気ままに暮らそう

2009年02月09日
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カテゴリ: 何とも言えない話
露 です。

このブログのリンクに「晴れたら元気」さんのブログがあります。
彼女の最近の日記に
「ブログにはあまり良いことを書かないで良くないことを書くとなんだかそれが良くなる」
と言うものがありました。

私はそれに是非あやかりたいので今回はとてつもなく楽しくないことを書く。

縁起担ぎでも何でも良いから愛犬を救いたいのです。

・・・またまた入院中。食べないと言うのか食べられない。見た目は前に長期入院したときより、ってあの時は死にそうだったんですが良いけどあまり良いとも言えない状況が続いている。私は、引き際を今は見つめている。苦しませない、不幸にならない一線を。
でも、私に感情が無いわけでない。出来れば・・・最低後5年あの子との時間が欲しい。

死の淵から今の状態まで引き戻した私が信頼する獣医師は本物で信頼は本当に厚い。
獣医が獣医を信頼するのは実は難しいけど、真底信頼しいる。
だから、欲しいのは後は奇跡に近いもの。

帰ってきて欲しい。

犬だけが私たち夫婦のかすがいだかもしれない。
殺伐とした仕事をしていて、精神的に安らげるのは無条件に愛情をくれるその存在だ。
居ないと、心が枯渇してくる。

私はあまり、人が好きでないのか、あまり人に何かされても傷つかない。
傷つけてくる人の反対方向を予測して、自身の心を閉ざし相手だけを考えてあげれば
そんなにその後に大きなダメージを受ける事も無い。
この理論を適応するのは顧客にだけ。私は顧客だけを見ていられる幸せな人間だから。



それをただひたすら考えていれば、恐らく私たちの仕事は人間関係のトラブルで悩まず済む。
目に余る暴挙だけは許さないとしても、それはクライアントが直接やることでなく大概、
周りの関係団体の一職員だったり、公的機関の人間だったり、と言うジャブでもアッパーでも
食らわせてマジにガチンコでケンカする必用がある人間だけだ。
正しさを追求していくスタンスが無い相手に暴力的な組織の力を振りかざされたらマジキレる。・・・私に対して暴力で来れば暴力で答える。それだけだ。


これが獣医師としての私のやり方。

私にとって、顧客(クライアント)の利益が全てで後はどうでも良い。
ケンカは私が代行してやっても良い。私に恨みが来た方が顧客に損が出ないからだ。

でも、私がそのやりとりの中で傷つかないか?
と言うと、そうでは全くない。

深く、深く、傷つく。

私にとっては、顧客を守ること、つまり仕事が全てで後はどうでも良いこと。
今は、どうでも良いとは思わないけれど、それでも本質で私はそう思っている。

昔、それは、開業当時だった。
その頃から、ウチの先代の愛犬は「パグ脳炎」という難病を患い、四六時中てんかん発作を
起こして、苦しんでいた。犬の側に居てあげたくてもそれは出来ない。
何時起こっているか、何時起こるか解らないその発作は、動物を苦しめたく無いと思う
獣医師の一番根っこの部分に触れてくる。

苦しかった。
けど、私は、愛犬の話を全く絶対顧客に話さなかった。
彼等にとって、私はあくまで「獣医師」で、顧客の牛を診るものであり、
人としての私を出すことは出来なかった。

身内が死にそうだと言う状況でも、他を優先し、それに処置をしない事を許されない。
そう、自身に言い聞かせていたからだ。
心配して、泣きたくなってもどうしようもない。

結果、私は愛犬は診ないと言う判断をした。
その方が楽だったからだ。

そんな中で、一番傷ついた事がある。
ウチの相方は、素直なので、自身の精神的な落ち込みと、預けた犬に会いたいと言う
彼の気持ちをある農家に話した。

私が、彼がたまたま不在な時にその農家に行ったとき言われた言葉は忘れられない。

彼の処置は正しい。なのに、
「犬が心配なのは解るけど、ウチの牛はどうなのよ?」

そんなことで、そんなことごときでウチの牛を適当にやっているのでは?また、ウチの牛の為に今すぐ来れないのでは?と言うに近い、
私たちが、この状況で、必死に踏みとどまろうと、心を止めようとしている事を一切否定
される言葉だった。

私は、人生で、これほど、傷ついた事は無い。
私だって、救って欲しいと思うときがある。

相方に社長ととして「一切犬の事や、身内の事は話すな」
その時、そう言った。

なのに、同じ様な状況に今ある。

でも、状況は大きく変わった。
あの時と、全く違う。

私は、今でも顧客のごく親しい人にしか、自分を見せない。

相方は、傷ついても傷ついても人が好きだからか心もダダ漏れ。

私が居ないときに顧客に何を話したのか?

でも、顧客から、「ラビちゃん大丈夫?」
と、聞かれた。

あの野郎、話やがったな!と、思ったが、意外にも好意的に彼等は心配してくれた。

私たちの緊急性が減ってきたからだと、ハッとした。

私も、獣医師であっても人で居たい。
「人」としての余裕があるか無いかが人の愛なのかもしれないとふっと思った。

決して私たち獣医師に、生死の全てを任せてはいけない。
私たちが出来るのは、正常な状態にある、常に正常な状態に人に管理されている動物の
突発的疾患を治すこと。

いつも、淡々とした正しい生活を動物に与えてくれなければ、何も救えないのだ。
医療の技術は、「当たり前の上にあるべきなものなのだ」と私は思っている。

こんな、あまり、いい話で無い話を書いているのは、先にも言いいましたが
「晴れたら元気」さんに、本当にあやかりたいからです。
どうか!





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最終更新日  2009年02月09日 22時31分26秒
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