全8件 (8件中 1-8件目)
1

二学期もあと残すところ二日。もうすぐ秋休みです(二週間)今週は行事も多く、スポーツ・カーニバル(運動会)、スクール・トリップ(遠足)、リポート・カード(通知表)と目白押し。『運動会は見に行きたいけど…この頭だしなあ…』と、このごろすっかり外に出ることもなく、洗濯を干しに裏庭に出る程度。ゴミだしも買い物も全部だんな任せ。でも、せっかくの運動会だし、意を決して見に行くことに。実質この日が身内以外で初のズラ・デビューとなりました。ズラはすでにこの姿を予想して、一ヶ月前に日本の通販で注文。一番私の髪型と長さに近く周りの人に違和感をできるだけ与えず、という感じで選びました。この際だからちょっと冒険して色を入れてみました。医療用というとどうも私の好みの髪型がなく、おばさんパーマ。しかも高い。これが気に入れば安価なので、3つぐらいタイプを代えて、そろえる予定です。そして、このズラの上にニット帽をかぶり、準備に30分。いかに普通に見せるかにというのは本当に難しい。カメラをかかえ遠くから観戦。4年生と5年生が4つのチームに分かれて、得点を競うものの、運動会というよりも記録会という感じ。走り高跳び、走り幅跳び、200メートル・リレーなど、息子は走り幅跳びも走り幅跳びも今までまったくやってなかったので、あんまりたししたことなし。リレーももう少し速いと思ったのに遅すぎ~。知っている人にはだれにも会わず、観戦し終わって帰ろうとしたところ、同じクラスの日本人のお母様が私を呼ぶ。「まるちんさん」「えっ!」といっても、その距離5メートル。(私はフェンスから観戦していたので、下から呼ばれた感じ)たわいもない会話でその場は終了。あ~、これが至近距離ならどうなっていたのだろう。このままいわずにすませたい。しかし、そうもいかないのだろうなあ…。
2008.06.25
コメント(3)
前回は空気がよどみそうなほど暗い日記でした。読んだ人ごめんなさい。昨日鏡を見ながら、だれかに似てるこの髪型と思ったら、温水さんでした。とほほ。相変わらず、ばかな私なんですが、抗がん剤第二回目投与から4日目、ようやく復活しました。白血球の戻りもよく、無事予定通り投与済み。しかしながら、今回あらたにわかったことが…。抗がん剤を投与する前に必ず、白血球他の数値を調べるために、採血するのだが、右腕リンパ撹清している私は、右腕では採血してはいけないのだとか。すなわち、手術した側と反対側の腕で採血するのが決まり。そんなこと初めて知ったよ…。どっちの腕でもいいんだろう(こういうところB型)と深く気にもとめなかった私はその日右腕でしちゃった。抗がん剤投与の段階になって、看護士さん、なんでこの腕で採血してるの?って、無言の圧力。私「だって知らなかったもん」看「冊子読んでないの?本当は『日を改めて』なんですよ!」様子見のためその場に2時間放置。結局、投与に6時間もかかってしまった。これから気をつけます。はい。そして、同じ日、母帰国。朝一番でブリスベンの空港まで見送り。病院にいるとき、今頃はシドニー経由で日本に向かってることだろうと思っていたら、なんと霧のため、まだ空港にいたとは。それから6時間も待たされ、出発したのが3時過ぎ。ありえねえ。シドニーには寄らず、そのまま関空直行に変わったみたいだが、ようやく母が関空に着いたのは日付も変わった夜中12時過ぎだった。幸い、前もってホテル日航関空に予約を入れておいたので、スムーズにチェック・インできたみたい。いや~、いろいろあります。*抗がん剤投与第二回目副作用*今回は看護士さんが症状が出ていない段階でも、吐き止めを飲めとアドバイス。そのアドバイスにしたがい、前もって二種類の薬を飲みました(二日分)そのためか、今回も吐くことはなかった。が、しかし、3日間は体がだるい。なにもする気が起きず無気力。あまり起き上がることもなく、ひたすら読書。それだけではない。本日、4日目のトイレが地獄だった。出ない!出ないよ~!白目向きそうになる。ぐげ~。ホント、う○こ出ないってのはこの世の果てだわ。これが一番つらい副作用かも…。
2008.06.24
コメント(2)
※お断りホラー小説のようであまりいい話ではないので、読みたくない人はスルーしてください。***********************************************むしるというのはどういう感覚なのでしょう。庭の草をむしる。鶏の毛をむしる(むしったことはありませんが)まさか自分の髪をむしることになろうとは、だれが考えたでしょう。むしればむしっただけ抜けていくのです。わらわらと毛が抜けていくのです。第一関門が告知だとすると、さてこれは第何関門になるのでしょう。かっきり投与二週間目を過ぎたころ、それはお風呂場で始まった。いつものようにシャンプーをする。手に吸い付く髪の束。本当にキリがない。次から次に後から後から抜けていく。排水溝は真っ黒の髪で詰まって、水が流れなくなった。あ、またも『とうとう来たか』とつぶやく。簡単に水で流すも、これまた終わりがない。もうしょうがないので、風呂場で後頭部の髪をざくざくハサミで切る。髪を乾かすのもこわごわ、タオルを一枚髪に巻きつけて、どうにかまとめた。それにしても抜ける量が尋常じゃない。翌朝起きたら枕は髪の毛の渦。引越し用の粘着テープで端から取る。髪が部屋じゅうに落ちていくので、早いこと毛をバリカンで刈らなければと思うのだが、勇気もなく、ぐずぐずしている。泣いていてもしかたがない。だんなが買い物に誘ってくれたので、ニット帽(こっちは冬ですから)を深めにかぶって外出。アバクロが入ってるお店でジーンズやニットを買い、気が晴れる。それでも二日目を過ぎたころからあきらめと悟りの境地。人間はどんな状況に陥っても、なんとかそこから這い上がれるものだ。今はできるだけ前髪を残す計画で、まちゃまちゃの髪型か、ひとひとぴっちゃんひとぴっちゃん『子連れ狼』の大五郎になるように調整中。この冬は帽子で乗り切るぞ!今日の午後はYANNI『TRIBUTE』のDVD(インドのタ・ジマ・ハールと中国でのコンサートの模様)を大音量で聴いて、一人コンサート。音楽は心を癒してくれるのです。
2008.06.16
コメント(3)

うちのばか息子、だんなから「オーストラリアと日本ではボルトが違うから、ゲームで遊べないよ。ボルトを変える機械を買ってあげるから待ってなさい。」とたしなめられたのにもかかわらず、コンセントに差し込んでWii専用アダプターを炎上させてしまった。その後、アダプターを注文し、ボルトを変える機械(日本は110Vオーストラリアのボルトは220V)も入手。幸い本体はダメージを受けてなかったみたいで、めでたくWii開通となった。ところが、日本の倍はするこっちで買った『マリオ・ギャラクシー』はリュージョン違いで使えやしない。ちぃ。ゲーム専用テレビも買ってもらって、ご満悦な息子である。だんなは自分の薄型テレビ(パナソニック・ビエラ)を触らせたくなかったてのもあるんだけど…。
2008.06.14
コメント(0)

母の滞在期間もあとわずかとなりました。3ヶ月の観光ビザいっぱいいっぱいです。私が母に病名を告げてから、約10日。大慌てで飛行機のチケットの手配、ビザ申請など、すべて私がしつつ(今は全部Eチケット、Eビザだもんね。便利、便利。)日本から飛んできてくれました。期限切れのパスポート再申請のためあたらに撮った写真の顔は、魂を抜かれたようなほうけた顔でした。飛行場に迎えに行ったときは、どんな顔をして会ったらいいのかわからないような、頼りなげ表情。しかし幸いなことに術後の経過は本当に痛さをどこにも感じないほど順調で、看病するはずが、肩すかしのような感じで、私の体の自由も利くから観光を楽しんだりして。(よく考えてみれば、この時点で私自身もこの国に来てまだ2ヶ月ちょっとしか経ってなかったんだ。)ついついショッピングなどし、お気楽に暮らしていました。ショッピングその支払いは年金で?どんぶり勘定やめなはれ紙一重!ホントにそれは似合うのか?もう一度鏡で要チェック!!試着室で、なんどいいそうになったか…。一歩間違えばただの変な人、『その一線はどう考えても越えたらあかんやろ。おかん』でも、3ヶ月近くいっしょに暮らしていると、気まづくなることもしばしば。しかも親子だという気安さから、いいたいことをいい合う。そして、だんなとの仲を冷戦状態に…。吉兆のおかみのごときささやきで夫婦の頭を真っ白にするそして、時には『家政婦は見た』ばりの情報収集能力を披露。住んでいるわれより詳しい隣りの家の家族構成こんなことばかり書いてたら、母の沽券にかかわりそうなので、フォローの意味も込めて、力なく横たわるわれに差し出すほうれん草入りおじやと母のぬくもりでも、もうオーストラリアに住み着く気満々です。「私の老後はここやなあ。」と一人ごちていました。きっとまた近いうちに来るだろうなあ…。今日はおなじみ味千でラーメン。私は阿蘇ラーメン、母は野菜ラーメン。母は初めてラーメンを食べるそう。私は仁捕獲に余念がないのでした。
2008.06.11
コメント(2)

今日はエリザベス女王の誕生日で国民の休日です。だから、学校も休み。それに驚くことに、こういう時ほど商売人には稼ぎ時なのにもかかわらず、近くのスーパーもモールも全面的に閉まってしまうこと。さすがに映画館ぐらいは開いてるけどね。初めて映画館に行きました。料金はアメリカよりも割高。大人:$13.50、子供:$10.50息子のたっての願いで『インディアナ・ジョーンズ・クリスタル・スカルの王国』を見るためです。私はもっぱら次回公開されるこっちの方が気になってるんですが…。しかも正確にいうと日本語版吹き替えの声のみ。話はそれましたが、『インディアナ・ジョーンズ』私には子供だましはもう通用せずでした。特筆すべきは今回新たにDr.ジョーンズの隠し子が登場したことでしょうか。巨大な川に流されて滝に飲み込まれるシーン、断崖絶壁を車が並走してお互いに突き落とすシーン、これはもうお約束。安易すぎる要因作り?しかも日本人の感情を逆なでするような原爆投下そしてきのこ雲?最後の円盤?はああ?長すぎて途中で寝そうになりました。それでも、息子の目は輝いてましたけどね。唯一、ハリソン・フォードの体を張った演技には目を見張りました。なので星は★★
2008.06.09
コメント(2)

さて、母のはどっち?答えは…あ~あ、こんなにつけちゃって…。『クロックス』のお店でおまけにもらった携帯ストラップ。いっぱいある中から四葉のクローバーに。携帯持ってないのでキーケースに装着。おまけにエコバッグももらった
2008.06.06
コメント(3)
とうとうこの日が来てしまった。術後2ヵ月、私はただひたすら日常を味わった。普通の見目形を保っていられるのも、いつまでかわからず、いつその時がきてもいいように、心の準備も進めつつ、今できることをするように心がけた。息子のサッカーの練習につきあったり、参観日に行ったり、だんなと二人で少し遠出してIKEAに日常品を買いに出かけたり、母と色違いのおそろいのクロックスを買ったり…。夜には息子に本を読んでやったり…、リクエストに答えて手間のかかるコロッケを作ったり…。病気のことなど忘れそうになるぐらい、元気に動き回っていた。でも、ついに来た。前回の診察で、どういう種類の薬剤を使うのか、どういう副作用があるのかということは聞いていた。しかし、英語で書かれた薬名は日本での通称名やその副作用など、私にはまったくもってちんぷんかんぷん。そこで、女子校の時の友達で今は薬剤師の友達、NYの小児科医の友達、同じ病気で闘病中の義父を持つ弟のお嫁さんにそれぞれ助言をいただき、なんとかこの日を迎えた。看護士さんから投与前に30分にわたって懇切丁寧に説明を受けた。看護士さんが私の生年月日を見て、「私と同じだ」と驚く。「20ぐらい下かと思った」といわれ、「ありがとう」と答えたけど、いくらなんでも20はおおげさだと思うけど…。薬剤投入前は必ず、「生年月日、名前」を確認される。もう私の手の甲は無数の血管確保と採血の跡で、虫刺されのようになっている。血管確保の後、ブドウ糖?投入。その後、20センチはあろうかという注射器に入ったチェリー色の薬剤、その半分ほど注射器に入った無色の薬剤、そして、無色の袋状の薬剤がチューブを通して血管に注入されていく。*FluorouracilIV(5-FU)*Doxorubicin IV(アドレアシン)*CYCLOPHOSPHAMIDE IV(エドキサン)頭の中はこれでいい細胞がすべて死んでいくようなイメージで少し涙が出た。『細胞が死んでいく』宇多田ヒカルの『Prisoner of love』をMP3でずっと流しながら一時間半かかってようやく、すべての投与が終わり開放された。私は投与前に水を1リットル飲み、投与中キャスターを引き釣り回しながら3回もトイレに行った。その後も水だけは飲み続けた。義妹に「お姉さん、水を飲み続けて、できるだけ早く薬剤を外に出してください。何回でもトイレに行ってください」と忠告されていたのだ。1日目は副作用はなかった。ご飯もいつも通りに食べられた。二日目も便が硬くなったぐらいで、これといった副作用はなかった。ところが三日目、薬が全体にいきわたったころになって、やってきた。薬が今足の血管をぐるぐると通っているというのがなんとなく感覚でわかった。朝、体に重い重石を背負ったみたいに動けなくなってしまった。食欲もない。それでも、だんながヨーグルトを買ってきてくれて、どうにか食べた。夜は母が作ってくれたおじやを食べた。一日中、起き上がることもなく寝ていた。幸いなことに3種類出してもらった吐き止めは使うことがなかった。3種類も出すということは相当ひどいんだろうと覚悟を決めていた。しかし、まったく吐き気はなかった。四日目、まだ、少し頭がくらくらするぐらいで幾分頭が軽くなっていた。朝、パンを一枚食べた。バナナ。マンゴのヨーグルト。『CHANGE』3話、4話続けて見る。やっぱりキムタクはすごいなあと感心しながら見る。KAT-TUNの『DON’T U EVER STOP』メーキングを見る。仁が真剣に踊る姿だけに集中。午後はずっと読書だ。栗本薫著『罪は嘘』東京に住んでいるNYつながりの友達が送ってくれたのだが、ちょっと意味深。モデルになっている男の子がどうもだぶるのだ。だれに?って…。お昼にほうれん草入りおじやを食べた。夜もおじやだ。ぶどうを少々。本当に本当にいろいろな人に助けてもらいながら、なんとか起き上がりブログも書けるぐらいになりました。まだこの治療、3週間ごとに5回も続くのだけど、この先、乗り越えなくてはならない副作用もあったりして、多少弱気になりますが、前を向いて真剣に生きていきたと思います。みなさまには心から感謝しております。
2008.06.04
コメント(4)
全8件 (8件中 1-8件目)
1