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本日塾で教えている子の成績を見たのだが英数共に、前回よりも倍に!時間がかかったとしても、やればできるんだ。
2007年10月15日
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私の朝一番の仕事は日本語クラスの留学生の「通訳」から始まった。日本語クラスの先生がまずイントロとして、コースの概要を説明するのだがその説明を私が英語話者の学生に通訳するのだ。日本語⇔英語の同時通訳は、ホストマザーの家で一度やったことがあったが今回もかなりのやりがいがある仕事だった。^^;通訳はもちろん本業ではないのだが、私の説明を聞いていた学生からは「めちゃめちゃよかったよ!」というお褒めの言葉を頂いた。午後は外国人登録や身の回りの品の買い物など、一日フル回転だったが非常に充実した一日となった。これからの彼らの活躍に非常に期待したい。
2007年10月04日
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明日から留学生のチューターの仕事が本格的に始まる。彼らとの交流から大切なことをたくさん学べるだろう。日本へようこそ!
2007年10月03日
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反撃開始
2007年10月01日
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先日、友人宅を訪問した。シドニーにいた頃は本当にお世話になった。「新しい命」と共にエネルギーをもらいました。希望が湧いてきたよ。ありがとう!
2007年09月30日
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たったの10日間だったけれど、「大切な未来」へ続くとても大切な時間になった。苦しくても最後まで希望捨てずに粘ること。そうすれば道は開ける、それを実感した大切な10日間。
2007年09月30日
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本日は現役の日本語教師の方とお昼を食べながら、様々な話をする時間が持てた。英語教師を目指す自分にとっても、日本語教育は大変関心のある話題なので貴重な機会となった。
2007年08月17日
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以前ディスカッションを一緒に行った留学生の日本語を使った修了発表会に招いて頂いた。シドニーにいた時も、現地の大学で同様の修了発表会に招いて頂いたことがあるのだが、今回も様々な議論が行われ、とても充実した時間を過ごすことができた。
2007年08月03日
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Happy wedding!(*^-^*)
2007年07月28日
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大学に勤めている日本語教師の方からディスカッションへのお誘いがあった。留学生が「国際結婚」について議論するのだが、今回は日本人の学生が不足しているのだという。留学生の内訳は韓国人・ドイツ人・ロシア人となっており、バラエティある議論ができそうである。日本語教育の現場は久しぶりなので、どんな収穫があるのか楽しみだ。
2007年07月05日
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はじまりました。これがはじめの一歩。
2007年07月02日
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初夏は出会いの季節である。新しい出会いは世界を広げる。新しい出会いは幸せを作る。
2007年06月09日
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塾講師をはじめて、はや4年。まだまだ未熟者だけれど、最初の頃に比べれば様々な面でレベルアップをすることができた。「教えておもらうのは、ゆたがいい!」という指名をもらえることもあり必要とされる喜びをモチベーションに、日々精進できていることに感謝している。人は相手から必要とされることで、自分も相手を必要としたい気持ちが自然とわいてくる。逆もまた然り。しかしながら、ここまで塾講師を続けている中で全てが成功だけだったわけじゃない。過去には必要とされなかったケースもあった。かなり難しい生徒を担当したときのことだった。塾側から彼女についていろいろなデータをもらっていたのだが初回の時からかなりの「拒否反応」を見せていた。この仕事も続けていると、生徒の顔色や何気ないしぐさから相手がどんな気持ちでいるのか察する力を養うことができる。この時、彼女の私に対する態度は、きわめて厳しいものだった。今までも厳しい生徒は何度も体験したし、そんな状態でも相手に力をつけてもらうためにはどうしたらいいのか?様々なことを考え、「自分はやればできる」という結果を出してもらう喜びを感じてもらうよう努めてきた。しかしながら、今回ばかりはそれも相当厳しかったようだ。二回目の授業、彼女の我慢が限界に達していたのがわかった。自分と一緒にいたくない、そんな気持ちが痛いほどわかった。どんな時でも、ベストの結果を出せるよう努めてきた私だがこの時ばかりは、耐えられなかった。相手が難しい子だという理由は十分承知だけれど相手に私と一緒にいたくないという思いをさせ続けるのが何より辛かった。二回目の授業終了後、スタッフに担当変更のお願いにいった。スタッフからは、相性の問題もあるし、かなり難しい子だから気にする必要はないと言われたけれど、何ともいえない気持ちが残った。彼女は自分の理想とする人に会えただろうか。自分の理想の人にめぐり合い、幸せに暮らしていることを願う。彼女が私を必要とすることはもうないけれど残念ながら、私が彼女を必要とすることもないであろう。
2007年05月05日
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大学ではとても面白い授業を開講している。それは学部の先輩が社会人として、一時間、仕事のいろいろな話を聞かせてくれる授業だ。私の場合院生だから、この授業に出ても単位は取れないけれど単位以上に非常に価値のある授業だと思う。このような授業を聞けることをとてもうれしく思う。私は学部4年生の時、進路にとても迷っていたけれどこんな授業はなかった。今の4年生は幸せだと思う。毎回講師の方は週代わりで様々な分野の方がいらっしゃるのだが今日の講師の方は学生からの「今後どんなことをしたいですか?」という質問に対し、最後にこのようなことをおっしゃっていた。「それは私をここまで支えてくれた人に恩返しをしたい。」と。この日記でも書いたけれど相手から与えてもらったことを自分だけが持ち続けるなんて耐えられない。与えてもらったことを返したいと思うことは人間としてとても自然なことだから。自分が与えてもらったら相手に返してあげたいし相手に与えたら、自分も返してもらいたい。それが、双方向のコミュニケーションを作るのだ。もちろん、返してもらわなくてもいいという場合だってある。その場合はそれ以上のことを求めようとは思わない。それがその人の希望なのだから、それを満たしてあげたいと思う。だけど、お互いを認め、一緒にgive and takeをしてくれる人ならばそれを通してお互い切磋琢磨していきたいと思う。そういう人がいるからこそ、自分はここまでこれているしこれからも懸命に生きていけるのだ。今日の授業を聞いて改めて「自分が何をすべきか」を強く感じた。進路に悩む後輩がいるので、この授業のことを話したところとても興味を持ってくれた。この授業が後輩の人生にとって少しでもプラスになれば光栄である。講師の方々には心から感謝の意を表したい。
2007年04月27日
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今お世話になっている歯科の担当医から、舌のトレーニングをすすめられ実践している最中だ。トレーニングには様々な種類があるけれど、今やっているものは口を少し開けた状態で、舌先を突き出し尖らせたまま左右にフルフルと細かく振り、その後すばやく上顎の「スポット」と呼ばれる場所につける。そしてまた、フルフル、ピタッ…フルフル、ピタッ…と。こんなところは人に見られたくないので、当然自宅でやっているけれどこれが実は重要なのだ。日本語教育の勉強で音声学をやると、いかに舌と口腔内壁が重要な役割を果たしているのかがわかる。正しく舌を使えることが、正しい音、正しい発音へそして相手を心地よくさせる事へとつながる。舌を鍛えることがとても重要なのだ。P.S.前回の日記に「運命の決定期」と書いたけれど「良い方向」に決定されたということは言っておかなければならないだろう。
2007年04月26日
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昨年の夏、韓国にいる友人から小包が届いた。とても小さな送り物だったけれど今思えばこれを頂けたことは非常に大きい。運命なんていうと大げさかもしれないけれどこのおかげで「自分が何をするべきなのか」その進むべき道のりが、しっかりと見えてきた。「小さな送り物が運命の決定期になる」こともあるのだ。
2007年04月16日
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私の働く塾は個別指導が主であるが、主に三年生を中心にクラス授業も行っている。私の大学院終了後の予定は中学校の英語教員になることである。だからこそ、塾からクラス授業の担当をまかせてもらえるという話を聞いた時は将来に生かせると思い、とてもうれしかった。そして、英語の担当になると思っていたのだが、塾の人事の関係上なんと「国語」の担当をやって欲しいという話をもちかけられた。私が大学、大学院で研究を続けているのは英語である。さらに意味論の一つである、「認知意味論」的なアプローチは英語教育にも大変有益であり、英語のクラス授業を担当した暁にはこの理論を中学生にもわかりやすく織り交ぜた授業を展開しようと思っていた。以上の理由から、正直国語の担当をやって欲しいという話を持ちかけられた時は不本意であり、返答も戸惑っていた。英語だったら今までの勉強が行かせるのに…しかし、わずかな時間に私は頭をフル回転させ、自分に問いただした。「国語」を教えることは英語教員を目指す自分にとって、本当に役に立たないのか?むしろ逆なのではないのか?日本語を母語として育った子供たちを相手に英語を教えるのであれば「国語」(日本語)のシステムをまず理解する必要があるのではないのか?英語を学んで、英語を教えることは英語教員を目指す人は誰だってやっている。だったら自分は国語(日本語)を学んで、英語を教えるという新しいアプローチをしてもいいのではないのか?「日本人の英作文ができないのは英語ではなく、むしろ日本語の問題である」担当教官の名言と頭の中でリンクが起こった。ひらめいた!そして、私は塾のスタッフに告げた。私、喜んで国語のクラス授業担当させて頂きます、と。その夜、塾の上司から非常にありがたいメールを頂いた。「英語も日本語も一つの事象を違った角度から見ているに過ぎない。国語を知ることは英語教員を目指す君の将来にきっと役に立つはずだ。」と。胸が熱くなった。上司が言ってくれた事は確かに的を射ている。この経験が英語教育、そして将来的には日本語教育にも生かすことができたらと思う。P.S.外国語学習と母語についてはこちらの日記も参考までに。
2007年04月09日
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韓国留学中の友人が目覚しい成果を出しているようである。彼女は日本にいた時から賢いと思っていたけれどまさに、それに見合った結果が出ているのだろう。彼女の努力がその結果に通じている何よりの理由だと思うのだが性格的なものも大いに影響しているのだと思う。純粋で、コツコツと努力を重ねていく性格がその飛躍に繋がっているのだと思う。リスニングの力も相当付いたようで、韓国人の話を聞く分には困ることがほとんどなくなったらしい。すばらしい飛躍である。私の英語とは対照的だ。(韓国語に関しては勉強してなさ過ぎて論外)中学校から英語を勉強し始め、2004-2005まで一年間英語圏で暮らしたけれど私のリスニング能力はまだまだ未熟なものである。(確かに韓国語は英語よりも文法的には日本語に近いという事もあるけれど私のリスニング力が未熟なのは明らかであり、それは全くもって言い訳にしかならない)TOEICの点数も英語教員を目指す者としては、全く満足できるものではない。友人は現地で日本語を教えたことから「日本語教育」にも興味を持ち始めたようである。私は帰国した2005年から日本語教育の勉強を独学で細々とはじめたのだが後から始めた友人に抜かれるのも時間の問題であろう。チカラの差(成長の度合いの差)をまじまじと感じるけれど自分は早く走ることができないから、自分のペースでやっていきたいと思う。
2007年04月08日
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私は小さい頃からめちゃめちゃ目が悪く、小学校二年生からずーっとメガネで生活してきた。この春コンタクト(ハードレンズ)にして、髪もバッサリ切ってモデルチェンジ!ハードレンズなのでまだまだ慣れないけれど次第に慣れていくみたいなので、気長に取り組みたいと思う。
2007年04月06日
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私の通う大学も入学式を向かえた。会場前はサークルの勧誘で毎年のごとくごった返していた。桜の花と初々しい新入生を見て、春が来たんだなぁと実感。
2007年04月06日
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先週末まで東京にいたのだがその道の専門家たちと過ごすことができた。プロの仕事を感じ、とても貴重な経験になった。
2007年03月28日
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高校入試の試験も終わり、塾の授業もひと段落つく時期である。以前、老人介護施設で実習をやったときにこのような話をしたことがあった。私の働いている塾は、個別指導ということもあり、月謝は決して安くはない。一対一のマンツーマンの授業となるとなおさらである。親御さんが必死に働いて貯めたお金を私たちは頂戴している。それだけの金額を頂いていることを考えると、やはりとても責任を感じるし「結果」を出さなければという使命感にとても駆られる。これは私が常に考えていることだが、この話をしたときに介護施設の職員の方に「えらいねー!」と驚かれてしまった。(>_
2007年03月09日
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シドニー滞在中に、ある人と偶然再会することができた。彼女は私がシドニー滞在中に出会った日本人で、現地のオーストラリア人と結婚し子ども一人を育てている。ふとしたきっかけで出会ったのだが、まさかこんな短期間の間にバッタリ再会するとは思わなかったので非常に驚いた。彼女もとても驚いていた。もちろん日本に帰ったはずの私がシドニーにいるのだから。この方とはちょっと波長が合わないことはわかっていたけれど、次のような厳しいご意見を頂いた。「え?せっかく来たのにボランティアしていた学校でまた働いているの?!せっかくオーストラリアに来たんだから、学校なんかで働いていないで観光しなさいよ!それと、ここはユタのいる場所じゃないんだから、自分の国に帰りなさい。あなたの働く場所は日本なのよ。」…………。私がこの時シドニーを訪れた目的は「観光」ではない。「人」に会うためだ。「会いたい」その一心で、日本からはるばるやってきた。そして、それが「推薦状」をはじめ、ステキな「贈り物」へと繋がった。何より、私自身の進路を決定付けたことが一番である。彼女の言うことは最もだ。オーストラリアは私が生まれた場所じゃない。肉親だって一人もいないし、全くの異国だ。それは十分認める。でも、自分が生まれてない場所だって、そこに自分が大切だと思う人たちがいれば大切だと思う空間があれば、そこは俺の「大切な居場所」。そう思うたくさんの人たちがこの国で生活を送っている。オーストラリアは移民の国。もちろんずっと昔から住んできた原住民の人々もいる。そこに外国からたくさんの人たちがやってきて「多文化主義社会」を築き上げている。そして誰一人、そこに挑戦する権利を持てない人はいない。アメリカンドリームならぬ、「オーストラリアンドリーム」だって存在する。もちろん誰もが夢と希望を持ってこの国に来たわけじゃない。とても複雑な事情が入り混じって、自分の生まれた国にいることができずにやって来た人々もたくさんいる。そんな様々なバックグラウンドを持った人々が毎日を精一杯生きている。私のような若輩者がこんなことを言うのはずうずうしいかもしれない。でも、次のような理由もあったのかもしれない。彼女は家庭を持っている。子どももいる。毎日の生活のために、毎日が必死だ。日本の家族ともいろいろなことがあったのだろう。それまでの日本の生活とは離れ、新天地でオーストラリア人と暮らすことに、親御さんとも様々な話があったのだろう。私は結婚しているわけでもなく、子どももいるわけではない。誰に対して責任を持つわけでもない自由な身分でオーストラリアにやってきた私に対していろいろと思う気持ちがあったのかもしれない。私が暮らしたのは、たったの一年間。一年たてば、日本に帰ってこれた。更にプロ教師ではなく、アシスタント教師という身分だった。自分の働いたお金で飯を食って、プロとして生活して…外国人の私にとって、その現実はとてもハードルの高いものだろう。途中で挫折するかもしれないし、現実の厳しさ、そして自分の能力のなさに打ちのめされるかもしれない。でも、テレビでイチローや松井といった選手達を見ているたび、強く訴えてくるものがある。イチローが先日のインタビューで「これで7年目ですよ。7年といったら僕が日本の一軍でプレーしていたのと同じ年数ですね。」と。彼は「体一つ」で、「プロフェッショナル」として活躍し日本でもアメリカでもきちんと結果を出している。私とイチロー選手では違いがありすぎるかもしれない。でも彼の「挑戦精神」と「プロ精神」から学ぶことは非常に大きい。大リーグへ挑戦する勇気、そしてそこで結果を出そうとするプロとしての誇り。…できるわけがない。そう思った時点で、思考は停止する。…できるかもしれない。そう思った瞬間から、足は前に進む。誰もがイチローや松井のようになれるわけじゃない。でも、気持ちの持ち方・視点の見方を変えるだけで、誰だって未来を変えられる。過去は失われたけれど、未来は自分で作るもの。自分の作った道の先に、行くべき未来がある。自分の作った道の先に、大切な場所がある。それを築けるかは全て自分次第である。私の生まれた国、この日本できっちりと結果を出すことがまず第一の目標である。
2007年03月08日
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Knox Grammarの他に私が足を運んだ場所。それはシドニー大学である。(シドニー大学に初めて足を運んだエピソードはこちらを参照)シドニー大学の先生とは事前にアポをとってあり、日本語クラスの冬季集中講座を見学をさせてもらうことになっていた。本来なら見学だけだったはずなのだが、Knox Grammarでアシスタント教師をやっていたことを話すと、なぜか授業の中にアシスタントとして参加することになってしまったのだ。(>_
2007年03月03日
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2005年7月、私は二度目のシドニーを訪れた。ここで私の進路を決定付けた、驚くべき出来事が起こったので、紹介したいと思う。私の大切な居場所、Knox Grammar Schoolに久しぶりの訪問。監督をしてくれていたイアン先生とは事前に連絡をとっており日本語クラスへの参加も許してくれていた。Knox Grammarのある、Warrawee駅に到着。胸がドキドキする、そしてイアンとの再会。いろいろなことを話したのだが、なんと私が作ったパワーポイントの教材は今でも日本語クラスで使われているという!ありがたいことです。^^日本語クラスへと案内された。そこで教室に入ると…「ユタが帰ってきたぞー!」「ユタ!」「ユタ!」「ユタ!」生徒たちは皆、総立ちになり、教室中から拍手喝采!(>__
2007年02月20日
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以前書いた介護施設のことを少し補足したいと思う。実習はわずか5日間だけのものであったが、この仕事は本当に大変だ。まず、肉体労働。ベットを運んだり、利用者の方を中腰で抱きかかえたり…気分の変わりやすい利用者の方もいる。ある男性の利用者の方に大変激怒された。私に落ち度があったのだが、懸命に謝罪を続けた結果、許して頂き笑顔を取り戻してもらうことができた。困難があっても、誠意を持って取り組むことが重要だと学べた。「知識」としての介護ではなく、「現場」を体験できたことは本当に貴重である。小学生を連れてくる先生もいるのだそうだ。学力だけではなく、こうした体験を小さい頃からさせ介護や福祉が特別なものではなく、自然なもの」であることを子ども達に学んでもらうことは大きな意味があるような気がする。核家族化が進む現代では非常に重要な要素ではないだろうか?
2007年02月18日
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シドニーにいて驚いたことは、International Couple、つまりそれぞれ国籍の違うカップルが多いことである。もっと進んで、国際結婚。私が向こうで知り合った日本人女性の方々はほとんどの方が日本人以外の旦那さんと結婚していた。オーストラリアは移民の国である。世界各国から様々な人々が集まって暮らしている。それを考えれば、International Coupleや国際結婚は極々普通のことであると思える。結婚するもの同士の国が違って当然、文化も言語も違う。その違いを認めて、お互い暮らしている。これは「相互理解」という点においてとても大切なことを教えてくれるのではないだろうか。私たち日本人同士、同じ言葉、同じ文化を持っているもの同士の会話では、「相手は自分の話すことをわかってくれる」という前提が頭の中に無意識的にできてしまっている。もちろん、同じ日本語を話し、日本の文化を持ったもの同士であるからそれは当然の結果である。しかしながらその前提があってしまうがゆえに「どうしてわかってくれないの?」とお互い理解ができず、衝突することも多々である。International Couple はどうか?私が日本にいる頃であったら国・文化が違っていたら、絶対うまくいかないと思っていた。文化・言語の違いが争いを生み、関係に亀裂が生じると思っていたのだ。しかしながら、「文化・言語が違っても普通」「言っていることが伝わらないことがあっても普通」という前提があれば状況は変わってくる。むしろ、文化が違う、言語が違う、考え方が違う、だからきちんと相手のことを理解しようという気持ちが強くなるのではないだろうか。もちろん、彼らは彼らなりに難題を抱えているであろう。しかしながら、そういった難題を抱えていても、国を同じくするCouple では経験できないすてきな関係を築くことができるのではないだろうか。もちろん、これはCouple だけではなく、一般の人々との関係にも当てはまる。私はオーストラリアで様々な国の人々とふれあうことで「相手をわかろうとする大切さ」を学ぶことができた。International Couple に国際結婚、私のような若輩者に語れる話題ではないかもしれないが、「相互理解」という点で大事なことであると思い、書かせて頂いた。
2007年02月15日
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私が海外から帰ってきて一番強く感じることは誰かが自分と一緒にいてくれることに感謝できるようになったということだろう。「自分と一緒にいてくれてありがたい」ということをいうとありがたいなんて、と驚く人もいるかもしれない。私もずっと日本に暮らしていたら、そんな大げさなと思うかもしれないがやはり海外で一年暮らして、そう思う気持ちが強くなったのだろう。だからこそ、感謝の気持ちを「ありがとう」というコトバにして伝えたいのだ。
2007年02月07日
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というようなタイトルをつけて、久しぶりにちょっと言語学的な話題について論じてみる。(といっても、たいそうなことはかけませんが^^;)外国で生活していると、母語の能力が低下しているような経験をすることがある。これは一年くらいの海外生活をしていれば感じることだと思う。例えば私は日本語の能力が低下したように感じられたのだがこれは単に日本語を使わなくなったから…で終わらない問題であるといえる。ある学者が、外国語と母語には大きなつながりがあるといっていた。外国語能力を伸ばそうと思ったら、母語も伸ばさなければならないと。小学校における英語教育で、母語の障害になることが危惧されていたことがあるがこれもそれに関係のある話であると思う。外国語と母語は関係がある、これと小学校の英語教育のことも「なんとなく」わかっていた気になっていただけだけれど最近改めてその大切さがわかってきた気がする。例えば塾で英語を教える時に「日本語」が非常に重要な役割をしていると気づく。よく「英語は日本語とは違うんだから、英語は英語の感覚で考えなきゃ!」というコメントが聞かれることがあるが英語の感覚って何?海外経験の長い帰国子女ならともかく、日本で生まれ、日本で暮らし日本でずっと学習してきた子達にいきなり外国語の授業が現れて「英語の感覚」っていっても「?」以外の何者でもないだろう。そこで私が思うこと。英語の感覚 → 日本語の思考に裏打ちされた英語っぽい考え方といえるだろう。日本人である限り、日本語の感覚を捨てられない。ずっと日本で育っている人ならなおさらだ。だから私たちが英語を勉強する時は、常に日本語がベースになってしまうことは否めない事実であろう。ではどうするか?日本語の考え方をきちんと理解し、「日本語を通した」英語教育に生かす。ということになるだとう。私は英語教師を目指しているが、昔、日本語の言語学をやっている時にどんな意味があるのだろう?と自問することが何度もあった。しかしながら、日本にいる日本の思考で育った子ども達を相手に英語を教えるならば、「母語」である日本語のことをきちんと理解しなければいけないんだと気づくことができた。サピア・ウォーフという人たちが「人間の思考は言語によって決定される」という考え方を提唱していたが、これはまさに的を射た提唱かもしれない。長くなってしまったが、外国語学習を進める上で母語の重要さについて述べてみた。今回は英語の例を出してみたが、韓国語、スペイン語、中国語…他の言語も同じことが言えるであろう。もし、外国で自分の母語について考える機会があったのならばそれは外国語能力をアップさせるのに重要な機会になるのではないだろうか?
2007年02月05日
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実習一日目終了!日本の老人福祉施設は初めての挑戦だったが実り大き一日であった。^^国や文化は違っても、「基本となるスタンス」は一緒なんだと痛感した。短い間だけれど、充実した実習にしたいと思う。P.S.福祉施設のスタッフの皆さん、こんな仕事を毎日しているなんて本当に頭がさがります。お疲れ様です。m(_ _)m
2007年02月05日
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ヨックン9901さん、コメントありがとうございます。コメント欄に返信しようと思いましたが、長くなってしまうと思いますのでこちらの方に書かせていただきたいと思います。ヨックン9901さん、大変ご無沙汰しております。^^私なんてまだまだ「先生」といわれるような者ではございません。m(_ _)m> 自分が先生にしてほしいように、生徒にしてあげるということですよねそれすごく大切なことだと思います。自分がして欲しいことはやってあげるべきだし、逆にして欲しくないことはするべきじゃない。現在、塾講師をしていますが講師 → 生徒 というベクトルだけではなく講師 ← 生徒 というベクトルも常に重視しております。「一方的に与えられるだけ」なんていやです。私も生徒達と一緒にいることでいつも目に見えない「大切なもの」をもらっていますから。^^ヨックン9901さんが外国で教員をしていること、本当に頭が下がります。私は現在日本での英語教員を目指していますが将来的には海外進出を狙っています。それも、短期留学とかではなく、プロ教師としてきちんと「結果」を出して一人前に給与を得て、きちんと生活ができることを目指しています。もちろん、今の私では経済的にも能力的にも大きく隔たりがあるでしょう。そもそも非力な自分が外国で仕事につけるのか保証もありません。現段階では、「夢」でしかないのかもしれませんがきっと何年も何年もかかってしまいますが、長い時間をかけてじっくりと充電をしていきたいと思っております。シドニーでのアシスタント教師は得られるものも多かったのですが正直、苦しいことも多々ありました。当時意図的に生徒達との間を空けようとしていたため(詳細についてはこちらを)一人になることが多く、「自分の居場所」探しにとても苦労していました。更に大学に通っていたわけでもないので、同年代の人々も少なかったです。同僚の日本語教師イアンが「ユタ、大学に通っているわけじゃないんだから、それは仕方がないことさ。ユタはこの厳しい環境でよくがんばってるよ。」とほめてくれたのですが「自分って、友達ができる能力に欠けてる人間なのかなぁ…」と自分を責めてしまうこともよくありました。特に苦しかったのは、学校が長期休みになった時でした。誰もいない大きな学校にぽつんと一人きり…。誰にも必要とされない時間、何もしなくてよい時間が延々と続く。この時初めて、この空虚な時間と空間が怖いと感じましたし(ホームシックとは違うこの感じを言葉で説明するのはなかなか難しいです)「自分の居場所」があることがすごく大切なことだと気づけました。更に日本にいたときには気づけなかったような、「自分がやること」がそこにきちんとあることって、すごく大切なのだと改めてわかりました。(詳細はこちらとこちらとこちらを)定年になった人たちが定年後も再び仕事を探しているというニュースを見たことがありますがその気持ちがすごくわかるような気がしました。観光でも留学でもなく、社会人として挑戦すれば再びこの恐怖感を経験するかもしれません。今でもしっかり覚えていますし、できることならもう経験したくはありません。しかしながらどういうわけか恐怖感よりも「挑戦精神」の方が最終的には勝つようです。海外に挑戦するのはまだまだずっとずっと、先のことだと思います。私はまだまだ未熟者です。先のことよりも、今は日本の教員としてきちんと結果を出せるよう精進したいと思います。m(_ _)mそして何よりも、今は一緒にいる大切な人たちとの時間を大切にしたいと思っています。やはり日本は私が生まれ育った国ですから。海外も大切ですが、私は生まれ育ったこの日本で大切な人たちと共にやりたいこと、やらなければならないことが今はまだまだたくさんあります。まずそれらを一つ一つかなえていきたいです。(^-^)長くなってしまい申し訳ありません。ヨックン9901さんのご活躍を楽しみにしております。^^P.S.友人が韓国に留学していますが、驚異的な成長を遂げているようで私なんて、あっという間に抜かれてしまったようです。^^;
2007年02月04日
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今回の老人介護施設実習に合わせて、昨年は養護学校にも実習に行った。養護学校で働くのは初めてであったけれど、驚いたことが「しつけ」の厳しさだった。知的な障害があっても、「自分のことは自分でやらせる」という精神を大切にしており服なども全て自分でたたませ、できるまで何度もやり直しをさせていた。ひょっとしたら普通の学校よりも厳しいのではないかと思ったくらいである。養護学校は英語で"School for the mentally challenged"という。養護学校の生徒たちは、普通の生徒達に比べて困難(challenge)を生じることが多い。先生方の厳しさは彼らの困難を自分の力で解決させ、将来自立できるようにさせたいという愛情の表れなのかもしれない。私が派遣されたクラスは中学校一年生だったがそしてクラスでも極めて障害の重いAくんの担当になった。Aくんは落ち着くことが極めて難しく、常に暴れてしまい噛み付かれたり、顔に唾を吐きかけられたり…それでも私は何とか彼の力になろうと尽力を尽くした。わずか二日間の実習であったが、実習終了後の帰りの会の時にAくんが私に向かって微笑んだ。そして私をぎゅっと抱きしめてくれた。これを見ていた周りの先生達から「Aくんはユタ先生が大好きになったのね。この二日間すごくおとなしかったものね。」え?これで、おとなしい方だったんですか?!^^;「ええ、いつもはこんなものじゃないですよ。すごく不思議です。ユタ先生何か特別なことをしたんですか?」いえ、特にこれと言って特別なことはしていませんが、大切にしていたのはきちんと叱るところは叱り、ほめるところはほめるようにしたことです。日本の学校って、あまりほめることをしませんよね?私はオーストラリアの学校でほめることの大切さを痛感しました。日本人はほめることもほめられることもあまり慣れていない。だからこそ、今回の実習はほめるところもきちんとやってみたんです。「なるほど。ほめる…かぁ。」養護学校の実習はわずか2日間であったが、非常に貴重な体験となった。改めて現場の先生方の苦労には頭が下がる思いで一杯である。P.S.後日行われた文化祭でもAくんと再会し、充実の一日を過ごすことができた。
2007年02月03日
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来週から老人ホームでの実習が始まります。本日はあいさつに行ったのだが、老人介護施設(デイケア)で働いた経験が今まであるかどうか聞かれたのでアシスタント教師をしていた学校が休みの間シドニーの老人ホーム(retirement villege)でボランティアをしたことを話すと大変驚かれた。シドニーの老人ホームのエピーソードはこちらを参照。今日はあいさつだけだったので、午前中でおしまいだったがいろいろな発見をすることができた。日本の老人介護施設で働くのはこれが初めてだが大切なことを学ぶことができそうだ。
2007年02月02日
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あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。m(u_u)m
2007年01月04日
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(O^-’)b
2006年12月28日
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いよいよ明日が決戦になりました。p(^‐^)q がんばるぞ!
2006年12月18日
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管理人ゆた、本日誕生日を迎えました。(*^-^*)いつも支えてくれてありがとう。m(u_u)m今後ともよろしくお願いします。 ゆた
2006年11月28日
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以前、大学の留学生主催の韓国語教室に行けないことを書いたが、その時間私は塾で働いている。今年で塾講師を初めて3年以上がたとうとしているけれど今は本当にこの仕事が楽しい。70点以上アップ(中2・中3)を筆頭に皆グングン点数が上がっている。今年は「厄年」ということもあってか、悲しいこと、苦しいこともたくさんあるけれど、子ども達の満足している笑顔を見たらそういうことも乗り越えられるって思うんだ。心が満足するのが自分でわかる。この曜日の授業をやめて、韓国語教室に行く。そうすれば、自分の韓国語能力は上がるだろう。でも、それはいやだ。「彼らの力を伸ばしたい」この気持ちはゆずれないんだもの!今持っている生徒の中には中2生で数・10点台 英・10点台という子もいる。しかしながら、私は今の計画ではこの子が中3の今頃になったら数・70点台 英・70点台となるところまで、本気で持って行かせるつもりである。10点台を70点台に?そんなことできるわけないだろ?そういった批判もあるかもしれない。本当にできないのか?その答えは子ども達が証明してくれる。子どものチカラはすごいよ。「できない」を → 「自分でできる」 に変えてこそ塾講師でしょう。^^
2006年11月17日
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今日、10月31日は自分にとって「大切な日」です。^^
2006年10月31日
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皆さんは「ドリームキャッチャー」というアクセサリーをご存知だろうか。私は全く知らなかったのだが、去年の誕生日友人から誕生日プレゼントとして、ドリームキャッチャーを頂いた。友人曰く、ドリームキャッチャーはアメリカインディアン発祥のものであり、「夢をかなえる」という言い伝えがあるのだそうだ。"Dream catcher" 夢を捕まえるもの というネーミングはそこからきているのかもしれない。実際、Webで検索してみると、いろいろな種類のドリームキャッチャーが紹介されていた。大切な友人がくれた、「世界に一つだけ」の大切な誕生日プレゼント、きっと試験にも良い結果をもたらしてくれるだろう。アクセサリーに神秘的な何かを求めるなんて一種の「神頼み」じゃん、と思う人もいるかもしれない。でも、「神頼み」で自分は全然構わないと思う。だって、神を頼ろうとしても、しなくても、試験を受けるのは「自分自身」だから。神を信じても、信じなくても、自分が鼓舞されていることが何よりも大事なことだと思うから。いよいよ明日は東京に乗り込みます。そして明後日は試験本番、東京大学駒場キャンパス。11月という誕生日の都合上、去年はドリームキャッチャーと共に試験を受けることはできなかったけれど、今年は一緒。自分の実力を考えれば、結果なんて全く期待できないけれど精一杯受けてきたいと思います。それと、この日記は読んでないかもしれないけれどドリームキャッチャーをくれた友人には本当に感謝である。「大切なこと」をいつもたくさんもらっています。本当にありがとう。^^P.S.いつも君の活躍を見せてもらっています。本当にすばらしい成長ですね。俺なんてとっくに抜かれちゃったんだろうなぁ。。。
2006年10月13日
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検定試験まで後残り3日となった。10月15日が試験日となるが、この日は英検の試験日でもある。この英検を塾で私が教えている子達が受けるのだ。今回英検を受ける子達は、普段私がレギュラーで受け持っている子達ではない。英検対策として、期間限定で受け持つこととなった子達だ。二人受け持っていたのだが、一人は普段のテストでも英語は非常に点数が高く、英検もなんとかクリアできそうである。しかし、もう一人の子が普段の英語のテストの点数がビミョウであり正直最初は苦しいと思った。更に、保護者の方から「絶対合格」させるように、要請があった。授業できるのはわずかに数回。そこで用意された塾の切り札が私であった。試験であるから、「絶対」というものは存在しない。でも、ここで結果を出せなかったら、塾講師の価値がなくなる。正直、合格とはギリギリの線だけれど、挑戦してみることにした。そしたら。。。すごい!生徒がものすごい成長を見せてくれた。依然として、きわどいラインではあるけれど、始めた頃に比べれば勝負になれそうな気がする。後は生徒次第。15日は自分の試験、そして生徒達の英検、二重のプレッシャーにせめられているけれど、俺言ったんだ。「俺も一緒にがんばるからね。」って。一人でやるのは誰だってキツイ。大人になった自分だってそうなのだから、中学生ならなおさらだ。「一緒にがんばる」って決めたんだから、最後まで一緒に走りきるぞ。^^
2006年10月12日
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今日カーラジオを聞いていたらどうしても相性の合わない人がいたらどうしたらいいのか?というテーマについて語られていたのだがその時、パーソナリティーの女性が言っていた一言に大きく共感できた。「もし、どうしても、どうしても99パーセント相性の合わない人であっても1パーセントだけでも、その人の良いところを見つけたら、そこを愛してあげたい。」と。このコメント、すごく共感できます。塾講師をしていると、本当にいろいろなタイプの生徒がいる。中には、超生意気で、本当に腹立たしい子がいたりするのも事実だ。でも、そのこの中で、ほんの少しでもいいところを見つけ、そこをほめて育てる。これが今の自分の、塾講師としての基本姿勢であります。
2006年10月08日
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明日は父と母の結婚記念日。本当なら、父と母二人で行けば良いのだけど、私も一緒に招待してもらった。その際、私がお店を決めることになったのだが先ほど、その店に行って予約してきた。そして店長に、食事の最後に何か父と母のために「サプライズ」をして欲しいという話をこっそりとしてみると、快くOKしてくれた。^^今まで、父と母の結婚記念日のことを深く考えたことはなかったけれど、改めて思うと父と母が結婚してくれたから今の自分があるんだって、改めて思ったよ。当たり前のことなんだけど、彼らが結婚してくれなかったら、今の自分もないんだって。m(_ _)m自分にできることはわずかだけど、大切な記念日にせっかく誘ってもらったのだから二人に満足して欲しいな。
2006年10月06日
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アンニョンハセヨ!!キャンパスを歩いていたら、後ろから韓国語で呼び止められた。それは、韓国語の先生だった。休みがあったから、先生と会うのもずいぶんご無沙汰になっていた。キャンパスは人で埋め尽くされている。いよいよ後期の授業が始まった。図書館に行くと、いつかの韓国料理会で知り合った後輩に出会った。「ユタさん、お久しぶりです!!お元気でした??今月21日料理会なんですよ!!来ませんか?!」おーっ。料理会かぁ。。。ずいぶん前のことに思える。「どうもありがとう。」21日?。。。うん、うれしいけれど…その頃なら行っても良いかな。。。いろいろ考えて、またその時に決めさせてもらおうかな。m(_ _)m韓国語か。。。ハングル検定4級に合格してから、一人で細々と独学してきたけれど最近独学の限界を、感じ始めた。英語(修論)や教育能力検定でいっぱい、いっぱいでハングルまで十分な時間を回せていないのもある。自分のがんばらなさもある。。。でも、もっと根本的なところに問題がある。言語を一人で勉強すると言うスタイルだ。私は英語が好きだ。日常会話なら、意思を伝えたり、何とかできるようになった。でもそれは、自分から積極的にAETに話しかけたことが大きかった。一人では言語はうまくなれない。今教育能力検定の勉強をしていても、教授法の分野で紹介されている。機械的な、繰り返しだけでは外国語の能力をあげることは極めて難しい。考えてみれば当然のことである。コトバはコミュニケーションのためにあるものだからだ。本当は11月にあるハングル検定3級興味があったけれど、現状では出願自体あきらめようかと思っている。さて、困った。何とか勉強できる場所はないだろうか。。。私の通っている大学では、放課後、韓国からの留学生が社会人や学生を相手に、韓国語の教室を開いている。学生主体でやっている活動であり、料金の方も非常にリーズナブル!!(市内で開かれているカルチャースクールより、はるかにリーズナブル)廊下のポスターを見ていても、これはいいなと感じる。自分は本学の学生だから、魅力的ではあるのだけど。。。ちょっとこれには行けないや。。。何とかするしかない。せっかく韓国語覚える機会を持てたのだもの。ここで断念したくないもの。しかしながら、自分の力のなさを環境のせいにしている「自分」にも問題があるのは事実なんだよな。。。反省。。。
2006年10月02日
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昨日の日記にも書いたように、今日は緊急時の応急手当の講習会に行ってきた。自動車学校で習ったはずなのに、あやふやになっているところもあったからすごく良い経験になった。心臓が停止して、命が亡くなってしまうまでが約5分。救急車が到着するまでの時間が平均6分。いかに心臓マッサージや人工呼吸が大事なのかを知る機会となった。AED(電気ショックを与えるための機械)の使い方も教えて頂いた。いつ大型の震災がやってくるのかわからないので、備えはやはり必要である。さて、今日から10月、本試験まで残り15日。ここのところ、大学院発表会の準備で一杯一杯だったのでちょっとお休みしていたけれど、再び再開!しかし、試験ってムズイわぁ。私と親しい人は私がどれだけ試験が苦手なのか、よくご存知だと思う。(^^;じっくり考えるのは良いけれど、時間内にそつなくこなすのは結構苦手。。。「日本語のリスニング」にかなりてこずらされているけれどもうやるしかないぃぃぃ!!(^^)P.S.全然関係のない話ですが、10月の誕生石はオーストラリアの名産、「オパール」だそうです。私にとっては宝石なんて縁のないものですが。。。
2006年10月01日
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大学院発表会終わりました!!(^▽^)これで、ひと段落して、検定試験の受験勉強をがんばることができます。今日の午後は学部の卒業生の方が、講演会にいらしてくれた。卒業生といっても、だいぶ前の方々で今は、様々な企業で働いている。社会人になってからの超ディープな話(かなりためになった!)や絶対忘れてはいけないことなど、教員志望の私が聞いても、かなりためになる話であった。(聞いてもらいたかった人が今日いなかったので、ちょっぴり残念)行けば、何か得られるものがあるね。夜はいつもの通り、塾講師。私が持っている子達の学力が最近目覚しく伸びているのでとてもうれしい。^^しかしながら、今日、私が持っている子が教室を変えなければならなくなった。以前の日記にも書いたことであるが、私がどんなことを思って、今まで指導していたのかをしっかり話した。私がいなくなっても、「自分の力」でしっかり勉強できるチカラそれを養うために今までがあった、と。彼はしっかりと力強く頷いた。平均的に見たら点数は低いほうだけれど、まだまだこれから。彼の今後に期待したい。^-^人に何かを言われた時って、ずーっと後、なってから、「そういうことだったのか!」と大切さに気づかされることってある。私の一言で、彼がそういう体験をしてくれたらいいな。さて、明日は「救急救命」の勉強会が市内で開かれるため参加してきます。自分にとって大事な人が、危険な目にあった時に守れるのはやっぱり「備え」あってのこと。思いだけでは守れない。しっかり勉強してきたいと思います。^^
2006年09月29日
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どうも。ゆたです。以前書かせて頂いたように読者の方の訪問に合わせてゆったりとした更新をさせていただいております。m(_ _)m明日は大学院の中間発表会。いろいろ大変なことを抱えているのが現状ですがここを突破してこそ、得られるものがあるはずです。なんとか切り抜けます。(^-^)興味のある方は学部棟にいらっしゃいませ。
2006年09月28日
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この時期は各中学校で二学期の中間試験がそろそろ行われる。その中でも、すでにテストが終わった子達がいるのだがうれしい報告を聞くことができた。^^5教科総合点で、なんと前回よりも74点(!)アップ!!この子は先月の終わりに入塾し、私が担当講師となったのだが入塾する前よりも、大幅に伸びたことをとてもうれしく思う。^^もう一人の子も、数学で若干ダウンしてしまったが苦手の英語が20点以上もアップ。(苦手科目の英語がどんどん得意科目に変わってくるよ^^)そして、5教科総合も20点以上アップ!!もう一人持っている子も、前回400点(500点満点)を超え、今回は更にその上を狙えそうな予感がする。^^私塾講師をやっていていつも思うことが、努力を無駄にさせたくない。ということである。がんばってやっていても、できない。。。こんなことが続いていたら、誰だっていやになってしまうよ。がんばっても、やってもできないんだったら、やってもしょうがない。。。やめよう。。。そういう風に思ってしまっても仕方がないだろう。私自身、このような気持ちは何度も味わったことがあるし実際この日記をお休みしていた時も、こうやって思った。自分がこんな思いをしたのなら、せめて子ども達にはこんな思いをして欲しくはない。私と一緒に「貴重な時間」をシェアしてくれて、がんばってくれている。だからこそ、彼らの努力を無駄にさせたくない。自分は「やればできること」に気づいて欲しいのだ。私は自分の受験生時代に得たことを参考に独自にプログラムを組んで彼らに取り組んでもらっている。それがこうやって結果に出てきてくれることは本当にうれしいし、この仕事をやっていて良かったと思う瞬間である。^^仕事でやっているわけであるから、対価としてお金は頂いているけれどそれ以上にたくさんの大切なものを彼らから私は頂いている。^^いやな思いをすることだってたくさんあるけれど、それ以上にうれしい気持ちが自分の気持ちを高めてくれるんだよな。P.S.今週末は台風が接近しているため、大気が不安定だそうな。。。そうそう、韓国に行っていた友人がいったん帰国するみたいだ。悪い天候と重なりそうで心配だけど、韓国では自分の力でがんばっているみたいだから、良い結果を残せるんじゃないかな。周りの人々にも恵まれているみたいだしね。久しぶりの日本だろうけれど、充実した時間を過ごして欲しいな。さて、俺は今週末の夜は、道場でマシン練習しようかな。現役から離れても、卓球が上手くなりたい(教員になってから子ども達の相手をしてあげたいな)って気持ちは全く薄れていません。一緒にする相手もいないから、マシン相手にコツコツやっているんだ。マシン様様だね。(卓球マシンを置いているところもなかなか少ないので)もともと、左利きだけど、体の具合とか諸事情あって大きく右打ちに転身。利き腕じゃなくても打てるの??と驚かれることもあるけれど、時間をかければ何とかなります。ゆっくりだけど、卓球も精進したいな。卒論の時期は、かなり滅入っていたけれど寒い中、友人に協力してもらって練習したのだった。卒論のストレスでかなり病んでいたから、友人にはとても感謝しなければならないし、すごく感謝している。さて、教育能力検定までもう一ヶ月きったよ。試験が(超)苦手な俺だけど、今年はがんばりたいな!
2006年09月22日
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本日は大学の集中講義。集中講義はだいたい県外からゲストを呼んで授業をしてもらうのだけど、今日の授業のゲストはちょっと特別。^^私自身、すでに去年この授業はとっているので今回参加しても、単位は出ないのだが、単位なんてもらえなくても構わない。純粋に話を聞きたい!と思わせてくれる先生なのだ!時々、(汗)ってところもあるけれど、すっげー面白い!!明日で先生は帰ってしまうけれど、一年に一度の機会充実した時間が過ごしたいな。この授業、是非連れてきたい人がいたのだけれど、都合が付かないようで残念。>_<でもまだ来年があるしね!来年もこの授業楽しみです!!
2006年09月20日
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管理人のゆたです。8月から一身上の理由で、ずっと更新をやめておりました。8月のはじめに、個人的に衝撃を受ける出来事がありました…。それを境に、更新する必要性や意欲を失い、結果的に更新中止ということになってしまいました。それからずっと迷ってました。自分は何をやっているんだろう…何のためにこれを書いてきたんだろう…って。でも時間がたってから、そんな自分自身に疑問を持ちました。俺は何をやっているんだ?って。自分は、損をして生きている人間なのかなとよく思います。努力しなくても、努力しても、恐らく結果的に損をして生きているんでしょう。うん。。。悩んでいる時に、どうせ損するなら、努力なんてむなしいや。。。とも思ったけれど、それってやっぱり「自分の生き方」と違うって思った。結果的に損しても、努力して懸命に生きた方が、やっぱり自分らしいや。さて、オーストラリアの記録の再アップをしていましたが諸事情ありまして、必要性がなくなりましたので誠に申し訳ないのですが、打ち切らせて頂きます。楽しみに読んで下さっていた方々、申し訳ありません。m(_ _)mしかしながら、バックナンバーがこちらに用意してありますので興味のある方はこちらのバックナンバーから過去の記録をご覧下さい。「2004年3月~2004年12月まで」が、オーストラリアの記録となります。更新打ち切り前のエアーズロックの記録はこちらに載っております。ここから続きを読んでくだされば、先を追うことができると思います。このホームページを読んでいる方の中にはこの管理人は更新を再開したり、中止したり、コンテンツを急に変えたりと、あまりにもアップダウンが激しいのではないか?読者に対する思いやりに欠けているのではないか?と不快に思う方もいらっしゃったかもしれません。そのように不快に思われた方がいらっしゃったら本当に申し訳なく思います。私、管理人としても、常に一つの「一貫性」を持って行きたいと思っていたのですが、このような結果になってしまったこと大変申し訳なく思っています。m(_ _)mこの更新を中止していた間にいろいろなことがありました。完全不定期ですがプライベートなことも含めて「自身の近況」や「大切に思うこと」を書いていけたらと思います。復活までには、まだまだ時間がかかると思いますが、よろしくお願いします。管理人 ゆた
2006年09月12日
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