私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2026年07月14日
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カテゴリ: 認識の歩み



共和国が誕生していましたが、
非常に不安定な政権で混乱が続いており、
大総統の袁世凱は
「皇帝」になりたくてしょうがなかったので
1915年12月には
立憲君主制が議会で可決されると、
袁は皇帝の宗教儀式を復活させる
など行って中華帝国皇帝についています。


孫文が大統領となり、清朝は滅んだ。

孫文は日本で覚えたらしい
「革命」という言葉を使い、
自分たちのやったことを辛亥革命と称した。

しかし、本来は革命でなく独立である。

二十一カ条は袁が皇帝、
あるいは外国と交渉できる国家元首として
認めてもらいたかったための譲歩であり、
面子をたてるために日本に強要され仕方なかった、
ということにしたのでしょう。

日本の加藤高明外相は

譲歩する際に支那国民に対して袁の顔を立てるために、
袁に懇願されたものである」と公然と認めています。

さらに、アメリカ公使
ポール・ラインシュの国務省への報告書には、
「支那側は、譲歩すると約束したよりも

最後通牒の寛大さに驚いた」とあります。





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最終更新日  2026年07月14日 05時10分05秒
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