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2019年11月14日
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2019年07月14日
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2019年07月14日
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既に想定されていた、そして記述もした(cf.「汎優生主義のリミット」in 「グローバル化とパラドックス」etc)ことだが、遂に、終わりの始まりが到来したようだ。あらゆる事象、徴候が一つに連なっているのが見える---ヘーゲルのあまりにも著名な言葉---<世界>の黄昏を告げるミネルヴァの梟が鳴くとき、哲学が登場する---すなわち、<世界>の終焉の開始に---哲学はその真正な使命を帯びて、ようやくその姿を現すことになる---ブログサイト In Deep:監視する薬: マイクロチップが埋め込まれた錠剤の承認が間近Look out, your medicine is watching youロイター2010.11.08⇒元記事:Look out,your medicine is watching you By Ben Hirschler Nov8,2010[追記]:同ブログよりスペインでマウスの胚と卵子に固体識別バーコードを埋め込むことに成功。人間へのテストも開始(以下一部引用)-----------------------------------------------------------------------------------------------映画ブレードランナーには、人工的に作られたヘビの体内に、そのひとつひとつの固体を識別するための微細な固体識別番号(シリアルナンバー)がつけられているシーンがある。しかし、現実の科学はどうやら映画の中で予測されていたテクノロジーを凌いだようだ。そのテクノロジーとは「胚へバーコードをつけること」だ。スペインのバルセロナ自治大学 ( UAB ) の科学者たちが、 スペイン科学研究高等会議の研究者たちと共に、マウスの胚と卵母細胞(卵子)に、シリコンで作られた微細なバーコードを付着させる固体識別システムを開発した。研究者たちはもうすぐ、このシステムを人間の胚と卵母細胞で試す。(以下略)-------------------------------------------------------------------------------------------------(引用終了)Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護) All Rights Reserved.
2010年11月10日
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2009年11月25日
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*10/5(月)20時18分 父永澤意久雄が永眠した。享年88歳。10/8(木)通夜 10/9(金)告別式。戒名は、妙法 無尽院意中日久信士--- *父は、少なくても半世紀早く生まれすぎたのではないか---過去30年近く、私と父は、まさに<同志>として生きた---*表参道*先月末、現在の配偶者とともに配偶者の居住地の市役所に婚姻届を提出した。これにより、私の運命は一つの方向へと決定的に動き出したことになる。いずれフィレンツェ郊外の古城で二人だけのごく簡素な挙式を行う予定である---*2009,11/8 テンプル大学日本校で発表を行うことになった。*AJJ Annual Conference "Civil Society and Citizenship in MultiNational/MultiCultural Japan"November 8, 2009TUJ Mita HallTUJ Institute of Contemporary Japanese StudiesThe Anthropology of Japan in Japan (AJJ) annual Fall conferenceat Temple University, Japan Campus (TUJ) in Tokyo*昨年の11月末から、私の父は拡張型心筋症で入退院を繰り返していた(現在8/20から二度目の入院中)が、今月10(木)より容態が重篤に急変し、気管装着の人工呼吸器にてほとんど意識が無い状態が継続している---*9/30付記:その後約二週間を経て挿管解除となり、あまり声が出ないものの辛うじて会話可能な状態となったが、現在殆ど無い運動機能がどの程度回復するのか(現状では食器を持つことはおろか流動食の摂取=嚥下も非常に困難なので点滴は継続している)、また認知機能の変動状態について、今後注視していかなければならない。 *表参道2*文献表[経済誌及び学術論文は除く]:『現代思想 vol.37-1 特集金融恐慌ークラッシュする世界経済』青土社 2009年『現代思想 vol.37-2 特集 ケアの未来ー介護・労働・市場』青土社 2009年『不完全性定理』ゲーデル著 岩波書店 2006年『日経サイエンス 進化する進化論,etc』日経サイエンス社 2009年『現代思想 vol.37-3 特集 オバマは何を変えるかーー新-新世界秩序』青土社 2009年『シネマ1 運動イメージ』G.ドゥルーズ 法政大学出版局 2008年『シネマ2 時間イメージ』G.ドゥルーズ 法政大学出版局 2006年『現代の貧困』岩田正美著 筑摩書房 2007年 『なぜ世界は不況に陥ったのか』池尾和人・池田信夫著 日経BP 2009年 『日経サイエンス もう1つのブラックホール? 裸の特異点,etc』日経サイエンス社 2009年『現代思想 vol.37-4 特集 変わりゆく教育』青土社 2009年『日経サイエンス 特殊相対性理論を脅かす? 量子もつれ,etc』日経サイエンス社 2009年*The Crash of 2008 and What it Means: The New Paradigm for Financial Markets George Soros Public Affairs; Revised 2009『子どもの貧困―日本の不公平を考える』阿部 彩著 岩波書店 2008年『現代思想 vol.37-6 特集 ケインズーー不確実性の経済学』青土社 2009年『反貧困―「すべり台社会」からの脱出』湯浅 誠著 岩波書店 2008年『システム理論入門 ニクラス・ルーマン講義録[1]』新泉社 2007年 『日経サイエンス 実は存在しない? 暗黒エネルギー,etc』日経サイエンス社 2009年『現代思想 vol.37-7 特集 ミシェル・フーコー』青土社 2009年*The Monstrosity of Christ Paradox or Dialectic?Slavoj ZizekMIT Press 2009『1Q84(1)(2)』村上春樹著 新潮社 2009年『生政治の誕生』ミシェル・フーコー著 筑摩書房 2009年Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護) All Rights Reserved.
2009年09月08日
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2009年04月28日
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David Lynch's INLAND EMPIRE遅ればせながら、近々、<それ IT>と出遭うことになる----Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2008年05月10日
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*東京都中央区月島3丁目 西仲通 *文献表:『聖パウロ』アラン・バディウ 河出書房新社 2004年 『精神分析の抵抗』ジャック・デリダ著 青土社 2007年『新教養主義宣言』山形浩生著 晶文社 2007年『リナックスの革命』ペッカ・ヒマネン著 河出書房新社 2001年『コモンズ』ローレンス・レッシグ SE 2002年『現代思想 vol.35-12 特集 温暖化の真実』青土社 2007年『生と権力の哲学』桧垣立哉著 筑摩書房 2006年『精神分析への抵抗』十川幸司著 青土社 2000年『自由は進化する』ダニエル・C・デネット著 NTT出版 2005年『生き延びるためのラカン』斎藤環著 バジリコ 2006年『フロイト=ラカン』新宮一成・立木康介編 2005年『性倒錯の構造』藤田博史著 青土社 2006年『生命の産業』佐藤光編 ナカニシヤ出版 2007年『フロイト理論と精神分析技法における自我』ジャック・ラカン著 岩波書店 1998年『無意識の形成物』ジャック・ラカン著 岩波書店 2005年『生命と倫理』青木矩彦著 岩波書店 2005年『近代化と世間』阿部謹也著 朝日新聞社 2006年『<病>のスペクタクル』美馬達哉著 人文書院 2007年『知の欺瞞』アラン・ソーカル ジャン・ブリクモン著 岩波書店 2000年『99.9%は仮説』竹内薫著 光文社 2006年『量子コンピュータ』竹内繁樹著 講談社 2005年『現代思想の遭難者たち 増補版』いしいひさいち著 講談社 2006年『図解雑学 パラドクス』富永裕久著 ナツメ社 2004年『幻覚の構造』藤田博史著 青土社 1993年『ホーキング虚時間の宇宙』竹内薫著 講談社 2005年『頭がよみがえる算数練習帳』竹内薫著 筑摩書房 2006年『現代思想 vol.35-13 特集 偽装の時代』青土社 2007年『はじめての<超ひも理論>』川合光著 講談社 2007年『ナノテクノロジーの世紀』餌取章男・菅沼定憲著 筑摩書房 2002年『図解雑学 数論とフェルマーの最終定理』久我勝利著 ナツメ社 2005年『図解雑学 心と脳の関係』融道男著 ナツメ社 2005年『図解雑学 ナノテクノロジー』小林直哉著 ナツメ社 2003年『アメリカNIHの生命科学戦略』掛札堅著 講談社 2004年『患者漂流』中野次郎著 祥伝社 2007年『心にしみる天才の逸話』山田大隆著 講談社 2006年『0の不思議』堀場芳数著 講談1992社 2003年『虚数iの不思議』堀場芳数著 講談社 1990年『下流同盟』三浦展著 朝日新聞社 2006年*論文集『グローバル化とパラドックス』宮永國子編著 世界思想社 が刊行されました。論文:「汎優生主義」のリミットが収録されています。 *論文集『近代化と寛容』(ICU21世紀COEシリーズ第2巻)村上陽一郎編著 風行社 が刊行されました。論文:<我々自身の無意識>としての「普遍化された優生主義」――「応答型文章完成法(Responsive Sentence Completion Test)」による言表分析の試みが収録されています。 *アマゾンレビュー*対象作品:ドイツ零年[ロベルト・ロッセリーニ]*タイトル:もし貴方が映画というものに価値を認めるのなら、あるいはあらゆる価値を超えた何かを認めるのなら、またもし貴方が、ロッセリーニという存在を未だ知らないのなら、あるいはすでに知っているのなら(そして未だこの作品に出会っていないのなら)、「ドイツ零年」を観るあらゆる理由があることになる。また、日本人の世界像には奇妙にも<歴史>が欠けていると言われるが、そんな観るべき<日本人>が観たなら(実際には観ないだろうが)一体何に出会ってしまったのか皆目分からない衝撃であるだろう。*対象作品:ハンニバル・ライジング [ギャスパー・ウリエル;コン・リー;リス・エヴァンス]*タイトル:二人のアクター、二つのキャラクター ギャスパー・ウリエルとアンソニー・ホプキンスのギャップを感じるのは仕方ないが、むしろギャスパーは、ヘルムート・バーガー(この作品でもモンスター誕生の重要な触媒となるナチをテーマ化したビスコンティの「地獄に堕ちた勇者ども」を参照)を非常に髣髴とさせる。見比べてみると面白いだろう。この映画をより広い視野から位置づけるのに役立つかもしれない。必ずしも意識されていないのかもしれないが、ひょっとして、あの映画へのオマージュもあるのだろうか? Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved
2007年09月12日
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*アマゾンレビュー[2007/8/15][1]:対象作品:ネオリベラリズムの精神分析―なぜ伝統や文化が求められるのか樫村 愛子著これはあくまでも一つの出発点である。現段階においては「避けがたい」ものではあるだろうが。読者は、ここから自らの言葉で、それぞれの<思考>を開始しなければならない。また、一つの出発点としてのこの作品から開始されるはずの<思考>の射程距離は、必ずしも「ネオリベラリズム」という問題系に限定されはしないだろう。なお、この作品が示唆する最悪の閉塞状態は次のようなものになる。すなわち、この作品が、あるいはこの作品へと向かう著者の歩みがそこから出発した「再帰性と恒常性」というテーマ系の二つの項、すなわち再帰性と恒常性の「素朴な二項対立」の内にとどまること。その場合「恒常性」は仮想あるいは想像された自体存在(再帰性の外部)として、あらためて再帰的な分析にさらされることはなくなる。 [2]対象作品:TAKESHIS'by北野 武 2006年10月13日以来、レビューを書くことと久しく離れていた。DVDに限っても、ごく最近もキム・ギドク監督の「サマリア」が触発したが、レビューを書くことには、最小限の解釈を強いられる明らかな予感があり、その苦痛あるいは面倒さから自由になれない限り、それまでと同様に、レビューを書く気にはとてもなれなかった。ということは、レビューを書くということ自体すでにできなくなっていたわけだ。従って、このレビューもまったく参考にはならないだろう。非常に稀な、もしかすると唯一の経験かもしれないが、この作品の経験には、そういった苦痛がまったくなかった。したがってこのレビューは、その稀な出来事のみに言及している。この作品が、他のあらゆる作品と異なった空間で、本来あらゆる表現を拒むはずの無意識あるいは<現実界 The Real>と遭遇しているからだ。その作品空間は、人々の記憶から早くも消失しつつある、そして消失する他ない<移行空間=媒介装置>として、これから始まるであろう表現の生成を準備するものとなるだろう。 Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2007年08月18日
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How to Read Lacan Slavoj ZizekGranta Books (2006/9/4)The Parallax View Slavoj ZizekMit Pr (2006/04)The Metastases of Enjoyment: Six Essays On Women And Causality Slavoj ZizekVerso Books (2005/10/21)The Ticklish Subject: The Absent Centre of Political Ontology Slavoj ZizekVerso Books (1999/03)The Neighbor: Three Inquiries in Political Theology Slavoj Zizek(ed)Univ of Chicago Pr (Tx) (2006/02)Indivisible Remainder: On Schelling And Related Matters Slavoj ZizekVerso Books (2007/01) Lacan: The Silent PartnersSlavoj Zizek(ed)Verso Books (2006/4/30) MetapoliticsAlain BadiouVerso Books (2006/9) Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2007年06月28日
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*軌跡: 永澤 護 著書 「<告白>の行方ー《欠如の迷宮》の旅とその破壊」 近代文藝社/日本図書刊行会、1997年 アンソロジー「二〇〇〇年詩集」(村田正夫編)潮流出版社、2000年 「フェミニズムと精神分析辞典」(共訳)多賀出版、2002年 「グローバル化と アイデンティティ・クライシス」 (宮永國子編著・共同執筆) 明石書店、2002年 「グローバル化とパラドックス」宮永國子編著 世界思想社 2007年 「近代化と寛容」(COE論文集シリーズ第1巻)村上陽一郎編 風行社 2007年 「保育児童福祉要説」(共同執筆)中央法規、2004年 詩誌「潮流詩派」(H氏賞選考委員 村田正夫氏主宰)1999.5- 学会・ワークショップ活動 1989.12.2 「線、数、痛み―《内包量》を巡るアポリア」於明治大学 日本カント協会第14回大会における研究発表 1996― 「宗教と社会」学会プロジェクト・研究会「個人主義の再検討」参加 於ICU 国際基督教大学教授 宮永國子氏主宰 1996 明治大学文学部教授 齋藤孝氏宅での社会学研究発表会において「<告白>の行方ー《欠如の迷宮》の旅とその破壊」の元原稿を研究発表 1997.10-1999.4.1 教育研究活動「BASIC」(主宰者 明治大学文学部教授 齋藤孝) 2001.3.15 「現代福祉社会の政策実践に関わる問題提起」 日米高齢者保健福祉学会第5回研究大会研究発表 2002.7.7 「オープンシステムとしての<個>の造型を目指す実践的教育 のモデル――自己覚 知・呼びかけ・応答」於立教大学 「宗教と社会」学会プロジェクト「個の可能性研究会 ワークショップ2002」における研究発表 (主宰者:現多摩大学グローバルスタディーズ学部長・ハーバード大学教育哲学研究所所属研究員・ハーバード大学・オックスフォード大学・スタンフォード大学招聘学者 立教大学キリスト教研究所研究員 宮永國子 なお、発表内容はHP:kuniko.comに収録 2003.7.6 「ネグリ/ハート、ラカン、カントの狭間で――グローバル 資本主義下における<協働>の構成」於学士会館 同上「個の可能性研究会ワークショップ2003」における研究 発表 なお、発表内容はHP:kuniko.comに収録 2004.11.23. 「「汎優生主義(Pan-eugenics)」のリミット――古谷実の コミック作品『ヒミズ』の読解を手がかりにして」 於学士会館 同上「個の可能性研究会 ワークショップ2004 パラダイム転換とパラドックスの時代」における研究発表 なお、宮永國子編著論文集『グローバル化とパラドックス』(世界思想社 2007年)およびhttp://kuniko.comに収録 2005.1.16 「個の可能性研究会 ワークショップ2004 分科会」 「グローバル社会と新しい伝統」参加 於立教大学 2005.2.20. 「個の可能性研究会 ワークショップ2004 分科会」 「優生主義化」する社会(汎優生主義)と臨床社会学 於立教大学 愛知大学文学部助教授樫村愛子氏との共同研究発表 2005.3.5東京福祉大学大学院学位論文構想発表会での研究発表研究課題:「在宅福祉サービス提供事業者職員における「普遍化された優生主義仮説」の妥当性検証の試み――「会話的文章完成法(Conversational Sentence Completion Test)」を活用した意識調査結果の分析を通じて」2005.3.13 「個の可能性研究会 ワークショップ2004 分科会」 「「ヒトガミ」の伝統と近代」参加 於立教大学2005.4.4 日米高齢者保健福祉学会第7回研究大会参加 2005.4- 非営利学術団体「心の諸問題考究会」運営委員2005.12.4 「個の可能性研究会 ワークショップ2005」 「汎優生主義(Pan-eugenics)」のリミット」(決定版) 「グローバル社会と科学ー個の可能性」研究発表 於学士会館 :21世紀COEプログラム:「平和・安全・共生」研究教育 「安全な生活環境とSTS (科学技術と社会)」と提携なお、発表内容は、宮永國子編著論文集『グローバル化とパラドックス』(世界思想社 2007年)およびhttp://kuniko.comに収録2006.7.2個の可能性研究会読書会 藤原正彦『祖国とは国語』東京:新潮社、2006年 於学士会館2007.1.13ワークショップ「近代化と寛容」於国際基督教大学出席予定者発表者石原明子、樫村愛子、永澤護、西谷修、萩原優騎、武者小路公秀、森葉月、森分大輔コーディネーター 村上陽一郎(ICU COE拠点リーダー)コメンテーター 千葉眞主催:ICU COE内研究グループ「安全な生活環境とSTS(科学技術と社会)」発表テーマ:<我々自身の無意識>としての「普遍化された優生主義」――「応答型文章完成法(Responsive Sentence Completion Test)」による言表分析の試み発表内容は、上記プログラム主宰者編著論文集(2007年 風行社)に収録2007.12.27個の可能性研究会 分科会テーマ:――究極のテクノロジー戦略と<我々人間の欲望>との出会い――日米欧がしのぎを削る「NBIC」[ナノ-バイオ-IT融合]というテクノロジー戦略は、<我々人間の欲望>について私たちに何を語っているのか? 於学士会館 主な論文1987「規則と経験-《批判》の成立及び展開として規定された自己形成過程の考察」(東京都立大学学位論文)2002.3<教育>の場を造型する実践プログラムへの序論――線を引くこと『グローバル化とアイデンティティ・クライシス』に所収2005.3グローバル資本主義下おける<協働>の構成――ネグリ/ハート『<帝国>』の読解を手がかりにして(日米高齢者保健福祉学会 学会誌第一号)2007.3<我々自身の無意識>としての「普遍化された優生主義」の社会哲 学的含意――「応答型文章完成法(Responsive Sentence Completion Test)」を活用した分析を通じて(日米高齢者保健福祉学会 学会誌第二号)2007.1.24―,2007.7.17―9.10<生体工学的介入>の分析論――哲学的探究としての「メタ生命倫理学」構築の試み(日米高齢者保健福祉学会 学会誌第三号投稿論文)2006.7 「概念分析によるロールシャッハ解釈」の読解――<概念システム>への問いの試み(非営利学術団体『心の諸問題考究会』電子ジャーナル『心の諸問題論叢』仮掲載論文 田澤安弘著「概念分析によるロールシャッハ解釈」査読論文)1984.3「カントにおける超越論性について―演繹論を中心として」(北海道大学文学部卒業論文) 1987「デカルト<第三省察>を巡る試論――<私>に絶対的に先立つ差異の受容」(東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程提出論文)1988「カントとフーコー―経験の形而上学と歴史の造型」(東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程提出論文)1989「内包量の認識とIch denke」(東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程提出論文) 1997「死刑制度」試論」(NPO「全国犯罪非行協議会NCCD機関誌 Nr.83 所収) Other texts 1975.10-1990年代にかけて ゼロ・アルファ――<出来事>のために 1988 デカルト<第三省察>を巡る試論――<私>に絶対的に 先立つ差異の受容 1993-1998 連作1:クノッソスの影――忘れられた者たちを巡って 2:クノッソスの影――<噂>と<名前>を巡る試論: 《酒鬼薔薇聖斗》を巡る試論 3:The Shadow of Cnossos(New Version) |-The Shadow of Cnossos(New Version)1 |-The Shadow of Cnossos(New Version)2 |-The Shadow of Cnossos(New Version)3 1997 出来事のために/ポエジー・エヴァンチュエル 1999 クリティカル・ラビリンス――「批判」と「抵抗」を巡る試論 1997-2000 賭・広場・貨幣 2001,2002,2003.10/09-2004 「汎優生主義」(Pan-eugenics)のリミット (「個の可能性研究会 ワークショップ2004」における研究発表) 2002- アマゾンレビュー 2005.2 在宅福祉サービス提供事業者職員における「普遍化された優生主義仮 説」の妥当性検証の試み――「会話的文章完成法(Conversational Sentence Completion test)」を活用した意識調査結果の分析を通じて2005.3-8 生存とテクノロジーを巡る覚書 2005.8 普遍化された優生主義仮説・言表分析.1~5 普遍化された優生主義仮説改訂版(研究計画書): 在宅福祉サービス提供事業者職員における「普遍化された優生主義仮説」の妥当性検証の試み――「会話的文章完成法(Conversational Sentence Completion Test)」を活用した意識調査結果の言表分析を通じて2005.6-2006.12/15.<Meta-bioethics>の試み:<生命倫理>の基礎論的探求へ向けて2006.12-<我々自身の無意識>としての「普遍化された優生主義」――「応答型文章完成法(Responsive Sentence Completion Test)」による言表分析の試みFirst Stage:2007.1.24―,Second Stage,2007.7.17―<生体工学的介入>の分析論――哲学的探究としての「メタ生命倫理学」構築の試み*文献表:『ハイデガーの知』木田元編 新書館 2002年『哲学の脱構築』リチャード・ローティー著 御茶ノ水書房 1985年『思想 2006 no8 丸山眞男を読み直す』岩波書店 2006年『思想 2006 no6』岩波書店 2006年『思想 2006 no10』岩波書店 2006年『思想 2006 no12 知られざるモーツァルト』岩波書店 2006年『思想 2006 no6』岩波書店 2006年『国家の罠』佐藤優著 新潮社 2005年『国家の自縛』佐藤優著 産経新聞社 2005年『思想 2006 no7』岩波書店 2006年『思想 2007 no3』岩波書店 2006年『論理的観点から』W.V.O.クワイン著 勁草書房 1992年『コスモスとアンチコスモス』井筒俊彦著 岩波書店 1989年『論理の方法』小室直樹著 東洋経済新報社 2003年『シェリング哲学』H.J.ザントキューラー編 昭和堂 2006年『現代思想 vol.35-6 特集 発達障害』青土社 2007年『現代思想 vol.35-7 特集 隣りの外国人』青土社 2007年『教室の悪魔』山脇由貴子著 ポプラ社 2006年『現代思想 vol.35-8 特集 ポスト・フォーディズム』青土社 2007年『現代思想 vol.35-9 特集 東京裁判とは何か』青土社 2007年『ネオリベラリズムの精神分析』樫村愛子著 光文社 2007年『後悔と自責の哲学』中島義道著 河出書房新社 2006年『リベラル優生主義と正義』桜井 徹著 ナカニシヤ出版 2007年『現代思想 vol.35-11 特集 社会の貧困/貧困の社会』青土社 2007年Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2007年04月15日
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*文献表:『人権と国家』スラヴォイ・ジジェク著 集英社 2006年 『人間は遺伝か環境か? 遺伝的プログラム論』日高敏隆著 文藝春秋 2006年 『ガン遺伝子を追いつめる』掛札堅著 文藝春秋 1999年 『ヒトゲノムと遺伝子治療』本橋登著 丸善 2002年 『生物のからだはどう複雑化したか』団まりな著 岩波書店 1997年 『ホラーハウス社会』芹沢一也著 2006年 『現代殺人論』作田明著 PHP研究所 2005年 『悪魔のささやき』加賀乙彦著 集英社 2006年 『ベンサムという男』土屋恵一郎著 青土社 1993年 『グッドバイ 叔父殺人事件』折原一著 原書房 2005年 『仮面劇』折原一著 講談社 1992年 『ファンレター』折原一著 1996年 Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2007年01月05日
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2006年12月31日
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『花の町 軍歌「戦友」』井伏鱒二著 講談社1996年 『集金旅行』井伏鱒二著 新潮社 1957年『百鬼園随筆』内田百間著 新潮社 1933年『家族解散』糸井重里著 新潮社 1986年『ワイドショー』内田春菊著 角川書店 2004年『魯庵日記』内田魯庵著 講談社 1998年 『有栖川有栖の密室大図鑑』有栖川有栖・磯田和一著 新潮社1999年『現代思想』34-13.「特集 リハビリテーション」青土社 2006年『46番目の密室』有栖川有栖著 講談社 1995年『黒衣の女』折原一 講談社 1998年『人形はこたつで推理する』我孫子武丸著 講談社 1995年『剣の八』ディクスン・カー著 早川書房 2006年『影が行く』ディック・クーンツ他著 早川書房 2000年『化人幻戯』江戸川乱歩著 光文社 2005年『Xの悲劇』エラリイ・クイーン著 新潮社 1958年 『少年』大岡昇平著 講談社1991年『異人たちの館』折原一 講談社 2002年『失踪者』折原一著 文藝春秋 2001年『冤罪者』折原一著 文藝春秋 2000年『スペイン岬の秘密』エラリイ・クイーン著 文藝春秋 2002年 *詩誌「潮流詩派」179号所収 (1999.5/18-19作成)*あの街にもう一度出逢いたい もう三十年以上も前のこと夕暮れ時になるといつも角の駄菓子屋で僕は牛乳を一気飲みした街で初めてのスーパーができた駄菓子屋もスーパーも楽しかったでもいつしか駄菓子屋だけがどこかへいってしまった怪獣のカードが毎日毎日増え続けていったTVもどんどん面白くなるウルトラマンやウルトラセブン何とか怪獣や**星人たちがやってくる街それは まぎれもなくこの僕の街なのだったいま俺は確かめたいあの街が一体いつどこにあったのかお前は一体誰だったのか俺は今気づいたそこには何もかもがあったんだがそれがいつかみな消えたとき俺たちはまたお前を求めたのだと俺はあの街にもう一度出逢いたい夢とうつつの狭間でこの俺を引き裂いた何かそれをこの眼で発見するために Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2006年11月13日
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一昨日の10月8日に転居単身生活へと移行した私自身については変われば変わるほど変わらないあるいは変わらなければ変わらないほど微細な変化が発見される****文献表補遺(進行中):『現代思想』34-12.「総特集 ジュディス・バトラー」青土社 2006年『江戸川乱歩全集第18巻 月と手袋』光文社 2004年『聞書抄』谷崎潤一郎著 中央公論新社 2006年 『土』長塚節著 中央公論社 1993年 『AΩ』小林泰三著 講談社 2001年『悪意』東野圭吾著 講談社 2000年『おれに関する噂』筒井康隆著 新潮社 1974年 『ミシェル・フーコー思考集成』ミシェル・フーコー著 岩波書店 1998年-『オリゲネス』小高毅著 清水書院 1992年 『ハイデガー』北川東子著 岩波書店 2002年『時間の種子』フレドリック・ジェイムソン著 青土社 1998年『ロック哲学の隠された論理』冨田恭彦著 勁草書房 1991年 『他者の声 実在の声』野矢茂樹著 産業図書 2005年****アマゾンレビュー(掲載済):[1]ゲノム医学入門 西村 肇著タイトル:総合力の成果, 2006/10/13 「ゲノム」というキーワードをタイトルの一部に冠した一般向けの本は、数えるのが大変なほどあり、もちろん良書も多いのだが、この本はそれら複数の本を読んだ中では最も良質だと思えたもののひとつだ。著者は自らの総合的な方法論をかなり踏み込んで丁寧に紹介しているが、これほど豊かな肉付けがなされた記述は珍しい。精神障害等を単純にゲノムレベルの生物的な基盤に還元することからは最も遠い総合的な方法論でありながら、ゲノムレベルとの関連性へのクリアな認識が、この本を手に取るどんな読者にも得られるはずだ。[2]プリオン説はほんとうか?―タンパク質病原体説をめぐるミステリー 福岡 伸一著タイトル:ブルーバックスの価値を示す良書, 2006/10/13 例えば、これまでブルーバックスを数十冊あるいはそれ以上読んできた人でも、科学者であれ非科学者であれ、あるいは研究者であれ非研究者であれ、誰にとっても「精密さを失わない分かりやすさ」を持つ良書である。ぎりぎりまで専門的な最新の知見をフォローしながらこれほど分かりやすく書けるというのは、啓蒙書としてのブルーバックスの見本であるといえるだろう。とりわけ、これまで「プリオン(説)」というキーワードがタイトルに入った本をかなり読んだ人にお勧めしたい。[3]下流喰い―消費者金融の実態 須田 慎一郎著タイトル:タイトルに偽りは無い, 2006/10/13 「下流喰い」という鮮烈なタイトルにまさに偽りは無い。まさに今この時期、金を出して読んでみて損は無いことを保証できる。と言うより、遅くならない内に読むべき本である。キャッチコピーの看板倒れの本がやたらに多いがそんな時代に須田氏の有能さと変わらない真摯さは貴重だ。少なくても「格差(社会)」といったキーワードをタイトルに含むどんな本より「面白い」。 Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2006年10月10日
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幕末・明治初期に生きた母方の曽祖父は近江(宇多)源氏佐々木三郎盛綱の直系佐々木綱親(貞庵)[蕃書調所=洋書調所=開成所教授・兵部省陸軍兵学寮数学教授(*)・伊予宇和島伊達藩医]。福沢諭吉の同時代人であり、大村益次郎の親友である。曾祖母は華族女学校(現学習院大学)和歌教授の佐々木濱子で、両人は現在青山霊園に永眠している。大奥の最後の総元締めで4代の将軍に仕えた滝山は、大奥に仕官するに際して、母方佐々木家の養女となった。その恩義により、滝山は現在の六本木深広寺に佐々木家代々の墓を建立した。現在は、墓は六本木墓苑に移されているが。滝山は、大奥全職員の再就職先を確保した上で、この巨大なシステムを自らの意志によって「終わらせた」ことになる。「終わらせた」という点に関しては、事情により公開不可能な系譜ではあるが、私が一度として会ったことがない父方の祖父も、GHGによる財閥解体指令に応じたとはいえ、当時自らがその存続に関して全責任を負っていた旧四大財閥の内の一つを少なくても一旦は終わらせた。なお、軍人というよりむしろ高雅な文人であった乃木希典は佐々木四郎高綱(盛綱の弟)の子孫で姻戚関係にある。私の母が生まれたのは、かつて大岡越前守忠相の私邸があった赤坂一ツ木町、現在の一ツ木通沿である。(*)日本の近代数学教育の文字通りの始祖とも言える佐々木綱親(貞庵)の数学教育に関する詳細な事跡に付いては、2006年5月末に拙著「<告白>の行方」の出版社を通じて連絡の労を取って下さった前・大阪教育大学教授 松宮哲夫氏の記念碑的論文「大阪兵学寮における数学教育ー佐々木綱親の経歴及び著書『洋算例題』の特徴ー」(「数学教育研究」第34号 2004 大阪教育大学数学教室)を参照した。1987年以来の松宮哲夫氏の17年余りに及ぶ調査研究が無ければ、パイオニアとしての佐々木綱親の事跡は歴史の闇に埋もれていたに違いない。ここに謹んで感謝したい。松宮氏には、直接連絡を取った上で、代々受け継がれてきた由緒書その他の貴重な資料の写しを送付し受領して頂いた。また、松宮氏からその後懇切丁寧な返信を受け取った。氏の今後の一層の研究に活用して頂けることを祈念している。 Copyright(C) Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Rights Reserved.
2006年06月03日
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*鎌倉仏教の開祖たちは、周囲からの同化の圧力に最後まで屈しなかった。しかも、すでに生前において、かなり広範なネットワークを築いていた。このことを、一度限りの歴史の奇跡に終わらせてはならないと思う。とりわけこの時代において---Copyright.(C)Nagasawa Mamoru(永澤 護), All Rights Reserved.
2005年09月17日
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*写真に'88.1.1とあるが、実際は1991.6.16の築地である。これまで公開した築地の写真も同様である。 Copyright.(C)Nagasawa Mamoru(永澤 護), All Rights Reserved.
2005年09月07日
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*(「論理哲学論考」の)ウィトゲンシュタイン的世界像:黄昏の一歩手前のある時---誰一人そこにはいなかった---のだとしてもそこには誰か見る者がいた--- *過去の三田2丁目(慶応大学)の何処かの扉の向こう側に---映し出された過去の三田2丁目Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月22日
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*何時か何処かの狭間で少し斜めに傾いだ友人がすぐそこに---友人は、恐らく現在電子商取引実証推進協議会主任研究員の荒川一彦氏。場所は、西麻布と六本木の境界地帯の何処か。*何処にも所属しない時空にて *ついさっき(と言っても無論過去のさっきだが)殺されて解体されたばかりの合鴨がある種の微笑を返す---Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月18日
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*過去の学芸大学 *溶岩流が通過した後の---Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月17日
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*過去の原宿 *暴風雨に晒された三宅島の埠頭にてCopyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月16日
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*溶岩あるいは火砕流の直撃を受けて破壊された校舎(大抵の巨大地震にも耐え得る校舎でさえ---) *友人たちと滞在した民宿の二階の部屋から同じ民宿の向かいの屋根を撮影Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved
2005年08月14日
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2005年08月13日
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*あの頃の、十年以上前の西麻布は、何故か夜明け前の不思議な沈黙が心地よい友愛の雰囲気を漂わせていた。それは、まさにざわめきたつ街の表情の、一瞬前の静寂だった。午前五時頃だっただろうか。新宿から随分と歩き続けて、私たちが後にした東京の別の中継地点(田町)に、あるいは私たちがようやく辿り着いたその場所、つまり西麻布からさほど離れていない場所(恐らく同じ西麻布の当時のカフェバー)に、私たちは何人かの女性を置き去りにしていた。私たちは必ずしもゲイではなかったが、いや事によるとゲイ集団に見えたかもしれないが、私たちだけが共有できる友愛を生きていた。だから、私たちは、どこへとも行く当てはなくても、例えばあるカルト集団のように、陳腐で無駄な集団自殺を回避できたのかも知れない、運命の必然として--- *新たな旅立ちのエアポートにて:---ゴダール、フロマンジェ、フランシス・ベーコンetcのイマージュとともにCopyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved
2005年08月12日
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*ニーチェの霊感を受けた者は、その生涯の殆どが生成の無垢になる。--そこでは、残酷と喜びの狭間で、没落と生成が無限回出遭うことだろう。すなわち、永遠回帰。父も母も妻も夫も子どもも殺したならず者たちは、実は、ただの幼子であった。この一点において、「汝の父も母も妻も夫も子どもも否み幼子となってこの私に出会え!」と呼びかけたイエスとニーチェとが出会う。それに耐えられない者たちは、ただ、沈黙の中で、死ぬ他はない---Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月10日
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*過去のスーパーフラット:(恐らくは)恵比寿にて *過去のカント通り *<福>あるいは仮想的な内部空間Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月08日
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*仮想的なデッドエンド;町屋 子どもが外へとび出しますので必ずしめて下さい*仮想的なデッドエンド.2;町屋 *仮想の町屋 *あの頃の昭和村Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年08月05日
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2005年08月04日
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2005年08月03日
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2005年08月02日
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……暗黙の内に了解されていたのは不安であると誰かが繰り返していた。だが、それはいつも同じであることへの不安なのか? それとも、いつかは同じではなくなることへの不安なのか?それともこれら両者の雑種と化してしまうことへの不安なのか?不安の宗教の信徒たちは、この問いに対して無力にも沈黙を守ってきた。それは、除去できない。「――ソレハ、ダレモガキョウユウシテイルモノデアル。キョウユウサレタフアンハ、キョウユウサレタゲンソウデハナイ」 ……なるほど、では誰もが不安に慄いているとしよう。だがそれで私にどうしろと?彼らが我々を襲撃する前に、あらかじめ彼らを殺せとでも?だが私には興味がない。「しかし、あなたは、彼らの憎悪、復讐、そして狂気を恐れないのか? 我々はあなたの正気を、すなわち我々に対する誠実さを疑わざるを得ない」……それはどこかの――例えば、崩壊した植民地特有の手持ち無沙汰な飼育管理者たちを介して、あるいは誰一人眼にすることのない感染経路を経て指令されたプログラムなのか?「(思わず苦笑しながら)そんなに大袈裟な話ではないのです。実に単純明快なこと。……あなたは我々全てに不安を抱かせた。いいですか? 全てにです。イイカエレバ、ダレモガフアンデイル。これで証明されました。完璧です。(もっともその必要さえ無かったのですが。ハハハ。) 従って、あなたの犯した誤謬、すなわち裁かれるべき罪は明白なのです。無論極刑に値します。しかも、「ところで結局あなたは一体誰なのか?」という我々の哀れな飼育者たちの問いに我々の満足のいく形で即座に答えることのできないあなたの素朴さと、我々の被飼育者たちの永遠の慄きを踏み躙るような残酷さをどうやって了解しろというのですか? いいですか? 敵は迫っています。***族の攻撃、ある未知のウィルスによる超管理回路への致死性感染が今にも始まるのです。すなわち、これは決してゲンソウなどではなく、ゲンジツなのです。このような状況において、全く驚くべきことに、あなたのそうした態度というものは、まさに傲慢と無責任さの極みであり、我々としては到底看過することはできないわけです。あなたはすでに無権利状態に置かれています。言い換えれば、我々に保護されているとも言えます。勿論あなたに治外法権はありません。一般に我々はそうした野蛮なものを認めていません。それにそもそもあなたは「外部」に所属しているわけではないのです。またお分かりのように、亡命も不可能でしょう。我々はいかなる太古の悪習も認めていません。暗黒時代は過ぎ、羞恥心は洗練の度を増しました。言うまでもなく、弁護請求権もありません。言うも愚かなことです。少なくとも五千年前の死語です。それどころか、あなたがこうして通常の審理過程を垣間見ることさえできなかったのも……」(何らかの出来事により彼らは突然瞬間快楽蒸発。画像の歪んだ奥行きに沿って引き攣った笑い声が続く。続いて画像そのものも絶対誠実錯乱。彼らが恐れていた***族の襲撃が始まったのか? 彼らはいつも先に仕掛けるはずなのだが……) すぐ眼に付くことがある。ディスプレイはボロである。無数のボロテレビたちが、不注意にも頭をドロドログシャグシャにされたあの飼育管理者たちのように、空虚な姿で転がっている。そして何よりも空虚な***族のオモチャの群れ。[モニター蝿・スパイラル・ガン:いったん汎用性自己免疫不全ウィルスに感染したある種の生き残りモニター蝿は、ある鮮烈な触発作用を及ぼす特殊な捩れ運動を半永久的に反復する。この種の捩れ運動に慣れることがなりの確率で絶望的に困難であるという飼育管理者たちの致命的な特異性を巧妙に応用している。] これ迄、何度このような光景が繰り返されてきたことだろう。彼らは生まれて来るべきではなかったのか? もしそうである/ないのならば……(遥か彼方の砂漠で、充ち足りた笑い声が静かに響く。)(…………)Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年07月31日
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かつて私がまだ幼かった頃部屋の外には昼と夜があった午後の青空の彼方から星の瞬きが降り注いでくるのを見た……いや 違うかつては部屋の外など無かった私はテラスに立ち暗黙の了解と呼ばれる領域に問いかけていたそこは部屋の中だったのだろうか?恐らくそうではなかった私は部屋の中で誰かと暗黙の了解を共有していたわけではなかった従って部屋の中から出てきたのでもなかった私は唯そこにいただけである(…………)Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年07月30日
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漱石の「道草」を久しぶりに再読している。無論、あの頃よりもはるかに分かる。一つひとつの表現が、分かりすぎるくらいに。そう、彼と彼女のどちらについても。漱石にも我々の誰にも、絶対的に分かり得ない領域を認めることを含めて。だが、例えば、「分かりすぎて恐ろしい」といった気持ちにはなり得ない。私も、もうそれほど若くはないのだろう---。Copyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年07月29日
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このモニター蝿に埋め込まれたハイパーマイクロ・チップ・ウィルスには、それ自身の総合処方システムモニタ―回路にごく稀に混入する『総合処方システム撹乱性ウィルス』をその都度完全に殺菌/不活性化するという問題解決ステップのネットワークをモニターし、それによってその都度新たなルールを獲得していく『究極モニター・メソッド』――通称『モニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスについて何も言いたくない』――が組み込まれている。『総合処方システム撹乱性ウィルス』の突発的な出現という予測不可能な出来事に直面したモニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスの総合処方システムモニター回路が、優れて出来事的な問題解決を迫られる結果既存のあらゆるルールの適用を断念する場合、この『究極モニター・メソッド』は、モニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスに対する(そして同時にモニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスのモニター蝿に対する)あらゆる言及プロセスの生成条件を封鎖してしまう全く新しいルールによって、『総合処方システム撹乱性ウィルス』の感染プロセスそのものを滑稽なまでに無意味なものにしてしまうのである。今や、確かに『究極モニター・メソッド』はモニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスについて(そして同時にモニター蝿・ハイパーマイクロ・チップ・ウィルスはモニター蝿について)「何も言いたくなかった」のである。もはや驚くべきことではないだろう。この『究極モニター・メソッド』は、全てのルールにとっての「深層構造」を偽装した総合処方システムへと予め組み込まれた『総合処方システム撹乱ウィルス』によって飼育管理された無数の超管理回路のほんの一例に過ぎないのだCopyright.(C),Nagasawa Mamoru(永澤 護),All Right Reserved.
2005年07月27日
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