私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2026年01月09日
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カテゴリ: 認識の歩み



当時もっともよく西洋を知っていた
福沢論吉(一八三四~一九〇一)でした。

彼は洋学の知識をもったため
幕臣にとりたてられていたが、
彼はこの心配のあまり、
英明のほまれの高かった十五代将軍・
徳川慶喜をもりたてようとすらしたのである。

彼は建白書や手紙に書いた。


すなわち将軍の絶対主義でなければ、
「ただただ大名同士のカジリヤイにて、
我国の文明開化は進み申さず」と。

だが、このときの福沢論吉は、
歴史のより深い流れをとらえそこなっていた。

幕府はもはや
「モナルキ」を実現する能力を失っていたのです。

慶応二年になると、
大名の「共和政治」ではもうだめなこと、
日本はそれでは救われないこと、
幕府に変わるまったく新しい

西郷隆盛以下の倒幕派の志士たちは悟った。

それが天皇をシンボルとする
統一国家の構想であり、
維新の変革は、幕府の打倒と
明治元年(一八六八)から二年にかけて

おこなわれたのです。

ここに明治国家が誕生しました。





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最終更新日  2026年01月09日 05時00分04秒
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