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戦争なき現在の日本の読者にとって、著者の叙述は驚きに薦ちたものであろう。過剰な暴力が、食や自然描写といった日常に並置される。例えば、南京戦後の叙述では、「農園で宿のかざりにするため花をもらって来る。地雷に他の隊のものかゝり7名手も足もぱらぱら。可愛そうに」という具合である。
もう一つの驚きは、死についての叙述の多さと生々しさである。日本人戦友の場合、死に至る経緯が示され、著者の心情が描かれる。その反面、中国人は「弥(にい)」や「豚」とやゆされ、殺害や処刑の場面が淡々と書かれる。例外は、中国人の抵抗があらわになる場合である。村民の一人が日本軍に抵抗し殺される。「可愛さう」だが「北支平和の尊い礎」との感想か加えられる。敵味方を越えた武威が称揚されている。
こうした中、1938年8月に著者は急性大腸炎にかかり、入院を余儀なくされる。当然、武威の称揚は保てない。その代わりに痛みや辛さ、病からの回復、映画や慰問、日本へのノスタルジーが読者を引きつける。
読後感としては、この日記では敵味方に対する価値判断が明らかであり、敵に対する仮借なき暴力は徹底的に正当化される。いわぱテレビ・ゲームのようでもある。この叙述に対して、編者の大変に詳しい解説は、著者(小林氏)の世界観が一人歩きしないためにも必要であろう。ただ、解説により読み方が限定されてしまうのは好ましくなく、1度目は著者の叙述のみを読み、2度目に解説を精読することを勧めたい。最後の驚きは、 この著者がここまでの暴力を振るいつつ、全く裁きを受けず、戦後は教育者として生きてきたこと である。 戦後日本社会の闇の深さを感じる。
評者 岡田泰平 東京大学准教授
小林太郎著、笠原十九司・吉田裕編「中国戦線、ある日本人兵士の日記」(新日本出版社)3600円
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