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>皆さんへこんにちは、ラマダ0034です。今年は、昨年以上に不況風が冷たく、波乱&激動&混沌に満ちたこの2009年も、もう9時間を切りました。私はというと、今年3月下旬から約1ヶ月も仕事が実質なく、臨時休業期間が1ヶ月ちかく続きました。http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/sports/26792/1132927613/255-260に書いている様に、あとGWあけには、私の愛機・POWER MAC G4(末期モデルでしたが)が、電源ユニットの故障から、PC上からのネットが出来なくなり、携帯からの監視と最低限のカキコをする毎日をおくり、8月2日にi mac を購入するまでネット復帰出来ませんでした。http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/sports/26792/1132927613/265-269そして、去る11月8日の昼前に、柿の木から誤って落下で、左足首靱帯損傷し、更に神経痛を併発して長引き、遂に年内復帰できないまま年を越す事に相成りました。それから、曾祖母方の親戚で2件、父がたの親戚で1件の不幸が有りました。いろいろ有りまして、レスを満足に返せず、ブログ(特に楽天の方は、1年近くも開店休業でした。)も満足に更新出来ずに、本当に申し訳有りませんでした。冷夏による、農作物の高騰が更に追い打ちをかけ、更に物価高があり、昨年のリーマンブロスの破綻の傷口は深く、更に景気を冷え込ませ、失業者が昨年にも増して増えました。「余りに非道い!」と昨年の今頃はいいましたが、不況風の冷たさが身に痛く、相当にしんどい年でした。 不況風の冷たさに、職も家も失った人たちが派遣村にあつまり、眠れぬ夜を明かしている人たちも多く、炊き出された食事を食べてどうにか飢えをしのいでいます。特に芸能界にドラッグ汚染が目立ち、押尾事件やノリピー事件(この2件については、話せば長くなるので、後日致します。)に代表される様に、後を絶たず、深刻な社会問題になっています。新型インフルエンザで、患者が亡くなるニュースや、学級閉鎖のニュースを多く耳にしました。陰惨な事件も多く、お茶の間では、そんな暗いニュースが多かったです。また、政権交代の大きな話題になった、庶民に冷たい、『後期高齢者医療制度』と、『暫定税率』は、共に廃止されず、子ども手当の財源不足の穴埋めに、扶養控除などが廃止され、所得制限もなしで(子ども手当は、子どもがいれば、富裕層にも配布される)、かえって増税になりかねない改革です。医師不足も深刻でした。あと、山城新伍さん、大原麗子さん、森繁久彌さん、水の江 瀧子 さん、円楽さん、南田洋子さん、忌野清志郎さん、金田龍之介さんと、ビッグネームのカリスマ達が相次いで亡くなられました。あと、カープ監督の三村さんも亡くなられました。公私とも辛い一年でした。また昨年と同じ事を言ってそうだけど、今の心境を率直に言うと、『2009年を追い払う風が冷たい』です。しかし、高校野球では、我が長崎県の清峰がセンバツ初優勝すれば、夏には古豪・中京大中京が優勝し、最多単独トップ7度目のVでした。プロ野球では、巨人が日本一に輝き(私自身、苦手ですが、若手台頭なので、本当に評価出来る)、MLBではヤンキースが9年ぶりにWシリーズを制し、王座奪還に成功ました。WBCでは、日本が前回に続き優勝しました。大相撲では、横綱・白鵬が、年間成績を、86勝4敗と、もの凄い記録を挙げました。V決定戦で朝青龍に何度か敗れているが、この1年、本割りでは朝青龍にも敗れてはいません。最後に,辛いお話が多くなり、本当に申し訳有りませんでした(ホンマに、今年は、非道すぎると言った、昨年にもまして非道過ぎる年だったんで・・・)。 本年は、大変お世話になりました。 楽しくして頂き、誠に有り難う御座いました。 明年も、本年同様に、何卒よろしくお願い致します。
2009年12月31日
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このニュース、余りにも唐突すぎて、俺も驚きで一杯だ。 「命の危険もある」…阪神・赤星が無念の引退決意 http://www.sponichi.co.jp/baseball/flash/KFullFlash20091209065.html 彼が、首を故障したのは、9月の事だった。 持病の椎間板ヘルニアを悪化させたものと思われたが、後の検査で、脊髄損傷で有る事が判明した。 現在、日常生活に支障はないそうだが、担当医には、『今度やってしまったら、最悪命の危険もある』そうだ。 本人曰く >全力プレーをできない状況で野球を続けるのは無理なのではないかと、引退する気持ちを固めた 33歳というまだ早すぎる引退だが、最悪命の危険が有るというのならば、やむを得ないだろう。 思えば、彼が愛知の公立の雄・大府高校の中心選手として甲子園に出場したのは、1994年センバツの事だった。翌年のセンバツにも出場し、結局甲子園では1勝2敗だった。その後、亜大~JR東日本を経て2001年にドラフト4位で阪神に入団した。 通算183盗塁、守っても6度のゴールデングラブ賞6回と、一時代を築いた。 大府高校時代から知っているだけに、格別な思い入れがあり、走ってよし、守ってよしで、阪神を牽引した名選手の引退は、寂しさは拭えない。 最後に 「9年間、お疲れさまでした。そして、感動有り難うございました。」 と。
2009年12月09日
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