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2026年06月30日
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テーマ: ニュース(96834)
カテゴリ: ニュース
大分県に駐屯する陸上自衛隊が神道式の慰霊祭を行ったことについて、元文科官僚の前川喜平氏は14日付東京新聞コラムに、次のように書いている;




 この慰霊祭については、業務連絡で日時、会場、部隊の配置などを周知し、朝礼でもアナウンスし、部隊ごとに整列して参加したというから、これは紛れもなく同駐屯地の組織的な行為だ。

 ならば、この慰霊祭が憲法の政教分離原則に反することは明らかだ。隊員の参加を事実上強制しているから、信教の自由の侵害にも当たる。毎年恒例の行事だというから、憲法違反が繰り返されていたことになる。憲法尊重遵守(じゅんしゅ)義務の意識が麻痺(まひ)しているのだ。

 防衛省は「社会の一般的慣習に従った儀礼」だから問題ないと言うが、「慣習」や「儀礼」という言葉で神道行事の宗教的性格を否定する考え方こそ問題だ。

 戦前の国家神道は「国家の祭祀(さいし)」であって宗教ではないとされた。日本は神の国であり、天皇は現人神だとされて、国民は天皇のために死ぬことを強いられた。戦後日本の政教分離は、何よりこの国家神道の復活を阻止することが目的だ。

 その国家神道が「自衛隊の祭祀」として復活している。見過ごしにできない問題だ。
(現代教育行政研究会代表)


2026年6月14日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-自衛隊の祭祀」から引用

 元々日本列島に居住する日本人の間にあった信仰は「八百万の神々」を拝むもので、海にも山にも神様がいるという信仰であったが、これに便乗して「その神様の大本となるのが天照大神さまで、その子孫が天皇である」という物語にしたのが明治の政府が発案した国家神道であった。したがって、万世一系の天皇が統治する大日本帝国がアジア諸国を侵略した挙句に敗戦となったときに、大日本国憲法を廃止すると同時に国家神道も廃止すると「宣言」するべきだったと思います。そのようにして「けじめ」をつけておけば、例えば「地鎮祭のときは、近所のお宮に頼んで神主さんに祝詞をあげていただく」という「社会の一般的な慣習に従った儀礼」と言えるかもしれないが、そのようにはなっていない現状を考えれば、上の前川氏の記事はもっともな指摘だと思います。





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最終更新日  2026年06月30日 01時00分04秒


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