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ビル・ヒューレットとデイブ・パッカードがカリフォルニア州の自宅ガレージで1939年に始めたのが「ヒューレットパッカード社」だとか。カリフォルニア州パルアルト市アディソン通り367番の裏にある小さなガレージがシリコンバレーの発祥の地。ヒューレットパッカードのビルヒューレットとデイブパッカードが「200Aオーディオ発信機」を発明したのがすべての始まりだとか。二人はスタンフォード大学とMITの大学院で学んだ。フェレッド・ターマン教授の勧めで二人は創業したそうだ。シリコン・バレーからすべてが始まる1930年代後半。しかし、有名人マスク氏はここから2020年以降、テキサスに自宅と会社を移した。広くて安い土地が必要だったようだ。また、テキサスが新しい事業の生誕地となるのかも。
2026.01.08
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アップルにももう一人の創業者。スティーブ・ウオズニアックさん。彼はヒューレットパッカードのエンジニアだったので、アップルを一緒に作るために会社を辞めるのがいやだったそうだ。しかし結果的に「単なるエンジニアとして」という立ち位置で始めた。「誰も作っていない機械」にこだわったウオズ。彼がいなくてはアップルⅡはできなかったという。でも「ぼくがいなくてもジョブズはホームコンピューターの会社を作っただろう」とも。ウオズは政治や経営には興味がなく「生まれ変わってもエンジニアになりたい」とか。
2026.01.08
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マイクロソフトはビルゲイツが有名。だがポールアレンという人と共同で立ち上げたそうだ。大学で友達だったようだ。彼は途中血液のガンとなりマイクロソフトを辞めた。健康が戻り、別な会社も立ち上げ富豪となる。生前役2240億円の寄付をしたとか。
2026.01.08
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アメリカではガレージから始まるようだ。有名なのがアマゾンのジェフ・ベゾス/アップルのスティーブ・ジョブズ/マイクロソフトのビル・ゲイツ。どうしてだか、ガレージから大成功が始まる。ビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズは同年代で大学を中退しているところも似ている。
2026.01.08
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ドア・デスクアマゾンのCEOはジェフベゾスという人らしい。頭が個性的。1995年に自宅のガレージで始まったそうだ。「ドアデスク」という言葉があるドアに足をつけて作ったデスクのこと。そこにマッキントッシュ(当時は小さくてかわいい)とファックスと本棚がある。それが今も再現されて展示されている。現在の成功と企業の大きさとは比べられない規模だ。しかし、創業の志は十分伝わる。CEOとなってもその意思の芽生えは忘れがたいようだ。
2026.01.08
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ネットフリックスの初代創業者マークランドルフという人。「影の創業者」と呼ばれるらしい。彼は半ダース(6個前後)の企業を創業したそうだ。中ではDVDレンタルの郵便による返却という事業。でも、彼は創業し成功させ売却するという輪廻。「手を引く時期」ということにコミットしているようだ。アメリカにはファクターという考えがあるようで、成功させて事業を売却することで儲けるという考え方。
2026.01.08
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リード・ヘイスティング(ネット・フリックス創業者の一人)が始めた理由。レンタルビデオ(DVD)の不便さを解消するためだとか。ラジオで彼が「返却で延滞料が発生した時に思い付いた」とも。でも、サブスクは一年だとかなりの金額になる物が多い。また辞めるのも面倒ということもある。年間50000円とかだと、レンタル旧作一本110円だと454本見れることに。以前(昨年)、一年で頑張ったが130本しか見れなかった。ビデオで機械が早回しで見るのが困難で、再生速度が1倍速だったこともある。3倍速で声が聴けて、字幕も読めれば3倍は見れるかも。でも390本。454本はなかなか見れないし、二年目は見たい映画も減るかも知れない。考えるだけでサブスクに踏み込めないお正月。
2026.01.08
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ネットフリックスで一番見られた映画は「デーモン・ハンターズ」だとか。動画だ。ハントリックス(ハントル/x)はエフェ/オードリー・ルナ/レイ・アミの三人。エフェ/シンガー・ソングライターオードリー・ルナ(オードリー・チュウ)/歌手・ラッパーレイ・アミ(サラ・イエウイン・リー)/歌手・ラッパー。声優ラジオ、クリスペプラーの100の中で、ソングライターとして、デモテープに歌を載せていて「本人が歌えば」となったとも。三人のハーモニーが、相乗効果。荒井由実さんも、ソングライターだったが「本人が歌えば」となって「飛行機雲」で有名になったという経緯が似ている。
2026.01.08
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ケーブルテレビの変更について電話。なかなかつながらない。近くに営業所がある。歩いて向かう。「仕事始めで電話がつながらないのだろう」という。こちらの情報のある紙を見せて調べてもらう。今度「光」に変更する。すると、映画が見放題というような話も聞いた。よく聞くと「BSが見れるだけ」らしい。番組表で映画の時間を確認すれば、今よりはたくさん映画が見れる可能性がある程度。もっと見たければ2000円以上上乗せしてWowowとかに入れば見れる。または、デズニー・チャンネルやネット・フリックスという選択肢もあるという。どの道見なくても月々かかる金額が増える公算。まだまだレンタルDVD時代が続くようだ。
2026.01.08
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ガストAM11:00ガストにはAM10:50までに入る。その時間なら、ギリギリモーニングが頼めるからだ。駐車場は一杯。モーニングのお客さんとランチのお客さんが混在するからだろうか。やっと一台、駐車場が空いた。コメダAM11:00コメダにはAM10:50までに入る。その時間なら、ギリギリモーニングが頼めるからだ。駐車場は一杯。モーニングのお客さんとランチのお客さんが混在するからだろうか。やっと一台、駐車場が空いた。ガストとコメダは近くだ。同じ飲食業でバチバチつばぜり合い。かと思ったらそうでもない。ガストは広いテーブルとドリンクバーが売り。コメダは一杯きりのコーヒーだが、古の喫茶店のテイストを残す。座席も一人・二人・4人が主流。一人でゆっくりも気兼ねがない。そういえば、近くに「なか卯」もある。こちらは食事が主だ。夜は飲み屋系がある。狭いエリアで同じ飲食業がすみわけされているようだ。
2026.01.08
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エリッククラプトンの顔を前から見ると、鼻が曲がっていると思った。どうしてだろう。ネットで検索。AIが色々探している様子。「わかりません」というような内容。ただし、神経の病気があるから、関係あるかもとも。ジョージハリソンの元奥さん、パティーボイドさん。1966~1977年までジョージハリソンの奥さんで、1979~1989までがエリッククラプトンの奥さんだった。その間が2年。ギタリストとして互いをリスペクトした二人だった。当時、ジョージハリソンの奥さんだったパティーボイドをエリッククラプトンは互いに取り合った可能性がある。その時に、鼻が折れたんじゃないかと個人的には思うのだが。エリック・クラプトンの亡くなった息子さんは、コナー君。1991年に4歳だった。母はロリ・デル・カントさん。前妻パティー・ボイドさんは、1989年に離婚。1991年の3年前。コナー君は、バディー・ボイドさんと結婚している頃に妊娠したということか。「レイラ」という曲は、当時結婚していたパティーボイドさんにささげたとされる。パティーボイドさんは妹がいて、エリッククラプトンは妹さんも気に入っていたとか。パティーボイドさんは「レイラ」は、妹のことを描いた曲と感じ、離婚の一因となったとも。ジョージハリソンはパティーボイドに交際しようと思った。一度は断られた。当時、彼女には別な交際相手がいたとか。でも、もう一度「コーヒーでも」とジョージハリソンが誘い。結婚に至ったとか。
2026.01.08
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ポルシェ914フォルクスワーゲンのパーツを多用して作られているので、安価。しかし、デザインはシャープ。
2026.01.05
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40歳を境にお酒を飲む習慣を変えた。お金がかかり、体重が増え、生活時間のほとんどが酩酊状態だった。体を横に曲げると、腹の横に電話帳くらいに脂肪の塊ができる。いとこ(女性)二人がトライアスロンをしていた。血がつながっているから、自分もできると思う。まず、お酒を飲まないこと。スポーツジムに登録。さっそく肩を壊す。コーチが「泳ぐといいんじゃない」といわれ、毎日のようにプールに通う。25m泳げなかったが、3ケ月ほどで2km泳げるようになる。大阪の友人は、自転車の設計をしていた。趣味でたくさん自転車を組み立てたりしていた。頼むと僕の体に合わせたマウンテンバイクを組み立てて持ってきてくれた。余った部品で組み立てたというので格安だった。彼は、車で大阪往復したから赤字だったかも。マウンテンバイクのタイヤはデコボコしている。良く乗ったので、そのデコボコはツルツルになった。さらに乗ったら、中からゴムじゃないのが顔を出した。「ヤバイ」と自転車屋さんにタイヤ交換をお願いした。そこのおじさんは「ここまで乗ってくれれば、タイヤも本望だろう」と笑っていた。今度は、デコボコじゃない街乗りのタイヤにしてもらう。そこの息子さんが「マウンテンバイクでもデュアスロン(自転車とランニングのレース)に出れる」というので、トライアスロンという雑誌で探す。出てみた。マウンテンバイクより、オンロードの自転車の方が圧倒的に早いことを痛く知らされる。その自転車屋さんで、オンロードの一番安い鉄製の自転車を買う。前のギヤが2つ・後ろが7つの初心者用だ。タイヤは練習用。また、デュアスロンに出た。小さいタイヤでペダルが靴の上にも巻き付くタイプの人が速かった。もっと早い人は、ベンディング(靴がペダルに固定されている)の方が早い。足を引き上げる力が使えるからだ。普通のペダルは足を下に押し下げる力だけだ。タイヤも試合専用を用意し、試合にはベンディングと靴を用意する。しかし、自転車からランニングに変更する時間(トランジット)が無駄になるので、結局、普通のペダルでランニング用の靴にした。距離が長くなればベンディングの方がきっと早いだろう。そんな自転車の練習はまだ暗い明け方だ。トライアスロンをしている近所の男性が「あとはスイムだね」という「海水は、鼻にツンと来るよ」と、謎のアドバイスをしてくれた。7月に最初の短いコースのトライアストンが沼津千本浜であった。それに参加することにして、練習のため近くの小学校のプールがプール開き前に借りることができた。様々に違う目的の人が、ウエットスーツを試すために集まった。1500mだが、おおむねぼくは30分で、遅い方だ。ウエットスーツは淡水でも体が浮くので、いつもの泳ぎ方でも体の浮き方が違うことに慣れる必要がある。海水だともっと塩分で体が軽くなるはずだ。下を見ると、プール開き前なので落ち葉が沈んでいる。横を見ると、ほぼ同じ速度の女性が同じ速度で泳よいでいて、互いに止まっているような錯覚を覚える。
2026.01.05
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10年ほどまえ、たくさん100円ライターが出てきた。ぼくはタバコを吸わない。必要ないから捨てることにした。過去には景品などで、やたら100円の使い捨てライターをくれたのだろう。もっと前は店名入りのマッチだったかも知れない。単なるプラスチックならば、燃えるゴミなどで捨てることができるだろう。だが、ライターの中には可燃物が入っている。手で押してその燃料を噴射すると中は空になる。だが数が多い。当時、マンションでスプレー缶を空にするために従業員が大量のスプレーを燃料噴射して爆発事故があった。そういうのは困る。なので、家の外で作業。輪ゴムをたばねて、燃料噴射のボタンを固定することにした。人目に触れない風通しのいいところで。何しろ大量なので、いくつかに分けてなんとかからにした。単なるプラスチックとしてゴミに出した。
2026.01.05
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10年前に手回し充電式LEDライトを持っていた。当時、手回し・LEDライトの両方がまだ珍しかった。それが合体している。しかも、なんならAMラジオも聞ける。難は、大きいこと。首から下げて走ると、体のあちこちにぶつかって痛い。バッテリーがすぐだめになるから、頻繁に手で回していないとライトも光らない。100円均一で、小さいLEDライトを買った。電池は別売りだから厳密には100円ではない。消費税は5%だったかな。単三電池より少し大きいサイズ。軽い。しかも十分明るい。手回しLEDライトはAMラジオも雑音ばかり。結果、手放した。手回しを手放す。韻を踏んでるかな。
2026.01.05
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10年前に時計を1000円くらいで買った。ある女性にあげたら「ありがとう」とすごくよろこんでもらってくれた。また、べつな女性に同じ時計を上げた。こっちは「失礼な」と受け取ってくれなかった。まあ、どっちでもいいけどね。ぼくは腕時計はしない。手首にガングリオン(膨らむ)ができるし、金属かぶれになるからだ。ウエストポーチに入れて持ち歩く。それよりスマホで時間を見たりする。
2026.01.05
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