フリーページ

2024年01月09日
XML
テーマ: ニュース(96853)
カテゴリ: ニュース
栗原俊雄著『東京大空襲の戦後史』(岩波書店)に因んで、文筆家の師岡カリーマ氏は12月23日の東京新聞コラムに、次のように書いている;




 「戦争の原因は国民全体にあり、軍官民、国民全体が徹底的に反省し懺悔(ざんげ)しなければならぬ」。終戦直後、東久邇宮首相はそう言ったというから酷(ひど)い。 国が始めた戦争の犠牲者が、責任者にされてしまった。 反戦を訴えるなど許されず、消火にあたらせるため、空襲が予告された町から避難させないための法律まで制定して、被害拡大の原因を国が作ったのに。ただし、一応民主国家を自負する今の日本なら、今後もし国が戦争をしたら、国民も責任は免れない。

 ゼレンスキー氏のマッチョな「勇姿」が戦争ではない。生きながら焼かれ、手足を失い、目の前で家族を殺され、家を奪われ、飢えて凍えて踏み躙(にじ)られるのが戦争だ。その無残と理不尽を記録した本書を読み、この国のリーダーたちには、たとえ道は険しくとも戦わない覚悟で歩むのだという憲法の理想を追求し続けてほしい。
(文筆家)


2023年12月23日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-二度と繰り返さないために」から引用

 東久邇宮稔彦の「戦争の原因は国民全体にあるから、国民は徹底的に反省し懺悔するべき」という発言は責任転嫁もはなはだしい。しかし、彼がこのような発言をしても、当時の世論は特別な反応を示すこともなく、単に聞き流すだけで、戦争の片棒をかついで販売部数を伸ばした大手の新聞も「この口実は使える」とばかりに「一億総ざんげ」などという派手な見出しではやし立てて、自分たちが煽り立てて国民を戦争に動員する「役目」を担った「責任」をうまい具合にごまかしたことも、国民は記憶しておくべきと思います。この記事が指摘しているように、現代の日本は一応、普通選挙を実施して選出された国民の代表が国権の最高機関を構成して政治を行っており、もしこの体制で日本が再び戦争をするのであれば、今度は確かに国民に責任が存在する戦争という理屈になるのであるが、そのような自覚を持った国民は、おそらくあまり多くないと思います。その証拠に、政府が突然「集団的自衛権は合憲である」と言い出して憲法の平和主義を否定しても、それに意義を唱える国民の数はごくわずかである。こんな調子では、ある日突然政府が戦争を始めても、国民は前回同様に唯々諾々として徴兵に応じて戦地に赴くのではないかと思います。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2024年01月09日 01時00分07秒


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

佐原

佐原

コメント新着

捨てハン @ 潰れそうな新聞なら東京、朝日、毎日が挙がるかなぁ >全国紙は世論のありかを明らかにし、国…

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: