2-73 全てを掛けて



エミが帰ってからも朝子が精力的に片付けに励んだおかげで、夕方には家の中がきっちりと整頓されていた。おまけに彼女が隅々まで熱心に掃除をしたので、生活感が感じられないほどだった。

家中をくまなく見渡すと、朝子は一つ頷いた。―――――これでいい。

彼女は仕上げにアルバムを持ち出し、写真の中から自分が写っているものを全て抜き取った。

キッチンでそれを燃やそうと思ったが、朝子は躊躇した。だめだ、できない……私が持っていけば、問題ないか。

ここからは一人―――お腹の子を無事に産むため、何としてでもそのために頑張ろう。

さようなら篤。

さようなら……いちひと。

朝子は午前中のうちに書いておいた一枚の紙切れをリビングのテーブルに置くと、その横で便箋に篤宛の手紙を長い時間を掛けて書いた。書き終わると、彼女は声を上げ泣いた。

こんなふうに夫婦が終わるなんて、想像もしていなかったわよ……。



その頃、有芯は友人達が開いてくれた送別会で居酒屋にいた。

「雨宮お前、さては彼女に二股掛けられた上、ポイされて女性不信なんじゃねぇか~?!」

心ない友人の言葉に、智紀が苦笑した。「おいおい、あんまりコイツをいじめないでやってくれよー。図星なんだからさぁ~」

「そういうお前が一番ひでぇよ智紀!!」

言いながら、有芯は笑ってマティーニを飲み干した。ラムの香りが心地よく彼を酔わせ、有芯の目はだんだんうつろになってきた。

「俺、もう絶対女と付き合わねぇ」

ぼそりとつぶやく有芯に、友人達は笑った。

「おっ、雨宮~そっちの道に走るのか?! 頼むから俺らに手出しするなよっ?!」

「やりかねないぞー、コイツ案外、鬼畜だからな~!」

有芯は友人達を睨んだ。「誰がお前らなんか! 俺はなぁ、面食いなんだよ。………このグラス、ちょっと小さすぎるんじゃねぇかぁ」

有芯は16杯目のマティーニを飲み干しながら思っていた。

俺はもう、中途半端な気持ちのまま誰とも付き合ったりしない。

エミを傷つけたように、もう誰かを自分勝手に傷つけたくはない。

朝子しか女として見られないのなら、もう女なんていらない。

俺は演劇に全てを掛けよう。

あの頃、本当に楽しかった、先輩や仲間との思い出を胸に―――――。




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