こんな風に書いていただいて・・・
ホント、嬉しい限りです。
人の心の繋がるって、嬉しい。
頑張ろうね、リックさん!

さて、これからけいたくんのブログ、書かなきゃ。 (2006/07/28 03:09:19 AM)

2006/07/25
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 幸田露伴の次女、文(あや)氏の小説であるこの「えぞ松の更新」はタイトル「木」に収められている冒頭の短編である。

 幸田文氏が老齢多くして、急に日本列島の各地に点在している有名な「木」の姿を、自らが足を運んで、その眼で、その指先で、感性鋭く情景を描いた小説である。

 最初に出てくるこのえぞ松は、私の出身地・北海道で生育している。

 倒れた松の老木の上にまた、えぞ松の種が発芽し、それらが並んで、老木の上を直線的に成長するという、松の輪廻なるものを

 幸田氏は見たくて致し方なくなり、森林関係者を頼って、押しかけるという設定になっている。

 それは紅葉鮮やかな、富良野の原生林であった。


======================


 ブログ上では何度か、事あることに書いているのだが、私は道東の農家出身である。祖父母を含む、八人家族の大所帯で、類に漏れず貧困だった。

 夏の間の農作業が終わると、私の父は家族の食欲の為に、出稼ぎに出かけなければならなかった。チェンソー一台とツギだらけの薄っぺらな煎餅布団一式を背負って

 北海道の奥深くに、同じような境遇の数十人と分け入り、現場親方の指揮の下、こういう木を切り倒す仕事だった。

 男たちの暮らすところは、まさしく掘っ立て小屋であり、ほとんどが無筆で、二の腕の太さを自慢しあう者たちの集まりだった。

 道無き道を行くまさに山奥で、里に下りるまで二時間というのも常であった。そういった不便な断絶された場所であったから、いつも現場監督の女房などが一緒に寝泊りし、飯場があった。

 男たちは、自分たちの両手の抱えで四、五人だと足りるであろうか、というような巨大な松を片っ端から切り倒していった。中には倒れる松に、両足を一生利かなくされる者もあったし、あまりに急な山肌を滑り落ち、頭をおかしくする者も居た。

 一度、その飯場へ入ると、短くて三ヶ月、長くて半年も出てこない父に、母は着替えやら、里の甘菓子やら焼酎やらを届けなければならなかった。

 父恋しき私たちを古ぼけた車に乗せ、母は山道を走る。一つハンドルを取られると絶体絶命のような道が続く山奥を走る。

 車のタイヤがぬかるみに埋まりそうになると、母は、運転席から、ただ事ならぬ大きな声で、私たち兄弟4人に声を荒げるのであった。

「早く、とっとと車の後ろさ行かんと!」

 私たちは固唾を飲んで、車の最後部へ、シートを乗り越え、這っていく。とんでもないデコボコ道の為に、頭を天井にぶつけたり、舌を噛んだりしながらも、必死で母の言う事を聞いた。

 ぬかるみに、はまりそうな後ろタイヤは、兄弟四人の僅かな重りによって、なんとか力を得、先に進む。

「ここでタイヤなんか
 埋まってしまったら
 どうなるかわかんないど!」

 この言葉が恐ろしかった。私の幼心には、車がこの悪路から飛び出して、山肌を転げ落ちる様がまざまざと浮かんだ。そうして、それが谷底まで落ちて静かになったときには、いったい自分たちはどうなるんだろう、とひたすら怖かった。

 父に会いたい一心で兄弟が手を繋ぎ協力していた。母もまた、危険を犯してでも、ぬかるみに、はまらないように、私たちを連れて行く必要があった。

 人一倍怖がりの私は、母の一言で身が竦み、なみだ目であった。そうして、(ぶじ、お父さんにあわせてください、かみさま、ほとけさま、おねがいです!)と心の中で嘆願し、そのとき切り、もうこれが叶ったなら、二度と学校の宿題をわすれませんから!と真剣に誓うのであった。

その時、私は、小学校一年生である。


===================


 こんな経験のある私には、年老いた幸田文氏が何故、あのような山奥にわざわざ出向き、それを見ずには死ぬに死ねない、というまで高揚したのだろう、と思っていた。

 彼女も郊外の農村の育ちではあるが、私にとって、そこは文化圏の範囲を超えないし、全てが、人の手いれの入った、行き届いた場所であるような気がした。

 しかし、彼女は、その原生林の生々しさを目にして、感動のあまり心を震わす。そのくだりは、深い願いのような感じさえするのである。

 もしかしたら、植物を言い当てるのに才能はあったが、残念にも早逝した姉の存在と、晩年最後の息を引き取るまで看取った父・幸田露伴への思慕が、そこに多少なりとも影響あるのかもしれない、と、思って止まないのであった。




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Last updated  2006/07/26 10:09:02 AM
コメント(17) | コメントを書く


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Re:幸田文 「えぞ松の更新」と、父の出稼ぎの思い出(07/25)  
おはようございます。
住めば都と言いますが、都にも色々とあるようで・・・。
ぬるま湯にどっぷりと浸かった人生を歩んでいたら耐えられないですね。
凄いな。いつ聞いても凄いお話しばかり。
強いほたるるさんの原点を垣間見ます。

まだまだお忙しいのですか?
色々と大変でしょうが、お体に気をつけて頑張ってくださいね。
それでは、良い1日になりますように(^^)/
(2006/07/26 04:01:57 AM)

Re:幸田文 「えぞ松の更新」と、父の出稼ぎの思い出(07/25)  
ヨリメ。  さん
お父様との生活、距離、会えない寂しさ
お母様の運転で会いに行く部分を読んでいるうちに
自分の父親との関係が、だぶりました。

ほたるるさんのお父様との境遇とは違うけど
わたしも父の仕事がら
会えない時期がありました。

あの頃の父は、わたしにとっては「緊張」の存在でした。

じぶんのブログで書きたいと思います。

梅雨空が続きますね・・
チビちゃん・・イライラしてますか?

良い日をお過ごし下さい。
(2006/07/26 05:36:56 AM)

うーん、親父かぁ・・  
リック爺  さん
死んだ親父を思い出しました。なんだかんだ言っても親父の存在は大きかったです。はたして、自分を省みると、どうなんだろう? うーん・・・ (2006/07/26 06:13:36 AM)

おはです♪  
忍馬  さん
子供達を父親にあわせてやりたいという、お母さんの気持ちが、強さが伝わってきました。いつの時代も、母親とは強いものなのですね。 (2006/07/26 06:18:07 AM)

Re:幸田文 「えぞ松の更新」と、父の出稼ぎの思い出(07/25)  
今は便利な生活を当たり前のようにして暮らしていますが、昔は皆必死で生きてきたように思います。
それでもまだ、他所よりは恵まれた生活の方だと考えておりました。

それにしてもほたるるさんのご両親のご苦労は、現代では計り知れないほどですね。
今の子供は生まれた時点で、すでになんでも揃ってるのでそれがいい事なのか考えてしまいますね。
それでも物欲は途絶えることなく、泉のごとく湧いて出てくるのですから恐ろしいですわ。
(2006/07/26 09:11:15 AM)

Re:幸田文 「えぞ松の更新」と、父の出稼ぎの思い出(07/25)  
誰やねんっ20号(昼休み) さん
みんな生きるに一所懸命だったんだろうなあ。
ほたるるさんのお父様との境遇とは違うけど
わたしも父の仕事がら
会えない時期がありました。
だって寝ている間に帰って来て、出掛けて行くんだもんなー。
あの頃、それなりに過酷だったんだろうけど、僕は子供過ぎてよくワカラン。
子供達には心配掛けたくないと思うのだが、こんだ自分の仕事がらエライコトになってまふ。

文学にはそれほど興味の無いワタシ。。。感想無しスマン。
(2006/07/26 12:35:58 PM)

あっち27(^^)/さん  
ほたるる  さん
おはようございます。
そうですね。私はホント、あっちさんと同じ年なの?っていう体験をずいぶんしているようです。
その中で、苦しくとも生きる逞しさをまず身につけたような気がします。
生きようともがく両親を幼少から見てきたせいで、人生は苦なることがたくさんあるけれど、結果など気にしないで
毎日を生き抜く覚悟を物心ついた時から教えられていたんですね。
貧乏していてよかったです。
そうじゃなければ、心の尊厳にふれることがこんなに無かったと思うし
自分は一人で生きられない、ということも学べなかったように感じます。

いやあ、毎日は相変わらずです。笑。
でも、生活のリズムが構築されてきたので、なかには余裕をもって過ごせる日がつづけて2日とかできるようになりました。
これから、暑くなりますね。お互い、体に気をつけて頑張ってよい日にしてゆきたいですね♪ (2006/07/27 07:17:14 AM)

ヨリメ。さん   
ほたるる  さん
おはようございます。ヨリメ。さん。
このブログをもつ事で、一番嬉しい言葉をかけてくれてありがとう♪
自分が書いたことが、読んでくれた方の何かを呼び覚ませるやりとりって
すっごく嬉しい事です。やっていたよかったなあ、ってしみじみしちゃいました。
そっか、ヨリメ。さんのお父さんもそうでしたか。
そういえば、わたしも最初おとうさんの顔を見たときは
ずいぶん、緊張したものでしたっけ。
でも、やっぱり嬉しい。親子って不思議です。
そうして、親を思う子供の気持ちは、まったくけなげですね。
今度、ブログアップされるのを楽しみにしています♪
ほんと、梅雨が続きました。
チビタ・・・かなりエキセントリックでしたよ。爆。
お部屋のものが、次々壊れてゆきました。たはは。
ヨリメ。さんにも、素敵なお時間を♪ (2006/07/27 07:52:16 AM)

リック爺さん  
ほたるる  さん
うわあ♪
ヨリメ。さんに続き、リックさんまで?
嬉しいですね、書いてよかった。
リックさんと同じで、私も今の自分と変わらない年の今の自分を並べて
「大丈夫か・・・かア?」と思うこともかなり大きいのですが
私は、私なりに精一杯頑張っているので、これでよし、としています。ははは。
ほんと、なんだかんだといっても、両親の影響は子供にとって大きいですね。
そうだからこそ、その上に自分の新しい個性を開拓していく必要性が、生きる、って言う事かもしれませんね。
わたし、リックさん好きですよ♪
しっかりした毎日を過ごされて、素敵なご友人もいて
いつもそちらに行ったときは、安堵とともに、刺激をいただいてます♪ (2006/07/27 07:56:50 AM)

リック爺さん・補足&訂正♪  
ほたるる  さん
私も今の自分と変わらない年の今の自分<じゃないですね。爆。

私も今の自分と変わらない年の昔の両親。ですね。
ごめんちゃい。 (2006/07/27 07:58:15 AM)

忍馬さん  
ほたるる  さん
危ないところだけど、小さくても私たちがいることで、助かる事がある・・っていう事実が、小さな私たちにもひしひしと伝わってはいたんだけど
なんたって、私たちが父親に会いたかったですね。
母はおこりんぼうでしたけど、父はいつもおだやかでやさしい存在でしたから。
あの頃から、一家力をあわせてでないと、生きてゆけない、っていうのを学んでました。
昔のお母さん達は、生命力に溢れていて、皆夢中で子供達を養っていましたねえ。
一人でひいひいいってる自分がお恥ずかしいかぎりです。
忍馬くんのワイフさんは、頑張りやさんでほんと素敵です! (2006/07/27 09:05:03 AM)

ちぇるしー*さん  
ほたるる  さん
わたしの育ったところは、みんなが貧しかったので、
それぞれが生きるのに必死で、家族ぐるみ、地域ぐるみで子供達を育てていかないと、立ち行かない感じが、子供心にもよくわかりましたっけ。
なにもない中から、自分たちで遊びを見つける天才が子供達の性分だったような気がします。
今、自分が持ちえる想像力は、きっとあそこから出てきているのだ、と思います。
でも、あの頃、みんなが当然にもっていたりかちゃんハウスやピンクレディセットがうちに無い事は、本当に悲しかったです。
よく、こっそりと泣いて、貧乏を恨みましたっけ。
でも、大人になってみて、その実りのいかに多いことか。
今になってやっとその意味がわかってきた感じです。
チビタにも、自分で生み出す楽しさを教えたいのですが
今では、かなわないようで、なんとかしようと頭をひねっています。
でも、ほんと、人の物欲は果てしないですね。 (2006/07/27 09:10:40 AM)

誰やねんっ20号(昼休み)さん  
ほたるる  さん
ある意味、ほんと今月の食費をどうするか、で、当時の母の頭はいっぱいだったと思います。
まったく頭がさがります。
月末になって、おやつをねだると、おさいふの中身をみせて
「ごめん、今月はもうこれしかないよ、」と・・・。
みてみると300円ちょっとしかなかったりして。
裏庭でにらを刈って来て、鶏小屋の玉子と交わせて卵とじしたのが毎日・・・って感じをよく覚えています。
それでもうちが明るかったのは、おこりんぼうの母ですが
いつもあきらめず、朝になるとにかっと笑っていたからだと思います。
あの生きるための知恵というか、逞しさ。
忘れずに継承できたら・・・と思います。
そっか、隊長のおとうさんもそうだったの。
そうして今、隊長が赴任か・・・。
でも、隊長ファミリーもすごい団結力です。
これは夫婦で築いた、自慢すべき財産ですね! (2006/07/27 09:16:58 AM)

ほたるるさん・・う・れ・し・い・です。  
リック爺  さん
ほたるるさん
>うわあ♪

>私は、私なりに精一杯頑張っているので、これでよし、としています。ははは。
>ほんと、なんだかんだといっても、両親の影響は子供にとって大きいですね。
>そうだからこそ、その上に自分の新しい個性を開拓していく必要性が、生きる、って言う事かもしれませんね。
>わたし、リックさん好きですよ♪
>しっかりした毎日を過ごされて、素敵なご友人もいて
>いつもそちらに行ったときは、安堵とともに、刺激をいただいてます♪
-----

何度も、何度も読み返してしまいました。(馬鹿ですねー、笑)
ぼくも、モチロンほたるるさん大好きです♪
一生懸命生きて、苦しんで、また生きて、その隙間で一息ついているのが、このブログなんですよね。(^^)
(2006/07/27 03:53:32 PM)

Re:幸田文 「えぞ松の更新」と、父の出稼ぎの思い出(07/25)  
choco♪  さん
幸田文好きです。
でも、ほたるるさんの育った家族のお話も大好きです。

私は東京で育って父はやっぱり仕事が忙しくていなかった。父の愛を感じたことなかった。
でも、そういう私も父に思いやりなかった。

ほたるるさんの家族は離れていても、ちょっと貧しくたって、愛情いっぱい感じるんだよね
寒い寒い北海道で、すごくあったかい家族だよね
今のほたるるさんも、そのまんまなんだろうな

ところで、なつかしいですね ユリゲラー!
思わずスプーン持っちゃう気持ちよくわかるーー
ちなみに私は曲げたことないです(~_~)
ほんとうに超能力なのかな いまだによくわからない私です

(2006/07/28 12:01:44 AM)

リック爺さん   
ほたるる  さん

choco♪さん  
ほたるる  さん
そうですか!
幸田文・・・もろちゃんの話だと、露伴から始まり、彼女、延いてはお孫さんまで作家ですと?
その精神の引継ぎにちょっと感動しました。

本当は「きもの」を読みたくて、本屋にいったのですが、これしかなかったんです。爆。
でも、今、めぐり合うべくして、めぐり合った本でした。
人とのめぐり合いも不思議だけど、本とのめぐり合いも不思議ですよね。微笑。

そっか、そっかーーーーー。
少しずつ、choco♪さんとお父さんの気持ちが、溶け合う日がくると
本当にいいなあ、と思います。
お互い・・・「ぶきっちょさん」なのでしょうか。 (2006/07/28 03:15:21 AM)

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