれる。
 「き、君達は、天使かね」
 ヒルケナーの前に柄の悪そうな天使が2人立っていた。しかしな
がらその天使は白い衣装を着ているわけではなく、普通のスーツを
着ている。頭には金色のワッカが浮んでいる。
 「天使だって、ヒルケナー博士、確かにあなたにとっちや俺達は天
使かもしれんな」
 太った方の天使ファットが言った。
 「どういうわけかね。私は気を失しなっていたらしいのだが」
 ヒルケナー博士はユダヤ人独特の鼻に、フレームめがねを持ち上
げながら言った。
 「お前さんのお抱え主、ライン「ルトのためにあんたは本当に天国
へ行くところだったんだ。まわりを見てみろよ」
 サングラスをかけたもう一人の男スレンダーが言った。スレンダ
ーの言う通り、ヒルケナー博士の研究所は燃えあかっている。近く
にある丘にヒルケナーは横たわっていた。
「ライン「ルトが信じられん」
「信じられんも何も、実際、あんたも殺されるところだったんだぜ」
 ファットが炎に包まれている研究所を指で示して言う。

「あの中に、『クーラー』の奴が一人ころかっているさ」
「クーラー、何だ、それは」
「ラドクリフグループに直属する処理グループさ」
「処理?」
「つまり、ダーティ=ワーク、殺し、暗殺、爆破、その他諸々さ」
「しかし、ライン「ルトは、私のプラン=イェローを認めてくれた」
「そいつが今は重荷になっているわけだ」
 ヒルケナーはじっくりと二人の顔を見ている。
二体、君達は何者なんだ」
「我々かい」二人の天使はにやりと笑う。
「俺達はヘブンズだ」二人の声は(モつている。
「ヘブンズだと、すると、情報ネ。トワークサービスの人間か」
「そういう事だ。さあ、博士、我々と一緒に来てもらおう」
「どこへだね」
 消防車や。警察の車がやってきて、人々が叫んでいる。
 「我々の天国へね」フア。卜が言った。
 二人のヘブンズは近くに止めてあったワゴンにヒルケナー博士を
乗せて、いずことなく走り去った。
二〇〇四年 四月 アルプス要塞内JVO本部
 JVO本部の中央指令室モニターに異常が発生していた。この本
部内にある幾多のCRTは各国で行なわれているジャ。プ掃討作戦
の模様を映しだしていた。
98

 「どうしたんだ。回線がどうにかなったんじゃないか」
 モニターオペレーターが叫んでいた。
 「強力な電波が割り込んできています。モニターにその電波の情報
が映し出されます」
 JVOの情報モニターすべてに、その男の顔が映った。
 その顔は、メガネをかけ、線をひいたような眼。低い上を向いた
鼻。おまけにデ。歯。つまりは、よく外国漫画に登場する日本人の
顔そのものだった。各所に失笑がおこる。
 「何者なんだ。こいつは。気のふれた日本人か」
 失笑のあとには、ブーイングがあかっていた。その映像がしゃべ
り始めた。
 「JVOの諸君。初めてお目にかかる。覚えておいてもらおう。私
の名前は花田万頭。亡命日本人グループ「狼」のリーダーだ」
 モニター・オペレーターの一人がモニターに映る万頭にむかって叫
んでいた。
 「花田。いきがるのはいいが、残念ながら、君達の国はもう消える
運命にある」
 モニターの中の花田が答える。声が届いているのだ。
 「わかっている。私はそれを防ぐためにいる。JVOの諸君、宣言
しておこう。我々、日本人はけっして滅びはしない。我々は君達に
対してカウンターアタックをかける。それがどんな方法になるか楽
しみにしていたまえ」
 映像は突然フェイドアウトした。JVO本部は、少しの間、あっ
けにとられて、静まりかえっていたが、やがて、蜂の巣をつついた
様に大騒ぎとなる。
丿
「何なんだ、あいつは」
「なぜ、日本人のグループの映像が我々の情報ラインに入り込んだ
のだ。原因を調べろ」
二〇〇四年 四月 アルプス要塞
 アエロスパシ″ル=タイプ04ヘリコプターはアルプスの山並みを
なめて飛行している。チューリッヒ空港からの客だった。ヘリのサ
イドにはラドクリフグループのマークがすり込まれている。
 白髪というよりも銀髪と呼んだ方がいいだろう、ド=ヴァリエは
ヘリから鋭い眼で方々を観察している。
 やがて、ヘリはベルデ山上にホバリングし、山腹に穴が開き、そ
の穴にヘリは飲み込まれた。
 ド=ヴァリエはアルプス要塞の専用ヘリポートに立たずんでいた。
彼は今、ベルデ山の真中に立っているのだ。
 情報将校が、ミニ=ヴィーグルでド=ヴァリエを迎えに来た。そ
の間、ド=ヴァリエはこのヘリポートの内部構造をしっかりと観察
している。
 ド=ヴァリエはサングラスをはずし、ブレザーの胸ポケットに無
造作につっこんだ。
 短かく刈り上げられた銀髪や、そのきびきびした体の動きは60歳
という年齢を感じさせないものだった。眼は猛禽類を思わせる。
 「将軍、ライン「ルト議長がスペシャルルームでお待ちです」担当
情報将校が言った。
99

 「ごくろう。頼む」
 ド‥‥ヴァリエはその少尉のアルプス要塞についての講釈を耳にし
ながら、自分の形影から作りあげられたこの要塞のできあがりぐあ
いを細かくチェックしていた。
 彼は、第二次大戦中、ナチによって上4程、造り上げられていた
この要塞を発見し、新たなテクノロジーを持って地球最強の砦を作
りあげようとしたのだった。
 もちろんこの要塞の構築にはラドクリフ企業グループの全面的な
バックアップがあり。ライン(ルト議長自らが命令を下していた。
 ミニ=ヴィーグルは特別室の前で止まり、若い将校はド=ヴァリ
エ将軍を降ろす。
 「この部屋です。ド=ヴァリエ将軍」
 「ありがとう。君のアルプス要塞の説明は簡にして要だった」
 「おほめにあずかって、光栄です。将軍」
 自動ドアが開き。広さ数100㎡の空間があった。その真中に、大き
なオーク材の机があり、ライン(ルトと腹心のファーガソンが居た。
ファーガソンはいつもながら顔色が悪い。
 「やあ、ド=ヴァリエ、よく来てくれた。久しぶりだ」
 ライン(ルトがイタリア製のエルゴデザインのチェアから立ちあ
がり、握手を求めた。
 強く握りかえしてから、ド=ヴァリエは尋ねた。
 「なにか、日本人共から不敵な挑戦がつきつけられたと聞いたが」
 「そうなんだ、ドHヴァリエ、あいつらは、時折、我々の心を冷え
冷えとさせる。やつらは我々白色人種の理解を越えた行動をおこす。
やはり、やつら日本人は、この世界から追放すべきなんだ」

 「私も同感だよ、ライン「ルト。じゃVTRを見せてくれるかね」
 ファーガソンが機械のスイ。チを入れる。
 モニターTVに例の花田万頭の顔が映った。
 しばらく、何度もこのテープを見ていたド=ヴ″リエはライン(
ルトの方を向いた。
「ライン「ルト。このVTRの彼は確かに生きている人間のものか
ね」
 「というと、花田の映像がCG(コンピューターグラフィックス)
で、できているとでもいうのかね」
 ライン(ルトはド=ヴァリエの意外な質問にとまどっている。ド
=ヴ″リエはきつい緑色の眼に疑いの色を隠さず尋ねた。
 「実は、この花田万頭という男、情報戦の分野では、かなり知られ
た男だった」
 考え深げに言う。
 「だったというと」
 ファーガソンが疑問を投げかける。
 「花田は確か、一九九〇年のスリナム油田事件で爆死したはずなん
だ」
 ド=ヴァリエはあごをなでた。
 「爆死した。じゃVTRに映っている男は誰なんだ」
 「わがらん。とにかく、花田万頭の事は世界のどこのデータベース
にも登録されていないだろう。彼は日本政府情報省のエースだった
男だ」
 「でスリナム油田事件とは」
 「石油コンツェルンのセブンシスターズと日本の石油会社が、油田
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の占有権をめぐって武力抗争をおこした例の事件だよ」
 「確か、あの事件は事故として報道されたはずですが」フ″-ガソ
ンが口をはさんだ。
 「確かに報道はそうなっていたが。この時期から、日本政府も秘密
裡にスペシャルフォース(SS)を訓練していたはずだ」
 「というと、花田万頭のバ。クには」
 「そうだ。旧日本政府のバックア。プと、ジャップのスペシャル=
フォースの生き残りが関与していると考えていいだろう」
 「わかった。裏の組織を使って、花田の資料を収集せねばならんな」
 「そうすることは最善の策だろう。どんな組織、どんな個人でもウ
ィークポイント、アキレスの泣き所があるはずだ。それを押さえる
事。特にジャップのSSに関しては特殊戦のプロ集団ですし、ジャ
ップの「イテクノロジー技術で武装されているはずだから」
 その時、机の上の電話がなった。
 電話をとったフ″Iガスンが言った。
 「皆さんがお集まりになったようです」
 「すまんが、将軍、会議に出席してくれんか。本日は、ジャップ掃
討作戦の各地方指揮官達が集まっているんだ」
 「わかった。対日本人作戦の現況報告という奴だね」
 「その通りだ。君にとってはいささか退屈かもしれんが」
 「いやいや、そんな事はない。どんな小さな情報でも聞いておくに
こした事はない」
 「それじゃ、動こう」
 ライン(ルトは机のひきだしを開け、中のボタンを押した。
 スペシャル=ルーム自体がエレベーターになっていて、地下へ動

いていく。地下数百mに会議室が設けられていて、JVOの構成メ
ンバーが集まっている。
 「諸君、ごくろうだ。このド=ヴァリエ将軍は私の個人的な友人だ
が、JVOの特別顧問として来てもらった」
 「ド=ヴァリエです。よろしく」
 ライン(ルトがつけ加えた。
 「ちなみにこのアルプス要塞はド=ヴァリエ将軍のプランによって
作られたのです。この意見を具申した時、時のフランス政府とNA
TO軍は、ド=ヴァリエを気の狂った妄想者と呼び、ド=ヴァリエ
から軍籍を剥奪したのです。しかし、彼は私の協力を得て、このす
ばらしいアルプス要塞を作りあげることができました」
 拍手の嵐がドHヴァリエの耳菜に響いてきた。続いて拍手が納っ
たあと、ライン(ルトが発言する。
 「さて、諸君、各地における対日本人作戦の状態をきこうか」
 まず上背が2m近くあるアメリカのテイラーが発表した。
 「御存じの通り、我がアメリカ軍はソ連軍と合同作戦を取り、東京
エアボーン作戦を強襲した事は皆さん御存じの事だと思います」
 会場に再び、拍手の嵐がおこる。テイラーは上気して続けた。
 「以後。アメリカ軍占領地区では組織的な日本人の抹殺プランが順
調に進んでおります。日本人の所有していた(イテク技術工場はア
メリカ軍とソ連軍の合同部隊が接取し、地球連邦の繁栄に寄与する
予定です」
 続いてソ連のマガロフが発言した。
 「我々は、日本人の知力と体力をかい、希望者をニイガタからホー
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バークラフト船に乗せ、シベリアへ運んでいる。彼らの同朋愛的な、
自発的な労働は、我々ソビエト連邦の国家英雄的行為として高く評
価されるであろう」
「いまだに20世紀から進歩しとらんな奴らは」
 ド=ヴァリエはかたわらにいるライン(ルトに小さな声で言った。
「しかたがあるまい。軍事動員数だけは偉大だからな」
 次々と各国占領軍の発言が続いている。
「イスラム圈の人間の姿が見えないが」
 ライン(ルトがファーガソンに言った。
「彼らはいまだにコーランの精神にのっとりラマダンに入っており、
出席できないとのことです」フ″Iガソンが困った顔で言う。
 「困った奴らだ」
 「心情的に、彼らにとって昔、石油がビッグエネルギーであった時
期、日本人はいいお客さんでしたからね」
 「どうもキリスト教徒でない奴らの考え方はわからん」
 ライン(ルトは小さな声で言ったつもりだったが、耳ざといアジ
ア。アフリカの代表の驚きの声が拡がっていく。
 異様な雰囲気になってきた。
 「議長に質問する。JVOはキリスト教の新たな十字軍かね。さら
に白人の利益追求集団なのかね。我々、中国も、二千年にわたる関
係をふりきって、あなた方JVOに参加し、日本人抹殺計画に加わ
っていることを考慮していただきたい」
 中国代表の陳勝であった。
 韓国代表のイーユンボ牛が続けた。
 「諸君らも御存知の通り。我が大韓民国も日本とは深い因縁があり、
.)
在日韓国人の数が多い。我々は在日韓国人の保護を目的として出兵
しているが、他国軍隊が、我が同朋、韓国人を日本人と間違いいわ
れなく暴力行為。あ&いは殺人事件すらも発生している。私はこの
JVO本部の会議の場をかりて、この件を厳重に抗議しておきたい」
 インド代表チャンギがイーユンボギの発言を制した。
 「しかし、現場のうわさによると、君達韓国人は、日本人の技術者
に秘密裡に韓国国籍を与えていると聞くが」
 「そんな根も葉もないうわさをどこからしいれたのかね。先刻もい
っただろう。日本には在日韓国人が多いと。そういう君達も日本に
印商が多いはずだ。インド人の友人の日本人のために亡命日本人村
を作ったと聞いたぞ。確かネパール国境近くに」
 インド代表が反論する。
 「そんな事はありえない。我々よりもインドネシアやフィリピンの
方が危ない。彼らは多数の無人島を所有しているので、一つの孤島
を日本人達に与えたと聞くぞ。「イテクアイランドを作りあげ、自
国の発展に役に立たせようとしている」
 インドネシア代表ヒランボが続ける。
 「そんな事を言いだせば、日系人の多い中南米諸国はどうなるのか
ね」
 ブラジル代表ファランヘが答える。
「ゆえなき中傷だ。確かに我が国には日系大が多い。しかし6月1
日を機して、それ以降の帰化申請は却下している」
 インドネシア代表が反論した。
「が、我々はアマゾン奥地に、日本人特別市ができていると聞いて
いる」
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 お互いがののしりあいを始めた。収拾がつかない状態になる。
「我々はパートナーの選択をあやまったのかもしれんな。ド=ヴ″
リエ」
 ドロ‥ヴァリエもライン(ルトに耳うちする。
 「やはり、頼りになるのはヨーロ乙「人、アメリカ人だけかもしれん」
 「ま、そんな事は百も承知だったがね。ド=ヴァリエ」
二〇〇四年 五月 ライン(ルトの
別荘
 ライン(ルトはアルプス要塞から自分の別荘に戻っていた。ライ
ン(ルトはしばらくの日々、一人で考えていたのだが、やがて自室
ヘファーガソンを呼んだ。
「ファーガソン、一つプランがあるのだが」
「会長。どの様なプランでしょうか」
「まず、君に質問しよう。今まで我々ラドクリフ0コンツェルンが
構築し、宇宙空間に送り込んだ宇宙ステーションはいくつあるかね」
 唐突な質問にファーガソンはとまどう。
 「それは、無数といっていいかも知れませんが、三百くらいでしょ
うか」
 ライン(ルトは自分の前にあるラップトップ型通信ラインを開け.
CRTに表示してみる。
 「見てみろ、ファーガソン、これが我々ラドクリフリコンツェルン

が宇宙に打ちあげたステーションの数だ。実際四二三個だ。その内
現在も稼動中なのは、三五一だ。ここからが重要な話だ。この内、
軍事用に転用できるのは二つある」
 ここでライン(ルトは息をついだ。
 「先日のJVO会議の様に、Aプランでは、まだまだ生まぬるく、
世界各国の足なみがそろっていない。散発的な日本人グループの叛
乱も各地でおこっている」
 「おっしゃる通りです。なかなか占領軍になじまず、日本が滅亡し
た事実を理解しておりません」
 「それでだ、宇宙ステーションの一つが故障する。制禦不能になる
のだ」
 ライン(ルトは顔をほころばせた。フ″Iガソンが続ける。
 「そして、その宇宙ステーションでは軍事ミサイルを実験中だった
というわけですね」
 「そのミサイルが偶然、日本本土を直撃するわけだ」
 「各国も事故だとして、それを承認するわけですね。が、占領中の
軍隊はどうします」
 「この際、いささかの犠牲はやむを得んだろう。その時機、占領軍
のトップクラスは「ワイへでもバカンスへ行っていればいいじゃな
いか」
 「わかりました。どこの国も不平は言わんでしょう」
 「我々がJVOの活動に活を入れてやるわけだ。つまり自動的にB
プランヘシフトするのだ」
 ライン(ルトのみどり色の眼はキラキラ光っていた。
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二〇〇四年 一〇月 情報ネットワークサービス アメリカ本社
 メガネにデッ歯の男がモニターの中で叫んでいた。
「ブキャナンを出せ」
 その大声はINSの本社ビルをゆるがす程の勢いがあった。
「あなたは」
 恐る恐るモニター・オペレーターの一人がこの電波の侵入者に尋
ねていた。
「花田万頭だ、名のるまでもないだろう」
 INSの本部コンピューターはクライアントの顔と声紋の分析を
行なっていた。
 「少しお待ち下さい」
 オペレーターは答える。
 「いいか、ブキャナンがどこにいようと、一分以内に回線に出せ」
 花田の顔には怒りがはっきりとあらわれている。
 「おやおや、花田さん、大変お怒りの様ですが」
 ようやく回線に出たブキャナンは花田の怒声を軽くあしらう。花
田は続ける。
 「怒るのがあたりまえだ。我々の本部がJVOの奴らに攻撃を受け
た。あの場所を知らせたのは君達だろう。あの場所は、先日、君が
電波で割り込んだところなんだ。君達がその場所をJVOに知らせ
たに違いない」
 「花田さん、それは濡れ衣というものですよ。JVOも多くのサテ
ライトを地球上空にあげている。地球上の通信回路から場所をつき


とめることなど可能なのですよ。彼らの情報収集能力を低く見ては
いけない。それに我々があなた方、亡命日本人の本部をかぎつけた
瞬間、あなた方は本部の場所を移動させたはずだ。それより花田さ
ん、ちょうどよい機会だ。それよりももっと大変なニュースがはい
っています。貴重な情報だ」
「何かね」
「それは、この回線が盗聴されている可能性がある。会ってお話し
しましょう」
 彼らは暗号を使って会う場所を決定する。
二〇〇四年 一〇月 パリ シャンゼリゼカフェテラス
 花田は中国人のコスチュームを着て、ブキャナンの前に現われた。
ブキャナンもフランスへ旅行に来た観光客を装おっている。
 テーブルにすわる。二人は眼であいさつをかわす。
 テーブルの下でブキャナンの手に花田からマイクロチップが渡さ
れた。日本の国宝の一部を隠してある場所が入力されている。
 「さて、大変な事を聞かせてもらおうか、ブキャナンくん」花田の
眼にはパリの風景も眼にはいっていない。
 「中国服がよくおにあいですね、花田さん。さて大切な事です。A
プランからBプランへ移行する事が計画されているようです」
 花田は声を発する事ができなかった。
 日本抹殺最終プランがBプランである。
「ついに来るべきものが来たか。具体的にはどんな方法だ」
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