雪月花

きっとそういうこと






きっとそういうこと



新聞配達の足音に覚える罪悪感にも、慣れはじめていた。


ベッドの中で目を開けているあたしの、これは一日の終わりなのか、それとも始まりなのか、考えてみればそれも分からないまま、夜は続いていた。なかなか眠れないからこんな生活になってしまったのか、こんな生活をしているからなかなか眠れないのか、多分後者の理由が、この醜い生活のリズムを維持している。しかし始まりは前者だったに違いない。少なくともそうだと信じておきたい。少しずつ、少しずつ夜の方にずれて、今になってしまった。活動するのは暗い時間。不本意な夜行性。


少しずつ、少しずつ変化して、物事は取り返しのつけられない方へと定まって行く。取り返しをつけようと粘ったことはないながら、今思い出せることはもう取り返しがつかないこと。それは確かだ。


思い出せること。よくも悪くも呼び起こせる全ての記憶を思い出という?もしくは思い出とは、思い出せることの中から脳の持ち主が恣意的に選び出した(時に美化された)特定の種類の記憶なのだろうか。でも、「今思い出せることよりも遥かにたくさんのこと」がこの身の上に今まで起こってきた。それも確かだ。


もう思い出すことの無い出来事というのも、比喩ではなく現実に大量にあるのだろう。これから出来事を、時間を積み重ねて行けば行く程、思い出す事柄は限定され、減少して行くだろう。確率としても分量としても回数としても。持ち主に思い出されなくなった記憶というものほど哀しいものは無い。それを思うと悲しくなる。彼らは死ぬまで脳のどこかに留まって、儚い願いに一縷の望みを繋いでいるのか。それとも完全に消えてしまうのか。そうは言っても、思い出されることの無い記憶が何かなんてそもそも分かりっこないので、これはただの感傷でしかない。感傷。


思い出す、というのは、忘れていた、ということだ。久しぶりに何かを思い出して、それを今まで忘れていたのだと思い知って愕然とする。今思い出さなければもう思い出すことは無かったのかもしれないという恐怖。


今のところまだ再生される思い出によって泣くことがある。出来事の記憶、会話の記憶、感触の記憶。それも感傷になってしまうというなら、我ながら陳腐な話である。けれどそうした感傷の行く末がこうした文字なのだとすれば、だとすれば、何だと言うのだ。たとえそれが、最初の恋をずっと引きずるのかもしれないという薄ら寒い予感によって引き起こされた心の混乱の整理のためだとしても。ただ、この行為は何かにとって必要だったのだ。


女は正直で我慢強く、結果的に嘘つきであった。男は別れを告げられた。別れを告げられた男の方は、臆面も無く未練を表せる。それに引き替え女はといえば、別れを告げておきながら、自分がどうしたいのかすら今はもう分かっていない。それは、意地だのプライドだのといった次元の話ではなく。ただ、ゆらゆらしていた。当時の状況を見れば、彼女の選択、彼女の判断は正しかったと、彼女は自分自身にも胸を張って言えるほど納得している。それでも、望ましいものではなかったのだ。その瞬間での最良の選択をしたとは言えても、その瞬間そのものが最悪だったならば、その選択自体に首をひねる部分も出て来る。彼女は今、母親の胎内に戻りたいとさえ願い、温かな暗い毛布の中に丸まって、ため息のような泣き声で涙を流し続けている。温かな暗い毛布の中で、幼い頃よく想像ごっこをして楽しんだ。埃っぽく息のつまるその狭い半球は、夜だけの王国であった。そこに温かな枕が差し込まれることもあった。けれど全ては昔話。ただの懐古でしかない。思い出される出来事と、その出来事を思い出すプロセスとの間には、何か意志が働いているのだろうか。思い出したいことを思い出しているだけなのかもしれない。


このごろになって、自分が理想主義だと気付かされた彼女は、自己嫌悪に陥っている。しかも、当たり前だと錯覚していたものが、世に言う理想だと知ったために、その衝撃は鈍重なものだった。例えば彼女は、朝が来れば明るくなるのと同じように、家族というのは円満で愛に満ちているものだと認識していた。愛の満ちている空間においては、与えるだの与えられるだの考える手間もなく、空気が循環するように、誰も惜しみなく、見返りなどという言葉さえ知らずに温かいもののやりとりをする。それはしかし当たり前ではないようだった。現に、彼女が自分の中にこうして「愛」や「幸せ」や「家族」を説明するための独自のシステムを持ったことが、何よりの証拠である。当たり前と感じている事象について、人は大概説明しようとしないものだからである。Aか、Aではないかについて話をするには、まずAの認識を話者間で共有しなければ進まない。そして、Aが話題に上るのは、Aの捉え方が一律ではないからだ。こうして彼女は、自分が自分の言葉で説明できるものが増えて行くことに、不安と不幸とやるせなさを隠しきれない。新たな定義の構築は、彼女に何の達成感ももたらさない。なぜなら、改めて考えたり、意識したりすることのないものを言葉にした瞬間、逆に言葉がそのものを規定し限定してしまうからだ。途端にそのものは不自由になり、それこそ取り返しがつかない。この世に命名ほど絶望的なものがあろうか。言葉を持たないうち、自覚しないうちが幸せなのだ。本来の姿なのだ。鶴が鶴という名を持たなかったらどれほど幸せだったか知れない。名前さえつけなければ、一つ一つが特別だったものが、種としての名を与えられることで個々が埋没して行く。兎に角、彼女は恵まれ過ぎていた。他者はそれを理想と呼び、実現に個々の方法で邁進する。しかし彼女は、その理想の中でどう生きて行くか、それがどんなものかは知っていても、それが当たり前であったために、自分の手で構築する術の見当も付かない。彼女にとって、「つくるもの」ではなく「あるもの」の何と多かったことか。そう気付いた時、自分は何も出来ないのだと知った。


終わりが来ないことも想像が付かなかったが、終わりがいつか来ることも想像できなかった。それに関係を始めたかった。だから始めた。でもふと見ればもう終わっている。不思議なものだ。誰も望まなくとも破局は来る。これが実際に破局かどうかも把握できずに、一人で眠る。しかし知らなかった。お互いに好きなのに、別れる、ということがあるなんて。好きで好きで大好きな人に、別れようという日が来るなんて。しかもその直後、彼女は何か月かぶりに、熟睡した。女の混乱は、その朝から始まっていたのかもしれない。


人間には、と括るのはよそう。あたしには、手出しできないことがある。時間と、命と、距離と、人の心である。そう考えれば、今一人で眠っているのも仕方が無いことではある。ただこの頃になって急に恐ろしいのは、ふと、「このまま何も起こらないんじゃないか」などという予感に似たものがよぎる瞬間だ。隙間風の薄ら寒いような、擦りガラスに歯を立てたようなぞっとする感触が、全ての力を一瞬にして奪う。四六時中愚痴や不満をこぼしては、やいやい言っていたあの頃。何かしら求め続けていたあの頃。けれど今の方が、あたしはずっと何かを求めている。何かがこの身に起こることを求めている。なのに頭の中で声がする。このまま何も起こらないんじゃないか。


時間や距離は、人を変える。あなたも変わった。あなたと別れるために自分に言い訳のように言い聞かせた、あなたとあたしの違い。そこを、時間と距離は変えてしまった。二人は現在と言うものに対して、全く違った見方をしていた。男は、今に今だけを見た。女は、今に今までと今からを重ねた。そこに女は寂しさを感じることもあった。物足りなさを感じることもあった。例えば、彼女とっての最後の月曜日も、彼にとってはただのひとつの月曜日にすぎなかった。これから起こることすら懐かしがる女を、男は不思議そうな目で見ていた。自分ばかりが勝手に悲しんでいると、女は不公平に思っていた。彼はあたしほど傷付かないし、傷付いたとしてもまさか引きずる人間ではない。疑わなかった。だから別れを切り出せた。しかし別れの後しばらく経ってからの電話から聞こえたのは、「懐かしい」という言葉だった。それは、彼女にしてみればルール違反だった。彼は過ぎたことを懐かしがらない種類の人間だと信じていたからこそ、彼女は時間と距離に負けた自分を許せた。それなのに。確かに今彼女は聞いた。男が懐かしいと言う言葉を初めて口にしたのを。それは、たとえ男が口にしても、女が耳にしてはならないものだった。今となっては禁句同然だった。そして女は、自分を責め始めた。何よりの皮肉だった。時間と距離が、彼を変えたのだ。彼女が長い間望んでいた風に。彼女が負けた時間と距離が、彼を変えたのだ。しかも、彼女が負けたその後に。


他人と眠ることを欲する彼女ではあっても、今のところ、他の誰かと眠るなどということは想像だにできない。首が、腕枕の形を覚えている。体温も、匂いも、寝相の悪さも、眠りの深さも、無意識の仕草の泣きそうなほどの優しさも、覚えている。忘れられないのではない。覚えているのだ。もう再現されないことだから、忘れてはならないと、覚え続けようとしているのだ。それでも、指の隙間から砂がこぼれて行くように、きっと少しずつ忘れて行くのだろう。何を忘れたかなど分からないままに。それでも、他の誰かが現れたとしても、決して全てを忘れることは無いだろう。記憶をつなげたまま、前に進まなければならない。


思い出が失われるのは意識せずに済むことだが、思い出の場所が、思い出のあるうちに失われるのは、堪え難いことである。理由は見当たらないが、堪え難いことである。思い出の場所が失われるのに立ち会って、母が泣くのを初めて見た。形の無いものが無くなるのには気付かないで済むが、形あるものが失われるのは無視できない。やはり、堪え難いことである。しかし、二人の思い出の場所に、一人で存在してみるのも堪え難いことである。だから、思い出の場所というのは、静かに永遠に、遠くに変わらず存在していてくれるのが理想だ。永遠など無いのは百も承知で言っている。だから理想だ。堪え難いことに立ち会わなければいけない日が必ず来る。それが現実だ。そろそろそれくらいは分かっている。だから最後の旅行の場所は滝だったのだ。一人では行けるはずもない、遠くの、山奥の大きな滝。


不定期に、けれどひと月に一度は確実に、孤独に襲われる夜が来る。ずぶずぶと、輪郭から自分が崩れて、拳か潰れたリンゴくらいのものになってしまいそうな夜がある。怖くて、苦しくて、どうしようもなくて、体育座りをして膝を抱えてうう、と呻いてみる。何の足しにもならない。どういう形でもいいから涙を流して、疲れて眠る。


女は時間と距離に負けて、男と別れた。距離が、最大の敵だった。ここでいう距離というのは、物理的な距離をさす。心理的な距離ではない。二人はある日から遠くなった。時差がおよそ半日分あるほどの距離であった。その日が来ることは始めから分かっていた。しかし推測と現実とはやはり勝手が違うものだった。それまで毎日顔を合わせるほどの距離だった二人にしてみれば、まずは間に横たわる海や、半日分の時差の意味する状況を心で実感するまでに時間が必要だった。顔が見られない。声が聞けない。手が繋げない。体温を感じられない。今までの当たり前が一つずつ崩されていった。困った。それまでの生活に残ったのが彼女で、新しい生活に踏み込んだのが彼だった。例えばクラスに転校生が来た時、転校生にとっては自分を取り巻く全てが新しいものだが、クラスの子供たちにとっては転校生のみが新しい存在である。状況的に彼は転校生、彼女はクラスの子供たちのようなものだった。彼の目をとらえたのは広がる新世界で、彼女の目をとらえたのは使われない一本の歯ブラシの方だった。彼が新世界のあれもこれもに目をやっている間、彼女は一本の歯ブラシしか見ていなかった。不在は、予想以上に手強い存在だった。そして、時間も手強かった。彼にとっては目まぐるしく過ぎて行く時間が、彼女にはねっとりとしか流れて行かなかった。時間を週単位で走り抜ける彼と、分単位で時計を見てしまう彼女。時間が万人に共通の単位だとは、にわかに信じがたくなって行った。彼女は、待った。しかし、ただでさえ待つ時間は長いのに加え、二人が再び会える日の目処は立っていなかった。いなくても平気な程度だったら苦しくなかったが、それどころの話では無かった。彼女は気付いた。思っていたよりずっと、好きなのかもしれないということ。愕然とした。絶望が襲った。この時間のねっとりとした流れ方は、一時的なものではないだろうと知った。


もしかすると二人の恋人としての関係は、そこに距離が出来た時点で既に終わっており、そこから別れの電話までの期間は、関係はまだ存在するという幻想ではなかったのか。どちらが先にそれを幻想だと切り出すか、ただそれだけでの話ではなかったのか。絶対に、そうは思いたくない。そう思ってしまえばどれほど楽か知れないが、どれほど虚しいか。終わらせたのはあたしだ。終わっていたんじゃない。


求めても手に入らないと分かっているものを求め続けるという行為は、八つ当たりに近い。そして、懇願の形を取った八つ当たりに自分でも嫌気が差し、体力も気力も目に見えて底をついてきた頃、女は男ではなく自分を選ぶことにした。世間話の後の沈黙の中で、別れよう、と言った。でも好きなんだよ、と言った。ごめんねと何度も謝って、泣きながら電話を終えた。男の優しさが、応えた。自分が言えることではないかもしれないが、そばにいてくれるひとを探した方がいい、それは辛いけれど幸せになって欲しいし、縁を切るわけではないのだからという声が受話器から聞こえた。自分の選択は酷いと思いながらも、どうしようもなかった。明け方だった。受話器を置いて、目をつぶった。目を開けた。昼だった。それほど長くない睡眠なのに、生き返ったかと思うほどに体は軽く、頭も軽く、視界もひとまわり明るく思えた。それほど疲れていたのだなと考えると同時に、現金な自分の体に嫌気が差した。


すっきりしたのは事実だったが、取り返しがつかないことをしたのだという念も拭えなかった。安らぎと共に寂しさが舞い戻った。想像していたものとも、願っていたものともどこか違う心の状態が訪れた。確約した訳ではなかったものの、男を待つというのは彼女にとって一種の約束も同然だった。自分で、自分だけで、自分の中に約束を作っては守ろうとし、往々にして破れ、自分を責めるのが彼女の常ではあったのだが。それにしても、彼女は「決まり」や「約束」を人生に必要とする人間である。箍が無くなった時に、自分は他人よりも堕ち易い人間なのではないかという曖昧模糊とした危惧が、そこにはあった。止むことの無い隙間風、しんしんと湧き続ける氷水を心に巣食わせたまま、彼女本人によって、事の顛末は軽い話として周囲にふるまわれた。端から二人の関係には無理があるとも見られていたため、周囲の予想通り終局が訪れたこと、そして別れを告げた当の本人がすっきりした面持ちであることは、ある種の安心を振りまいた。


自分にとっては到底笑い飛ばせないほどの話でも、どこかで誰かがそれを些末な出来事として扱ってくれることで救われるのは、ありがちな話である。この時女は、きっとそれを期待していたのだろう。それで救われたかどうか。結果だけいえば、救われることは無かった。そして救われていない。今でも。


優しい人ならたくさんいる。朝まで話を聞いてくれる人も、食事に連れて行ってくれる人も、夜中の長電話に嫌な顔せず付き合ってくれる人も、一緒に酔いつぶれてくれる人も、代わりに怒ってくれる人も、その話にまるきり触れずにいてくれる人も、いる。男だって女だって年上だって年下だって、いる。人には困っていない。でも、自分から求めておきながら、そのどれもがどこか違うと感じていた。慰められたいのでもない。愚痴をこぼしたいのでもない。喝も必要なければ涙も酒も必要なかった。ただ、思ってくれる人たちとの関係は、疑いようも無く重要なものであった。幸福な時ではなく、不幸な時にお節介を焼いてくれたり、不幸な時でも徒に大騒ぎしないでくれる賢い温かい友人たち。それでも彼女は、今必要なのはそのどれでもないと感じていた。やけのように色々試してみては、そのひとつひとつが、やはり違うのだった。自分に今必要なのは何なのだろう。わずかなものでいいのだ。だが、確かなものがいいのだ。


結局、彼女に必要なのは、体温だった。手だけでいい。目だけでいい。背中だけでいい。暖かみそのものが必要だった。自分以外の体の温もり。そこに手があれば繋ぎたくなり、目があれば覗き込みたくなり、背中を見ればしがみつきたくなった。しかし日常生活の中では、それは些細ながら満たされない欲求である。半ば餓えだった。これは応えた。子供の頃は、と振り返った。すぐそこに、触れられる体があった。あの頃にだけ許された贅沢。子供にだけ許された贅沢が再び許されるのが恋愛なのだとしたら、それはなんと曲がりくねった道か。呼び水が渇きを増すことを承知で、人はそこに踏み込んで行く。繰り返し繰り返し、飽きることも懲りることも無く。いや、その都度飽きたり懲りたりを繰り返しながら。今、彼女は懲りている。自分は無防備すぎたと、思っている。無防備さによって、痛みも増せば幸せも増す。神経を、外気に晒すような恋愛をしていた。そのことに、今気付いている。そして、今必要なのは特定の男の温かみなのか、男の温かみならいいのか、人間の温かみならいいのか、温度があれば何でもいいのか。しかし自分の体の温かみでは満たされない、それは確かだといえた。


彼女がこのような状態に至ったのは、特定の人間との関係の終わりだった。しかし、撚りを戻すことによって彼女が救われるとは限らないのがもどかしい。その機会はあった。今でもその機会は生きている。しかし女はそれに手を出さないだろう。同じことの繰り返しに、もっと無惨な結末がついて来るような気がしてならないからだ。それに、静かに沈澱を始めた過去を掻き回す気力は無い。傷付いた心を、傷つけた相手が直せるとは限らない。分かりやすく加害者や被害者が無い恋愛では、傷は治っても痣として残る。そうやって生きて行くことに覚悟を、決められないでいる。痣は、勲章ではない。打たれ強くなったことは、事実でしかない。打たれることを知らずに生きて行けるのならば、それはそれで貴重な身分だからだ。


嫌気が差すほど、心は言うことを聞かない。誰かを愛し始めるのを止めることが出来ないばかりか、誰かを無理矢理に愛し始めることも出来ない。どれだけ叶わない相手だろうと、今誰かを滅茶苦茶に思っていたら、少なくともこの種類の苦しみは味わっていないだろうに。冷たい水がずっと歯に凍みているような、心臓を針金で貫かれているような種類の。願うのは、何かがすっかり終わること。何かがすっかり始まること。またしても、叶いそうにない。歯ぎしりして、ため息をついて、目を閉じて、膝を抱える。呻く。唸る。涙をするすると流す。誰かが外から糸を手繰っているように、涙は止まらない。涙は流れているのが自然な状態かと見紛うほどに。そんな夜が、ずっと続いている。そんな夜がずっと続いて、気付けば朝になっている。そんな日が、ずっと続いている。終わりがいつか来ることも想像が付かなかったが、終わりがいつまでも来ないことも想像できなかった。ただ、今のところ、終わる気配はない。それでも彼女は胸を張って言える。 あの時、あたしは確かに幸せだった。 夜の中で微笑み、涙の中で微笑んだ。 いつか終わるものが、今はまだ続いている、きっとそういうことなのだろう。








そして、新聞配達の足音に覚える罪悪感にも、慣れはじめていた。













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