文豪のつぶやき

2008.07.21
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カテゴリ: 時代小説
太子堂組が長岡城に着いたのは夕暮れだった。
 河井はいない。
 重役の植田が応対した。
 植田は彼らが藩留学により長岡に滞在していた時の世話役である。
 よう来てくれましたのう、よう来てくれましたのう、と何度も頭を下げた。
 本陣が長岡の南、摂田屋村にある。
 河井はそこにいるという。
 植田は五人に腹ごしらえをさせると自らそこに案内してくれた。
 摂田屋村に着いたのは夜半。

「先生」
 五人は馬から転がるようにして飛び下りると河井のもとに駆け寄った。
「来てくれたのか。すまんのう」
 傲岸、といわれた河井が顔がほころんだ。
 河井は太陽を見つめても瞬きしない男といわれたほど眼光するどく、この目に睨まれて目をそむけなかった者はいないといわれたが、笑うと相手の心にしみとおるような笑顔をする。
「わしが頼りないばかりにこうして他の藩からも助けに来てくれる」
 そういうと一人一人の手を握り、
「皆の衆、わしの不徳の致すところで戦さになってしもうた。よろしく頼みます」
 河井は頭を下げた。
 植田がまあまあ立ち話もなんですから、と本陣へ招じ入れた。

 本陣に入ると河井は講和の決裂、戦さの不可避等をかいつまんで説明した。

 長岡という所は西は信濃川が流れ、東は山脈が連なり、天然の要害を成している。
 長岡を攻略するとすれば北か南しかないが北の新潟は、元幕府の天領であり、すでに旧幕府軍が手中に治めている。
 とすれば、主力が小千谷にある官軍は信濃川を渡り南の朝日山、榎峠から攻めるほかない。
 むろん、官軍はすでに朝日山、榎峠を占領している。
 が、偵察隊程度である。

 この朝日山、榎峠を奪回すれば長岡に官軍が足を踏み入れることは出来ない。
 そのための榎峠、朝日山攻略である。
 河井は五人の三田藩士には長岡の正規軍に組み入れず、河井の親衛隊としてそばにおくことにした。
 無論、五人に異存はない。
 五人は特設隊という名で長岡藩に組み入れられた。
 話が一通りすむと河井は、
「篠原さんは元気かの」
「彼も来たかったでしょう」
 矢口が云った。
「彼はわしと同じよ」
 河井と同じ一藩を背負う立場にあるということである。
 それゆえ篠原の気持ちはよくわかる。
 出来れば、自由自在に生きてみたい。
 しかし、藩がある。篠原は筆頭家老である。
 一藩を背負っていかねばならない立場にある。
 その点では河井と同じである。
「あれはあれで辛いのさ」
 河井は目をしばたたかせた。
「しかし、篠原さんもすごいの。噂は聞いておるよ。勤王で藩論をまとめるや柏崎の官軍の山県殿と会見し、出兵はおろか三田の地に官軍の陣所をおかぬよう約束させたというじゃないか」
「彼の周旋の才は日の本を見回してもそうそうおりませんでしょう」
 矢口が頷いた。
「これで三田藩も安心じゃ」
 そういうと河井は皆の前で急に土下座をした。
「皆の衆、このとおりじゃ。ありがとう」
「なっ、何を急に」
 皆、驚いた。
「おめさんがた、万が一の勝つ見込みがないのにわしのために三田藩を捨ててしもうた。ありがとう。河井継之助、このご恩は死んでもわすれはせぬぞ」
「河井先生、手を、お手を上げてください」
 白井がそばにより河井の手を掴んだ。
「皆、気持ちは一つです」
 伊藤が云った。
「わしらは武士として死にたいのです。そして、武士としての死所を教えてくれるのは河井先生なのです。先生」
「まだ、敗けると決まったわけではないぞ」
 河井は苦笑した。
「それもそうですな」
 伊藤は頭を掻くと、やおら剣を抜き、
「官軍がせっかく京より遠路はるばるのお越しでありますから胴田貫をたっぷり馳走して差し上げましょう」
 河井は大笑した。





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最終更新日  2008.07.21 09:43:51
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