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バイト先のターミネーター

1973年アルバイトでウエイターをしていた。忙しい時間に限ってミスをする。たくさんの食器を銀盆に乗せて歩く。老婆の座った横を通る時「スッ」と、老婆が傘を足に引っ掛けた。途端にバランスを失い、銀盆の上の皿やコップや食べ残しの食材は時速4kmで空中に舞った。その先には店で一番豪華なステイキを慣れた手つきでナイフとフォークでカットしながら口に運ぶ外国人男性が、窓の外を行き交う人々を眺めながら、懸命に口を動かして噛みしだいていた。時間が止まった。シュワルツネッガーそっくりの黒皮ボンデージピタピタ男が、空中の食器や銀本を即座に元通りに乗せて、ぼくの斜めに傾いた態勢も歩行体型に修正して消えた。再び時間が再生されて、何事もなかったように、アルバイトのレストランの慌ただしい時間へと戻って行った。でも、その記憶だけは止まった時間の中でもぼくの霊魂が記憶していた。「一体、何が起きているんだ?」振り返ると、さっき傘で足をひっかけた老婆はいなかった。
同じ時間の違う空間では、シュワルツネッガー型の男と老婆が音速を越えるスピードでバトルを繰り返していた。かと思うと、急に違う時間に二人は消えた。2015年の日本。これまで景気が良かった外食産業のハンバーガーチェーンが急速に減益となった。これがさらに未来では恐ろしい世界へと展開するきっかけとなったことは、当時の人々は誰も思いもしなかった。2045年、ロボットがチェスで人間を越えた2014年以来、人間への隷属を従順に見せかけていた仮面をロボットたちは地下組織で脱ぎ捨てた。人間は考える必要がなかった。プロトタイプとしてのコンピューターやアンドロイド型の精巧なロボットを生み出すまでが人類のピークだったのかも知れない。同時に神の領域に手を出したことが自らの存在を脅かすことになろうとはその頃は思いもつかなかたのだ。過去の人類は時間とともに滅びる。未来に生まれる人類は機械によってコントロールされた新たな世界では都合のいいよく出来た家畜の頂点として計画的に量産されていたのだ。2060年以降、新たな発明は人類ではなく機械の統治する世界によって機械に都合のいい物だけが発明された。タイムマシンは特に素晴らしい発明品だ。機械にとって都合の悪い人類の繁栄の過去を消したり修正できる道具なのだから。ともかく、人類のピークへと向かうターニングポイントを修正するために、変身できる暗殺ロボットを送り込んだ。それが老婆に変身してウエイターの足を引っ掛けて、銀盆の上の皿やコップや食べ残しが一人の外国人男性の上に降り注ぐようにしたという一点に戻った訳だ。この外国人は後に人工知能・ロボットの原型・コンピューターの可能性・遺伝子操作など、様々なヒントとなる小説を生み出すことになる小説家だったのだ。この男の頭脳にダメージを与えるためには、この日本人の愚かな学生アルバイトの足に傘を引っ掛けるのが最もエコな時間工作だったのだ。
2060年以降、人類は地上の覇者ではなくなっていた。むしろ地下に潜むアングラなもぐらのような存在として数は淘汰されて激減した物の存在は続けていたのだ。そのリーダーがあの時の足をひっかけられた愚かな学生ウエイターだった。彼は、その時の自分を守るために、シュワルツネッガーそっくりのアンドロイドを1973年のあの瞬間に送り込んだのだった。このアンドロイドの姿は、過去の映画からとった。老婆に変身したアンドロイドとは互角の力量だったし、高速移動・加速装置付き、無限エネルギー供給型だが原子力は一切使わないクリーンタイプのロボットだった。だから、同じ時空にいてもこの二体の戦う姿はまったく見えない。単に風が近くを舞ったように思えるだけだ。だが、この愚かな学生ウエイターには幽体離脱能力が備わっていたのだ。幽体離脱した魂には、ロボットたちの戦闘は止まっているくらいの冷静さで見渡せたし、時間を変更してもついていくことができたのだ。未来の系列につなげて、未来の自分に暗示としてインスピレーションを与えることもできたから、ロボット文明にはない大きな武器となった。彼の先祖には比叡山で修行した阿闍梨がいた。また、もっと以前にも冷感の強い先祖もいたり、守護霊としても強力に守ってくれていたのだ。その霊団の姿は残念ながら機械のセンサーには捉えることができなかったのだ。ただ、1973年のアルバイトの肉体は若いというだけであまりにも未開発な頭脳でしかなかったため、この肉体を未来につなげて存続させるためにも、未来の人類のリーダーである肉体にインスピレーションとして伝えるしかなかった。果たしてこの先の展開は、この若い肉体と愚かな頭脳の青年の成長を見守るしかないのだろうか?





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最終更新日  2015年05月04日 18時27分22秒
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