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足立尚彦第三歌集『ねばならず』が上梓された。 先にウェブ上で発表されたものだが、「やはり短歌は紙の上に縦書きで印刷されたもののほうが読みやすい。(あとがき)」と出版されたのだが、私は読みやすさよりも、形あるものとして世にでてくれたことが嬉しい。 初出はほとんどウェブ上の歌会であり、幸いにも私はその瞬間を目にすることができた。パソコンの画面上に、パッっとすばらしい歌が出てきた時の感動は、おそらくネット歌会を経験したものでなければわからないであろう。しかし今回歌集となったものを手にして、不思議な感覚を得た。表紙の色、紙の手触りや匂い、ページを繰る音、活字のかたち。そういったものが歌に寄り添っている。ほとんど諳んじるほどに知っている歌たちが、まるで初対面のようだ。やはりニンゲンは五感をフルに使ったほうがよいのかもしれない。 今、久しぶりに氏の歌と再会すると、冷めていて実は熱い、中年の顔をした寂しい少年の歌であるのかもしれないと思った。行き先を確認しつつバスに乗る行き先まではいかないけれど人生は旅ではないぞ旅ならば財布があればなんとかなるぞ造花かと見粉うほどに傷のなき花の花屋に売られていたる二首目などクスリと笑ってしまうが、そのあとじんわりと来る。さりげなく、深く、やや斜めの視点から歌われると、寂しさがこみ上げる。大量の水を抱えてかるがると雲はそれなりに不自由である水彩画のみずのゆくえを追いながら画廊の奥をうかがう微風ぬいぐるみ洗えばずんと重くなりとても似ている命に水は雲の水もぬいぐるみの水も、視点が個性的である。水彩画の水は神秘的で美しい。どんなものにも命を発見してしまう瑞々しさと苦しさ。それはときおり言葉の迷路となって、読むものに宿題をだす。時間のずれ、言葉のずれ、感覚のずれ。ずれや歪みにこそ美しさがあると言う。苦しみと苦しむ暇との両方が同時にあって苦しんでいるそらいろのそらとはなんじゃいっかいもそらにとことんせまらんでおるふたしかな未来を過去となすためにセットしている目覚まし時計濁点を打てばカラスはガラスなり濁りはときに透明を生む言葉の迷路のなかを自由自在に走り回りながら、空を睨み、花を横目でチラリと眺め、隣家の犬(の歌がキーワードのように顔をだすのが楽しい)にひとりごとを言っているような歌集『ねばならず』大変個性的な優しさである。アラザル派と言ったら怒られてしまうだろうか。その色も形も価値もあきらかで模様が思い出せない五円十年後を夢想しながら納豆の賞味期限の過ぎたるを食う分度器の存在知りしあの頃の90は天の不思議な数字深深と帽子をかぶり直すたび記憶がこぼれゆく八月は台風の後の晴天 照れつつも明るい男になってしまえり早朝に米研ぎいたり眠たさも生きたさもみなざらつかせつつ本当と嘘との間に真実が実はあるのだゆらり老いゆく
Apr 15, 2008
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