「UFOとポストモダン」
木原善彦 2006
しかし,私自身のUFO(未確認飛行物体)目撃体験や、宇宙人実在仮説を受け入れた時に得られるだろう利益を考える時、UFOやエイリアンを否定するだけで本著がその目的を果たしたとするなら、物足りない結果としかいいようがない。本文の中には、いくつかの記憶すべき視点がある。
彼らの語る物語にはほぼ共通する重要な根幹部分があります。それはすなわちスペース・ブラザーと呼ばれる宇宙人たちはユートピア社会からやってきたということ、そして彼らは戦争や病気など現在の地球が抱える問題を克服するのを手助けするためにやって来たということです。ここにあるのは、さまざまな問題に直面してりう現在の「私たち」と、同じ問題をすでに克服して未来に立っている「彼ら」という図式です。要するに、初期の円盤神話では、宇宙人の文明は地球人が目指すべき理想、あるいは少なくとも未来像だったのです。
p41
以上の初期円盤神話をまとめるなら、円盤に投影されていたのは、核を含めた現代の諸問題を乗り越えたユートピア文明であり、「私たち」地球人が目指すべき理想な未来であったということです。
p47
UFO神話は95年頃に終わりを迎え、以後はポストUFO神話と呼ぶべきいくつかの新種の神話が生まれていました。(中略)2001年の9.11事件をきっかけに一時的に神話が退化し、カルト的な陰謀論が少し盛り返した感がありました
。
p181
まぁ、手品師のネタをバラして、真実を語ろうという冷静な客を気取るのもよいが、手品であることを分かっていながら手品師の「アート」に酔いしれようというのも観客としては、特に間違った姿勢でもないので、私は冷酷にUFO問題にかたをつけるつもりはない。もちろん、著者もそうであればこそ、この本の後半で映画などのエンタテイメントに対する記述をたくさん書き並べたのであろう。
都市伝説としてのUFOが終焉したとしても、私は、これから新しき地球伝説ともいうべき、もっともっと斬新な仮説がでてきてもよいと思っている。
さて、「空飛ぶ円盤実見記」アダムスキーは、異星人とコンタクトを取り始める以前から、「チベットの高貴な騎士団」という一種のカルト集団を率いて、「宇宙の法則」を説いていたp38ということを初めて知った。
あるいは、他説にいうところの
「ヴリル協会員は空飛ぶ円盤を発明し、1939年に飛ばしたそうだ
」
とすると、1947年UFO伝説誕生説を取る本書とは著しく異なっている。
この辺のところは、興味深いことではあるが、本筋ではないので深追いしないでおく。ただ、この辺の齟齬は、やがて思いがけない火種となって、大きなテーマに発展していく可能性は十分あると思う。
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