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■倫理に反す、狭い国土ではリスク
――核兵器をめぐる安全保障環境をどうみますか。
「ロシア、北朝鮮はもとより、中国による急速な核戦力の増強に警戒が必要です。『米国は本当に核の傘を差し掛けてくれるのか』と問われれば、今の米国のリーダーが日本と同じ考えなのかは、心もとない。疑念を抱くのは当然だし、議論をしなければいけない」
――日本の「核保有論」をどう思いますか。
「私は絶対に反対です。国土が狭く、都市部に人口が集中し、敵国に対等な形でダメージを与えることが難しい。核弾頭製造だけでなく、情報通信や目標選定などの技術的課題もあります。仮に保有すればテロ攻撃のリスクも生じ、非常に高いレベルのセキュリティーが求められる。重大な原子力事故を何度も起こしてきた日本に、そんな安全管理ができるとは思えない」
「『強い兵器を持つのが一番いい』と考える人がいるかも知れませんが、私はそうは思いません。以前、ある人から『日本は核兵器を持つべきではないか』と問われ、私は『人の倫理に反するから持つべきではない』と答えました」
――倫理ですか。
「その人は『安全保障に倫理を持ち出すのはおかしい』と言いましたが、 安全保障の考え方の中にも倫理は当然、内在しています。戦争だからといって、何をしてもいいわけではない」
「核兵器は単なる大きな爆弾ではなく、はるかに残虐です。広島、長崎では人の頭上500メートルに『小さな太陽』ができたのと同じだったと言われています。熱線と爆風と放射線の中で多くの人が亡くなりました。その悲惨さを身をもって体験した同胞がいる。 『俺たちが味わったのと同じぐらいひどい目にあわせるぞ』という考え方で核を持つのは、日本人の倫理観に合致するでしょうか」
――なぜ、そう思うようになったのですか。
「原点は、中学生のときに地元の山形市のデパートで見た『原爆展』です。ふだん広島や長崎で展示されているものが巡回してきたのを見て、恐怖と嫌悪感で言葉を失いました」
――日本周辺には核の脅威があります。
「危険性が高いのは『米国は報復を恐れて核を使わないだろうから、通常兵器で日本を攻撃しても米国は手を出せない』と相手が誤算する状況です。だからこそ、日本は核保有より通常戦力の整備を優先すべきであり、核の脅威は米国の核の傘に任せておく方が地域の安定につながります」
――その米国が信用できない、という話では。
「米国はまだ民主主義国で、政治体制も比較的透明ですから、米国の核の傘に頼るのが日本にとって唯一の手段だと思います。日米両政府で信頼を積み重ねていくしかありません」
――米国に頼る核抑止も非倫理的では。
「核兵器は廃絶すべきもので、わが国は真剣に核軍縮を訴えなければなりません。ただ、現実に核兵器を保有し、信奉しているリーダーたちは簡単に核軍縮には応じません。彼らに核の使用や脅しをためらわせるには核抑止しかないのが現実です。その際、核兵器を開発し、広島、長崎で使用した米国が、日本に核の傘を提供するのは当然の責務です。わが国も米国が核の傘を差し掛けるために何をすべきかをよく米国と協議して、必要があれば非核三原則の見直しも検討しなければならないと考えます」
――これから世界で核武装論が連鎖する恐れも。
「危険な状況になるでしょう。でも私は、唯一の戦争被爆国に生き、その悲惨さに触れた人間として、わが国が自ら核拡散のお先棒を担ぐことなど絶対に反対です。米国の核の傘に頼らざるを得ないのは事実ですが、日本としては核を持たずに生き延びる方策を考えるべきだと思います」
「私自身は核抑止が必要だと考えていますが、最近の核保有国のリーダーたちの言動や振る舞いを見ていると、核抑止論は大丈夫なのかと心配になります。しょせん核抑止は、核保有国同士で互いの意図を推測しあっているだけです。これまでは世界のリーダーが合理的で理性的な判断をする前提で政策を組み立ててきましたが、彼らが本当に合理的な判断をするのか、何ら客観的な保証はない。そこに世界の行く末がかかっていると思うと恐ろしくなります」
「だからこそ、我々は米国の核の傘の信頼性を高めると同時に、全力で核軍縮を訴え、核廃絶を追求しなければいけないのです」
(聞き手・小村田義之)
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<くろえ・てつろう> 1958年生まれ。山形県出身。81年に防衛庁(当時)に入り、2015~17年に防衛省の事務次官。「国家安全保障戦略」など安保関連3文書改定に向けた有識者会議のメンバー。
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