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なぜ最近日記を更新していないのか。それは盆休みで、会社にいないから。会社のパソコンがつかえないから。仕事が休みなのに仕事をサボることなんてできないから。
2004年08月13日
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人間にはいつか必ず「死」が訪れる。多くの人が必然の死を恐れ、少しでもその日と遠ざけようと医者に通う。それでも死に直面してしまった時人は何にすがるのだろうか。その生物全体の根底にある恐怖をポイントに発展してきたのが宗教だ。死んでも精神は残る・・・・カトリック輪廻転生・・・・仏教<聖書より>イエスキリストは死後、復活をとげた。神の国ではあらそいなどなにもない。イブはアダムの肋骨から作られた。他、超常現象的なもの多数。なんて本当に信じている人がいるのだろうか。死後は神の国へ行ける?死んだ人がみんな神の国に行ってたら、国は人口密度過度でパンクだ。神の国ではあらそいなどなにもない?それなら、とりあえず今の現世の争いをジーザス様のお力でなくしてみせてよ。肋骨から女ができた? ・・はぁ・・・まぁ。。信じてみようじゃないか。(あきれた)6年ほど前私は家はほぼ無宗教だったが、カトリックの高校に進み毎日聖書のお祈りを唱えさせられていた。さらに毎月学校の聖堂で、神父様に懺悔をしなくてはいけない懺悔の時間が設けてあり、同級生達は皆、毎回懺悔の内容を作るのに必死になっていた。私も最初は日々の「今日寝坊をした」だの「先週は課題をやりわすれてしまった」だの、そんなことを聞くほど神は暇なのか?と思うような懺悔の内容だったがいい加減それすらめんどくさくなってこんな懺悔をした。『神父様、私は罪深い生徒です。毎日聖書を読んで(読まされて)いますがイエスキリストへの信仰の気持ちを持つことができません。』すると神父がこう言った。『あなたには信じる気持ちが足りないようです。信じる心が力となり、信じたことは現実となるでしょう。あなたが神の存在を信じたその時、神はそこに存在するのです。』・・・・・・・。まぁ、なんてイっちゃった事をおっしゃるのかしら。なんでも信じて、それが現実になるんだったらなんの苦労もいらん。あんな妄想教本(聖書)の内容を信じれるぐらいだったら怖いものなんかない。!!!!!あ・・・・・・これだ・・・・。このことが宗教で大切なことなんだ。聖書の内容を心の底から信じることができたとき、その状態がどんな状態(頭ラリラリ)であれ、初めて人間は死の恐怖を忘れることができる。確かに信ジルモノハ救ワレル
2004年08月06日
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ちょっと気を抜いてたら、もう8月。暑い夏こそ海へ出かけて肌でのビタミンD産生を促そうではないか。ということで、先週末大洗の海へお出かけしてきました。以前も書きましたが、私は海が大好きです。大洗は砂浜と岩場が混在するところ。ひとしきり泳いでグッタリ。海は好きだが、砂は嫌いな私は岩場の上に座って、日焼け止め装備満載の肌がチリチリと日に焼ける感を楽しんでみたり意味なくカモメの数を数えてみたり水平線の彼方にバビロン帝国の存在を感じたり。。。(このあたりから熱中症気味)青空の中から、おにぎりが降ってくるのが見えたり。。。(完全に頭やられた)ふと気づくと空は夕焼け。隣には、泳ぎ疲れた相棒がころがってた。あと少し日没が遅れたら、私はバビロン世界に旅立っていたかもしれない。
2004年08月04日
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就職してから、もう1年。アッ という間に時間は過ぎて、今に至る。しかし、なんでこんなに時間が過ぎるのが早いのか。小学生の時の自分を思い出してみる。あの頃は、毎日が長く、「あと4年も小学校かようのかー」と子供ながらに落胆してみたり中学の頃には入学早々、「早く高校生になりたいな」なんて長すぎる時間に対しての不満がつのっていた。なぜ今の私には、あの頃のような時間に対しての認識がないのだろうか。そして研究の結果、その謎は解明された。小学生1年生(7歳)の私にとって(8歳までの)1年間を計算するとなんと人生の12.5%に値する。人生を1日であらわすと3時間分だ。3時間あれば、映画館で映画をみることだってシチューをコトコト煮込むことだってマラソンで42.195キロを走ることだってできるのだ。しかし、現在の私(23歳)にとって(24歳までの)1年間はたったの4.16%人生を1日で表すと、1時間少々。映画はいいところで終了しシチューは生煮え、芋はガリガリマラソンだってこれからというところでやめなくてはいけないのだ。そりゃ年とりゃー時間が過ぎるのが速いのはあたりまえだな。時間はすべての人に平等に流れている。しかし、体感時間は年齢により大きくちがうのだ。待ってろ。ノーベル。今年の受賞はいただきだ。
2004年08月03日
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最近、職場の上司がやたらとからんでくる。とくに私のリーダー(34歳♂)のイタズラがひどい。なにかと、いちゃもんをつけて、からかわれたり通りすがりに、こちょばされたり・・・・・あげくのはてには、飲み会の席で耳に息をふきかけたりされる・・・(いつの時代のイタズラだ・・・)このままでは、私の地位は失墜するばかりだ。いつもは「ひぃぃぃ~」だの「うわーん」だのイジワルに攻撃されている私だが、ここで一念発起。黙ってイジられるほど、おやすくないことを教えてやる大作戦をすることにした。<泊まりの出張での飲み会で>リーダー:部屋番号おしえろよー私:507号室ですよ。待ってますね。(507=他の男の先輩の部屋番号)リーダー:嫁さんと別れるから結婚して第二の人生一緒に歩もう私:私の第一の人生を汚さないで下さい。(リーダーしょんぼり)私:あーうそですうそです。リーダーと結婚したいなーって今の会話、携帯に録音しときました。えへ。リーダー:今日の夜、おまえん家の前にランサー(リーダーの営業車)とまってるかもよ?私:駐禁きってもらお。路上駐車は社会の悪ですからね。と、冷たくつきはなす私にリーダーはリーダー:おまぇ、強くなったな。俺、強い女と結婚するのが夢だったんだー・・・・だめだ・・・こいつぜんぜん懲りてない・・・。
2004年07月18日
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ボディソープとハンドソープの違いってなんだ。私は日頃、外から帰るとハンドソープで手を洗い、お風呂の時にはボディソープで体を洗う。そして、ふと考える。いったい何が違うのか。この二つの物には、どんなコンセプトの違いがあるのか。ハンドソープ:手を洗うボディソープ:体を洗う。。。。。手も体の一部ではないのか。お風呂に入ればボディソープで手も洗うじゃないか。ではボディソープ(体)という大きな範囲の中にハンドソープ(手)というジャンルが存在すると考えてみる。ということは、手は体の中でもとりたてて注意してケアしなくてはいけないほどデリケートなのか。いや。内腿や二の腕のほうが、よっぽどデリケートですべすべしている。手がデリケートだから洗う洗剤を特別にしなくては。という理論はなりたたないはずだ。では、逆に「手」は強いから、ボディソープよりもハンドソープのほうが刺激のある石鹸だと考えてみる。それなら、わざわざ刺激性の強いもので区別してまで手を洗う必要はないんじゃないか・・・・もとをたどれば、液体のボディソープやハンドソープが一般化する以前(20~30年前)には手も足も体も、みんな同じ固形石鹸で洗っていたのではないか。ここまで考えて、私はことの恐ろしさに遅ればせながら気づいた。これは石鹸会社の陰謀だと。
2004年07月17日
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私の宝物ってなんだろうもし家が火事になったときこれだけは絶対持ち出さねば!!!って思うものはなんだろうまず金魚。あとパキラとヘデラ(観葉植物)。んー・・・・・その次は・・・・・やっぱり財布かな。別にお金なんてたいして入ってないのになぜ財布なのかそれは各種重要物品の再発行がめんどくさいから。財布に入っている重要物品のかずかずたるやそりゃすごい。まず、免許証。これがないと身分もおちおち証明できない。そして、各種銀行のキャッシュカード。再発行するのは、さぞやめんどくさいことだろう。たとえ通帳が燃えてもこのカードさえあれば安泰だ。さらにクレジットカード。カード作成時の査定すらめんどくさい作業なのに再発行となればもぉ頭痛くなるぐらいめんどくさそうだ。だいたいカード会社と接点を持つってこと自体がめんどくさい。最後に、今までの営業活動の証。領収書群。これがないと、会社に立て替えた接待代や宿泊費用がまるまる払ってもらえない。再発行ももちろんできない。これは痛い。会社のために使った費用なのに、あのペラペラ領収書を無くすだけで、返金されないなんてそんな理不尽なことがあってよいのだろうか。と、このように、財布を燃やすということは金銭的損失のみならず多大な労力、時間を要するということが今回わかった。そこで、最初の疑問に立ち返って私の宝物はなんなのかと考えるめんどくさくない生活=宝物 だな
2004年07月16日
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だまされた。NTTDocomoにだまされた。「MOVAはもう古いんですよー」うん。たしかにそうかも。「FOMAは電波が3回線あるから一度繋がれば、なかなか切れにくいんですよー」へーそうなんだ。「今なら月額300円でデュアルネットワークでMOVAもFOMAもお使いになれますよー」そりゃすごい。とFOMAメリット三段活用で心はすっかりFOMAのトリコ。急いでFOMAに機種変更しました。ところが。自宅が・・・・・・圏外なんですけど??(県庁所在地の駅から徒歩10分の繁華街)通話中にブチブチ切れるんですけど??(3回線あるんじゃなかったでしたっけ)MOVAとFOMAで2台の携帯使うことになってどっちが電波つうじてんのかわかんないし結局それならMOVAでいいんじゃないですか・・・・・??だまされた。NTTの陰謀にしてやられた。
2004年07月15日
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私は海が好きだ。ものすごく好きだ。別にサーフィンをするとか、ヨットに乗るとかじゃなくてもただ堤防に座って海の匂いをかぎながら海を見ることが大好きだ。夏。海水浴場には溢れんばかりの人々。人はなぜ、こんなにも海に惹かれるのだろうか。俗に人間の体液は海水の成分と近いと言われている。これは、太古の昔、人間が海の成分を体内にとりこみ海から陸上へ進化を遂げてきたという進化論に起因している。「母なる海へ逆行の欲求」があるから人は海を欲するのか?しかし、それを言うなら地球上の生物すべてが海水の成分に似た体液を持っているはずではないか。あなたは人間以外の陸上動物が好んで海に遊びに行くのを見たことがあるだろうか。一般に陸上動物は、川ならまだしも海を嫌う。人間に最も近そうな猿ですら、海や水を怖がっているのだ。人間は海から上がったことで、たくさんの知識や技術を身に付け現在の大繁栄に至った。そしてそのせいで、多くの自然環境を犠牲にしてきた。もう一度すべてを忘れ、海に戻ることを人間の本能が望んでいるのかもしれない。
2004年07月14日
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暑い。なんでこんなにも暑いのか。日頃クーラーの聞いている事務所で涼やかに育っている私にこの炎天下はスパルタすぎる。ここでひとつサボって車で昼寝でもするか。と、いつもなら、木陰に営業車をとめて日が暮れるまで昼寝をたしなむ午後。今日は本社勤務なので焼け付く原宿表参道を太陽熱吸収にもってこいのスーツ姿で出勤。本社内に入っても、まだ暑い。しかし女性はスーツの上を脱ぐとカジュアルになりすぎるので本社の中では脱ぐことはままならない。(ちょっと事務系の人と差をつけたいという微妙な心境)(底辺すれすれの総合職ポリシー)日頃涼しいビル内で、好き勝手な格好(露出高・色派手・センス微妙)してタラタラ内勤している事務ガールズ(主に派遣)と同じに見られるのには抵抗がある。私は腐っても総合職なのだ。(全国転勤アリの生涯転勤族)チミ達とは社員番号が違うのだ。(普段そんなこと誰も気にしない)厚生年金を会社に払ってもらっちゃっているのだ。(いや、強制的に奪われている。)保険料を会社が負担してくれているのだ。(組合に搾取されている。)社員割引で色々、自社製品が安く買えるのだ。(賞味期限すれすれの不人気賞品多)本社まで出勤してこんなに心が荒むなんてさすが熱帯 東京砂漠。
2004年07月13日
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どうもこんにちわ。大人になれない大人の私です。この日記を書いていて大学生の頃、大学の講義(情報処理工学)の中で初めてパソコンに触れなんとなくHPを作ったころを思い出した。あの頃は彼氏と花盛り。頭パッパラパァ~桜吹雪で今日彼氏とこんなことがあっただのこんなに愛が深いと今気づいた!だの世間の人には、はた迷惑な日記ばっかり書いていた。あれから3年。今の私?彼への愛はかわらないが別に日記に書いて、世界中の匿名希望の人々に見てもらいたいの。なんて思わない。自己満足の一環としてなら書いてもいいが後々読み直して、昔の自分を恥じることも、もう経験済みだ。そんな自分に気がついてあ、私少し大人になったかも。なんて思ってみたりする。こんなことは一度経験してみないとわからないもんだ。今書いているこの日記だって、3年後に見れば「うわ・・・・うち何かいてんねん。。。恥ずかし。」と思うに違いない。3年後を目指して私は今日も成長している。
2004年07月12日
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ここは、とある町の湖。その湖畔は鳥の楽園である。ある男と女が湖畔を散歩していると水辺を泳いでいた一羽の黒鳥が、水から上がり、彼らに向かってヨチヨチと歩み寄ってきた。しきりに餌をねだる甘えた声を出す黒鳥に女は用意していた食パンを小さくちぎり、あたえはじめた。それを見ていた男、普段はさほど動物を愛でることに興味を示さないのだが手持ち無沙汰だったのか女から食パンを1枚もらい、黒鳥へ歩み寄った。女はその行動をほほえましく思い、見守った。そして事件は起こった。男は、食パンの耳をグルリと一周はがし30センチはあると思われるその細長いブツをそのまま鳥の口へ・・・・・パク・・・・・・・グゥ。。。クグゥ・・・グゥゥゥゥゥ。。。。。。黒鳥の喉を閉鎖しクチバシから大幅にはみでるパン。あまりの量と、その形状に飲み込むことも吐くこともままならない様子。鳥は静かな唸りをあげながら静かに、そっと静かに後退しクチバシからはみでるパンをぶらさげ湖の中へ去っていきました。そして遠くのほうで、かなりの時間をかけて水とともに全てを吐き出していた。男だって悪気があって窒息させたわけではない。彼なりの精一杯の愛だったのだ。度をすぎる愛というものは、すべてを失う結果になる。慣れない愛はその深さにより相手を傷つけることがある。なんて人間社会の恋愛模様に照らし合わせることだってできるのだ。あの黒鳥が再び人間に心を開く日ははたして来るのだろうか。
2004年07月11日
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私の住む町には湖がある。なみなみと水を湛えたその湖面にはたくさんの水鳥。白鳥・黒鳥・アヒル・カモ・コチドリ・カモメ威風堂々という表現がピッタリのビックサイズな白鳥通行人よりもよっぽど態度がでかく、道の真中で散歩中コラ。怠けてないで北へ渡れ。白鳥よりも一回り小さい黒い体に真っ赤なクチバシを持つ黒鳥彼らはとても人懐こく、とても可愛い。今のこの季節は薄灰色のヒナを連れて、泳ぎ回り岸辺の人に近づいて餌をねだる愛嬌者。アヒルはまるで白鳥の悪いとこどり的な態度でウロウロ。白鳥がどっしりとしたマフィアならアヒルはギャングだ。グャワァグャワァ鳴きながら迫ってきて人の足をつつき餌を催促する。そして手から直接餌を奪う。たくさんの鳥たちが奏でる、ガナリ声のハーモニーこんなのどかな湖畔に、鳥の楽園があることをきっと杉田かおるは知らない。
2004年07月10日
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うちの会社の飲み会は最悪だ。「最悪=最も悪い」がしっくりくる。1.まずはビールをガブ飲みする。 理性あり2.そしてビールを続けざまにガブ飲みする。 まだ理性あり3.さらにビールをがむしゃらに流し込みガブ飲みする。 理性微妙4.ホロ酔いがドカ酔いに変わったら、焼酎ロックを一気する 理性なし5.やたらやかましい宴会ゲームを始め、罰ゲームとして泡盛を一気する。 人格崩壊寸前6.ダウンした人達は床で惰眠し、生き残りは公害をさらに広める活動をする 人格なし7.次の日の仕事に影響が出る程飲み、朝5時までカラオケをする。 人でなしこんな暴飲を週に1回は繰り広げみんな次の朝には、何があったか覚えていない。 記憶なし。
2004年07月09日
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先日から、すっかり赤い色が抜けてまっちろちろになってしまった愛する金魚。これはきっと出張中に濾過システムが不調で水が汚くなってしまったせいにちがいない。美白(脱色?)の金魚をなんとかする為に意を決して、水槽内全面大清掃計画を実行することにしました。まずは、ポンプで水槽の水を半分以上抜く。この際、同居魚のドジョウ3匹を吸い込まないようによくよく注意する。水が少なくなったら「自家製金魚すくい」一人大会。・・・・・・のはずなのに・・・金魚が育ちすぎて、網のサイズの2倍になってる・・・・・・・・よし。事態は急を要する。こんなことでへこたれていては魚命救助はできない。「自家製金魚手づかみ」一人大会に変更だ。さぁ、安心して私の手の中へ飛びこんでおいで。親の心、子知らずとはこのこと。ビチビチ跳ねまくって水を飛び散らかして大暴れする我が子。よし。そっちがそうならこっちにも考えがあるぞ。親子の縁を切ってやる。なんて言いそうになる気持ちを抑えつつ反抗期の二匹の子供達をバケツに移し残りの掃除を完了。子供達よぐんぐん育て。
2004年07月08日
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私は今のマンションに引っ越してきてから水槽を買った。赤黒白のまだらの『朱文金』1匹。赤白の『コメット』1匹金魚のいる生活を始めた当初には5cm程だった彼らも今では15cmを超える巨体に育った。水槽の大きさに変化はないのに、そんなに大きくなってくれちゃって濾過システムが悲鳴をあげている。そんなとき、私は東京本社に出張した。3日間程、家をあけ帰宅後、ふと水槽を見てみると・・・・あれ、こんな金魚飼ってたっけ?真っ白い巨金魚が泳いでる。・・・・・・・・・これコメットじゃないか。あんた、上側半身真っ赤だったじゃないの。なんだ、どうしちゃったんだ、どうなってんだ。とパニックになる私を尻目に悠々と泳ぐコメット。私が不在にしたばっかりに悪いお友達につかまって、脱色しちゃったのかい。それとも、夏対策に美白したのかい。なんてチャカしてる場合じゃない。あぁどうしよう。どうすればいいんだ。ま、本人(魚)元気だし、問題ないか。
2004年07月07日
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以前にも書きましたが私はお酒が飲めません。こんな私に飲み会の席でみんなが求めるものは一発芸だ。以前までは「新人だし、そんなの覚えてないですよー。」なんて意味不明な拒絶で誤魔化してきたがもう2年目。『新人』という魔法の言葉の賞味期限は切れている。そこで苦肉の策として「マジック」を覚えることにした。初披露は、支店の全体会議懇親会。みんなベロベロに酔っ払ってるせいか私のマジシャンデビュー戦はオオウケの大盛り上がりで幕を閉じました。次の日、先輩達のほとんど全員が言った一言。「次もまたなんかやってね。」やばい。苦肉の策が、さらに自分を苦しめることになろうとは・・・お母さん。あたい、立派なマジシャンになるよ。
2004年07月06日
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私は俗に言う、おばーちゃんっ子だ。年甲斐もなく頑張りやさんですこしイジっぱりで自分の言うことが一番正しいと、ゆるぎない自身に満ちて「太る太る」と言いながら甘い物を笑顔で口に運ぶそんなおばーちゃんが大好きだ。初孫でたった一人の女孫の私は小さい頃からおばーちゃんの大寵愛を受けてモリモリ育った。ちなみに、私の弟(長男)は男の初孫として大寵愛されもう一人の私の弟(次男)は末の孫として、これまた大寵愛されまぁ、結局のところ、うちの姉弟全員がばーちゃんの大寵愛を受けてモリモリ育ったのだ。そんなばーちゃんも、今年で73歳。まだまだ元気ハツラツで働いているがやはり、体のことが心配だ。私のオヤジ(ばーちゃんの一人息子)が不甲斐ない為また、弟2人が無神経な為私が一家全員分の心配をしょってたっている状態だ。よし、これは私ができるうちに親孝行(こんなもんあと100年先でもいい)ならぬばーちゃん孝行に、これからの人生を捧げようではないか。まずは、この秋に台湾旅行へ連れて行こう。そして、月に1回、ばーちゃんの大好きなゴルフを一緒にラウンドしよう。さらに、プールは好きだが泳げないばーちゃんに、泳ぎを教えてあげよう。と血気盛んに意気込んでいた私に、不甲斐ないオヤジが一言「そんなに連れまわしたら死ぬんじゃねぇか?」・・・・・・・・・・。そうだな。
2004年07月05日
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マンバ・ギャルサー・モリ男今のハヤリのキミ達は昔のタケノコ族ちゃん達のようにもうすぐスタレらしいよだからといって、月並みなテレビの芸能コメンテーターのようにマンバをやめて美白に励め。なんて言いたいわけじゃない。昔流行ったスタイルに染まった自分を20年後振り返ってホロ苦い思い出として愛せるようなそんな大人に自分はなりたいと私は個人的に思うだけ。
2004年07月04日
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私は嗅覚が人並みはずれて優れている。これは代々の遺伝で、祖母(父方)↓父(一人っ子)↓私(長女)と、北斗真拳に負けず劣らずの一子相伝による嗅覚なのだ。しかし残念ながら、我が可愛い弟達はバカっ鼻。玄関から帰宅し、台所の鍋の蓋を開け、中を覗き込んでようやく、「今日の夕飯はカレーか。」と気づくほどの無能鼻だ。彼らの鼻はインテリア性重視のイタリア家具のように実用性がない。ここで頑張らなくてはいけないのが嗅覚の宗家この私だ。来る襲名式の為に、日々精進しなくては。と、意気込んでいる最近私の出世を阻む奴等がいる。愛煙家。ヤツらは、なぜ公共の空気を害しておきながら平気な顔をして、カッコつけているつもりになっているのだろうか。燃やした葉っぱの煙を吸うことに依存してることをカッコヨイと思うなんて大勘違いもはなはだしい。依存=自己管理のできないただのダメ人間だ。いや、ただのダメ人間なら、私だって寛大な心で許す余裕はある。タバコへの依存を、人目にふれぬところで、人知れず吸って解消するなら、私はなんの文句もない。どうぞご自由になさってください。しかし、それではヤツらの一部は満足しないのだ。『タバコを吸う俺様』を認識してくれるギャラリーが悪な愛煙家=悪煙家には絶対条件である。公共の場でモクモクとタバコをいぶすヤツらはただのダメ人間どころか地球の空気を汚し、他人の健康を害する超ダメダメ人間なのだ。嗅覚の宗家である私は、煙の匂いで料理の味も悪くなり何を食べても煙風味。そりゃ、キミ達にはレストランで食後の一服かもしらんけどその周りには、まだ食べてるお客さんもいるでしょう?私の吸う空気を汚す権利は、キミ達にはナイ。「ニコチン」に依存してるなら、ニコチンシートを貼りなさい。「タバコを吸う俺=カッコイイ」に依存してるなら・・・・もはや手のほどこしようがない。愛煙家達よ。タバコに汚されるのはキミ達の肺とキミ達の家族の肺とキミのお家の壁だけで充分だ。
2004年07月03日
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知ってる人は知ってるが、知らない人は知らないが私はお酒が飲めません。これは、私に気合が足りないわけでも飲めない可愛子ちゃんを気取っているわけでもない。肝臓のアセトアルデヒド脱水素酵素(アルコールを分解するキーマン)が人より少ないだけなんです。そんな私に世間の風は冷たい。会社での飲み会は、一気を暗黙のうちに強要され誰もが酔いつぶれるまで続く、地獄の酒宴。酵素不足の私の肝臓はパンク寸前のあっぷあっぷである。もはや猫の酵素も奪い取りたいぐらいだ。これは一種の拷問だ。すごく言葉の悪い例えだが「酵素がたりない」=「右手を怪我して不自由」ぐらいの解釈をしてみてはどうだろう。酵素のたりない人にお酒を無理やり飲ませるということは右手の不自由な人に腕立てふせを無理やりやらせるのと同じぐらいのことなのではないだろうか。私は好きで酵素を減らしているわけではない。右手の不自由な人だって、好きでそうしているわけではない。酵素がいっぱいある人と同じ量を両手の使える人と同じ回数を求められても、その要求に応えることはできないのだ。酒をばかすか勧めるという行為は健常な酵素を持つ人にのみ許される行為だということを、忘れてくれるな。
2004年07月02日
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私は、自称科学者だ。いや、科学者にならざるを得ない状況におかれている。セミが鳴き、スイカがうまいこの季節。いつも、ふと気がつくと生年月日不明のブツが冷蔵庫の中で成長している。以前なにかの目的の為にきざんだ玉ネギ入りのタッパ(生後2ヶ月少々)はふたを開ける勇気がどうしてもわかず泣く泣く容器ごと、次の朝、夢の島へ旅立っていった。向こうでも、元気で暮らせよ。およそ生後1ヶ月の煮豆は色とりどりの微生物とコラボレートしてなにやら芸術的なものを感じるほどだ。芸術の爆発は容器の爆発を予感させる。この子は、あまりの完成度のため旅立たせるのをためらい今現在も、私の部屋でさらなる進化をとげている。ある意味これは新しい才能か!?これからはマッドサイエンティストとして新生物、新食品を自家発明していこうではないか。いつか、醗酵の金字塔「納豆」のような大発明が我が家から生まれるやもしれぬ。
2004年07月01日
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そろそろ同期連中が結婚しはじめる季節。そこで必ず話題になるのは「式」の話。日本の一般慣習として、新郎の女友達は、挙式に招いてはいけないらしい。これは・・・・・どういうこと?すべての女友達との関係を疑っているのか。(怪しいものはすべて排除)単に新旦那が女友達に祝福されるのが腹立たしいのか。(嫉妬嫉妬嫉妬)どうやら女の嫉妬は日本の慣習をも、思うがままにしてきたらしい。女の嫉妬は猫も食わぬ。もちろん犬も食わぬはず。友人関係に「性別」がそんなに関係あるのか。男女差別廃止が世間で叫ばれるなか、このような理不尽な慣わしを続けていていいのであろうか。なんて日本人って心が狭い国民なんだ。こんなことを言ってシキタリに納得できない私こそ心の狭い日本人。
2004年06月30日
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去年、入社した当時は「社会人ってなんかスゴイ!」とか「これで私も一人前!」なんて子供頭脳丸出しで、希望と野望に燃えまくっていた私ですが、ここのところ、めっきりモチベーション低下。仕事にもだいぶ慣れてきて、要領?もわかってきて、限界もうっすら見えてきて、失望と絶望に苛まれる今日この頃、社会人2年目。これは噂に聞く「6月病」ではないか!?世間は結婚ブームに燃える最中、2年目の社会人は「仕事の壁」にぶつかり就労意欲消失(焼失)病に罹患する。事務所でグダグダ内勤をしていると「そろそろ、夏の海対策に新しい水着でも買いにいこうかな・・」とか「潮干狩りっていつまでできるっけ・・」 なんて来る夏に向けてのバカンス計画に余念がない。頭の中は、すでに常夏に対応。いかんいかん。この夏までの空白期間である6月を乗り切るために、6月病の治療をせねば。いろいろ頑張って克服せねば。さぁ、心機一転、気合を入れて仕事をするのだ。・・・ん・・・・・めんどくさいな。でも大丈夫。ダラダラしていても夏は来る。
2004年06月29日
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この前の会社の研修で見た倫理のVTRについて思うことアリ。 テーマは「差別と区別」 「区別」は良い。しかし、それから発展する「差別」は悪いという内容。 [差別]は物事を善悪や良・不良の概念をもって区別するから そういうのは良くないらしいです。 そのVTRを見て深く深く深く考えた。 例を1つ書きます。 あなたはコンビニに行きました。 目の前に2種類の豚肉があります。 A-超スーパースペシャルデリシャス黒毛豚ミンチ B-普通豚ミンチ。 さて、どちらも同じ値段なら、あなたはどちらを買いますか? そうです。これなんです。 なにか物を選ぶときには必ず、行うこの行為。 これは小さな、ごく小さな差別です。 「こっちのほうが良いから、こっちを買おう」 「あっちのほうが楽しそうだからあっちへ行こう」 「このテレビは、まだ映るけど、もう古いから買い換えよう。」 「顔が好みだから付き合おう」私達は日ごろ、何も気づくことなく小さな差別をしながら 色んな物事を処理していってるんじゃないか。 男選びなんて、まさにソレそのもの。同じ人間で同じ性別の何千万人もいる男の中から、なぜ、あなたはその人を選んだの?「ココが良い」「ココが嫌」で選ぶでしょう?どっかの国の首長様が勝手に決めたお見合い結婚なんて違和感あるでしょう?それがあるからこそ、民主主義がなりたつんじゃないか。こう思うと、自分の好きなものを自分の考えでチョイスできる社会でないと会社自体が成り立たない株式会社の社員の私たちに、 こういうVTRは役立つのかなーと思ったり考えたり悩んだり
2004年06月28日
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最近どこの駅前でも見かけるストリートミュージシャン。誰が呼んだかストリートミュージシャン。直訳すれば「道の音楽家」ふん。なにが音楽家だ。人はなぜ、マンションの隣の部屋の住人が有名ミュージシャンの曲を大音量で聴くことには怒りを感じるのに道端で上手くもない素人のコピー曲を聞くことには寛大なのだろうか。あれは立派な公害だ。道(しかもたいてい人通りの多い大通り)を歩いていると嫌でも遠慮なく耳に入ってくる他人の熱唱。その「俺様の心の声を聞け」状態のガナリ声にはもはやカラスも近寄れない。そしてヤツラの公害を陰ながら支援しているファン集団。公道に、遠慮なく座してアイフルのチワワのように潤んだ瞳でヤツラを見上げる。ヤツラはさらに勘違いパワーアップ。ファン集団たちよ。落ち着いてよく考えてみよう。オリジナル曲を歌っているならまだしも(まぁそれもうっとおしいけど。)コピーしてる曲を道端で通行人の邪魔をしながら聞くんだったらおうちに帰ってCDで本物を聞いたほうが、誰にも迷惑かからないんじゃないかい?ま、そのときは隣りの部屋の人の迷惑にならないように音量は控えめにね。そしてストリートミュージシャンと呼ばれる公害集団よ。歌の練習は家でしなさい。
2004年06月27日
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『電気』ってなにもの?先生とかに聞くと「エネルギーのひとつだよ」なーんて、わかったようなわからないような答えが返ってくる。んじゃ、『エネルギー』ってなんだよ『ものを動かす力にかわるもの』?よし。100歩ゆずって、概念は理解したことにしよう。ただ私には、その電気がどんなものなのか、まったくさっぱりわからない電気→光る(電球)電気→熱いこともある(ハロゲンヒーター)電気→なにかを冷ますこともできる(クーラー)電気→声を伝えたりなんかもできる(電話)目に見えるわけでもないし、そんな目にも見えないものが、どうやって利用されてるのかも創造つかない。世界で最初に電気を見つけた?人はなんでまた利用する方法を思いついたのだろうかだって目に見えないんだぞ?貧相な想像力を持つ自分がうらめしい。誰か私に『電気』がなんなのか教えてよ。
2004年06月26日
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ちょっと前までチマタで大流行の「トリビアの泉」日常では知ることのできない豆知識を「へぇ~」と感じる度合いで判定する人気番組です。しかし、なんか最近無理を感じるネタが多いどうでもいいことだったり、もう知ってることだったり。そして、よくよく考えてみると、「へぇ~」ボタンが連打される高「へぇ~」得点なネタの場合はたいてい会場の反応が「えぇえええええぇぇ~~!?」という感じだ。これでは、もはや「へぇ~」ポイントではない。「えぇえええええぇぇ~~!?」ポイントだ。「へぇ~」は知らなかった知識を得たときにでる言葉。「えぇええええぇぇ~~!?」は、今まで知らなかった事が驚異の新事実だと感じたときにでる言葉。もはや民衆は「へぇ~」という新発見に飽きている。今求められているのは「えぇえええええぇぇ~!?」と驚異を感じるものなのだ。その要求に応じ、番組は「くだらない新発見」から「驚きの新事実」と追求する内容に変化した。そして、あの「くだらなくて面白?かった番組」は、「ビックリするけど面白くはない番組」に進化した。さらに、ここでトリビアの泉を視聴してる方に質問ですがあのトリビアの内容って3日もたてば、ほとんど忘れたりしませんか?私は脳細胞が少ないせいか、豆知識は豆でしかないと思ってるせいかまれにあの番組を見ることがあってもその場は「えぇええええぇぇ~そうなんだ!?」と思うことがあってもしばらくたったら、5個中4個ぐらいは忘れています。今でも覚えているのなんて「青いザリガニ」と「通天閣がなんか?でできている」というのぐらい。まぁ、すでに「通天閣」のほうは、風化の一途をたどっていますが。どっちにせよ、その場でしか感動できない豆知識なぞどうでもいい。そんな私は 脱トリビア。
2004年06月25日
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太古からその強靭さが脈々と受け継がれている不老不死の虫御鬼武痢(ゴキブリ)氷河期を乗り越えただけある茶色に光る体さながら、GODIVAのチョコレートをコーティングしたかの様。何世紀も代々引き継がれた昆虫とは思えない洞察力判断力まるでローマは1日にしてならず。食物に対するあきれるほどの執着心これには社交界の貴婦人、デヴィちゃんもびっくり。彼らの歴史は人間の何百倍にも及ぶ壮大なスペクタクル人間なんて、彼らにしてみれば「最近、妙に数が増えてきた新参者」という認識でしかないのだ人間を恐れるなんてことは これっぽっちもナイ新聞紙で叩かれようが、バルサンで追い出されようがコンバットで1度に2度やられようがまーったく平気なのであるなぜなら彼らは不老不死私は幼い頃見たのだ母に新聞紙で叩かれ、あきらかに死んだと思った アレ がゴミ箱の中で、ガサゴソゴゴゴゴゴソソソソソと息を吹き返すのを・・・・ヤツラは今も生きている。
2004年06月24日
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なぜ人はわざわざ暑い最中に熱いお好み焼きを食べるのか。お好み焼きといえば夏。花火や祭りの沿道では屋台でジュウジュウ、いい匂い。夏の食べ物のイメージバリバリの粉物である。別にお好み焼きに限らずともたこ焼き・イカ焼き・焼きソバ・・・・等々あつあつの鉄板は夏の風物詩なのだ。しかしクソ熱い夏にも食べているにもかかわらず、なぜ冬には、この熱い食品たちがナリをヒソメルのだろう別に秋のお月見にダンゴを食べなくったって暖かい鉄板物でもいいではないか。たこ焼きだって見ようによっちゃダンゴに見えないこともない。でも秋にはダンゴだ。冬には鍋だ。確かに鍋は体に対する保温効果も高く、強敵の予感がする。でもお好み焼きだって負けちゃぁいない確かに冬に食べる鍋はウマイしかしお好み焼きだって当然ウマイそしてココでお好み焼きの大チャンスである携帯性(パックで持ち運べる)について考えれば頭30個分差ぐらいの余裕で勝てるはずなのだ。なのに冬は鍋の独壇場もはや鍋奉行は冬将軍・・・・お好み焼きよ、負けるな非力な私でよければ、喜んで応援するぞ
2004年06月23日
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少し前から「金○一少年の事件簿」とか「名探偵コ○ン」とか少年が難解な殺人事件をズバっと解決する話がうけている。でもこれってちょっと荒んだ世界観だと思う毎回2・3人の人が驚異的なトリックで殺されてから、やっと解決するなんて日常ではありえない、ミラクルが毎回発生。名探偵なら、誰か死ぬ前に犯人みつけろ なーんて無理なこと思ってみたり。金○一は学校行かず旅行しすぎだろ、とか、彼の学生生活を案じてみたり。基本的なところでいうならば、人が死にすぎです。と人の命の尊さを実感してみたり。そこで私が提案する、新しい推理系物語。主人公:犬被害者:飼い主容疑者:カラス容疑:窃盗毎回、驚異的なトリック(糸を使って宝くじをひっぱったり)(悪天候で電話線の切れた島にしばらくとじこめたり)(謎の覆面をつけたあやしい客を演じたり)で飼い主(サザエ系)の食卓から食べ物をしっけいするカラス。その現場を物陰から目撃する家政婦。(友情出演)万を辞して嗅覚パワーで謎を解き明かす犬(雑種3歳)。なんともほのぼのとした探偵ではないか。これぐらいの罪なら、2・3度事件をおこしたあとトリックが解明しても誰も「あぁ。。もう少し早ければ・・・」なーんて思わない。後味爽快な探偵物語が楽しめる。アニメ化、映画化御希望の方は私にご一報を。
2004年06月22日
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今日から楽天でHPを作ることに決めました。別に「世界の中心で愛を叫びたい」わけでもないし「冬にソナタ」を奏でるわけでもないから知的な皆様には少し役不足かもしれないHPですけど日ごろ思うことを書くので暇つぶしに、よっぽど暇な人は見てください。
2004年06月21日
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