太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

太田典生の「毎朝1話」良い話のおすそ分け

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

夢前案内人6323

夢前案内人6323

Calendar

Comments

通りすがり@ Re:「片手落ち」は差別用語で不適切か?(12/26) 片手落ちという言葉が体が不自由な人に対…
美香たま@ どうせ生きるのなら 依存するものを替えてみたらいかがですか…
あだちうんこ@ Re:介護者は何のために生きるのかと問う(12/25) 老化して老化して老化して長々だらだら生…
嵯峨野の夢前案内人 @ Re:今日の言葉(08/17) ご不便をおかけしましたが、新しく解説し…
嵯峨野の夢前案内人 @ Re:今日の言葉(08/17) 新しいページを開設しました http://plaza…

Freepage List

2006.06.16
XML
カテゴリ: アラカルト
生きとし生けるものには必ず死が訪れます。
それなのに、私たちは死を恐れ不老長寿を願います。不老不死は、私たち人間の永遠の願いです。

一四世ダライ・ダマは言う。
「人間として生を享けた以上、死は不可避的に訪れる。
しからば、その死を、それもまた人生の一部として享受する他ない。
また、死が人生の一部である以上、そしてそれから逃れられない以上、無闇に死を恐れるよりは親しく付き合った方が良いにきまっている。

死と親しむためには、死後を思うことが役立つだろう。自分自身の老後を。
年老いることには何も特別な意味はない。
誰もが年老いる。老後といえども、それも立派に人生の重要な一部である。

来世があるか否か、再生するか否か、思い迷う必要はない。
あるがままの死を迎え、認め、受容すればいい。
それが死というものだ・・・。

誰もが明日を見通すことはできない。
そのために、常に明日は不安に満ちている。
これは死の恐怖と同じ種類の不安である。
人が死を恐れる大きな理由は、死を見通すことができないからであろう・・・。

もしあなたが、特別な修行もつまず、深く仏の教えに帰依しているわけでもない、ごく普通の人間で、しかも死を恐れているならば、死を思うな。考えるな。そして、現実に死が迫ったなら、酒でも飲み、残された時間を楽しめ。やがて人生とともに恐怖も終わる」

私たちは、命が有限であればこそ、いつもそのことが頭の片隅に無意識にあって、
・自分にとってかけがえのないものは何か
・何のために生きているのか

などと真剣に考えられるのではないでしょうか?

また、本心から信じていないにしても、来世のことが気になって自分の身を正しく処していこうとする面もあります。

そして、どんなに苦しくて不公平に思える現世であっても、死ねば終わりで平等だと思うことで、この世の苦労にも耐えられます。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006.06.16 05:09:15
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: