2016/09/02
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【虎子/ココの誇顧/ココ; 彷徨癖者・如水が愛犬のココ(ボクサー犬)の悲嘆・感嘆 / 09月02日 】
色あせるチャイニーズ・ドリーム<1> 中国を離れるアフリカ出身者




広州の小北路ではつい2年前まで、買い物袋を頭に乗せて運ぶアンゴラ人女性や、長いローブに身を包みながら両替商を営むソマリア人男性、通りに面したレストランでヒツジをさばくウイグルからの飲食業者など、中国の他の地域とは異質な光景が広がっていた。

広州中心部にある登封には、中国内陸部だけでなくアフリカからも移民が殺到。サハラ砂漠以南から広州に移住してきたアフリカ出身者は2012年まで に10万人に達したとの調査もある。

この数字が本当なら、アジア最大級のアフリカ出身者によるコミュニティーだったということになる。いずれも中国で成功 する夢を追いかけてきた人々だが、この夢は現在、色あせつつある。

研究者らは、この約18カ月で数百人から数千人のアフリカ出身者が広州を去ったとみている。広州の競争力が薄れた背景には、経済を石油に依存する西 アフリカ諸国でドルが枯渇していることや、中国の厳しい移民政策、人種差別のまん延がある。中国経済の減速と成熟も要因のひとつだ。


広州は約束の地?
広州は香港の北西120キロの地点に位置する工業都市。アフリカ出身者の流入が始まったのは1990年代半ばだ。

中国政府は、初めて「中国・アフリカ協力フォーラム(FOCAC)」が開催された2000年を境に、アフリカの資源国と良好な関係を築く戦略を展 開。2014年までに中国は米国を抜いてアフリカにとって最大の貿易相手国となり、100万人以上の中国人がアフリカ大陸に渡航した。

ナイジェリアやギニアにチャイナタウンが出現するなか、中国を視野に入れるアフリカの人々も増えていった。

ただ香港大学の講師ロベルト・カスティロ氏によれば、中国への移民は西洋に向かったアフリカ出身者とは異なる。西洋に向かった人々はアフリカで成功の機会に恵まれず、西洋諸国への定住を目指した。


一方、中国のアフリカ出身者は企業家精神に富み、さまざまな場所を巡り新天地での機会を模索する資金力を持っているという。中国に向かったアフリカ移民の40%は高等教育を受けていたとの調査もある。

広州の物流業界で働くソマリア人のアリ・モハメド・アリさんは大卒だ。「きょうだい5人はみな欧州に行ったが、結局タクシーの運転手や警備員になった」と述べる。自身は東洋に向かうことで機会が広がったという。

ギニア出身のマディナ・ディアロさんはマットレスやポップコーン製造機などあらゆる製品をコンテナで輸出し、母国で販売するビジネスを展開。2002年には37万5000ドルの年収があった。ギニアの1人当たりの国民総所得は470ドルだ。

模造品もお金になった。こう指摘するのは、かつてセネガル空軍で航空機エンジニアを務めていたムスタファ・ディエンさんだ。セネガルでは一時、中国 で買い付けたアディダスやナイキの模造品を正規品と同じ値段で売れることができた。中国製の模造品だとは誰も気づかなかったという。

広州は約束の地となり、移住してくるアフリカ人はさらに増えた。


古都 老翁がいた。 翁は愛犬を愛で朝夕の散歩に伴う。 翁は大壺を持ち、夕刻 酒を片手に壺に躍り入る。 くぐもる声で語る傾国の世辞は反響し、翁の安息を妨げ、翁はなす術も無く自笑。 眠りに落ちた。 
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Last updated  2016/09/02 05:49:16 AMコメント(0) | コメントを書く


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