once 17 妖艶な策士



朝子は彼の肩に手をかけ、にこにこ笑って見下ろしている。

「・・・え?」

「見つけた? サンキュ、有芯・・・」

言いながら、朝子の唇が降りてきて、二人の唇が重なった。

彼女の唇はとても優しく有芯に吸いついているのに、暴力的に感じるほど彼の心を揺さぶった。彼女の白い指も、そっと彼の髪をほぐしているのに、優しくされればされるほど心臓の辺りがズキズキとした。いっそ髪をむしり取るくらい乱暴にしてくれればいいのに・・・。

有芯はだんだん頭が真っ白になり、何も考えられなくなった。しかし、彼がその両手を朝子の体に伸ばそうとした時、彼女は唇を離すと意地悪く言い放ったのだ。

「さーて、人妻に弄ばれる気分はいかが?」

・・・・・策士・・・!!

考えてみれば、やっぱりピアスが天井に引っかかるなんて不自然すぎる。

「お前・・・!」

「あっ、怒ってるの? 今ぼぉっとしてたくせに!」

「お前こそ、硬直したくせに!」

「あんたのガキくさいキスじゃ全然うっとりできなかったってことよ」

「何だとぉ~~!?」

有芯は体を翻し、後部座席に朝子を押し倒した。

「策士策におぼれる、ってな。今ここで犯されたくなければ、ごめんなさいすみませんでしたもう有芯さんをはめませんと言え」

しかし、朝子は勝ち誇ったように笑っている。

「犯すなら犯せば?」

「なんだって?!」

「キス位ならともかく、こんな往来の激しい道沿いの駐車場で、後部にスモーク貼ってあるだけの車の中で、できる?」

有芯は完全なる敗北を悟った。「・・・・・参りました・・・」

「よろしい。行こう!」

すっかり機嫌の直った朝子が微笑んだ。その笑顔に、有芯はまためまいがした。

「有芯、ありがとう」

「? 何でありがとう?」

「ううん、別に」

朝子は不思議がる有芯に腕を絡めた。彼は「おいおい・・・」と言ったが、それ以上は何も言わず、彼女の肩を抱いた。

嘘つきで人でなしなのは私の方・・・。朝子は思った。さっきは、わざと私を怒らせて茶化したのよね。あなたが不実を演じてくれたおかげで、本気にならずに済んだ。本当に不実なだけかもしれないけど、助かったわ・・・。ま、仕返しはさせてもらったけどね・・・。

二人はジャズの調べが流れてくる扉へと消えていった。


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