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魂の叫び~響け、届け。~
PHASE2 すれ違う瞳
プラント
――――ザラ邸。
幼馴染であり、親友であり、そして何より掛け替えの無い存在であるキラが消えてから…すでに2週間。
初めはその消失に、ただ愕然としたアスランだったが、
時間が経つにつれ事件が最初から仕組まれた物ではないか、との疑念を深めていた。
そう、何かが、キラに決断を促したのだ。
あのアメシストを溶かした目を持つ幼馴染は、その愛らしい外見とは裏腹に頑固な一面を持っている。
うっかり見惚れていたばっかりに痛い目にあった者は、自分も含めて相当数いるはずだ。
キラは、昔からそうだった。
哀しそうに微笑って、嘘をつく――――。
いや、それは“嘘”と呼ぶものでは無いのだろう。
ただ言えない、言わないだけ、なのだから。
だがどんなに言葉を尽くした所で、真実を知っていながらそうと告げなければ、
それはもはや“偽り”なのだ。
『ラクスと結婚する』
微かに震える甘い身体をきつく抱きすくめた、あの日。
どんな思いで彼はそんな事を言ったのか。
当然の如く、アスランはあの日、キラを海辺の家に閉じ込め、見張りを立て、
職務をこなす合間にラクスの携帯に連絡を入れたのだ。
電話の向こう、花が咲き零れるような声で彼女は言った、
「私にはあの方が必要なのです」
彼女の歌声は大好きだった。
そのはずなのに、そんな自信に満ちた彼女の声は、アスランには耳障りな雑音にしか聞こえなかった。
そして…その直後の、キラの失踪。
あれからプラントの歌姫に何度か連絡を取ろうとしたものの…一向に繋がらない。
証拠は無い。
だが…それがかえって、アスランに奇妙な確信を持たせる。
キラは、ラクスの元にいるのだ。
「そんなにまでして…俺から逃げたかった…?」
昏く煌く翡翠には、狂気の色が滲んでいた。
地球・オーブ
――――アスハ邸。
肩に掛かる金色の髪を煩そうに払い、屋敷の主である少女は本日何度目…いや数十数回目の嘆息をもらした。
「…キラ…お前、本当に死んだのか…?」
意思の強そうな口元からこぼれたのは、実の弟の身の安否を気遣う言の葉。
プラント最高評議会議員であり、弟の幼馴染であり、自分の想い人でもある翡翠の瞳を持つ青年に、
『キラが行方不明』という報告を受けてから2週間が過ぎようとしていた。
アスランも自分も、持てる限りの力を駆使して事件の真相究明に尽力したが、結果は見事に「謎」のままだ。
一体誰が、何の為に、あんなオノゴロのはずれにある民家を破壊したのか。
それも、『まるで破壊工作の見本のよう』な、完璧な仕事。
だがその瓦礫からは、たった独りの肉親である弟の遺体はおろか、肉片さえも…見当たらないのだ。
その事実はいくつかの憶測を呼ぶ。
何者かに拉致され、連絡を取る事が叶わない場合…あるいは、
自ら、その行方を眩ました場合――――。
この場合、真っ先にキラが助力を求めそうなのは、プラントの桜色の歌姫だったが、
キラの消息が判らなくってすぐにクライン邸に問い合わせた応えは
『ラクス様は親善大使として世界中を飛び回っており、しばらくプラントに帰っていない』というものだった。
「…こっちの身にもなってみろ…」
モニターに映し出されたメールの文章にしばらくぼんやりとした目を向けていたが、
やがて諦めたように肩を落とすと、横にある清潔な寝台に仰向けに身を横たえる。
開かれたままの画面には、『依然として消息不明』の文字が冷たく、規則的に並んでいた。
疲労という名の鎖がカガリの全身を絡めとリ、深い眠りに誘おうとしたその時、
静寂に包まれていた室内に突如けたたましいコール音が鳴り響く。
視線を向けたモニター画面には『通信要求』の文字。
カガリは勢いをつけて一気に跳ね起きると、相手との応答を許可すべく不慣れな指でコンソールを操る。
『カガリさん…あなたに話して置かねばならない事があります』
映し出された桜色の笑顔は、世界中を飛び回っているはずの、その人――――。
だが、カガリの琥珀色の視線は、その奥にある、紫玉の輝きに縫い留められる。
ラクスの隣で消え入りそうな苦笑をこちらに向けているのは、見間違おうはずも無い、
ここ2週間もの間必死で探し求めていた、懐かしい面影だった。
プラント――――。
クライン邸のサンルームには、今日も穏やかな光が外から降り注いでいる。
ココア色の髪の少年と桜色の髪の少女は、向かい合ってテーブルについていた。
寛いだ様子で手にした茶器を時折揺らしながら、ガラス張りの天井から差し込む柔らかい陽射しに目を細める。
「本当に…何から何まで迷惑掛けっぱなしで、ごめんね?」
まだ幼さの残る甘い声が、ポツリと謝罪の言葉を綴る。
「いいえ、キラ。私は少しも迷惑だなんて思ってはいません。…こうして傍にいてくれる事だけでも充分幸せですわ」
まるで聖母のように慈愛のこもった、歌うような声。
「ですが、本当にアスランには事情を説明しなくてよいのですか?」
「うん…。いい機会だったんだよ。僕達はもう、離れるべきなんだ」
キラがラクスに今回の一件を相談したのは、アスランがオノゴロにいたキラを訪れる前日だった。
一体何処から情報を得たのか、プラントの現議長アイリーン・カナーバを葬り、
『パトリック・ザラ』の忘れ形見であるアスランを推し立てようと目論む一派数名が、キラの元を訪れたのだ。
武力で評議会を押さえ込み、地球にその強大な力を向け、共にナチュラルを殲滅せん、と。
前大戦で奮った稀有な力を今再び、と。
当然、アスランがそんな事を望むはずも無い。
彼には議員である今の自分の立場さえ、居心地の悪い窮屈なものらしい。
が、自分もアスランも、望む、望まざるに関らず巻き込まれて行く事態もあるのだ。
この一件、放っておけばいずれ火事を呼ぶ火の粉となるだろう。
――――火の粉は、消さねばならない。
この事をアスランが知れば、あの幼馴染は烈火の如く怒り、持てる力を全て使ってでも自分を守ろうとするだろう。
そしてそれはひとつの憶測を呼ぶ。
『アスラン・ザラを動かしたければ、キラ・ヤマトを押さえるべし』
アスランは今、混迷する世界の為に尽力している。
そんな彼を巻き込む事だけは、絶対にしたくはなかった。
キラは旧政権の過激派とも呼べる者達に、『返答は1週間後に』とだけ告げたのだ。
勿論、相手の要求を呑む事は出来ない。
だが要求を拒否した所で、その場で拘束され、交渉の場に鍵として引き出されるのも冗談では無い。
…自分が生きている限り、『力』を持つ者としての宿命からは逃れられない。
そうしてそれは、大切な幼馴染の人生さえ、簡単に変えかねないのだ。
――――アスランは、自分が囚われたら大人しく従うだろう。
キラの命を盾にとられれば躊躇わずに引き金を引く。
たとえそれが、どんなに間違った方向だとしても。
そして偶然にも時を同じくして、“お忍び”でキサカと共にオノゴロのキラを訪れたカガリから相談を受けたのだ。
琥珀の瞳を潤ませて、彼女は言った。
『アスランを、誰よりも大切に想っている』
カガリは今やオーブの代表だ。
そんな彼女が自分の気持ちを吐露する事が出来るのは、唯一の肉親である自分だけ。
そうして、キラは決断したのだ。
自分は死んだ事にしてオノゴロから離れ、過激派の目から逃れよう。
そして、――――アスランからもそのまま離れよう、と。
あの日軟禁されたキラを見張っていた数名のザフト兵士は、
ラクスが寄越したSPが見事な手際で気絶させ、その間にオノゴロの自宅を完全に破壊した。
詳しく調べられれば自分の死体が無い事は露呈するだろうが、
取りあえずオーブを脱出する事が出来さえすれば当面は何とかなる。
そうして、ラクスの手配したシャトルに乗ってここ、クライン邸の門を叩いたのだ。
「…キラ?」
俯いたきり動かなくなってしまったキラを、空色の瞳が心配気に覗き込む。
困ったような微笑しか作れなかった自分に、ラクスは労わるような笑顔を向けてくれる。
「君といるとほっとする…。でも…アスランといるとどうにも…落ち着かない…」
キラは、手に持っていたティーカップの中の琥珀色の液体に視線を落とす。
琥珀。それは傷ついて欲しくない大切な少女の瞳と、同じ色。
「それはそうでしょう…あの方はあなたを求めているのですから。意味はもちろん…解っているのでしょう?」
思いもよらない、目の前の少女からの言葉に、キラは思わず息を呑む。
「肉食動物の前に座らせられたら、誰だって落ち着かない気分になるんじゃありませんか?」
嘲笑するでもなく、ただただ静かに語る、淡い色彩を纏う少女。
「っ…ラクス!僕はっ」
「私も少しだけ、アスランの気持ちが判るような気がします」
ラクスは静かに椅子から立ち上がり、白いテーブルを回ってキラの傍らで止まると、その肩に優しく触れる。
まるで、母親が幼子をあやすように。
キラはアメシストの瞳を潤ませ、座ったままの自分よりも幾分高い位置にある儚い笑みを見上げる。
「あなたは時折、どこか遠くを見ているような眼をなさいます。
まるで、空気に溶けて消えてしまいそう…。
だから、どこにも逃げないように掴まえてしまいたくなるのですわ…きっと」
柔らかく肩に触れていた暖かい手がそっとキラの頬を包み込み、その温もりを肌に伝える。
ラクスは白くて華奢な両の腕をキラの首に緩く巻きつけると、愛しげにそのココア色の頭を胸に抱く。
「もう少しだけ、こうしていて下さい…キラ」
「…ラクス…」
ただ優しく、労わるような抱擁に身を任せ、キラはゆっくりとその小さな背に手を回した。
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