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September 19, 2010
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カテゴリ: カテゴリ未分類
卑弥呼の宮殿跡ともいわれている三輪山麓の 纒向(まきむく)遺跡


卑弥呼の神殿とも推定されている大型建物の南側に掘られた穴の中から、二千個を越える大量の桃の種が発見された。

未成熟の種が含まれていることから、果実のままで埋められた可能性が高いという。




桃は古代中国で不老長寿や魔除けの呪力を持つと信じられていた神聖な果実です。


中国神話では、全ての天女の頂点に立つ女神・西王母(さいおうぼ)が桃源郷で、果実が実るまで三千年の歳月がかかるという不老長寿の「王母桃」を所有していて、三千年に一度、神々や仙人などが招待され宴が開かれたと伝えられています。



纒向遺跡に、邪馬台国の女王卑弥呼が本当にいたかどうかは別にしても、3世紀の中頃の神事に桃の果実が用いられていたと考えられることは、古代祭祀を解明するうえでとても大きな意味を持ちます。




先日の 斉明天皇陵 と考えられる八角形墳の発見は、中国より道教思想がもたらされ、朝廷内でも受け入れられていたことを証明するものでしたが、それは7世紀中頃のことです。






弥生時代から古墳時代への移行期に、既に中国から「神仙思想」や「道教思想」がもたらされ祭祀に使われていた可能性が出てきました。




7世紀の古代最大の合戦と言われる壬申の乱で、尾張から近江に攻め上った大海人皇子(後の天武天皇)は、関ヶ原で将兵の士気を高めるために一人ひとりに桃を配ったと伝えられています。

桃は魔を除い、敵を除い、不老長寿の呪力を持つと広く信じられていたからです。



近年画期的な発掘が相次ぎ、ますます面白くなってきている古代史です。







続く





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Last updated  September 19, 2010 09:17:15 PM


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