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PS3ゲットしました。今回は、自腹で。先日、パーラーに行き、沢山出たので、次のパーラーの軍資金となる前に使ってしまうということで、そして我の誕生プレゼントということで(ちなみに9月20日で34になりました)購入に至った次第です。そもそも、一昔前まではゲームのハードは一つあれば私の遊びたいソフトは大体できたのですが・・しかし今は、PS(1・2・3・ポータブル)Wii・DS等等ハードが多岐にわたっており、私の遊びたいソフトがあっても、ハードがないと出来ずがっかりすることも多かったのです。これでDS・PS2・3・Wiiが取りそろった。あわよくばPSPもゲットしたいところだが、大分がっかりすることはへりそうだ。よかった。よかった。先日次の日が仕事にも関わらず3時頃までFF13をやってみた。
2010/09/23
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久々だ。いざ、ここに向かっても特に何を記したいのかいまいちピンとこないけど一応・・いや、かなり元気に過ごしております。一応、今日は休みです。ので、家のPCで記してます。職場のPCも、願いが叶いついに光回線になったっぽいです。インターネットの接続速度が飛躍的にアップしました。よかった。よっかた。仕事も、仕事をしているという実感があります。というか、若かりし頃、福祉職を目指した時にイメージしていた自分の仕事っぷりというか内容に大分近づいてきたと感じてます。これからどうするのかは、若かりし頃はイメージしていなっかたけど今の時点で、どうしたいか、どうなりたいかというイメージはちょっとある。
2010/06/29
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ゴールデンウィーク仕事を始めてはや10年ほど、思い返せば、5日以上の休みは新婚旅行くらいだなあ。今日は、午前中は娘と近所の散歩や道草をした。午後は96歳のおおばばが老人保健施設の退所なので迎えにいった。明日、明後日、明々後日、そして・・・うおー長い何しようPS妻は本格的に近所のデイサービスに勤め始めた。仕事は大分楽しい様子だ。GWはない。私は娘とともにGWを満喫しよう。
2010/05/01
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久方ぶりの日記です。特に辛すぎて書けないとかでなく気付いたら、久方ぶりになってました。新天地に移籍し一カ月が過ぎました。何となくリズムもつかめてきた感じです。居心地も悪くないです。一応報告です。以前の職場を辞め、今は地域包括支援センターというところで、社会福祉士として働き始めています。現在の仕事は、もっぱら要支援1,2の方のプラン作成や介護保険の窓口業務です。そんな傍ら、社会福祉士の連絡会や虐待防止ネットワーク等に参加させていただくなかで社会福祉士の専門性について考える毎日です。現時点での結論は、まだまだ、修行不足といったところです。いざという事態に備え日々精進していきたいと考えてます。PS職場のインターネット回線はISDNです。激遅です・・・・今日は休日出勤で、電話、金庫番です。仕事中にブログ・・ごめんなさい・・
2010/03/27
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初出勤。福祉の仕事といえども、職場も全く違ったり、今までの職域とも違いがあり、きょどり気味です・・覚悟していたので、引き続きがんばりやすいろいろ希望もあります。楽しみな事もあります。秘めたる思いもあります。そのうち秘めずにやれればいいと思ってます。休みは、娘と妻とボーリングに行きました。娘が投球の際転倒し、後頭部を強打し号泣というアクシデントもありましたが楽しく出来ました。そしてその娘は、今現在も、じじ、ばばを独占し激しく遊びまっくています。じじ、ばばに感謝です。
2010/02/21
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ゲットしました。HA堂に行にいった。その際、景品にWiiがあるUFOキャッチャーを娘と挑んだ。結果なんと400円で新品本体一式を見事GETそういう流れで、コントローラーリモコン、スーパーマリオを購入。(追加投資8,000円かかっちゃいました。)これから、やっちゃいます
2010/02/14
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退職活動は無事終了しました。なんやかんやありましたが、今はすっきりです。入社したのが10年以上前なので20代前半。その頃から見れば、体力は衰えは否めないけどいろいろな経験ができた。私の場合は、異動もわりとあったので施設介護からデイサービス、居宅介護支援、有料老人ホーム管理など。自分がいかほどかは、自分ではよくわからないがきっと、この積み重ねがあったからこそ、今回の移籍に踏み出すことが出来たのだろうと思う。まだまだまだ、学んで、実践して、悩んで、(時には達成感も味わえればいいな)行くのだろうけど、それが、仕事をする上では当然の姿だと思う。16日から新天地です。心機一転で、自分らしく、行きたいとおもいます。
2010/02/13
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私の職場の私の憩い場(事務室)来客や職員と話が無い限りは私一人か無人の場。その部屋の天井から水が滴り落ちている・・この部屋の上は、浴室か洗濯室の周辺・・まだ、1年少ししか経っていない施設だが、このようなちょっとした、ことは時々起こる。入居者さんの部屋でなくて良かった。
2010/01/29
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天候にも恵まれ、おかげさまで楽しく行ってきました。娘も、お母さんにフォローしてもらいながら、滑る感じや、スピード感を体感してました。滑っている最中は「楽しー!」といっていたそうです。自分ひとりでも3メートルくらい滑り転んでました。私と妻も代わる代わる子供を見ながら、自分のペースで何本か滑ることも出来ました。
2010/01/24
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当法人では月末周辺の土曜日に理事長がお見えになり経営会議というものを行う。各事業所の状況(実績、リスク、取り組みなど)を理事長に報告会するもの。この会議も私が出席するのは今回で最後となった。半日出勤の為、午後はボードやスキーのメンテナンスを行い、明日は、ゲレンデに行く予定。娘にもミニスキーデビューをさせようと思う。
2010/01/23
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オリンピックイヤーの影響なのか、いつもに増してゲレンデに行きたい感が募っている。働き始めた頃から、スキーからボードに主軸を変更しピーク時は、休みほぼ毎回、夜勤の入りや明けまでもボードをしていた。そのおかげで、結構上手くもなり、普通に滑る、逆向きで滑る、はねる、飛ぶ、回る等も楽しく行えるようになった。代償1、右手首の骨(尺骨)見事に真っ二つ:就職前に食らいギブスが取れた翌日から介護職デビュー相当痛かったがきっといいリハビリになった。2、右膝靭帯損傷:さすがに暫く歩けず、療養休暇・・・二週間くらいかな・・直ったとはいえ働き始めは痛かった・・いいリハビリになった。3、肋骨にひび:相当痛かったが、さすがに2の翌年でもあり、休みづらく気合で頑張った。(これもいいリハビリになった)今思えば職場にも色々迷惑をかけた・・・すみません。有給使い切れないなんて言いません・・残り僅か精一杯働きます。今は、普通に滑ったり、地形を見て少しだけ跳ねる程度で十分盛り上がれている。(セーフティーに)PS娘には、妻と共に スキーをやって欲しい。
2010/01/21
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引継ぎ書類作成自分の意思や想いを伝える入居者の方々と別れを惜しむお別れ会はきっちり参加する2月15日退社2月16日入社有給残り36日 絶対使い切れないきっと1日も消化せず移籍することになるだろう・・PS昨日家で一人で飲んでいただけなのに今日は二日酔い・・・もうなおったけど。これから、飲み会です。でも飲まないようにしたい・・
2010/01/15
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何日かかけて事業所の仲間全員に自分の辞意を伝えた。自分の想いをきちんと伝えた。みんな、先の不安を感じている様子ではあった。が、たいていは応援してくれた。よかった。PS一人の介護士:出来れば今年度一杯で辞めたいのですが・・一人の介護士:結婚の時期が早まりそうでそろそろ辞めるかも・・両方とも今日・・・・・どうなる我がホーム(今のところ)・・・・明日その旨を所長にお伝えする予定。人事担当(ほぼ所長)の方、重ね重ねで恐縮です・・くれぐれも私の辞める事との因果関係はないです。あしからず。
2010/01/07
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小学校高学年の肥満児キャラ 児童会長への道を書いていたさなかうっかり、どこかのキーを押したところ文章が消えた・・・・また、書きます。PS年末年始の雪かき及び娘とそりで遊んだりした為筋肉痛・・・・・・今年は目標どおり、なるべく体を動かすぞ!
2010/01/05
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打たれ弱く、うつっぽくなりそうでなかならない私ではございますが、今年もくれぐれも宜しくお願い致します。激流を征するのは静水(北斗の拳・トキ)の如く柳に雪の如く今年も変わらぬ感じで行きます。特に激流に飲まれることもないような気もしますが。PSタバコの量は減って来ているような気がします。
2010/01/04
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所長に退職願を受理してもらった。あとは、ここにいる間は、精神誠意仕事と引継ぎを全うしたいと考えている。PS休肝日の実施について報告先週の月、火及び昨日としっかりと おいしくお酒をのんでしまった。休刊予定日で本当に休刊出来ている日率 4割。野球のバッターではすごい数字だ。前向きに、地道に実施していきたい。
2009/12/29
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妻のパート努めの任期も終了したのでじじ、ばばに娘を見てもらい夫婦みずいらずでパチンコにいった。付き合っている頃からデートの半数以上はパーラーだった。その当時、吉宗というパチスロがあり2人はよく散々な目にあっていた・・がまれに楽しいこともあり、妻は2万枚(出たコインの枚数)という記録を持っている。私はそんなに出たことがない。最近は2人で出かけることもなかなか無いのだが3ヶ月に1回くらいはこうして出かける都度パーラーに行っている。この日は、エバンゲリオンというパチンコを並んで打った。11時~19時まで、昼ごはんも食べず黙々と時々熱い場面で、盛り上がりあいながら。結果は、プラス収支。良かった。楽しかった。PS勝ったときしか報告しませんあしからず。おごりませんあしからず。子供を授かっていない頃はかなり頻回にパーラーに行っていた。そして、YSさんから電話が掛かってくると不思議と出なくなった・・・・・
2009/12/26
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今日はいよいよクリスマスイブ。昨日も鳥肉、ケーキを楽しんだが、(娘のイブ)今日も鶏肉、ケーキを楽しむ予定。(娘の誕生日)(クリマスイブ)昨日の娘の嬉しそうな顔が忘れられない。もっと見たい。今日は娘が寝たらプレゼントを枕元に設置予定。喜ぶかな?娘の誕生日及びクリスマスイブ娘もイエスキリスト様も 本当に生まれてきてくれありがとう。PS22日デイサービス勤務中に一緒に頑張ってきた仲間と飲んだ。(私を含め3人で。内2人は既に寿退社をしている女性陣)言わずと知れた気心というか通じる何かを感じ取れた。(福祉といか介護というかデイサービスについての考え方みたいなもの)早めに眠くなってしまったが楽しかった。次回は、OG・OB会をしようと約束をした・・私は無事OBになれるのだろうか・・
2009/12/24
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自分がどうしたいかは、分かっているんだけど・・自分が徹し切れないのかもしれないんだけど・・いろいろな、事情や状況があり(今いるところと、これから行こうとしているところの)現在は平行線・・・自分でもどうなるかさっぱり分からない。なので、その件に関しては落ち着く頃、お伝えます。宜しくね。PSYSさんから、腹黒癒やし系という称号をもらった。まんざらでもない感じ。
2009/12/21
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今日、当法人の所長に辞意を申し出た。やりたいこと、行きたい所があると・・おまけに1月いっぱいで・・・当然びっくり。切れ気味。当然だ・・当法人の就業規則には、退職の60日前に辞意表明しなくてはならないというものがある。それに対して民法627条に(期間の定めのない雇用)私は正規職員なのでこれに該当するのだが、・当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了する。とある。そもそも、法に基づいた規則作りでなければ60日前なんてことを言って職員を縛ることができるのか?(人材の確保などの観点から、分かっているなら早めに教えてね。みたいなことなのだろうけど、働いている方とすると、就業規則ともなるとかなりの威圧感があるのが事実)一応、そんなこんなでの判例なども見てみたが、やはり労働者が圧倒的に優位だ。極論2週間前に辞表でして、ダメといわれても2週間後から職場に行かないでもOKなのだ。あくまで、法的な視点のみでの話しだが・・たぶん・・やはり、人は感情がある。下手したら人員が確保できないかも・・そして私も今の法人には感謝で一杯だ。出来ることなら、穏便に、平和に、惜しまれつつ退職したかった。が、このタイミングは今しかない気がした。詳細についてもまだ、何もいえないのが辛い。
2009/12/18
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二日間の休肝日をきっちり実施でました。よかった。よった。今日はこれから職場の忘年会です。沢山飲もうと思います。
2009/12/16
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というのを、年に2~3回行っている。内容は、福祉業界に携わる同世代の(昭和50年代生まれ前後)人たちで楽しく飲むというもの。今月19日開催予定。現在会場探し中・・・この時期なのでやはりなかなか空いている所がない・・・PS昨日の休肝日は見事に成功!!今日もがんばるつもり。そして明日は職場の忘年会。
2009/12/15
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研修です。今日は、インフルやノロなどの感染症の施設での対策です。行ってきます。
2009/12/14
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娘にクリスマスプレゼントを用意してみた。24日の夜寝ている間にサンタさんが来ると伝えてあるので、寝たらしまじろう電車を枕元置く。どんな反応が返ってくるのか楽しみである。PS来年の目標の休肝日を月、火に決めた。明日から試しに実施しようと考えている。どうなるかな・・・
2009/12/13
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うちの事業所では3名が受験。内2名合格・1名はまだ確認とれず。合格率21パーセントの試験でなかなか、見事な結果だ。
2009/12/11
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感染症情報センターで出しているあの折れ線グラフの赤い線はどこまで上に行くのだろう・・YSさんまでもが、その猛威にやられた。これは、ただ事ではない。気をつけねば。気をつけよう。YSさんお大事に・・・
2009/12/10
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年末は自分としては中々ご多忙な雰囲気になってきた。性分で、酒の席で飲んでいる人たちをみると、どうしても飲みたくなる。せめて家では休肝と思いながらも、家でも飲んでしまう・・・特に体に変調はないのだが・・特別養護老人ホームで介護をしている頃は、毎日お酒を飲んだとしても、夜勤があったので、入りの日は飲まずに済んだのだ。が、今は夜勤もなく休肝日もほぼ無い状態が5年以上続いている。やはり来年の目標として1・禁煙2・休肝日(お酒はやめないです)3・若干の運動をするを掲げあわよくば実践したい・・
2009/12/08
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他には特にないが、ほぼ毎週実行していることがある。朝9時は、ドラゴンボール改をみること。夕方6時はちびまる子ちゃん・6時半からはサザエさんをみること。サザエさんの頃になると明日からの仕事を思い若干気分が憂鬱になる。この気分は、幼少時代からずっと変わらない。ひとは、これをサザエさん症候群と呼ぶらしい・・・
2009/12/06
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実は、私も消防団員である。今年は作業を行ったり、近所のボヤで招集がかかり出動したり、規律訓練に出てみたりと自分的にはかなり活動した。なぜか?まず、分団の雰囲気が良い。サポーティブな感じ。そして私は地元に住んでいながら地元情報にかなり疎い。(参加して色んな情報が得られること分かった)あと若干楽しい。そんなこんなで、昨日の消防忘年会は2時まで、近所の旧友や先輩と楽しく語らった。
2009/12/05
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黒いなら腹だけでなく色々黒くなろう・・BY 腹黒王子PS 12月3日の日記もアップしたから見てね。
2009/12/04
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もうじき、クリスマスイブ。子供の頃の僕:楽しみ 鳥肉・ケーキ・プレゼントもらう・自分が相当盛り上がる青年の頃の僕:楽しみ 鳥肉・ケーキ・プレゼント交換・彼女と・・・最近の僕 :楽しみ 鳥肉・ケーキ・プレゼントをあげる・子供が喜ぶから嬉しい鶏肉、ケーキ、プレゼントは欠かせないが、それぞれの年代毎楽しいイベントだ。ちなみに私の娘は、12月24日に3歳になる。ダブルイベント。キリスト様。こんなに楽しい日をどうもありがとう・・・生まれてきてくれてありがとう・・イブは仏教徒の我々も家族総出で楽しんでおります。ちなみに、お釈迦様の誕生日といえばお花祭り。4月8日である。何をするかといえばお釈迦さまが生まれて、天上天下唯我独尊とやっているあの姿の銅像に甘茶をかける。(甘茶とは、家では番茶的なお茶に砂糖を混ぜていたような気がする。)そして、生まれた日なんだなあと、しみじみ思う日。前夜には特に何もない。
2009/12/03
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新型インフルエンザのワクチンがない。結核の既往あり肺を半分近くとっており、気管支喘息も患っており在宅酸素療法をしている当ホームの入居者さま。本人の主治医いる、かかりつけの結構大きい病院で接種をしてもらう予定であったが、どうしてもそこにはワクチンがなく接種は他でお願いします。言われたと家族より連絡が入る。当ホームの嘱託医に頼むが、ここの入居者の分は、主治医として診ている方のものを確保するのがやっとで(勿論基礎疾患のある人分のみ)やはり確保出来ない・・こんなと頼りになる本拠地。そこの特別養護老人ホームではどうしていたかといえば、やはり、嘱託医の病院では確保出来ない状況であったが、U病院に(精神科なんだけど・・)問い合わせた結果ワクチンがあるようでそこで、9名の基礎疾患のある入居者が受ける予定だとのこと。そこに問い合わせてみると・・・ビンゴ!!あった!!ということで、12月10日に新型インフルエンザの予防接種を行えることとなった。良かった。無ければ、見つかるまで、家族と探しまくらねばと思っていたが、早い段階で解決出来て一安心。それでも、もしワクチンが無かったら(受けたから絶対大丈夫という訳でもないが・・)その超ハイリスクな入居者様は受けることも出来ずに、ドキドキしながらこの冬を乗り越えなくてはならなかったかと思うと、ぞっとする。こういった、綱渡り的な状況が色々な場面で出てくる。居宅のCMをしていたときも、家では限界、お金もそうない、施設も空かない・・・うーんどうしよう・・・みたいな事もあった。その方はなんとか暫く居宅で生活をし、何とか老健に入り、ご家族も何とかお金を払い、そのまま、特養に入ることが出来た。この時色々経験できた。(いつか思い返してブログにものせよう・・)が、やはり綱渡りだった。後から思い返すと本当に綱から落ちた事例は意外と無いのだが・・心境はやはり綱渡りだ。
2009/12/02
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改名しました。といってもこのブログで使用している名前ですが。今回の方が、しっくりきています。・・・まだバンブーさんになっているが、いつここに反映されるのだろうか・・
2009/12/01
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いい勉強会だった。そもそも、成年後見制度(権利擁護)の基本理念は自己決定の尊重、残存機能の活用、ノーマライゼーションであり、福祉の道での王道だ。自分は、現在は入居施設に勤務中なのでその視点から捉えると、入居者の視点での支援を行うことがまさしくそれにあたる。以前ユニットケアのリーダー研修というのもに参加した。やはりその視点を、皆に伝え、施設で実施していく為のノウハウの研修なのだが、それを実施するとどうなるか?入居者の権利が擁護されるのである。集団ケアから始まった、施設ケアは流れ作業的、業務の効率化、さらには職員の都合により入居者のささいな思い(意向:何時頃ご飯を食べるとか、何時にねるとか、今は休んでいたいとか、いまはトイレに行きたくないとかとか)がなかなか反映されずにいた。そこから、脱却し、個別ケアという視点から入居者の思いをなるべく実現していくことが推奨されている。今回の勉強会は成年後見制度の実際について色々な視点からの思いや意見が聞けた、雰囲気も良っかた。これも主催団体の方々の実力及びご尽力があってのものだと思った。追伸:28日思ったのは、自分がもし、後見制度なりを使うようになったら(判断能力が低下あるいは無くなったら)どうなるのか?そしてどう思うのか?しっかりしている時にこうしたいと思ってもいざ認知症になった時自分は本当にそれを願うのか?などなど考えて行きたいとおもった。
2009/11/30
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「雨ニモマケズ」雨ニモマケズ風ニモマケズ雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ慾ハナク決シテ瞋ラズイツモシヅカニワラツテヰル一日ニ玄米四合ト 味噌ト少シノ野菜ヲタベアラユルコトヲジブンヲカンジヨウニ入レズニヨクミキキシワカリソシテワスレズ野原ノ松ノ林ノ陰ノ小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ東ニ病気ノコドモアレバ行ツテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ南ニ死ニサウナ人アレバ 行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ北ニケンクワヤソシヨウガアレバツマラナイカラヤメロトイヒ ヒデリノトキハナミダヲナガシサムサノナツハオロオロアルキ ミンナニデクノボウトヨバレホメラレモセズ クニモサレズサウイフモノニ ワタシハナリタイ BY 宮沢賢治まさしく忘己利他。
2009/11/29
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来年の目標に掲げたい!!一体どの位の煙が、僕の肺を蝕んでいるのだろうか・・と、感じているにも関わらず、掲げたいという表現と、明日からと言わない辺りが逃げ腰・・
2009/11/24
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保育園の頃は、給食が嫌で登園するのも憂鬱で、お友達を落としいれる程に追いこまれていた私だが(自分史1をみてね)、小学校にはいり何故か給食が大好きになり、お代わりも競ってし、家で食べるのも大好きになり、気付いたら肥満児になっていた。友人に走るとおっぱいが揺れるね。といわれ「はっ」と気付いた。自分は肥満児だと・・どうりで、前まではかけっこも速い方だったのに、気付いた頃は、女子の中でも足の遅い子と走っても、引けをとるほどの鈍足となっていたし、好きだった筈の遠足も自分の中の嫌いな行事の上位にランクアップしていた。これから、小学校卒業し青春の序幕が開くこの時期に・・・小学校の高学年から中学校卒業までの間は肥満児キャラだった。
2009/11/20
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国の宝とは何物ぞ、宝とは道心(道を究めようとする心)なり。道心ある人を名づけて国宝と為す。故に古人言わく、径寸十枚、是れ国宝にあらず、一隅を照す、此れ則ち国宝なりと。古哲また云わく、能く言いて行うこと能わざるは国の師なり、能く行いて言うこと能わざるは国の用なり、能く行い能く言うは国の宝なり。三品の内、唯言うこと能わず、行うこと能わざるを国の賊と為す。乃ち道心あるの仏子、西(インド)には菩薩と称し、東(中国)には君子と号す。悪事を己に向え、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり。※仏教の天台宗の開祖 伝教大師・最澄の記したもの。一隅を照す・・自分自身が置かれたその場所で、精一杯努力し、明るく光り輝くことのできる人こそ、何物にも代えがたい貴い国の宝・・照于一隅己を忘れ他を利するは慈悲の極みなり・・忘己利他伝教大師・最澄は、こういう人を育て、後世まで継承され拡がって行くことで、世の中がよりよく平和になってほしいという願いを込めて仏教の実践をした。伝教大師・最澄が熱い想いで、これかもこの教えがずっと続くようにと火を燈した。これを不滅の法燈と呼ぶ。その火は1200年経った今でも比叡山延暦寺の根本中堂でその教えを守る人たちにより消えることなく脈々と燃え続けている。
2009/11/18
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福祉は人なり。この言葉も良く学生の時に聞いたなー。多分、福祉とは人である。みたいな事で、携わるものの倫理観、職能力がとても大切だ。みたいなこととして、教えてもらった。他にも色々解釈がありそうだけど。今日、入居者の移乗の介助(介助者二人での平行移乗でベット→リクライニング)の手伝いをした。そのとき、一緒に介助をした介護士が「いつもこんな感じに穏やかに介護出来ればいいのに」とぼっそつぶやいた。何が違うかすでにその時ぴんと来たし、後からそうっと確認してもそうっだたのだが、介護する側の声の掛け方や、移乗の方法というか気持ちが違う。人によっては、私忙しいんですけど・・とか あなたの介助大変なんだよな・・とか 私あなたが苦手なんだよな・・とかが態度や行動にもろに現れている人がいる。私と一緒に介助をした介護士しかり、心ある職員は、そういう場面にでくわすと、とても心が痛くなるものだ。忙しい、やだ、苦手って思うのは自由だし、実際に色々な入居者がいて大変だ。ただ、それを、介助を必要としている人の前で、露骨に表すのは介護の専門職として如何なもんか?と憤る。自慢する訳でではないが、当ホームの介護士の介護福祉士取得率は6割を超えている。にも関わらず一番ベーシックな所であり、一番大切な事がおろそかになっているのだ。自分が介護士として勤務しているころも勿論そういった介護をする人は沢山いたし、他の施設に勤めているころもそうだった。あるいは、自分も激務に追われそういう時もあったかも・・その現状をしょうがないと見るのか?何とかせねばと頑張るのか?後者が筋だ。が、えてしてそういう介護をする人に物事を伝えるのは物凄く難しい。事実や、こういうもんだと言う事、入居者の目線に立ってみたいことはいくらでも伝えられるが、その人の心に響かない限り伝わらないのだ。福祉専門職の資格は色々ある。介護福祉士、社会福祉士、介護支援専門員などなど、あらゆる資格。その有資格者にも、えーーーということを平気で言ったりやったりする・・資格の取得には実務経験の期間・受講科目・基礎資格などが要件となっていて、人なりについては要件に無いのだ。(誰がそれを見ることが出来るのか?や、受験者が沢山いてそんな事出来ないし、事実不可能なのは充分わかるからしょうがないけど・・)方法として事業主や他者が、こいつなら、受ける資質あり。という証明が必要。というのも手かもしれないが、やはりそれでは信頼がおけない。「神様や仏様が、今までの生き様や仕事ぶりをみてその辺を判断し、受験していいよといわれた人」と言うのを試験の受験要件に乗せて欲しいと切に願う。んっ・・そうすると私も試験すら受けられなかったかも・・・腹黒だし・・・
2009/11/16
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小学校2年生から、卒業まで担任だったM先生(パワフルでふくよかな女性)はまさしく恩師だ。学校に通っている時もそうだったが、身を挺して僕らに色々な事を教えてくれた。沢山怒られ、たくさん叩かれ、たくさん褒められた。卒業時、僕らに、上手に生きなくてもいい。不器用でもいい。自分の道を誠実に生きろみたいなメッセージを送ってくれた。その、先生は私が二十歳半ばの頃は教頭先生になっていて、どこかの小学校で活躍していた。とある日、友人から電話があり、M先生倒れてやばいらしいと報告をうけた。話を聞くと、学校の会議中に脳内出血か何かで、倒れてそのまま救急車で搬送されたが意識がまだ無いとのことだった。(友達の身内が病院勤務で情報が得られた。)今は、面会は出来ないので、また、頃合をみて、見舞いに行こうということになった。それから暫くしてから、先生の意識がもどったから見舞いに行こうということになり、H信HPに友人達と私、計4人で面会に行った。私は、意識がなくなって脳内に出血があって、このくらいの期間であればどんな感じかというのが、職業柄想像できたので、どきどきしていたが、他の友人達はかなりリラックスして、お見舞いに望んだ。病室に通され、我々の前にいたのは、間違いなくM先生、体の自由が殆どきかず、気管切開の痕も痛々しく残り、痰が沢山出るようで、その痰を自分でとるのも精一杯な感じで、ベットの周りにはティッシュが散乱していた。友人たちは、固まった・・・無理はないかも。私は、どきどきしながらも心の準備はしていたので、面会にきました。t小学校でお世話になった、・・と。。と::と@@@ですと面会組みの名前を伝え、入院したと聞いてびっくりしたことを伝え、いてもたってもいられずに面会に伺った旨をお話した。先生は、割としっかりとした口調で、「覚えてるよ。みんな昔の面影もあるね。今は、痰がいっぱい出て、体も思うように動かないんだよ。」と教えてくれた。あとは、何を話したかは覚えていないが、私以外の友人3名はほぼ固まりながも何とか挨拶をしていた。それから、また、暫くたって先生が退院したが車椅子を使用していることや、どこかのデイサービスかデイケアを要介護認定を受けて使っているとかという情報も入ってきた。そして、暫くして、我が家に大きめの封筒が届いた。それは、先生が自分で記した、病気になってからの闘病記だった。本を読むとその時の、私達のドキドキのお見舞いの事も載っていた。私達がお見舞いに行ったときの先生の目や話の内容(話の内容は本当は良く覚えていないが)は、前向きというか悲観的でなかった。そして、本を読んでも前向きだった。その生き方にまた教えられた。
2009/11/12
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ワイフが最近、ニンテンドーDSのソフトの私の説明書というのを購入し黙々とやっている。血液型の特性をベースに、設問に答え自分がどんな感じの人で、何型が何パーセントかみたいなものが分かるものだ。単純に面白く何やら当たっている。自分がどんな人間か他の人に知ってもらうというより、自分が自分を知って、そうそう!そうなんだよ!みたいな、感じ。自分が思う自分や、そう見せている自分、ふと気付かずに出る自分、たまたま出てくる自分、他人からみた自分(結構自分でも気付かない所をついてくる事も多々あり)、自分にも色々あって、どれが本当なのか?ってゆうかみんな自分なんだろうけど・・なかなか、自分でも、自分はこうだ!とは言えない私にっとて、興味深い代物になりそうだ。PSワイフに俺の趣味って何だっけ?ときいたら、迷わず、ゲームと金魚とパチンコと答えた。無趣味と思っていたのに・・そんなにあったか!良かった。
2009/11/10
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考えすぎたり、迷いすぎて、心が疲れてしまう事がある。以前は、その深みにはまり、本当にうっつぽくなっていた。今も、傾向的にはうつっぽいが・・・そんなときは、暫く、考えるのを休むように心がけるようにした。(やるべきことはやることが大前提ではあるが)心が、回復したらまた、考える。そんな感じで。やっていきたい。
2009/11/04
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そんな気はしていたが、ついに我が家周辺は初雪・・・
2009/11/02
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☆今から、遡れるだけ遡って一番古いと思われる記憶母と姉が、私を抱きかかえて、家の脱衣所の体重計に乗せて3キロだ!と言っている辺り。生まれた直後?ただ待て、姉が支えながら私を体重計に乗せていたのだから+何キロかはあったと考えると、もう少し先か・・でも、支えなしで立つことは出来ない頃となると相当昔だ。夢かな?夢といえば一番昔に見たと思われる夢(自分的にもこれが夢というものかと思ったのを覚えている)白黒で、近所の下り坂を、自転車かなにかで猛スピードで下っている時に、転んで、アスファルトに思いっきりスライディングして号泣する夢。☆保育園の頃保育園に通っている頃の記憶は色々ある。入園したてにお漏らしをしてしまったことや、円になっての体操で向かい合っている先生と同じ動きをしているのに注意されたり(鏡みたいな感じで動いていて、先生は右手をあげているのに、私は左手をあげていたようだ。だから隣の友達とは反対の動きになっていたんだろうな・・)その時は、まったくピンと来なかった。これはきっと年少や年中の頃の記憶かな?(妻に保育園の時の記憶があるか聞いたところ殆どないと言っていた・・・まじ?)友達も出来た。(村なので、そのまま中学校までは自動的に一緒)どんな子だったかな・・ガキ大将的なのが二人いて、その一方に属していて、戦隊物ごっこはレッドでなく怪獣でなくブルーみたいな感じ。あと、給食が食べられなくて良く残されて泣いていた。それがあるとき、年中頃かな・・・うーん・・時効なのでカミングアウト!どうしても食べられず(その時はチーズだった。)、困った末、座っている椅子の座布団の下に残った食べ物を隠した。それだけならまだいいが、その時となりの席で給食を食べ終わった友達の、座布団のしたに・・・おまけに、多分、自分と、その隣の子が二人とも先生に疑われたとして、自分がうそをつき通せば、きっと隣の子がやった事になるという確信まであった。雰囲気的に。その後の朝礼みたいな時に、その隣の子はみんなの前で怒られた。それをドキドキしながらみていた。・・・・極悪!!! ごめんなさい!!!書き込んでいたら、自分が嫌いになりそうになってきた・・保育園の思い出はこの辺で・・次回の自分史は、小学校の辺りを。(今度はいい面を強調出来るように)
2009/10/28
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今日書いた日記、保存せずいろいろやっていたら消えちゃったまた、書こう・・・
2009/10/27
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半日で、勤務終了です。雨だけど・・夕飯の買出し及び調理を 最近、近所の特別養護老人ホームにパート勤務し出した妻より仰せつかったので、がんばろうと思います妻は結婚する前までは、私の先輩としてバリバリ働いていました。(職場結婚)子供が出来て退職しました。今は子育て中なので、妻がパートとして外に出る時は、平日はじじ、ばば(私の両親)が土日なら私が子供を見ています。こうして、ひと時減ってしまった、貴重な福祉の担い手が形態や勤務地が変わりながらも、現場に復帰しました。(まあ、療養休暇中の助っ人なので期限付き。その軽い感じが、あったからこそ、パートのオファーを受けたようです・・)パート初日から、特別養護老人ホーム従来型での入浴、着脱のハードな感じを普通にこなしてきたようです。(妻の約10年間積み上げてきたの介護の技や、人との接し方は、体と心に染み付いていたようです。私は今こなせる自信がない・・から凄いと思います。)妻も、仕事に張り合いを感じているようですし、私や私の両親もたっぷりと子供と接する時間が出来て苦戦はしますがけっこうニコニコです
2009/10/26
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入居者(以下Yさん)の一人の右足がかなり腫れており、本人も痛いという。ただの炎症なのか?転倒して打って腫れていたとしても認知症のあるYさんは転んだ記憶が無いかも知れない・・・骨とかは大丈夫なのか?心配だ。という流れでお医者さんに診てもらおうということになった。ご家族も、仕事の手が離せないということだったので、私が一緒に行く事になる。某整形外科に受診。受付をするときの、受付の対応:ほぼため語 次に来た常連の患者さんが、手土産を持ってきて、他に沢山の患者さんがいる前で受付の人に渡す。どうするか見ていると・・・そのまま、ありがとうと当たり前に貰う・・方針で色々な病院があるだろうが、露骨・・・ 認知症のあるYさんは待ち時間(1時間半)の間にトイレ8回・・Yさんは、もともと失禁に対する不安を自身でお持ちになっており、こまめにトイレに行く方で、ついさっきトイレに行ったことも忘れてしまう。そんなYさんにとっては、いつもの雰囲気との違いが、不安に拍車をかけたようで、いつもよりハイペースでトイレにいった。やっと、レントゲン室に通されレントゲン終了。DRに診察結果を聞きに行く。そのDR、うちの入居者さんをベットに寝かせるよう指示したところで、病院にTELが入る。新型のインフルエンザワクチンの職員分の確保について、業者に文句を言っている・・患者が目の前にいるのに、いますることか?割と長く感じたその電話が終わり、レントゲンの説明を無愛想に忙しそうに行う。その次・・入居者さんに声を掛けるでも挨拶をするでもなく、痛い右ひざをぎゅっと触る。当然入居者さんは痛いし、びっくりだし次も何も入居者さんに伝えることなく、おおきな注射が、膝に向かっていく。それを見た私は、入居者さんに、今から膝の水取るよっと(きっとそうなんだろうと思ったから)と声を掛ける。そして水を抜く。大分痛そう・・ 次回の受診日決め診察終了。その間 一回も入居者さんに声を掛けるでも、顔を見るでもなく・・・結果は、膝関節症と偽痛風(痛風のようで痛風でないもの)サポーター・消炎剤・塗り薬もらう。DRは、怪我や病気の診断をして、医療行為により、患者を治療する人だ。とても多忙だろう。かといって、当然にあるべき人としての姿勢は、持っていてほしいと強く感じた。
2009/10/22
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自分の今している仕事はなんだ。入居者と家族、上司、部下、関係機関、業者、近所の人たち等などとの間に立って、調べたり、伝えたり、苦情が来たり、あやまったり、頼んだり、調整したり・・・・はぐるまだ。自分の関わったところで、両者の間に入って双方(双方といわず、もっと沢山の調整もあるかも)の回転をかみ合わせて、動いている状況をじっくり見つめる。片方ゆっく、片方早く、時には止めて・・みたいな。そのための自分はどんな形がいいのか?いろんなスタイルがあるだろうな・・がっちりその歯車に皆をかみ合わせるとか、見ながら変形してみるとか。ただ、僕ら専門職は、入居者の立場に立ちきってそれを行っていかなくてはいけない。周りを動かすのも入居者の立場に立ったとき必要だから動かす。前向きに。そこさえずれていなければ形式はその人のカラーみたいなものなのかも。(字では簡単にさらっと書けちゃうんだけど、入居者の視点に立った上で心から感じて動くのはとっても難しい)
2009/10/19
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2008年 介護の日なるものが、出来た。~厚生労働省HPより~1 介護の日とは高齢化などにより介護が必要な方々が増加している一方、介護にまつわる課題は多様化しています。こうした中、多くの方々に介護を身近なものとしてとらえていただくとともに、それぞれの立場で介護を考え、関わっていただくことが必要となっています。介護についての理解と認識を深め、介護サービス利用者及びその家族、介護従事者等を支援するとともに、これらの人たちを取り巻く地域社会における支え合いや交流を促進する観点から、高齢者や障害者等に対する介護に関し、国民への啓発を重点的に実施する日を設定することとしました。2 名称と日にち意見公募を行った結果、最も支持の多かった次の名称と日にちとしました。名称 介護の日 日にち 11月11日「いい日、いい日、毎日、あったか介護ありがとう」を念頭に、いい日、いい日」にかけた、覚えやすく、親しみやすい語呂合わせとなっています。といったもの。その時に、介護についての体験談等というものの公募があり、私自身が、自分を思い返す意味で、投稿したものを紹介します。思い返せばこの業界に入って、かれこれ10年という月日を高齢者介護の現場で過ごして来た。私にしてみるとかなり長い月日だ。思い返せば、楽しいこと、嬉しいこと、悲しいこと、ぐったりする事など沢山あった。そんな中今までやってこれた原動力とは、一体何だろうか?思い返せば、(おばあちゃん子)だった。いつも保育園の送り迎えをしてもらった。おばあちゃんと、近所のおばあちゃんとでお茶っこをした。おばあちゃんの友達が、認知症になり超早朝に、我が家にあがって、おばあちゃんの寝室まで寝ているおばあちゃんを尋ねてきた。おばあちゃんの友達が他界した時はとてもさみしそうで「天国はいい所なんだろうな・・誰も帰って来ないもんな・・」と言っていた。そんなおばあちゃんは、今では、私を孫なのか、息子なのか、他人なのか微妙な感じで、「分からなくなった」「出来なくなった」「つまんねえ」等を繰り返している。老いて行く不安や、孤独、分からなくなっていく、憤りなど沢山かかえているのが、痛いほど伝わってくる。その姿が私にはとても大きな、教えになっている。年を重ねていくが故の、出来事や思いを身近な存在を通して学ぶ事ができた。そしておばあちゃんが感じる思いのたとえ少しでも(おばあちゃん自身の思いと比べればほんとに、ごくごくわずかなんだろうけど)共感することができた。共感できたが故に今の仕事を選び、続けているんだと思う。
2009/10/15
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初めてのブログ開設。どきどきしながらようやく、日記を書き込む所まで行きついた。よかった。よかった。このブログをすすめてくれたのは、同じ職域でご活躍している先輩だ。その先輩曰く、自分の考えをまとめる為にも、自分の課題を見つける為にも文章を書くということはとても有効だ。とのこと。 そもそも自分は、仕事においても、私生活においても、プロフィール通り(まったり)が好きなので、自分って?思いって?みたいな感じで、口下手で・・・もやもやした熱い思いのようなものあって、それをどうやって表現したらいいか分からず、伝わらずという場面に最近なぜか多く出くわす。ならば、ここで、自分の考えをまとめて表現していくことで、苦手分野である人に伝えるというスキルが少しでも、向上すればいいなあと考えている。ん?・・ちょっとまて、、それって、自分が今働く職場や職種としてもかなり、重要なスキルだよな・・社会福祉士、ソーシャルワーカー、生活相談員、どれをとっても、担当ケースの立場に立って必要なことを、熱いハートと冷めた頭で(昔どこかで聞いた福祉マインド。熱い思いで冷静な対応判断をみたいなこと)まわりに伝えて、衝き動かすスキル。うん。必要不可欠なスキルだ・・それが苦手だったとは・・っと気付いたので、前向きに、まったりと、ブログを更新しながらそのスキルを磨いていけたらいいなと思っております。 宜しくね。
2009/10/14
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