2-54 いいわけない



彼は包帯を巻き終えるとポツリと言った。「お前・・・」

「え?」

「・・・すっぞ」

「何? 聞こえない」

有芯はしかめた顔を上げた。「お前に何かあったら、家族が心配するぞ」

絶句した朝子に、有芯は苦笑した。

「俺を捨てて選んだ家庭だろ。もっと自分を大事にしろよ」

「・・・ごめんなさい」

朝子が俯いてそう言うと、有芯は朝子に背を向けた。

「俺に謝るな」

「・・・・・うん。・・・あの、・・・あのね」

「何?」

振り返った有芯に、朝子は顔を上げ言った。「本当はね・・・すごく怖かった」

「・・・」

「有芯が来てくれる保証だってないし・・・」

有芯は朝子の前に腰を下ろすと、無言で彼女を見つめた。

「・・・・・本当に、ありがとう」

有芯は朝子から目を逸らし、ため息をつくと立ち上がった。「お前、帰れ」

「え・・・?」

「手当ては済んだだろ。俺だってそんなに暇じゃないんだ」

「有芯・・・」

朝子がそっと有芯の手に触れると、彼は怒鳴った。

「触るな! 犯すぞ!?」

朝子の目から、堪えていた涙がぽろりと落ちた。

「ごめん・・・・・・・・・帰るね」

朝子が出て行くと、有芯は頭を抱えた。

あの、バカ・・・自分で振った男を気遣ったりするんじゃねぇよ! その上あんな目で見つめやがって・・・どれだけ俺を誘惑する気だ?! あのままじゃ冗談じゃなく、本当に犯してしまいそうだった・・・。

いや・・・いっそその方がよかったのか・・・?

「はは・・・っ」

自嘲的な笑い声の後に続いたのは、熱を帯びた涙だった。彼は後ろ頭をぐしゃぐしゃかき乱すと、片手で顔を覆った。

いいわけ、ないじゃん・・・。あいつは川島じゃなく、浦原朝子なんだから・・・。




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