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Supica's room
夢
さて、手足にとらわれてばかりではいられない。何故なら、各部位の溶解はもちろんのこととして、僕の意識までもがすっかり侵食されてしまったような感覚に陥ってしまったのだ。その瞬間、僕は凍りつくような恐怖を背中に感じたが、それがまだまともな心の運動だと思えば、僕にはまだ余裕があるのだな、と安心した。だが、夢に取り込まれていくほどに、僕の意識はんでいった。
ますますベッドに沈み込んでいく。いつもは僕を跳ね返すほどの堅さを持つマットが、まるで母の胸のように柔らかくなり、僕を呑み込もうとしている。もちろん、僕が抵抗することはない。引き伸ばされた現実に、僕がたまたま自我を持ったまま踏み込んでしまっただけのことである。夢は夢の中ではなく、現実の中で初めて作用を起こす。夢の中で起こる、ありとあらゆる事象が、僕にとっては既に過去でもあり、現在でもある。だから、僕はしっかりと過去を受け入れる用意だけをしていれば、十分なのだ。あとは自ずと、結果に起因する過去が、僕を導いてくれるはずなのだ。ベッドが僕を包み込もうすれば、僕はただそれを受け入れるだけである。色の氾濫も、感覚の侵食も、身体の誘拐も、まどろむ意識の中に、ただ受け入れればいいのである。
しかし、そのような考えさえも、まどろむ意識の中では露となり、次々と消えていってしまう。蒸発してしまった僕の意識は壁や天井に吸い込まれ、次第に全てがどうでもよくなっていく。同時に、僕は補完される。そして、受け入れていた僕が、受け入れられていたことに気づく。僕というものが無くなるにつれて、僕ではない全てが僕になだれ込み、僕を形作って行くのだ。僕の身体はマットだけではなく、床をも突き抜けて、まわりのあらゆるものを引きずり込みながら堕ちていく。意識は既に僕だけのものではなくなり、この部屋、いや、全体に及んでいるのかもしれない。
僕は、自らが生まれたばかりの溢れる闇へと導かれるのを眺めている。何にも侵されない自分と、全てに侵されている自分。境界が取り払われ、互いを侵食し、理解と誤解が入り乱れ、伸縮を繰り返しながら、次第に一つに収斂していく。
そこで、僕のことを見ている一人の影に気づく。影は陽炎の様に揺らめいている。流れゆく存在の滲みに、水と油のように反発しながら、ゆらゆらと漂っているのだ。
影には、目玉も唇も何もついていないが、彼が僕を眺めているのは確かである。現実から、全てが引き伸ばされ、さらなる虚構に転換される夢へと陥る過程で、初めて僕は彼を認識する。僕は彼を知っているような気がする。僕に最も近い所で僕の内側を舐めまわそうと、永久に交わることの無い隘路でいつも佇むこと彼のことを。そのイメージが噴水のように僕の頭の中で沸き起こり、彼を固定化させる。まるで標本のために釘を打ちつけられた蝶のように彼はぴたりと見えない壁に貼り付いてしまった。君のイメージの変換など僕にとっては朝飯前なのだ。けれど、同時に僕自身も溶かされたマネキンの様に、ぐにゃりと曲がってしまうのはどうしたことなのだろうか。
影が僕を見下している。僕の世界に僕だけしか現れないのは、一体なぜなのだろう。もしかしたら、その答えはこれから展開されるだろう夢に含まれているのかもしれない。しかし、何を受け入れたところで、僕が孤独の幻影から逃れることは無い。
部屋の扉が少し開いて、そこからすらりとした真っ白な腕が侵入してくる。手の甲には皺もなく、小枝の様に細長い指が蜘蛛の様に壁を這っている。そこからは僕を逃すまいとする、狂気にも近い愛情を感じる。そこに、僕は恐怖と憎悪を感じてしまう。部屋全体が収縮する中で、腕はゆっくりと壁を伝いながら僕の方へと向かってくる。そんな僕の身体も、恐ろしく柔らかな地面に、ますます沈んでいく。しかし、真白で、蜘蛛の様なその手には際限が無いようで、二の腕から手首までの長さがいよいよ長くなってこちらを喰わんとするばかりに迫ってくるのだ。そして、腕が迫るほどに肌の白さが明瞭になり、それが骨の白さだということが分かる。皮膚がぼろ切れの様にところどころ破れ、肉が腐っている。しかし、手にだけは、赤子の様な少しばかり膨れ上がった肉がついており、その異形さゆえに、僕の眼は釘づけになってしまう。いや、その表面はさらに肉腫の様な粒々の塊で覆われている。そして、潰れたにきびのように、透明な液体を噴き出しているのだ。
その腕の持ち主は、おそらく女であろう。扉の向こうで、身を隠しながらもなんとしてでもこちらを捕らえんとする姿は、地の底からイザナギを追いかけるイザナミの様な恥辱にまみれたその姿を思い浮かばせる。もしかしたらここは黄泉比良坂の様な、狭間なのかもしれない。ドアの下部の隙間から、真黒な血が流れ溢れ、混沌の中へと滲みこむ。また、僕は混ざり合う。しかし、これは、夢に落ちている、ただそれだけの、事実なのだ。
僕の意識が夜の海の様に静かに波打ちはじめる。白い泡を噴きながら、小さく、そして大きく揺らいでいる。僕から生まれた泡は、ふわりと空を飛び、ぽんと弾けてしまう。波が引き、言葉が溢れ、波が押し寄せ、イメージが溢れる。その度に、部屋の隅の隅まで明確に浮き出し、次の瞬間にはピントがずれたように全てがやる気の無いようにぼやけてしまう。まるで革新派と保守派の世界に交互に廻されているように感じる。僕の意見などを無理やり潰すことなく押し曲げて、形ばかりが整えられた無機質な棺に詰め込み、その中で、それなりの顔を僕はしてしまう。ああ、なんて奇天烈な表情、なんて醜怪な身体。いつもの僕。いつもの私。
しかし、僕の身体はバラバラ。バラバラどころかどこかへ混ざってしまった。手も足も胴体も頭もペニスも、全てが夢のるつぼへと堕ちてしまった。ならばここに残っている僕はいったい何なのだろう。形を浮き彫りにしようとも、結局何も残らない。皮に包まれた、ただの石ころだ。
鋭く研がれた爪が、僕の眼球に突き刺さる。真っ白な液と、真っ赤な液が眼窩から零れる。あまりの痛さに、僕は醜怪な身体をより惨めで哀れな姿へと身体を折り曲げる。空っぽになった身体は幾分か軽く感じた。そして再び引き潮が僕を覆い、その痛みをどこかへと流してしまった。僕はいよいよ全てが溶けきって、僕自身が僕の夢の一部になろうとしている。意識が泥の様になってくる。さざ波の勢いなど消え、ヘドロの様に固まって行く。突き刺さった眼球は素直に眼窩からすっぽりと抜き取られるのを確認する。そのまま眼球は掌へと包み込まれてしまった。蜘蛛の様なその白い手が、凄まじい勢いで再びドアの向こうへと吸い込まれていく。その時、僕は実際的に眼球を無くしてしまったのだと直感する。二度と戻ってこないだろう、僕の眼球。眼―ヘドロがげっ―を返して欲―ぷのように泡―し―を吹く―い。――――――――――……・
――夢に落ちる。
夕陽の様な、オレンジ色の光を放つ電灯の下に、僕は立っていた。古びた笠を付けた電球の頭は滑らかに垂れさがり、僕に向かって何かを尋ねているようである。電球の周りには蛾が飛んでおり、時折焼けるような音が聞こえる。足元を見ると、幾つもの蛾の死骸が落ちており、アリ達がその周りを忙しなく動いている。アリにとってみれば、僕も蛾も、さして変わらないのだろう。
僕の身体を撫でるように夜風が吹き、そのままどこかへ行ってしまった。僕はなんだか仲間に置き去りに去れたような寂しさを感じた。僕の夢にまんまと堕ちてしまった僕自身。他のみんなは誰も一緒に落ちてはくれなかった。堕ちていく過程で、僕だけが引き離され、さらにはかけがえのない一部さえも持っていかれてしまった。どうしようもない。それは今になって気づかされただけのものなのかもしれない。しかし、きっかけが何にせよ、月面にひとりぼっちにされてしまったかのような寂寥感がますます心に湧き始めていた。
辺りを見回しても、電燈の光が生き届かないところは全く見えない。その向こうにあるのが空間なのか、それとも構造物なのかもわからない。闇は、電燈と僕を覆い、こちらをじっくりと観察しているようである。まるで長い年月をかけて、光を呑み込み続けた、生物の様でもある。先ほどの風も闇に呑まれてしまったのだろうか。
とりあえず僕は光の淵を歩いてみる。しかし、円錐形の光がグラデーションの様に、徐々に淡くなっているのではなかった。ある境界を限りに、完璧に光と闇に二分されているわけである。なので、いくら淵を歩こうとも、まるで外界の様子は全くわからない。さらに頭を抱えることは、時折吹く風の音もその境界から全く聞こえなくなってしまうということだ。もちろん、始めは得体のしれない生物の胃袋に入ってしまったかのような恐怖から、少しばかり気が触れただけとも思ったが―しかも風の音ではこちらからは確かめようがない―、確認のために落ちている石を闇の淵に叩きつけてみても、全く音は聞こえなかった。
僕は闇に手を突っ込んでみようかと思う。夢の中の繕われた手で、闇をかき回してやろう。そうしたら夢が覚めるかもしれない、と安易な考えをめぐらす。夢は偶発的に起こる、自我と自己の「事故」である。事故に巻き込まれてばかりはいられないのだ。
闇に入るため、右手を胸のあたりに持ってくる。もしかしたら、再び呑み込まれて、二度と帰ってこないかもしれない。いや、僕自身が呑み込まれてしまう可能性だってあるのだ。だからと言って、僅か半径一・五メートルばかしのサークルにいつまでも居ては、気が狂ってしまうだろう。頭上から降り注ぐ、心をくすぐるようなこの光を浴びていると、僕は体中から恐怖と悲哀を垂れ流して、どろどろに溶けきってしまうような気がする。僕は手を差し込まなければいけない。闇に挿入するのだ。そうしなければ、どうしようもない。
先ほどまで固めていた意識の隙間が恐怖で埋まり、だんだんとほつれていく。まるで煮込み過ぎたじゃがいものように崩れかけている。
しかし、考えてみれば、これは単なる夢なのだ。僕がこの闇に引きずり込まれたところで、僕自身から締め出されるわけでもないし、閉じ込められるわけでもない。夢から覚めることができれば結構、覚められなければまた夢が続くだけだ。現実の世界からしてみれば、僕が佇む夢の隙間など、一瞬にも満たないだろう。夢から帰ってきた浦島太郎の逆のパターンに過ぎない。この世界で時間を恐れる必要があろうか。苦しみを恐れる必要があろうか。全ては僕の胎盤なのだ。ただ、ひたすら生まれるだけ。ここから一歩踏み出せば良いだけだ。ほぐれてバラバラになったじゃがいもは、スープに溶け込む。そう、単なる夢なのだ、これは。浮かんでは弾ける、泡の夢。
僕は左足で踏み出す。案の定、地面など無い。僕はそのまま真っ逆さまに落ちてしまう。まるでエレベーターが昇って行くように、あっという間にオレンジ色の光が天に吸い込まれてしまう。眼をつぶる。身を投じて、初めて敵意の無さを知る。闇は恐ろしく純粋だった。僕は身体を丸めた。小さく、小さくなるように。
「もう、朝よ。」と彼女が言った。
コーヒーの匂いがした。焼けたパンの香りもする。ベッドシーツの擦れる音。僅かに僕の身体が沈む。僕はゆっくりと目を開ける。同時に何かが閉じていく。彼女が長い髪の毛を垂らして高い位置から僕を覗き込んでいる。その視線に触れるだけで、まだゆらゆらと揺らいでいる僕の意識が、だんだんと具体性を伴っていく。手には白いカップと皿。その手をベッド脇の小さな丸テーブルに運び、カップと皿を音も立てずに置いた。まるで別の女のようだった。
「今日から、友達と旅行なの。だからしばらくの間、家を空けるわ。お金はいくらか置いていくから、適当に使って。」
とだけ言って、彼女は玄関まで影のように歩き、踏みしめるように靴を履くと、するりとドアの隙間から出て行った。今までの彼女にしてみれば派手すぎるくらいのキャリーバッグの真っ赤な色が、僕の目に焼き付けられた。僕は眼を閉じて、足音に集中した。針の様な鋭いヒールの音が地面を伝わって聞こえてくる。その音の度に、僕は画鋲でベッドに打ちつけられている気分になる。そして、その音を地面に均すかのように、キャリーバッグのタイヤの音がドアから入ってくる。いつの間に、彼女は旅の支度なんてしていたんだろう。僕はあんなに派手なキャリーバッグが、この部屋にあることさえも気付けなかった。
エレベーターが昇ってくる。その扉が開き、彼女が乗り込む。キャリーバッグが扉の段差でつっかえる。彼女は取っ手を長くのばし、両手で持ち上げる。キャリーバッグがエレベーターの中で鈍い音を立てる。扉が閉まるとともに、彼女がどこかへ行ってしまうという、取り返しのつかない事態が、目の中で具象化されていく。しかし、僕の身体が動くことは無い。寂しさも、焦りも、いらだちも、何も感じない。彼女は扉の向こうに広がる景色を眺めている。扉は閉まり、彼女はキャリーバッグと共に下降する。それより先は、彼女しか分からない。
僕はベッドに横たわり、彼女の焼いたパンと、淹れてくれたコーヒーの香りを鼻に吸い込みながら、瞼の裏に紅色を塗りたくる。空を飛ぶヘリコプターの音を聞く。風でひらめくカーテンの音を聞く。鳥の鳴き声を聞く。自転車のブレーキの音を聞く。果てしなく遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンの音を聞く。
彼女の影は、未だに廊下に佇んでいるような気がする。それは、僕の希望なのだろうか。
陽が暮れて、世界がオレンジ色の中に身を投じていくのを窓から眺めている。とある作家は、この日暮れ時が死にそうになるほど辛い、と語っていたが、僕にとっては僕を確かめる唯一の時間である。街がだんだんと色褪せて、僕もその一部になっていく。そして、テーブルも、椅子も、カーテンも、カップも、トーストも、全てがオレンジ色に染まり、僕はこの部屋と一体化する。全体の一部になり得た瞬間が、僕の確立になるのだ。
だけど、今日は全てが赤い。女の舌の様に。女の腹の様に。女の陰部の様に。女の血の様に。
まるでこれは夢なんじゃないか、と僕は思う。今すぐにでも唇の上と下を引っ張って、そのまま裏っ返しになってしまおうか。そして、目玉や耳や鼻や口や皮膚を内側に詰め込んで、内臓をぶらさげて、ただ、血を噴き出したい。そしてそこに、彼女が現れるのだ。「だらしないわね。」と呟いて、あっという間に僕を作り直してしまう。そこで、僕は彼女とそっくりになった自分を見る。もしやと思って、真っ赤なキャリーバッグを引き裂き、中の何かを掴んで、そのまま握り潰す。僕は不可逆的で不可避な空間に追い詰められてしまう。彼女は彼女になった僕を見ている。彼女はくるりと振り返り、「ほほほほほ。」と狂ったように笑って、どこかへ走り去っていく。
僕ははっとして眼を覚ます。背中がぐっしょりと濡れている。冷たい汗が僕の額から耳元へと伝う。その冷たさの中に、確かな現実を見つける。そうか、やはり全てが夢だったのか。しかし、部屋に目を向けた瞬間、僕の眼の中に焼けたばかりのトーストと、まだ湯気の立っているコーヒーカップが飛び込んできた。
そして、エレベーターの閉まる音が聞こえた。まるで、地平線の彼方から鳴り響く鐘の音の様に。
何度も彼女に電話をした。もちろん、繋がることは無い。受話器を置き、取り残された家具たちを眺める。なんだか、彼らをずっと見つめていると、僕まで不必要になってしまったかのように思えてしまう。彼女が居た時には、尻尾を振る犬の様に生気に満ち満ちていたのに、今ではすぐにでもぐにゃりと折れ曲がってしまいそうなほど、儚く見えてしまう。彼女はこの部屋において、無くてはならない存在だったのだ。本来の持ち主である僕よりも、遥かに。
僕は大学を休学している。設備費をきちんと支払い、学生証を所持している。休学したとしても、身分は大学生のままなのだ。何故休学をしたのか、と問われれば、それに値する答えを僕は見つけることが出来ない。休学すべき時期だと思えばそのように思えたし、大学に通えるほどの精神状態で無かったことも、無論、確かな理由として挙げられるだろう。ただ、今では大学そのものに疑念を抱いたその時から、僕は大学に行けなくなってしまった、と思っている。人が動かなくなる理由とは、そんなものなのだ。動く理由も同じようなもの。要は、誰にでも、どこにでも、ばら撒かれているたくさんの小さなきっかけを、不運にも、僕はたまたま見つけてしまったのだ。そして、それを大切に持ち帰り、吟味を重ねていたら、いつの間にか、僕は休学をしていた。親からは判子だけをもらった。始める時には道を塞いでいた高い壁も、辞めるとなると道を形作る側壁となっていた。こうして、僕は何の目的も持たないまま、大学を休学したのだ。
ひとつ、またひとつと外に出る理由が無くなり、僕は部屋の隅で小さくまとまっていた。大学を休学するのと同時に、本屋のアルバイトも辞め、最低限の親の仕送りで日々を過ごしていた。
仕送りの度に入っている自己啓発の本を読みながら、来る日も来る日も、僕は陽が沈むのを待ち、夜明け頃の藍色の光に溶け込んでいく町を眺めていた。僕はそんな街を眺めるのが好きだった。町に浮かぶ光の海は、まるで人々の夢のようだった。覚醒したまま、それを外から眺める僕は、開けてはいけない秘密の集合体を覗き見ているような、ある種の興奮を感じていた。覗く対象よりも、覗く行為に、人は快感を覚えるのだ。さらに、ベランダに向かって膝を抱えて座ったまま、藍青色の光の海をぷかぷかと漂っているような、捉えどころの無い感覚が、僕を虜にしていった。それは陽が地平線から昇る前の僅かな間にしか許されない、僕だけの快楽の時間だった。解き放たれる、個としての唯一の時間。
そして、町の人々が動き出す頃、僕はひとり静かに眠った。誰とも共有できない夢の中で、ひとり彷徨いながら。
しかし、その時間は突然に終わった。それは一年を通してこの町には数少ない、雨の夜明けだった。その前の晩に、僕は珍しく早い時間に眠りに堕ち、翌日の四時頃に眼が覚めた。この時には、自然と身体も夜明けの時間を求めるようになっていたのだ。雨の朝には雨の朝の楽しみ方があった。既に休学してから数カ月が経ち、いろいろな夜明けを体感してきた僕には、その日の朝もいつもと同様、獲物を待つ動物の様に、夜の闇の中に身を潜めていた。
闇の中で、窓を打つ雨の音だけが聞こえる。たまに風の音が聞こえると、雨の勢いは一層激しさを増した。部屋の中の静寂が深まって行く中、僕は膝を抱えて座り、窓の向こうを見つめていた。
街灯の光が見える。一定の間隔ごとに、光のサークルが点在している。
ぎそうかん蟻走感
単なる夢なのだ ばかばかしい
身体を鍛えずに、どうやって脳を鍛えるというのか
性器が両方ついているものと、全くついていないもの。
子供が生まれる苦悩。
とりあえずの身体。全ては動物からつくられた←アイデンティティー問題
片目だけ。後でもう片方もぽろりと落ちる。
意識だけが、ここに残り、自己の半分はすっかり切り落とされてしまった
これは自分の腕
昔は女であったのかもしれない
僅かな隙間からは胴体、いや方さえも未だに見えない。
僕自身である。
他人でもないし、他者でもない。だからといって僕よりも僕ではない。一体君は何者なのだろう。そして、どうして何にも含まれないのだろう、と残りの自我の中で僕は思う。僕は自己と他者の隘路に佇んでいる君を知っている。
現実の延長に連れ込まれる。
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