■6月22日亡くなった元・西鉄ライオンズの名捕手、 和田博実
さんのこと。
元来、 稲尾和久
氏と和田氏は西鉄の黄金時代を支えたバッテリーであり、
「vs」の関係ではない。ただ今日のブログのタイトルにあえて「vs」としたのは、
2人には高校時代に対戦した経験があることを知ったから。
それは1954年(昭和29年)、大分県下で行われた夏の甲子園予選大会のこと。
2年生エースで4番の稲尾がいた緑ヶ岡高と、和田の臼杵高が対戦した。この一戦、
結果は稲尾が臼杵高打線を完璧に抑えて完封勝利を飾る一方、打撃でもバックス
クリーンに本塁打を打つなどの大活躍を見せた。
■後日談。後に稲尾を西鉄に入団させることに成功したスカウトマン・ 竹井清
の話。
竹井はもちろんこの試合を見ていた。ただお目当ては稲尾ではない。当時「九州高校
球界No.1捕手」と評判が高かった和田のほうだった。稲尾はその試合でたまたま
見かけただけだった。
稲尾の凄さを見せつけられても、竹井はすぐには獲得のための行動を起こさなかった。
それは自分の「選手への選択眼」にまだ自信がなかったから。ところが、当時の南海・
鶴岡一人
監督が以前から稲尾に目をつけていると噂を聞くに及び、すぐさま稲尾獲得
に向けて猛然とアタックを開始、見事に稲尾のハートを射止めることに成功した。
■当時、竹井のいた西鉄のスカウト陣は素人が大半だった。だからその事情ゆえの特別
なスカウト方針があった。それは、
「南海・鶴岡監督が目をつけた選手を横取りせよ!」。
「親分」と呼ばれた鶴岡が目をつけた選手なら、その実力はお墨付きと言って間違い
ない。何とか条件闘争に持ち込んで横取りしてしまおう!という、なんとも小賢しい?
というかお手軽?な作戦だった。
(参考)『魔術師 三原脩と西鉄ライオンズ 決定版』(立石泰則著、小学館刊)
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