1~3話



 僕の名前は幸田実。「こうだ みのる」だ。
 田に幸せが実る。とっても縁起の良い名前をしている。しかし、自分は名前負けしていると常々感じている。

 ・・僕は、運が悪い。

 例えば、僕は、基本的に機械との相性が悪い。
 みんなが普通に使っているものでも、僕が使うと必ずといって良いほどトラブルが起こるのだ。

 パソコンを使えば、必ずといっていいほどフリーズする。他の人が普通に使っているパソコンも、僕が使った途端にトラブルが起こる。もちろん、僕の使い方が悪いというわけではないと思う。周りの人は僕からコンピューターウィルスが出ているのではないかと言うが・・。
 そのような複雑な機械ではなくても、コピー機は普通に使えば紙が詰まるし、ファックスがまともに届いた試しはない。テレビの録画予約でさえ、まともに録画されたことはないのだ。

 そのため僕は、あらゆる機械を使う時に、細心の注意を払い、身構えてその機械と向き合う。
 そんな姿を見て僕のことを良く知らない人は、心配しすぎだと言う。
 しかし、心配しすぎなことはないのだ。実際、何の構えもしていなければ必ず災いが僕に降りかかってくるのである。
 先日は、まったくもって油断していた。

 ・・・それは、ある建物から外に出ようとする時だった。


 前の人が自動ドアを通り抜け、僕はその後に続いてドアを通ろうとした。
 外は、僕が外出する時はほとんどいつもそうなのだが、当然のように雨が降っていた。そのため、僕の前を歩いていた人は、傘を広げるためドアをすぐ出たところで立ち止まった。
 前の人が立ち止まったために、僕も自動ドアの辺りで立ち止まってしまった。するとその瞬間、僕は体の左側に衝撃を受けた。そして僕は、僕にぶつかってきた物体とドアの右側にある壁との間に挟まれてしまった。
 最初、何が起こったのかはわからなかったが、すぐに僕は、自動ドアが閉まり、僕が見事に挟まれてしまったということを理解した。
 僕は自動ドアのセンサーがどこかにあるだろうと足をバタバタさせたり手を動かしたりしたが、一向にドアは開かなかった。ドアをこじ開けようともしたが、挟まれた体勢が悪く体に力が入らない。

 その時、突然の事態に混乱し、ただもがいているだけの僕を見兼ねて、近くにいた人が助けてくれた。その人がドアに軽く手を触れると、ドアは開き僕は抜け出すことが出来た。その自動ドアは「軽く手を触れてください」という形式のものだったのだ。

 僕は恥ずかしい思いでその場をそそくさと逃げ出した。

 僕は、運が悪い。運が悪いと自動ドアも安心してくぐることは出来ないのだ。センサーが必ず僕を捉えてくれるとは限らないから。
 人は、僕を鈍臭いだけだと言うかもしれないが・・。

 とにかく僕は、これからは自動ドアに対しても細心の注意を払うことを心がけた。





 僕の名前は幸田実だ。僕は運が悪い。

 そのため、大学のクラスメイトからは「便秘」というあだ名をつけられている。
 ・・うんが無いから、便秘である。

 けして、みんなから嫌われているわけではない、と思う。むしろ同情を一身に受けているはずだ。しかし、最初は仲良く接してくれていた友達も、そのうち少し距離をおいて接している。

 クラスメイトが僕の運の悪さに気づき、距離をおき始めるきっかけとなった事件は、入学直後の昼休み、学生食堂で起こった。その事件が起こってから、学食では、僕を知っている人はあまり近くには寄ってこない。

 その日は、クラスメイト数人で学食にきていた。新学期の食堂は、まだ真面目に授業を受けている生徒が多く、また、部活やサークルの人が勧誘のためにビラを配ったりしているために、人で溢れている。僕の学校の食堂は、注文した料理をトレイに載せて自分でレジまで運び会計をするという形式であるのだが、人が多すぎると注文して会計を済ませるまでが一苦労である。
 僕はトレイにラーメンを載せ、まだ料理を待っている人の隙間を縫ってレジに向かおうとした。隣にはクラスメイトも一緒だった。
 僕は注意深くトレイを運んでいた。誰かとぶつかったりしてトレイを落とさないように。

 しかし、そうして周囲と自分のトレイに集中していた僕は、足元に落ちていた勧誘用のビラに気が付かなかった。ビラを踏んだ僕の足は床をすべり、僕の体はバランスを失った。

 僕は、よく転ぶ。その時も僕一人が転んだなら良かったのだけれど・・。しかし運悪く、人が密集している中で、熱いラーメンを持って転んでしまった。
 僕は右隣に居たクラスメイトにぶつかり、さらに、左隣の見知らぬ人の足元に、スライディングタックルを決めた。その結果、僕のラーメン、クラスメイトが持っていたラーメン、見知らぬ人が持っていたラーメンがほぼ同時に空を舞い、熱いスープが飛び散り多くの人の頭上に降り注いだ。
 食堂のレジの前は、まさに地獄絵図と化した。

 その話は、多くの人の火傷と共に伝説となったのだ。

 それ以来、クラスメイト達は僕から少し距離を置くようになり、僕は学食でスープ系の料理を頼まないようにした・・。

 その後も、僕が買った商品だけバーコードが読み取れない。僕がレジで会計をする直前にレシートが無くなる。僕は小銭をばら撒いてしまう。札で払うとお釣りが切れている。などの不運が続き、レジで僕の後ろには並ぶ人がいなくなると共に、僕が運の悪い人間だということが皆に知れ渡ったのである・・。

 みんなは、僕のことを嫌ってはいないと思う。しかし、みんな自分のために、僕に近づかないでいるのだ・・。





 僕は幸田実。僕は運が悪い。

 鈍臭いわけではない。いや、人より鈍臭いのかもしれないけれど、それでもそれ以上に、運が悪いとしか言い様が無いのである。

 例えば、僕が外出する時に限って天候が悪い。犯罪や危険に出くわし、それに巻き込まれる率が高い。これらのことは、僕が鈍臭いとか関係なく、どれだけ気をつけていてもどうすることも出来ないことである・・。

 僕だけでなく、クラスメイト全員がついてないというようなこともある。
 例えば学校で一番厳しい先生が担任だったり、僕のクラスだけ抜き打ちテストがあったり、他のクラスが学級閉鎖の時に僕のクラスだけ無かったり、僕らの上の学年は修学旅行が北海道だったのに、僕らの年から広島・長崎になったり。
 そういった運の悪いことが僕のクラスに起こる度に、僕のせいだとみんなから非難を浴びた。僕自身も僕の運が悪いせいだと思うから、本当にみんなに申し訳ないと思うのだけど・・。
 だから、本当に僕は、運が悪いのである。

 だから僕は、日常生活において少しでも不運を避けるために、常に最悪の事態を想定しながら行動する。運が悪い男の知恵だ。

 外出する時は常に折り畳み傘を持ち歩くし、混んでいる電車やバスの中ではスリに合わないように貴重品を手に持ち、痴漢に間違われないように荷物を持った両手を上に挙げながら乗る。
 これらは全て経験から得たことである。僕はトラブルに巻き込まれる度に、同じトラブルが起こることがないように注意を払う。

 しかし、僕が注意しているだけではどうしようも無いことがある。例えば何か飲みたい時など。
 自動販売機は、基本的には使えない。
 お札は自販機に入っていかない。コインはつり銭口から落ちてきたり詰まったりする。
 やっとお金が入ったと思いジュースのボタンを押したら、違うもの、例えば甘酒とかが出てくる。
 冬は“あったか~い”飲み物が欲しくても、必ず冷たいものが出てくる。冷たいおしるこが出てきた時はさすがにつらかった。
 そして、つり銭が足りない。

 それらは、他の人に起こる何十倍もの頻度で僕の身に降りかかるのだ。僕は最初、それは誰にでも起こることだと思い、自動販売機はなんていい加減な機械なのだろうと思っていた。

 紙コップに飲み物が注がれるタイプの自販機で飲み物を買ったとき、取り出そうとした時には中のコップが倒れていて、飲み物が全てこぼれてしまっているということが何度かあった。
 友達にその話をして初めて、僕以外の人はそういう経験がほとんど無いということを知ったということもあった。

 コンビニなどで飲み物を買う場合も、やはりレジでお金を払う時にいろいろとトラブルが起き、やたらと時間がかかったりもする。レシートが切れたり、小銭をばら撒いたり、お釣りが足りなかったり・・。
 さらにやっと買えた飲み物には、異物が混入していたこともあった。後日その商品は回収された。

 そんなようなことが続き、僕は出来るだけ買い物はしないようにしている。お金を出して何かを買うという行為は、良くないことが起こる危険が高すぎる。

 そうやって僕は、不運が降りかからないように多くのことに注意を払い、多くのことを諦めている。
 そのような生活を送っている自分は、本当に運が悪いと思いながら・・。



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