2006/07/25
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 幸田文氏が老齢多くして、急に日本列島の各地に点在している有名な「木」の姿を、自らが足を運んで、その眼で、その指先で、感性鋭く情景を描いた小説である。

 最初に出てくるこのえぞ松は、私の出身地・北海道で生育している。

 倒れた松の老木の上にまた、えぞ松の種が発芽し、それらが並んで、老木の上を直線的に成長するという、松の輪廻なるものを

 幸田氏は見たくて致し方なくなり、森林関係者を頼って、押しかけるという設定になっている。

 それは紅葉鮮やかな、富良野の原生林であった。


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 ブログ上では何度か、事あることに書いているのだが、私は道東の農家出身である。祖父母を含む、八人家族の大所帯で、類に漏れず貧困だった。

 夏の間の農作業が終わると、私の父は家族の食欲の為に、出稼ぎに出かけなければならなかった。チェンソー一台とツギだらけの薄っぺらな煎餅布団一式を背負って

 北海道の奥深くに、同じような境遇の数十人と分け入り、現場親方の指揮の下、こういう木を切り倒す仕事だった。

 男たちの暮らすところは、まさしく掘っ立て小屋であり、ほとんどが無筆で、二の腕の太さを自慢しあう者たちの集まりだった。

 道無き道を行くまさに山奥で、里に下りるまで二時間というのも常であった。そういった不便な断絶された場所であったから、いつも現場監督の女房などが一緒に寝泊りし、飯場があった。

 男たちは、自分たちの両手の抱えで四、五人だと足りるであろうか、というような巨大な松を片っ端から切り倒していった。中には倒れる松に、両足を一生利かなくされる者もあったし、あまりに急な山肌を滑り落ち、頭をおかしくする者も居た。

 一度、その飯場へ入ると、短くて三ヶ月、長くて半年も出てこない父に、母は着替えやら、里の甘菓子やら焼酎やらを届けなければならなかった。

 父恋しき私たちを古ぼけた車に乗せ、母は山道を走る。一つハンドルを取られると絶体絶命のような道が続く山奥を走る。

 車のタイヤがぬかるみに埋まりそうになると、母は、運転席から、ただ事ならぬ大きな声で、私たち兄弟4人に声を荒げるのであった。

「早く、とっとと車の後ろさ行かんと!」

 私たちは固唾を飲んで、車の最後部へ、シートを乗り越え、這っていく。とんでもないデコボコ道の為に、頭を天井にぶつけたり、舌を噛んだりしながらも、必死で母の言う事を聞いた。

 ぬかるみに、はまりそうな後ろタイヤは、兄弟四人の僅かな重りによって、なんとか力を得、先に進む。

「ここでタイヤなんか
 埋まってしまったら
 どうなるかわかんないど!」

 この言葉が恐ろしかった。私の幼心には、車がこの悪路から飛び出して、山肌を転げ落ちる様がまざまざと浮かんだ。そうして、それが谷底まで落ちて静かになったときには、いったい自分たちはどうなるんだろう、とひたすら怖かった。

 父に会いたい一心で兄弟が手を繋ぎ協力していた。母もまた、危険を犯してでも、ぬかるみに、はまらないように、私たちを連れて行く必要があった。

 人一倍怖がりの私は、母の一言で身が竦み、なみだ目であった。そうして、(ぶじ、お父さんにあわせてください、かみさま、ほとけさま、おねがいです!)と心の中で嘆願し、そのとき切り、もうこれが叶ったなら、二度と学校の宿題をわすれませんから!と真剣に誓うのであった。

その時、私は、小学校一年生である。


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 こんな経験のある私には、年老いた幸田文氏が何故、あのような山奥にわざわざ出向き、それを見ずには死ぬに死ねない、というまで高揚したのだろう、と思っていた。

 彼女も郊外の農村の育ちではあるが、私にとって、そこは文化圏の範囲を超えないし、全てが、人の手いれの入った、行き届いた場所であるような気がした。

 しかし、彼女は、その原生林の生々しさを目にして、感動のあまり心を震わす。そのくだりは、深い願いのような感じさえするのである。

 もしかしたら、植物を言い当てるのに才能はあったが、残念にも早逝した姉の存在と、晩年最後の息を引き取るまで看取った父・幸田露伴への思慕が、そこに多少なりとも影響あるのかもしれない、と、思って止まないのであった。




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Last updated  2006/07/26 10:09:02 AM
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