2006/07/20
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 私が読書を出来るのは夜中、彼が寝静まった頃にトイレへと起き出してからキッチンへ向かい、小さなランプをつけて読む時間を努力するしかなかった。

 それにはやはり、自分が入り込める良い相性のある短編に限られるのであって、それが今回再読の志賀直哉であった。

 最初、どうしても夏目漱石の私小説色濃い「道草」を一気に再読したかったのだが、それは無理だと感じた。それでもなお抗い、この小説も細切れながら読んでいる。


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 私が志賀直哉に肩入れする理由は、その簡潔で明瞭な彼の文章形成を好んでいる他に、この作者の風体が、亡くなった祖父にそっくりだからである。

 学生の頃、初めてこの作家を読んだ折り、最後の頁に掲載されていた彼の写真を見たときに、思わず息を呑んだ。私の記憶の中の祖父と瓜二つだったからである。

 そうして、志賀直哉氏の性格についても、祖父を思い出させるものと重なることが多かった。

 類稀なる潔癖症な作家であることは皆さんが知るとおり、有名な話だが、祖父もそうであった。

 私の記憶の中で祖父の潔癖なまでの道徳的な一貫性を垣間見た出来事として一番鮮明に残っているのは、村祭りの準備の割り当ての為に開かれた、会合のときであった。

 ある村人が、今年の作付けは天候の具合で滞っており、うちは協力できない、と話した。一同が口をつぐむ中、祖父は八十歳近いとも思えぬような勢いで持って憤怒したのである。

 祖父であるこの老人の口上は、幼い私が聞いていても、本当に通りの叶った事であった。

 その内容は今詳しく書く事でもないので省略するが、とにかくこの老人の一言でその村人も憤怒した。

 しかし祖父は頑として受け付けず、その精神を貫いたのであった。多分、志賀直哉氏の生まれも明治四十三年、祖父もそうであったから

 この時代に生まれた男の気質として、多く浸透していた風であるのだ、とのちに自分を納得させたのであった。


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この短編の主人公は 山の手線の電車に撥ねられて怪我をする。そして、その怪我の養生で約三週間、城崎温泉へ逗留する。

 そこで三つの命の生死と向き合うこととなって、一度死に掛けた自分の内面を書き出すという設定になっている。

 一つは、常宿の窓に巣くっている虎斑の大きな太った蜂の死である。世話しなく働き続ける無数の蜂の中にただ一匹、屍骸になった蜂をみつけ、その様子があまりにも静かなのにしっとりとした親近感を感じている。

 二つは、川で溺れる鼠である。首のところに串が刺し通してある鼠で、四十くらいの車夫と子供が数人、笑いながらその鼠に石をぶつけようとしているところに出会う。

 鼠は生きようと必死でもがいている。そうして、死に目にあって死というものに親近感を覚えていた主人公がその静かな死にたどり着く前に、これだけの動騒があるという事実を恐ろしいと思う気持ちが書かれている。

 最後の一つはイモリの死である。夕暮れから出た散歩途中の小川の石にイモリがいる。ちょっと脅かすつもりで石を投げたところ、偶然にも小石は命中し、イモリは彼の前でもんどりかえって息絶える。

 自分は死んでもおかしくなかったのに対して偶然生きている。イモリは生きていて当然なのに対して不意に死を迎える。

 そうして、このような出来事に遭遇する事によって言い知れない生き物の淋しさを主人公はかみ締めた、という短編である。


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 何時読んでも思うのだが、この作家の文章構成には無駄がない。どうして自分もこのような日本語を書く事が出来ないのか、と思う。そうして、こういう文章が書いてみたいと思って止まないのだ。

 簡潔な文章の連なりで、これだけの情感を出すことの出来る作家は、居そうで居ない。多くの人が感じるとおり、彼の人となりがそのまま文章へと一貫されているとおもうのである。





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Last updated  2006/07/21 08:39:52 PM
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