BLUE ODYSSEY

BLUE ODYSSEY

恋人と乗る列車


恋人と乗る列車 [act.1]


 長くじめじめとした戦争ももう終わる。
私は自分の出身地に恋人を残し、遠く離れた戦地に1人赴いた。



恋人のサラは現在24歳。もともとは健康的な女性だった。

戦地の陣営にいた私にたびたびサラから手紙が届いた。
私はそれが嬉しかった。
しかし手紙がなかなか届かなくなったある日の事、急にサラのご両親から私宛に手紙が届いた。
そこには「サラの容体が思わしくない。今晩が峠だ。」という内容が書かれていた。
その手紙の日付は一週間前となっていた。



そういえば昨日、彼女が夢に出て来ていた。

そして「自分は死んだのだけれど、悲しまないで欲しい」と言っていた。
さらにサラのいる地方が爆撃を受けて、彼女のご両親も亡くなられたそうだ。

とても悲しい夢で、夢から覚めた時、私は涙をこぼしていた。




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 ここ最近、ずっと嫌な予感がしていた。
サラの事もそうだが、そのご両親や戦局の事も……。

しかし、今日はそんな事はどうでもよくなって来た。
今は戦闘中だが、このままではどうも目の前の敵を防ぎ切れないようだ。
敵の戦車がたくさん来ている。いくつもの砲火のきらめきが見え始めた。
敵は本気でこの陣地を潰す気のようだ。大量の敵が一度に押し寄せ、私はもう後が無いと悟った。

陣地内の塹壕に多数の爆弾が落ちた。
あちこちで爆発が起こり、そのたびに土が跳ね上がり、火災の火の手も上がった。
そして人の叫び声……。
私の近くでも大きな爆発が起き、すぐ横の塹壕の囲いが崩れ、私は土の下敷きになった。
爆発音の為、もう耳も聞こえない。
静かだ……。
これまでの騒がしい戦場の騒音と比べると不思議な感じがした。

土に身体が完全に埋まったのか、もはや手足が動かない。
そして薄れていく意識の中……、
私は今までの事を思い出した。




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 恋人のサラとは戦争前に知り合った。
とても美しく、明るくやさしい性格の女性だった。
サラのご両親は私に対してすごく親切で、このご両親ともすぐに仲良くなった。

その後戦争が始まり、私は徴兵を受けて、やむなく国外の戦地に陸戦部隊の兵士として送られた。
サラにとってその事は大変重く心にのしかかった。以来彼女はベッドに寝込む事が多くなったという。
そこで、私は彼女を元気付けようと、手紙に彼女と婚約をする旨を書いて送った。
すると……、彼女は一時的に回復して元気になったらしい。

だが、その後私が別の激戦地に輸送される事を知り、彼女はまた病気がちになった。




この所、戦局は悪化の一途を示し、自軍の軍隊は負ける事が多くなって来た。
「今日死ぬか、明日死ぬか」と言うような状況が毎日のように続いた。

ある日、大きな作戦任務に参加する為、他の多くの兵士達と共に私もある地方に列車で郵送された。
そして、着いた先の都市の中に塹壕を掘って陣地を作り、敵を待ち構えたのだが……、いかんせん敵軍はかなり強かった。
最初の頃の勝利の連続だった戦いの日々はもう存在して無かった。



そして……、この陣地で私は被弾してしまったのだ。




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恋人と乗る列車 [act.2]


 再び私は気が付いた。病院のベッドの上で。
いままでの土と泥で汚れた木製の陣地とは違い、ここは綺麗で清潔な場所だった。
白いシーツ、白い壁。白く塗装されたカーテンレールとベッドのパイプ。
白いカーテンを通して、外からは明るい光が差し込んでいた。
この白さが天国に来た様な感覚を私に抱かせた。








 その後私は自分の手荷物をもらって背広を着た。
そして、鉄道の駅にやって来た。

自分の国に帰るのだ。まずはここから列車に乗って行く。
戦争は終わったのだ。

そういえば、あれ以来サラとは連絡が取れなくなっていた。彼女はどうなったのだろうか?
あの日、”峠”は越せたのだろうか?

郵便局の建物がほとんど破壊され、これでは郵便物が届かないのも当たり前だった。
もちろんこちらから送る事もままならない。
だから……、サラが生きている可能性もある。
もしかすると、もう私が死んだと思って、手紙を送らなかったのかも知れない。
私はその事もあり、とにかく早く国に帰りたかった。






 ホームに列車が入って来た。深いチョコレート色の綺麗な車輛だった。
外観は新造されたみたいにピカピカだった。
ここの所、こんなに綺麗で光沢のある車輛を見た事が無かったので、不思議な感じを受けた。
戦争中の車輛はどれも汚くて泥だらけだったからだ。
半分焼け焦げた車両も使っていたし、爆風で変形した車両もあった。
それに引きかえこの車輛はピカピカで、まるで異世界からやって来た様な印象があった。




長い編成の列車だった。
これは、もう戦争が終わったので、大量の人を一度に運ぶ為にだろうか?
私は列車の最後尾の車輛に乗った。
朝一番という事もあろうが、驚いた事に、列車内には1人の少女がいる以外誰も乗っていなかった。
私はその少女の近くに座った。
その少女はつばの広い白色の帽子を被り、薄手の白い服を着ていた。
小さな少女だった。年齢は8歳ぐらいの。
しかし少女の顔は帽子のせいで見えなかった。
ただ、なんとなく同郷の出身のような気がした。まあ気のせいだろうが……。







 そうこうしている内に列車は出発し、のんびりと動き始めた。これから終点に着くまでする事が無い。ゆったりとした時間の流れ。もう何に急ぐ事も無い。
こんなのは久しぶりだった。戦争中はとにかく過密スケジュールで、いつも生きた心地がしなかったからだ。



しばらくして、私はサラの声が聞こえたと思った。
空耳かと思ったのだが、それはどうも隣の車輛から聞こえて来るようだ。
しかし、こんな所に彼女がいる筈はない。
ガラス付きのドア越しに聞こえて来るので、サラではないかも知れない。

そこで、隣の車輛に移って確かめてみる事にした。なにせ旅はまだまだ先が長いのだ。他にする事も無いし。






 隣の車輛にいたのは学生服を着た少女だった。
私は彼女の近くまで何気ないフリをして近づいて行った。
そして彼女の顔を見た。
サラでは無い。驚くほどよく似ているのだが、サラではない。
サラよりかなり若い。おそらく16歳ぐらいだろう。しかし、サラが昔見せてくれた若い頃の写真にはそっくりに見えた。
その学生服の少女は誰かと楽しそうに話しているのだが、その相手は座席に隠れて見えなかった。

私はそのまま車輛を通り過ぎた。この車輛には彼女とその話相手しかおらず、彼女の近くに席を取るのも不信に思われるかも知れないからだ。だから通り過ぎた。

それで、隣の車輛に座ろうと思い、先に進んだ。







恋人と乗る列車 [act.3]


 そしてその車輛にはなんと……、
サラのお父さんとお母さんがいた。
少し若い感じで、生き生きとしていた。楽しそうに笑っていた。屈託の無い笑顔だった。
戦争が終わり、不安が取れたので若返ったという事だろうか?

私は2人と固い握手を交わした。

私 「どうしたのです?なぜこんな所におられるのですか?」

「なに、たまたま乗り合わせたのだよ」

それからしばらく懐かしい話をいろいろとした。話が弾んだ。

その後……、私は聞いた。

私 「あなた方の住んでおられた田舎街は爆撃を受けたのではありませんか?」

「なぜそれをご存知なのですか?」

私 「いえ、夢の中に出て来たサラがそう教えてくれたのです。」

「そうですか……。」

サラの父親の顔が少し曇った。
それから私は一番聞きにくい事を聞いた。いや、一番聞きたかった事を……。

私 「あの……、サラはどうなりましたか?」

「ああ、サラかね。」

そう言うとご両親はニッコリ笑った。

「隣の車輛に乗っているよ。」

サラの父親は先の方の車輛を指差した。

私は意外な答えに驚いた。
そんな筈は?いや奇跡でも起こったと言うのだろうか……?
私はご両親にワケを聞こうとしたが……、サラの父親は微笑みながらなおも先の方の車輛を指差していた。それで、まずは隣の車輛を見に行こうと思った。
ご両親の表情はなんだか、やさしさに包まれたようなものだったから……。



私は決心して隣の車輛との連結部のドアに向かった。
なぜか胸が高鳴った。サラと恋人同士になったあの頃みたいに……。

「こんなに国を遠く離れた列車の中で、サラに再会できるなんて……。」

しかし、よく考えてみるとおかしい。
病気がちで体調を崩して寝込んでいたサラが、こんな所まで来ているだろうか?

「まさか……」

列車で棺おけを運ぶ事もこの頃は珍しくなかった。無くなった人を故郷に返す為によく列車に乗せて運んでいた。
サラももしかすると……。



私は隣の車輛のドアを開けた。

すると座席に、白いドレスを着た女性が後ろ向きに座っているのがチラッと見えた。

座席に邪魔されて棺おけがあるかどうかは見えない。
それで、まずはその女性の所に歩いて行った。
女性の髪は整っており、それがサラなのかどうかわからなかった。
私の靴音を聞いたのか、その女性は不意に立ち上がってこちらを振り返った。
女性は真っ白なウエディングドレスを着ていた。
手には白い花のブーケも持っていた。








恋人と乗る列車 [act.4]


 その女性の顔は……、やはりサラだった。
それも、出会った頃のあの元気な顔のサラだった。
彼女は私を見てニッコリ微笑んだ。

「サラ!」

私達は思わず抱き合った。
涙が頬を伝って流れた。その涙がとても温かいのを感じた。

「サラ、どうしてここに?そのウエディングドレスはいったい?」

私は疑問に思って聞いた。

サラ 「まあ、貴方と結婚する為よ。」

そう言って彼女は恥ずかしそうに頬を赤らめた。
私は嬉しかったが、驚きの方が強かった。
病気の方はどうなったのだろう?治ったのだろうか?
でも今日のサラは本当に綺麗だった。若々しく健康的に見えた。

私 「サラ、病気は?病気の方はどうしたの?よくなったの?」

するとサラは涙目になり、もう一度私に抱き付いて来た。

サラ 「ごめんなさい。でも、もう何も心配する事はないのよ。
今日、私達は結婚したわ。それはそれでいいじゃないですか?
私はまた貴方に会えて幸せです。」

私は彼女の言っている事が少しわからなかった。

サラ 「もうこれからはずっといっしょです。長く幸せに暮らしましょう。」

そう言って彼女は涙をこぼした。
その表情は嬉しいのか悲しいのかよくわからなかった。






 車窓からは青い空が見えた。本当に澄み切ったスカイブルーの空。
両側の並んだ窓いっぱいにそれは広がり、そこから差し込む明るい光で車内は満たされていた。

あまりにも美しい空の色。
私は列車の窓に近づいた。

そこから覗くと、はるか下の方に緑の大地が広がっているのが見えた。
家も橋も道路もみんな小さく見えた。
私は戦争中何度か飛行機に乗ったが…、その時に見えた景色とそっくりだった。

私 「なんだ、そういう事だったのか……。」

私は思い出した。
この車輛の最後尾に座っていた白い服の少女。
あれは、サラの幼い頃だ。古い写真に写っていたのを見た事があった。
あの学生服の少女もそうだ。それも以前の写真の中にあった。
学生服を着たサラとその友人だ。


列車はまだまだ先に車輛があるようだった。






私はもう一度サラを見た。

ブーケを握り締めて、やはり嬉しそうに微笑んでいた。

本当に幸せそうな笑顔だった。







THE END




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