全11件 (11件中 1-11件目)
1
父が昨日歩いていて 又息苦しさを覚え 救急に行って診察を受けた 小児科の先生しかいなかったけれど レントゲンを撮った結果 右肺気胸が再発しており 肺がほとんどつぶれて機能していなかった上に 気管も押されてくの字に曲がっていたし 心臓など臓器も 左に押されていると言われた かなり息苦しかったはずと言われたが いたって父は昨夜は普通にご飯を食べていたが 不安だったのか 妹には電話を入れて入浴は辞めていた 又局部麻酔をして 胸腔ドレナージを行った 処置が終わり部屋に入院し終わったのが 夜中の零時 疲れた 気がつけばご飯も食べてない トイレにも行ってない 悪いことに2月に入院した時の主治医が二人とも移動でいない 明日から新しい先生が来るそうで 明日又診察後説明あるらしい 再々発がかなり高い確率で起こる心配があるので 手術の可能性もあり その場合の全身麻酔の後遺症が心配 85才の高齢なので それをきっかけにボケることも考えられる とにかく心配だ
2012.03.31
コメント(18)
今日帰ってくるとき見た太陽は 大きくて 綺麗だった 昨日の夜は 雪の晴れ間に見えた 三日月と 金星と木星が最高に 輝いていて感動した 今夜残業で遅くご飯を食べて旦那が 昨日の月と星は綺麗だったな とつぶやき あっ夫婦で同じこと感じてたんだなと少し感動 今日の地震は揺れた 自然の力には勝てないが 太陽や月には感謝です
2012.03.27
コメント(4)
6月に 会員の作品展がある テーマは作品の中に 花を入れること まずひとつ完成 亡き姉が私の次男坊をだっこしてるところ 空港で撮った写真だが ダリア園を見学した後立ったので ダリアを入れた 脇には母がいる こうして戻らぬ姉や母の思い出を 絵にして再び感じれるのが楽しい
2012.03.25
コメント(12)
娘の移動が発表になり 昨夜大喜びで電話があった パワハラというのは 身体的な攻撃 精神的な攻撃 人間関係からの切り離し(隔離、仲間外れ) 過大な要求 過少な要求(仕事を与えない) などがあるらしいが 娘は同じ職場の30代の同僚二人から 仲間外れにされ 入社してから2年間 退職まで考えるほど悩んだ 総務の人に相談してからは いつも温かい目で見守ってくれているようで 心強かったそうだ 私も携帯電話でよく話を聞いてあげたものだ 暫くは引継で忙しいだろうが 今度の部署で又新しい出会いがあり 新しい仕事に慣れるまでは大変だろうけど 今までの精神的苦痛を思えば 大丈夫だよとはげましてやった 4月から又一年生 被災した町で頑張れ
2012.03.22
コメント(16)
仕事のあと ジムで走って帰ったら 外は吹雪 雷もなっていた 帰る途中 地吹雪がひどくなり 左のガードレルに接触止まった 後ろの車がゆっくり追い越していった すぐに後ろをついて行く 必死だった 時速30キロくらい 私の後ろにも車が続く 途中で車を投げ出すわけにもいかない ようやく吹雪から抜けた 怖かった もうこんな思いはこりごりだ 彼岸だというのに
2012.03.19
コメント(12)
娘は友達と韓国へ 気温は 5℃ 仙台と同じくらい 秋田は寒い また雪が降ってきた 彼岸だというのに 明日は雪の墓参りになりそう 5月連休の北海道旅行は 初めてのフェリー旅 埼玉の兄貴も誘ったがけんもほろにお断りされました 妹は何歳になっても妹のようで 私の話などあまり真面目にきいてくれないんだなあ
2012.03.19
コメント(0)
まだまだと思っていたGWの旅行の計画今年は五月四連休に長男のいる札幌を訪ねようかと思っているそれも我が家のおんぼろハイエースでフェリーで行こうかとのんきに構えていたら札幌の希望する宿がもう五月三日しか空いていないと言うそれにフェリーも帰りの五月五日の夜苫小牧出発の便が残り少なくなっていてあせって予約まだ娘の参加が定かでないが二男は休めないと言うからパス長男は迎える側でオッケーあとは無職の父たがら問題は旦那・・でも大丈夫・・行くのだ札幌は亡き母の生まれた地戦前札幌の篠路村で開拓していた父母のもとに生まれたという探してみよう父が生きているうちにのんびり構えていたらもう少しでフェリーに乗れなかったペア88割引やわがまま55割引など使えるものはみんな調べて使おう計画しているときが一番楽しい
2012.03.17
コメント(16)

娘がおじいちゃんの見舞いで 帰省したので 高速も無料なので 仙台まで車で送ってきました 震災のあった2時46分は 仙台の娘のアパートで三人で黙祷しました 歩いて10分のところにある太白区役所へ行き 献花してくることが出来ました 沢山の命が一瞬にして奪われた津波 娘は間近で惨状を見て まさかここまで来るとは誰も思わなかったと言っています 何度も避難訓練をしていても 予想以上の大きな津波に 避難していた人たちも流されて亡くなりました 誰を責めてももう戻ってこない人たち それでも遺された人たちは生きて行かなければならない 実は土曜日に 49才で昔の仲間が会社のトイレで亡くなりました 一人残業していて 遅い父を迎えに行った 高校生の息子さんと奥さんが見つけました 救急車で運んだけれど亡くなっていました くも膜下だったそうです これで同じ仲間で続けて三人亡くなりました みな50才前後 突然倒れ いずれも脳梗塞など脳疾患です いたたまれない気持ちで 仙台で献花してきました 生きているものは 亡くなった人の分も生かされているんですよね だからやりたいことをやって 楽しい時間を自分の手で足で作って行かなくっちゃと思ってます 明日はお葬式 長男の27才の誕生日 悲しいときは泣いて 楽しいときは笑って 生きていくぞ
2012.03.12
コメント(14)

2月22日に退院後後初の診察日 肺の横のドレンを抜いたあとに張っていた 大きな絆創膏は 剥げずに今日までそのままだったが よくまあくっついていたものだ 不思議でならない 風呂に入ってもくっついたままだった 総合病院は予想通り込んでいる 人好きの父は まず入り口で顔見知りの看護師さんと話す 入院中も 母が半年入院しているときに世話になり 仲良くなった看護師さんを見つけては喜んでいた 患者らしくない患者だった まあそれで救われたが 今毎朝父の家に行き 一緒に朝ご飯を食べ 取り留めのない話をしてから 仕事に行っている 日中1人でも 朝会話をしていれば体の調子も確認できて安心なのだ そして 以前一度読んだ 「老人の複雑な思いをわかってあげる本」もまた手元に 暇があれば目を通す 当然 高齢になっても親も意思ある人間 父が母と住んだ家を離れず一人で暮らしていく道を選んだのだから 近くに住む子としては 出来るだけの手助けをして(無理のない範囲で) これからも見守っていこうと思います 生きてきた歴史も価値観も違い その質素ぶりには あきれてしまいますがね
2012.03.07
コメント(5)
長男が大学時代過ごした 滋賀県の瀬戸大橋周辺の風景が懐かしく 今日の第67回琵琶湖毎日マラソンを見た 結局一般参加の 佐川急便の山本選手が優勝 タイムも8分代 二位の中本選手も8分代 さて ロンドン五輪代表は誰になるのか 私は候補にあがった選手をもう一度集めて 走らせたらわかりやすいのにと言ったら オリンピック前にそんな時間の余裕はないと 旦那に笑われた そうか 埼玉の公務員ランナー川内選手がどうなるから気になるなあ 選考結果は12日以降に発表 ちゃんと選べるかな日本陸連
2012.03.04
コメント(3)
私には三人の子供がいて夫は毎日残業で帰りが遅く子育て中は本当に祖父母に助けられた私がイライラしているときも祖父母のもとに行くと子供たちは遊んでもらえたし美味しいおやつももらえたしお昼寝もできたしたまにはそのままお泊りしてくることもあった今は亡き母には本当に感謝しているお金は余りかけてあげれなかったけれど自分が泳げずに悔しい思いをしたので三人の子供たちはスイミングスクールに通わせて水の中に潜ることが大好きになってある日学校の課外授業で港の埠頭から海に落ちた二男は溺れずに奇跡的に助かってしばらくは語り草になったものだ絵本は帰りの遅かった夫もよく読んであげていた子供より先に寝ていることがほとんどでそんなときは上の子が下の子に続きを読んであげていた今三人の子供たちはそれぞれに親元を離れあまり音沙汰もないけれど親は必ず先に逝くのだから三人の子供たちは結婚してもなく良くやってほしいなあと思う今日の地元紙の記事の中で「人は人の気持ちに応えたいと思うものです」とあった私はあまりいい母親ではなかったかもしれないけれど一つだけ言ってきたことは「自分がやられて嫌なことはしないこと、相手の気持ちになってみて」とそれは優しい人間になってほしいと母の願いであった私の気持ちに子供たちは応えてくれると信じている
2012.03.01
コメント(14)
全11件 (11件中 1-11件目)
1