K/Night

K/Night

―Invitation―



―――会議室―――
煙草の煙が上っていた。
「ヘビィスモーカーの警官に童顔の警官・・・・」
今目の前にいる警官以外の警官に案内された第一発見者となった水生、竜矢、水城、竜也、蒼麻は目の前の机に座っていた。
入ってすぐに聞こえないように呟いたのは竜矢だ。
「あ?誰がヘビィスモーカーだこのクソガキ」
ヘビィスモーカーと呼ばれた警官は不機嫌に眉を寄せながらも笑顔を作りながら煙草を突き付ける。
「まぁまぁ抑えて、『陸也』。でも、竜矢くんも充分童顔だよ?」
童顔と呼ばれた警官が宥めながら竜矢に微笑む。
如何やら筒抜けだったようだ。
竜矢は苦笑する。
「取り敢えず、今くらい煙草止めなよ。父さん」
「仕事中は『父さん』禁止!」
煙草を口に加え、今度は指を突き付ける。
上杉陸也<うえすぎ りくや>43歳。
へビィスモーカーと呼ばれた警官だが、竜矢と竜也の父親である。
そして隣に立つのが、天生啓<あもう はじめ>42歳。
水生、水城の父親であり陸也のパートナーだ。しかも年齢にそぐわない童顔の持ち主。
「まぁ良い。取り敢えず事情聴取するぞ」
頭を掻き毟りながら陸也は席に座る。それに続いて啓も席に座った。
「まずは・・・・お前等が現場に遭遇した時誰も居なかったのは確かだな?」
「えぇ、それは確かです」
それに対して水生が淡々と答える。
「まぁ、血液の乾き方から推定すると死亡時刻は昨日の夜だから犯人は見ないだろうな。教師の証言からお前等が一番最後にに帰った生徒だと聞いたが、何時に学校を出た?」
「昨日は7時に帰りましたよ。陸也さん、啓さん」
「蒼麻くんが言うなら間違い無いね。その時は本当に生徒は全て帰っていたんだよね?」
「えぇ、確認は2度もしました。警備員の方にも生徒は入れない様にお願いしましたし」
「・・・・・・・・」
難しい顔をして陸也は腕を組み、啓は手帳に証言を書き込む。
「警備員は被害者の姿を見ていない。怪しい者も見ていない。だが、誰も居ないはずの学校で被害者は殺され、その学校にはあの、犯人が居た・・・・」
「内部の犯行、っていうのも視野に入れなくちゃいけなくなったね」
「内部って・・・・」
不味い表情を作り、竜也が口を挟む。
「イベント、危うくなるね」
申し訳なさそうに目の前の警官は苦笑する。
「取り敢えず、内部の犯行か外部の犯行か分らない限り学校は休業か、午前中のみにする事になる」
「・・・・分りました」
「で、お前等は病院行きだ」
「え?!何でだよ!」
思わず立ち上がる竜矢に、
「幾らある程度慣れているからといっても所詮は子供だ。それに、ああいう現場を見て精神的ショックを受けない者はいないからな」
煙草の煙を吐き出す陸也。
「これは警察として、父親としての願いだよ。手配はしているからちゃんと行くこと」
「分った」
溜息を吐きつつ水城は頷く。
それで打ち切りになるはずだった。
立ち上がる5人を呼びとめたのはまず陸也。
「水生ちゃんと竜矢はちょっとここに残ってくれないか?話しがある」
「じゃあ俺達は先に手配された車に行っています」
「あぁ、悪いな」
手を上げ見送る陸也と微笑む啓に、蒼麻は一礼して部屋を出る。
残された2人は立ったままに座り続ける2人の警官を見る。
「話とは・・・・?」
「うん、単純なことだよ」
相変わらず笑顔のままに啓は、ねぇ、と陸也を見遣る。
「あぁ、単純で尚且つ唯1つだけの事だ」
頷きながら立ち上がる。
「絶対にこれには首を突っ込むな。唯それだけだ」
「・・・・・・・・」
2人の表情はさして動かない。
気付いていた、というかのようだ。
「分った?2人共」
首を傾げ啓は尋ねる。
そこでやっと、ゆっくりと水生が口を開いた。
「私達の目の前に事件が無ければ首は突っ込まない」
「だけど、そこに事件があるのなら・・・・成り行きだからね。俺達は行動を起こすよ」
打ち合わせでもしたかのような息の合った言葉に、目の前の警官2人は諦めにも似た溜息を吐いた。
「・・・・もう行ってもいいぞ」
「・・・・失礼します」
陸也と啓が見送る中、水生と竜矢は部屋を後にする。
「・・・・ふぅ」
改めて啓が息を吐き出し、ストンと椅子に落ちる様に座った。
陸也はイラただしそうに煙草を揉み消し、それから新しい煙草を出して火を点ける。
「りっくん、吸い過ぎだよ」
迫力の無いしかめっ面を作って啓は相棒のあだ名を呼びながら口に咥えられた煙草をもぎ取った。
「だからヘビィスモーカーって言われるの」
「別に良いだろ?誰に迷惑かけてる訳でも無いんだからさ」
眉を寄せ、陸也は啓から煙草を取り返す。
それに対し、啓の表情が変わる。
「知ってる?喫煙者よりも受動喫煙者が肺ガンになりやすいんだよ?煙草に含まれるニコチンは喫煙者が吸うのよりも、吐いた方に多く含まれていて受動喫煙者に害を及ぼすんだ。まぁ、僕が肺ガンになったらりっくんのせいだと思うけど、きっと僕が死んだ後は家族の面倒をちゃんとみてくれるだろうし、別に良いんだけどね」
『別に』を強調してニコニコと黒いオーラを放ちながら説明、もとい皮肉る姿に陸也は一瞬動きを止め、それから渋々携帯用灰皿を取り出した。
「・・・・これで良いんだろ」
「え~?僕は別にそんな事遠回しでも何でも言ってないけどな~?」
「・・・・・・・・」
しらばっくれる啓を見遣りつつ結局は煙草を揉み消した。
だが、陸也が本当に話したいのはこれではない。
「良いのか?」
一言。
椅子に座った啓は机に座った陸也を上目で見遣る。
「良いのか?水生ちゃん、竜矢と一緒にいると危ないぞ?」
話しは警察としての話しから、父親としての話しに変わった。
「何を言ってもあの子は聞きはしないよ。だって・・・・知ってるからね」
肘を立てて顎を乗せる。見るのは遠い過去。
「相棒を失う恐怖か?」
「そう」
無意識に煙草に火を点ける。密室の空間に煙が立ち昇る。
啓はそれを咎めはしなかった。
知っているから。陸也は『あの時』から煙草の量が増えている事を。不安を隠すために煙を吐き出す事を。
だから言わなかった。
「だから、何を言ってもあの2人は離れないだろうと思うよ」
「・・・・俺がお前から離れられないようにか?」
啓の左肩に手が触れる。
「そう、僕が陸也から離れられないようにね」
陸也の右わき腹に手が触れる。
互いの其処には消えない傷跡が残っていた。
『あの時』に出来た、失うかもしれないと思った恐怖を其処に刻み付けたままの傷跡が。
「・・・・なら彼奴等が事件と鉢合わせする前にとっとと解決しないとな?天生警部捕?」
「そうだね。子供達を危険な目には合わせたくないしね?上杉巡査部長?」
苦笑交じりに笑う啓に、陸也は「そうだな」と頭を掻きながら頷く。
「行くか」
「これから忙しくなるね」
口に煙草を咥え出ていくその後を追って影が出て行き、部屋に残った白い煙が2人の存在かのように透明になり消えていった。

―――不安なんだ―――
彼は確かにそう呟いた。
「如何した?」
思わず掴んだ手の持ち主である蒼麻は驚いた様に振り返り顔を覗く。
「いや・・・・」
掴んだ手はそのままに、水城は首を振った。
反対側の席に座る竜也は何も言わない。水城の行動には少し驚いてはいるようだったが。
「水城?」
「本当に・・・・何でもないんだ」
聞き間違いだったんだ、頭の中で呪文の様に唱える。でも、彼が、蒼麻が呟いたその言葉はあまりにも生々しくて。
「・・・・大丈夫だよ」
大きな手が水城の手を握り返す。
思わずホッと息が出る。
「・・・・不安なんだ」
蒼麻の呟きを、自分の呟きに変える。
「何かが起こりそうな気がして」
こんな風な弱音を最後に吐いたのは何時だったのだろう。
存在を確かめるように蒼麻の肩に頭を乗せる。
「不安なんだ」
大きな肩が揺れる。
呼吸に合わせて動いている。
「大丈夫」
耳で動きを感じる。
「あの2人は俺が必ず―――」
車のドアが開く。
「待たせた」
「何か暗いよ~?あ、病院やっぱ嫌なんだね??!」
俺も俺も~、と言いながら中に入る竜矢に後を入る水生。
フッと変わる雰囲気に、蒼麻を始め3人は微笑む。
「仕方が無いだろう?父さんと啓さんの頼みなんだから」
隣に座る様水生と竜矢を促し、竜也は言い聞かせる。
「でもさ~」
頬を膨らませる竜矢を目の前に、蒼麻はそっと水城の耳に口を寄せる。
「――――――」
「え・・・・?」
顔をあげる。
目の前には優しい笑み。
―――必ず俺が、水生を、竜矢を守るから。竜也も、水城も―――

<―――下校の時間です。校内に残る生徒は速やかに帰りましょう―――>
今日も同じ放送が同じ時間に流れる。
時刻は13時半。4時間目が終り、終礼、掃除をやって、と程よい時間ではある。
生徒は早く授業が終る事に意気揚々とすれ違う教師に挨拶をしながら帰っていく。
「いつも通りの光景だよね」
窓枠に寄りかかり同意を求める竜矢の言葉は確かに頷けるものだった。
下校時間が早いだけ、それを除けば至って普通の、どこにでもある学校の光景だ。
唯違うのは、そこに事件性があるかどうか。
そう、彼らはいつ何時事件に巻き込まれるか分らない状況下にあった。
自分だけは平気、その奥底に潜む恐怖を笑顔で隠し、疑い、疑われるの毎日。
事件が起こった学校に、もう事件が起こらないという保証はないのだから。
「さぁ、俺達が動く時間だよ」
蒼麻の言葉を合図に1年A組に集まった4人は立ち上がる。
「俺達の仕事はこれからだしな」
「いっちょやりますか」
竜也が髪を結び直し、水城は尻に付いた埃を叩く。
「5人いれば敵無しだし?」
「これくらいならやっても文句は言われないしな?」
竜矢は伸びをし、水生は意地悪く笑う。
「そぅ、俺達だからこそ出来る事、だろ?」
無線通信機を取りだし、悪戯をしかける子供のように笑みを浮かべる蒼麻。
「一旦は却下された、全校見回り。再承諾貰ってきたから思う存分暴れて来い!」
「了解!」
それぞれが思い思いに頷き、教室を出ていく。
「さて、俺達の底力、とくとご賞味あれ」
ありとあらゆる手段を駆使して得た、見回りの再承諾。
それは口実だと言ったら教師はどんな顔をするだろうか。
彼らに無線機を持たせたのは万が一の為。
その彼らが探すのはもちろん密かに残る生徒、というのもあるが、最もな理由は事件の手掛かりを探す為。
そう、何も知らない警察に、ここで起こった事件の手掛かりを探すのは困難だから。
「例え見付かっても見付からなくても、俺達が咎めを受ける事は殆ど無いしな」
完全に仕組んだ、といった顔だ。蒼麻が成せる技だ。
「俺達には特殊な情報源もあるしな」
ニヤリと口の端を上げる蒼麻は、生徒会長としての顔ではなかった。

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