シンママパピコの気まぐれブログぅ~

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Papico97 @ Re[1]:アカウント乗っ取り(12/10) yanpa555さん >お父さん、よかったですね…
yanpa555 @ Re:アカウント乗っ取り(12/10) お父さん、よかったですね。鉄人ですか!…
Papico97 @ Re[1]:大手術(08/04) アジョシへ ありがとうございます。 ま…
yanpa555 @ Re:大手術(08/04) >生まれ変わった人みたい 実感としてわ…
Papico97 @ Re[1]:大手術(08/04) はんらさんへ ありがとうございます。 …

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2010.11.05
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テーマ: 人間関係(953)
カテゴリ: カテゴリ未分類





まるで自分の小学生時代のようです。



触るとばい菌が移るとか言われて、

半径1メートル以内に近づくと腐ると言われた。



机にパンを入れられたのに気づかず、

あるとき出てきたんですよね。



私が入れたんじゃないのに、

「コイツきたねぇ」ということになった。



当時郷ひろみの「お嫁サンバ」という歌が流行っていて、

それを替え歌にして、



「お嫁、お嫁、お嫁に行けない~♪」



とクラスで大合唱された。



掃除の時間、私の机は誰も触らなかったし運ばなかった。



グループ分けするといつも一人残った。



誰かのものがなくなると、いつも私が疑いの目を向けられた。



昇降口に行くと、学年全ての人たちが

キャーと叫び声を上げて、一斉に逃げていった。



なぜなら、私に近寄ると腐るから。



登下校の時も、私の家は通学路に面していたので、

私のクラスメートの兄弟の学年まで、

みんなで家の前にいる私を罵倒して通り過ぎて行った。



あっち行け、近寄るな、死ね、毎日クラス中の人から言われました。



みんなでお互いを押し合って、私にくっつけようとしたりしてました。

それをゲロでも自分にくっつきそうになってるかのごとく

必死で足を踏ん張ったり、逃げたりしてました。



あの必死な形相、面白がってる顔、憎らしそうな顔、

一人一人の顔、全部覚えてます。



あいつも、こいつも、私を2年間苦しめ続けた。

未だに忘れません。


担任の先生も知っていたけど、見て見ぬ振りだった。




きっかけなんて些細なこと。



ある日仲良しの友達が私に絶交宣言をしたんです。



「性格を直せ」と言い残して。



何をどうしろとは言わなかった。



ただ、性格を直して、とだけ言いました。



その子がまた、魅力的でクラスの中心的な子だったから、

その子にダメ出しされたことは、「おまえは無価値」と宣告されたも同然。



何が悪かったのか分からない。



それからすべての悪夢が始まりました。



(彼女は後に引っ越してしまって、数年前に偶然

ネットで発見し連絡を再開したのですが。)



本当に死にたかった。手首を何度もカッターで切りましたけど、

動脈を切るほど勇気がなかったです。

首を吊る勇気もなかった。



死んで抗議できるのはすごいこと。



でも、それはしてはならないこと。




群馬の亡くなった小学生も、授業参観のときに

お母さんが外国人ということで、容姿について悪く言われた、

それがきっかけだったと聞きました。



一つ何か違うことをあげつらって、そこからいじめはスタートするのです。



理由なんて何でもいいのだから。



なのに、世の中には未だに



「いじめられる側にも理由がある。いじめられる側にも非がある」



と平然と言う人がいる。



確かに友達を作り難い性格の人はいるかも知れませんね。



KYとか浮いているとか、いろいろ表現はあるけれど、

「他の人とちょっと違う」ことはあるでしょうね。



でも、だからといって、「いじめていい理由」にはならない。



集団でその子を不幸のどん底に陥れていい権利なんてないでしょう?



「他の人とちょっと違う」ってなんなんだろう?



逆に人と違うものを持たない人っているの?



「その他大勢と同じ」方がよっぽど怖いしおかしいと思うけれど。




私は塾や習い事にたくさん通っていて、そこではいつも友達もいたし、

先生方も可愛がってくれました。



何よりも、クラスでいじめている人たちも、

私と1対1になると普通に話してくれました。



つまり、集団だからヤルんです。



あんな悪夢が正当化されていいと思えないし、

いじめた側は、恐らく自己申告でもしない限りはシラを切れるでしょうが、

それでも少しでも良心があるなら反省して欲しい。



一人の人を、死を選ぶまで追い詰めたことを、重く受け止めて欲しい。



私はあのいじめがトラウマで、未だに人間関係に苦しんでます。



よく言われます。



「小学生時代の傷を未だに根に持ち乗り越えられない方が

大人としてどうなんだろうか?」



みたいなことを。



そんなことを言う人間は、同じ経験をしてから言って欲しい。



まったく同じ経験をしてから同じことを言ってみろ。



言えるものなら。



いじめなんてどこの世界にもあるものでしょう。



でもそれを見て見ぬ振りをし隠蔽し、

なかったことにする大人が一番許せない。



私の担任がそうであったように。



死人に口なし。



だから、絶対に死んではならない。



死んでも家族以外は誰も悲しんでもくれなければ

反省してもくれないのだから。



今いじめられているあなたへ。



今あなたがいる世界が全てではないこと、

それだけは分かってください。



教室という箱、学校という箱から飛び出せば、

あなたの価値を認めて友達になってくれる人は絶対にいます。



今の世界が全てだと思って、抹消しようとしないで下さい。

自分が目を閉じれば、その世界が終わる、

それはそうかも知れないけど、

逆にそこから自分の体を逃がしてあげれば

また新しい世界で再生できるよ。やり直せるよ。



そこから逃げることで、まったく新しい世界で

あなたの人生を生きることができるよ。



学校なんて行きたくなければ行かなければいしい、

逃げたって構わない。



私のときは、誰もそんなこと言ってくれなかった。



だから親にもいじめのことは言えずに、

無遅刻無欠席で皆勤賞だよ。



毎日あの教室に入るのは地獄より恐ろしかった。



今ならわが子になら言います。



行かなくていいんだよ、と。



わざわざ自分を苦しめる集団の中に

けなげにクソ真面目に通う必要などないのよ。



こっちから去っていけばいいのよ。




以下、記事。



群馬県桐生市の市立新里東小6年、上村明子さん(12)が自宅で首つり自殺をしてから間もなく2週間。「臭い、あっち行け」。一部の同級生からそんな言葉を投げつけられていた彼女は、6年の2学期になると給食も独りで食べるようになっていた。担任がほかの児童に決められた席で食べるよう指導しても状況は変わらなかったという。両親や学校関係者の説明を基に過程を振り返ると「学級崩壊」の中で孤立を深めていった彼女の姿が浮かぶ。【喜屋武真之介、塩田彩、鈴木敦子、角田直哉】

 明子さんの家族は派遣社員の父竜二さん(50)と母(41)、小4の妹(10)。家族によると、父親の仕事の都合で転居を重ね、08年10月に愛知県から新里東小に転校した。4校目の小学校だった。

 ■         ■

 09年4月 5年生に進級。父親によると、フィリピン出身の母が授業参観に訪れてから一部の同級生に容姿の悪口を言われるようになった。

 今年4月 6年生に進級。「臭い」「風呂に入っているのか」などと言われるようになり、両親に「どんなに遠い学校でも歩いて行く」と転校を訴えるようになった。両親は学校側にたびたび相談し、中学進学を機に引っ越すことも考えていた。

 9月18日 運動会。以後、明子さんのクラス(児童数39人)では授業中に児童がふざけたり、私語にふけるようになった。

 同28日 担任(40代の女性教諭)は席の間隔を広げれば私語などがやむと考え、縦8列の席を6列に減らした。しかし児童たちは給食時、給食の班(5人程度)ではなく、席を移動して友達同士で食べるようになり、明子さんは孤立した。

 10月14日 担任は校長らに相談の上、再び席替えを実施。給食の班替えも行った。

 同18日 再び明子さんが給食で孤立するようになった。

 母親によると、勇気を出してクラスメートに「一緒に食べよう」と頼んだことがあったが「また、今度ね」と断られたという。

 同19日 明子さんが学校を欠席。

 同20日 再び欠席。担任が「あすは社会科見学があるから、出てくれるかな」と電話をする。

 同21日 社会科見学に出席した明子さんは一部の同級生から「なんでこういう時だけ来るの」「普段はずる休み?」などと言われ、泣きながら帰宅。

 同22日 再び学校を欠席。学校側はこの日、給食の班を廃止。全員を黒板に向かって食べさせた。夜、担任が上村さん宅に報告に行ったが、共働きの両親は留守で、インターホンの呼び出しに返事はなかった。

 同23日 明子さんは午前9時ごろ起床、朝食を食べた。正午ごろ、母が部屋をのぞくと、母のために編んでいたマフラーをカーテンレールにかけ、首をつっていた。

 ■         ■

 明子さんの遺書は見つかっていない。しかし10月26日の告別式後、自殺直前に描かれたとみられる漫画が自宅で見つかった。タイトルは「やっぱり『友達』っていいな!」。同29日に見つかった愛知の元同級生にあてた手紙には「中学になったら大阪に行くんだ。だから愛知県を通るかもしれない。できたら会いに行くね!」とつづられていた。

 一方、自室に残されていた5年の林間学校時の集合写真には、同級生15人の顔にボールペンの先のようなもので「×」印がつけられていた。「もしもひとつだけ願いがかなうなら?」との質問が書かれた市販のプロフィル帳には「学校を消す」と書かれていた。

 明子さんの小学校は学区内に農村と新興住宅地が混在する。6年生は2クラスだけで、児童の一人は「上村さんをいじめるグループがあった。上村さんは『ちょっとどいて』『あっち行って』と言われ、悲しそうな顔をしていた。注意する人はいなかった」。別の児童はこうも言う。

 「いじめの中心になる子が何人かいて、ほかの子は何をされるか分からないから逆らえない。クラスはバラバラで学級崩壊みたいな感じだった」







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Last updated  2010.11.05 14:42:26
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