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■刻まれる記憶、相手国に思いはせてこそ
――20年にわたる中国での聞き取り調査で、不思議な発見があったそうですね。
農村で数百人にインタビューする中で、「夢過日軍(日本軍の夢を見たことがある)」という言葉を何度も耳にしました。「あれ、違う人からも聞いたぞ」と気づき、通訳に話したら、「私も見るよ」と言われて驚きました。
――どんな夢ですか。
日本兵に追われて逃げる夢です。調査をした山西省の農村地帯は日中戦争の最前線で、日本軍による「惨案(虐殺事件)」が多発しました。
1928年生まれの女性は、16歳の時の記憶を頻繁に夢で見ていました。「皆逃げて、日本軍が村人を殴って、ピュンピュン音を立てて鉄砲の弾が飛んでくる」。細部まで鮮明で、恐怖で目が覚めるそうです。
この地域で有名な「趙家荘惨案」は、人口数百人の村が襲われ、地元県史に25人死亡と記されています。遺体は水窖(すいこう)(地下貯水槽)に投げ込まれたとされました。
当時7歳の男性は逃げる途中、草むらに転がりこみ難を逃れましたが、目の前の兄は捕まり、後日水窖から父や兄の遺体が引き上げられたそうです。
この男性の娘は、長年悪夢にうなされる父の姿を覚えていました。夜中に頻繁に「逃げろ!」と叫んでいたそうです。そして、娘も父から繰り返し話を聞くうちに、同じ悪夢を見るようになったそうです。別の村に移り住んだ後も、水窖には恐怖で近づけなくなったと話していました。
――トラウマ的体験を繰り返し聞く医師らが、患者と同様の悪夢などに苦しむ「二次的トラウマ」が知られます。
トラウマ概念が中国農村部にそのまま適用できるかは分かりませんが、トラウマ症状の典型例の「悪夢」「フラッシュバック」はよく聞きます。
村々では農作業や家族だんらんの際に戦争体験が語られ、戦後世代にも記憶が刻み込まれた。親と同様の悪夢を見るという証言は多かったです。日本兵に追い回される夢を見て「目覚めても震えが止まらない」という男性は、終戦から5年後の生まれでした。
――トラウマと認識されているのですか。
識字率の低い貧しい地域で、トラウマ概念自体が浸透していません。
社会的に抑圧されて語れなかった側面もあります。中国共産党軍が日本軍と華々しく戦い勝ったというストーリーが建国の基礎になり、「民衆の悲惨さ」は、その枠組みから外れました。
「対日協力者」とみなされた人たち、性暴力被害者たちも、語れないケースが多い。「人生の最後に話したい」とお願いされたことが何度かありました。
――日本では「戦争トラウマ」に光が当たりつつあります。
元日本兵や家族のトラウマの研究は大切です。ただ、国内の悲しみを追究して終わるのではなく国境を超えた視点を持たなければなりません。
自分たちのトラウマを知ることで、相手国の心の傷にも思いをはせてこそ、「戦争トラウマ」を巡る日本の議論にも意味があると私は思います。
(聞き手・後藤遼太)
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