母から娘へ

今日、久しぶりに実家に帰ったのだが、その際、以前から思っていたことを
実行に移した。数少なくなってしまった母のレコードコレクションの中から、
藤圭子のレコードを探すことだ。
 わたしの母は大の音楽好きで、若い頃、多くのレコードを買い集めていた。
でも、その大多数はクラシックであり、たまにある人の声入りのレコードもビ
ートルズだった。いかにも西洋文化至上主義者の母らしいコレクションなのだ
が、その中で唯一といってよいほどの「日本語入りレコード」が、藤圭子のそ
れだったのだ。
 わたしが物心がついたころは、すでに藤圭子は全盛期を過ぎていたのだろう
が、母はレコードのジャケット写真をわたしに見せながら「この人、お母さん
に似てると思わない? お母さん昔ね、よくこの人に似てるっていわれたんだ」
と語り、レコードを再生していた。

 実家は何度も引越しを繰り返しており、その度に母のコレクションは数を減ら
していったので、藤圭子のレコードが残っているかはどうかは実に怪しいものだ。
半分以上無駄だと思いながらも、一応探してみると…あったあった! その名も
『新宿の女 ★演歌の星/藤圭子のすべて』。
当然のことながらかなり古ぼけてはいるが、ケースはしっかり原型を留めているし、
紙のレコードケースを守るためのビニール袋も、ちゃんついている。
細みな体には不釣り合いな大きな白いギターを抱えているヒッキーママの
ジャケット写真も、さほど色あせずにいる。幾度にも重なる引越しを経てまで残って
いたという事実とあわせて、母がいかにこのレコードを大切にしていたかが
伺えた。
 それにしても、このレコードに載っている少女の顔はどうだろう! アーモンド
型の目、端がきゅっと上がった唇のかたちから頬のラインに至るまで、ヒッキーと
そっくりだ。生き写しと言っても過言ではないくらいに。
 20年以上前にわたしの母が買ったレコードに、20年以上前のヒッキーの母(しか
もヒッキーとうりふたつ)が映っている…。因縁めいたものを感じながら中身を改
めてみて、
さらに衝撃を受けた。『カスバの女』という曲が収録されていたからだ。


 あぁ、そうだ…思い出した。
わたしは幼い頃、藤圭子が大好きだったのだ…。


 『カスバの女』。20年前の我が家では、毎日のようにこの曲が流れていた。
わたしの父は、わたしが小学校に上がる以前にアルジェリアに2年、モロッコに1
年
赴任していた。「ここは地の果て、アルジェリア」「明日はチュニスかモロッコ
か
(ちなみに今父は、チュニジアに赴任しています)」。アルジェリアやモロッコ
がどこに
あるかは当然知らなかったが、父がアルジェリアなどにいることは知って
いたので、わたしはある種の親しみをもってこの歌を聴いていたのだろう。それは、
わたしの母も同じだったのかもしれない。
 そのうちわたしはレコード再生機の使い方を教わり、自分の意思でこのレコードを
回していたように記憶している。このたび歌詞カードを見て驚いたのだが、わたしは
いまでも「カスバの女」の歌詞を、一字一句たがえずに覚えていた(一番だけだけど)。
この「カスバの女」や「あなたのブルース」に比べて、B面に収録されている藤圭子
の代表作「夢は夜開く」などの記憶が薄いことを鑑みるに、おそらくわたしは、A面
だけを繰り返し繰り返し、聴いていたのだろう。
 なんてことだ。わたしは今では毎日のように宇多田ヒカルのうたを聞いているが、
20年前には、毎日のようにその母、藤圭子のうたを聴いていたのだ。
 はじめて宇多田ヒカルの歌声を聞いたとき(そのころは彼女が藤圭子の娘だとは知
らなかったと思う)、わたしはこれまでにない新しさを感じたと同時に、どことなく
懐かしさも覚えた。それは、20年前に自身の体に染み込んでいた歌声を、無自覚のう
ちに想起していたからかもしれない。
 ヒッキーは、自身が音楽活動に従事する訳を「宇多田家の呪い」と述べたが、わたし
が彼女の歌声に魅了されるのは、我が家系の宿命なのかもしれない。

 って、なんかこんな書き方すると、わたしの母はすでにこの世にいないような感じ
ですが、両親ともども、ちゃんと健在です(^_^)



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