あま野球日記@大学野球

あま野球日記@大学野球

2007.12.04
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カテゴリ: ラグビー
関東学院大の大麻事件、2名の逮捕者を出したものの
ボクはこのまま終息すると思っていた。でも、事態は
とんでもない広がりを見せている。


読売新聞によると、
他のラグビー部員12人が、寮や合宿所での大麻吸引
を認めたことにより、部自体を解散する「廃部」処分の
可能性について、本田副学長は「今後の調査結果を見て
判断する」と語った。あわせて、春口監督から、
『世間をお騒がせして申し訳ない』との理由で辞任の
申し出があり受理した」と説明した。



なんだかメチャクチャなことになってきた・・・。




春口廣 さん。


静岡県出身の団塊世代。身長は156cm。
愛知高校時代は兄がやっていた野球を志すが、
「その身長ではムリ」 と言われ挫折。
「小さい奴でも大男を倒せる」 と言われラグビー部へ
入部したのが、ラグビーを始めたきっかけ。


大学は日本体育大。ポジションはスクラム・ハーフ。
厳しい練習に耐え、最後にレギュラーの座をつかむ。
(別のサイトには、結局レギュラーにはなれなかった
との記述もあるが)


大学卒業後、神奈川・向の岡工業高校勤務(ラグビー
部顧問)を経て、1974年に関東学院大学ラグビー
部監督に就任する。これは、日体大の恩師・
綿井永寿氏からの要請によるものだった。


そして、初めて関東学院大学のラグビー部に顔を出す。
8人の選手が小さなグランドの片隅に集合し、
「残りの部員はどこかで練習しているのか」 と聞いた
ところ、 「これで全員です」 という選手の声に、
思わず帰りたくなったという。


グラウンドにはゴールポストどころかボールさえも
なかった。最初の仕事は、三部の最下位ラグビー
チームの部員集め。
「四年間、これだけはやったというものを作ろう」 と、
手当たり次第、学生に声をかけて歩いた。まさに
春口さんが手塩にかけたチーム作りが始まった。


三部で初優勝後、82年に二部優勝、そして一部での
初優勝は90年。ただこの頃、部員数が増える中で
チームには問題が噴出しはじめた。練習をさぼる生徒
を厳しく指導し、何人かを退部させた。


春口さんのこれまでの自信が、いつしか選手達から
「ワンマン」「傲慢」とうけとめられていたことに気が
つかなかった。そして、多くの人間を指導するために大切な
こととは何かを知ったという。




今年1月13日。早稲田大を3季ぶりに破り、大学日本一
に返り咲いて、春口さんは選手たちに胴上げされた。その時、
ある選手が春口さんの頭をナデナデするシーン がテレビに
映っていた。


そのシーンに、春口さんと選手たちの一体感を、ボクは当時
感じることができた。


NHKテレビ。
「人生の歩き方 春口廣 『雑草が掴んだ日本一』」
を見たとき。


インタビュアーが
「33年もの間、よくずっと続けてこられましたね」
と春口さんに語りかけた。


そして春口さんが答えた言葉を、ボクはよく憶えている。
「わたしには、ラグビーしかないのです、ラグビーしか」


間もなく60歳を迎える人が
「自分にはこれしかない」と言える人って幸せだな、と
そう思った。たぶん春口さん、このまま転んだままでは
ないだろう。再起を期待したいと思っている。




(※参考 「NHK 知るを楽しむ」ほか)




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Last updated  2007.12.05 01:23:42
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