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ターミナル・ケアというものを考える時、最終的に直面するのは
「死とは何か」という問いではないでしょうか?
死を迎えるプロセスのなかで、その人なりの死に対する答が見つけられたときに
建設的な、発展的なターミナル・ケアが始まるような気がします。
一般論として、「死」とはどのようなものなのでしょうか。
ヨーロッパ的な観点と日本のようなアジア的観点では、歴史を振り返ってみても
死に対する考え方に大きな違いがあります。
『死の歴史』『死を前にした人間』(by p.Aries)によると、ヨーロッパにおいては
死のとらえ方において、時代変遷があるようです。
古代においては、人々にとって死は身近なものであったが、死者が近くにいることは畏れ、死者を遠ざけようとしていた。
キリスト教文化が浸透した中世になると、死はさらに馴染みあるものとなり、老人や病んだ人々は自分の死が身近に迫っていることを知っており、宗教的な儀式を通じて、穏やかに死を待っていた。
近代に近づくにつれ、12世紀ころには、個人と言うものが尊ばれるようになり、死とは、ある人が生涯をまっとうするための特別な機会であり、人の一生というものを死の瞬間からさかのぼって考えるようになった。
16世紀以降は、ペストの流行などによって、大量の死者を目にするようになり、死の醜い面や恐怖感情がかきたてられるようになり、『死の舞踏』の図像に示される通り、死とは荒々しく残酷なものととらえられるようになり、死と生との断絶が始まった。
18世紀以降は、それ以前の反動からか、死を美化する風潮が起きてきた。人生の醜さ、残酷さから目をそむけ、自分の死についてなるべく考えないですむようにするためである。死は誰かのものとなり、自分の死のみならず、家族や親しいものの死すらも受け入れ難くなっていく。
そして、19世紀以降は、死のタブー化が始まる。死に場所が家族の住む家から病院という他人の家へと移行し、人々が死に直面するのを避けるため、医者は患者に真実を告げなかった。つまり、死とは生の続きにあるのではなく、生とは対極のものとなり、幸福を壊すもの、幸せを破壊するものと考えられるようになったのである。
現代でも、病気や死を「人生の失敗」ととらえる欧米人は多い。
フランクルの実存分析
アウシュビッツのユダヤ人収容所体験を基にして書いた『夜と霧』で有名な心理学者フランクルが創始した心理学派は実存分析あるいはロゴセラピーと呼ばれています。
根底にあるのは、「人間とは生きる意味を求めて生きる存在である」という考え方であり、
生きる意味が見つからない時、あるいは見失ったときに、人は精神的に病んだ状態になるのであり、だからロゴセラピーを通じて、人が生きる意味を見つけられる手助けをしようとしました。
生きる意味を見つめるなかで「苦脳と死」に直面することは重要な過程であり、この二つの現実を知ってこそ、受け入れてこそ、人間の実存ははじめて一つの全体的なものとなる、といいます。
「運命が人間にある苦脳を課すかぎり、人間はこの苦脳の中にも一つの課題を見なければならない。苦脳に満ちた運命とともに、この世界でただ一度だけ、一人で生きているという意識に到達しなければならない。誰も彼から苦脳を取り去ることはできないのであり、誰も、彼の代わりにその苦脳を苦しみぬくことはできない 」(『夜と霧』より)
では、アジアや日本ではどうでしょうか?
死者をとむらう儀式は数多くあり、残された人々にとって死は身近なものとなりますが、生きている人々にとって、死はどのように考えられているのでしょうか。
戦後、長寿社会を謳歌する日本人にとっては、長寿が幸せであり、人生の目標のようになった感じがします。人生は長ければ長いほどいい、という風潮がある気がします。
果たして、そうなのでしょうか?
日本でも、「畳の上での死」から「病院のベッドでの死」が当たり前というか普通になってしまったので、死について考えなくてもすむようになっています。
誰かの死ではなく、自分の死というものについて考えみるとき、人は自分に対して優しくなり、人生に対してもっと謙虚になれるような気がします。
死なない人はいないのだから・・・
後ろを振り返りながら生きていると、死に対しても後ろ向きになりそう・・・
「生も明るく! 死も明るく!」![]()
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